律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第二夜 酒も女も金も男も

やるべきことはやりきったはず 1

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 Aquariusアクエリアスの厨房で、不満げな声が上がる。

「はあ? なにそれ、嫌なんだけど」

 ナンバーツーの部長、志乃が眉をひそめていた。ミルクティー色の髪にパーツの大きなかわいらしい顔をしている。

 その場には志乃だけでなく、ヘルプのホストが数人集まっていた。皆が視線を向ける場所で、律がそっけなく返す。

「しょうがないだろ、おまえ今暇じゃん」

「ぬ……そうだけど」

 志乃は腕を組み、悩まし気に視線をそらした。

「嫌なんだよな。副主任の客ってクセ強い人多いじゃん」

「だから今のうちにヘマしないよう手あいてるやつ集めたんだろ」

 律は集まっているホストたちの顔を見渡す。

 本来ならこれは内勤スタッフの仕事だが、客で埋まる週末では圧倒的に手が足りない。指名客が来ていないホストたちに頼るほかなかった。

「とりあえず、今から千隼さんの客に着いて帰らせるけど、今から言うことしっかり覚えとけよ。部長の志乃が嫌がるくらい難しい相手だぞ」

 ホストたちは神妙にうなずく。

「千隼さんが早退した理由を聞かれたら俺のせいにしていい。俺と客のいざこざに巻き込まれてケガしたって言っとけ。俺の悪口を言うかもしれないけど、そこは否定せず聞き流してろ」

 志乃が腕組みをして鼻を鳴らす。

 あくまでも、女性たちに千隼の印象を悪くしないよう帰らせる寸法だ。

「怒られたら謝り倒せ。プライドは捨ててぺこぺこしてろ。どんなにむかついても顔には出すな。万が一彼女の存在を疑われたらいないって断言しろ。……これだけおぼえてればなんとかなる!」

「はあ~、しんど……」

 志乃は自信なさげに顔をゆがませる。他のホストの中にはメモを取っているものもいた。

「以上! 難しいようなら俺も加わるから! すぐに席につけ!」

 ホストたちは返事をし、スタッフの指示に従いながら厨房ちゅうぼうを出ていく。

「幹部より幹部らしい指示出してるんですけど~」

 志乃は冷ややかな目をして、律に背を向けた。律も急いで水を飲み、自身の客が待つ卓席へと戻っていく。



     †



「すみません、おとなりよろしいですか?」

 言いながら、志乃は千隼の客の卓席に入る。

 席に座る女性は、モデルのような細身で、つり目のクールな顔をしていた。強いオーラを放ち、堂々としていた。体系や年齢に限らず、千隼を指名している客にはこの手の女性が多い。

「は? なに? 千隼は? ヘルプいらないって言ったよね?」

 女性は細めのたばこを深く吸い、煙を吐き出す。灰皿には、もう何本も吸い殻がたまっていた。

 志乃は眉尻を下げつつ、ほほ笑んで答える。

「……実は、顔にケガをしてしまって、今日はもうはやめに帰らせてるんです」

「は? あいつもう帰ったの?」

「はい。他のホストとお客様のトラブルに巻き込まれてしまいまして。ケガもかなりひどいようなんです。じきに本人から連絡が来ると思うんですけど」

 いら立ちを伴う盛大なため息が返ってきた。

「……最悪。せっかくきてやったってのに。じゃああたしも帰るわ」

 吸っている途中だったたばこを灰皿に激しくこすりつける。

「申し訳ございません。もしよろしければ俺がお見送りさせていただいても?」

「ナンバーワンだったらともかく、気持ち悪い顔したあんたの見送りはいらんから」

 女性はカバンの中の財布を探しながら吐き捨てる。

「あんたみたいなの好みじゃないんだよね~、マジで」

「申し訳ありません、出過ぎたマネを……」

「そういうのいいからとっとと会計してくれる?」

 他のホストたちも、律の指示どおり、千隼の指名客に声をかけ、会計を行っている。

 ほとんどの女性が、ホストやスタッフに不満をぶつけ、当たり散らしていた。

「こっちは散々待たされてんだよ? まじ意味わかんないから」

「申し訳ありません。突然のことでしたので」

「それあいつの日ごろの行いが悪いんじゃないの? 店もさ、もっとはやめに対応できたんじゃないの?」

「申し訳ありません……!」

 ここまでの暴言はまだいいほうだ。問題はない。対応を間違えれば、経営者サイドが直接出る事態になりかねなかった。
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