律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
60 / 72
第二夜 酒も女も金も男も

やるべきことはやりきったはず 2

しおりを挟む



「これだからホストって信用できないんだよ! こっちが約束守っても簡単に破るんだもんね!」

 どのようなことを言われようと、ホストやスタッフは平身低頭で丁寧に見送る。今日来ていた千隼の指名客は、全員、無事に、お帰りいただくことができた。



     †



 律は卓席に座りながら、千隼の客が帰っていくようすを眺めていた。となりに座るトウコが声をかける。

「ごめんね、大変だったでしょ? 私もまさかこんなことになるとは思ってなくて」

 律は穏やかな笑みをトウコに向けた。

「気にしないで。言ったでしょ。トウコさんのせいじゃないって」

「でも……」

 バツの悪い顔で、トウコはうつむく。

「あの子、律のことが気になってたみたいなの。どうしてもって言われちゃって、押し通されちゃって。まさかこんなことになるとは思わなくて……」

「トウコさん、大丈夫だよ。ほんとうに、トウコさんのせいじゃないから」

 うなだれ、頭を抱えるトウコの背中に、律は手を当てる。

「千隼くんね、なにも言わなかったの」

 周りに配慮するような、小さい声だった。

「……うん」

「私が代わりに言い返したけど……。でも、もう、あの子には何を言っても伝わらなかったんだと思う。千隼くんも、それをわかってたのかな」

「そう、かもね」

 卓席に近づいたスタッフから呼び出される。ヘルプを待たせ、トウコに伝えた。

「ありがとう、トウコさん。千隼さんを連れてきてくれて」

「そんな、お礼を言われることなんて」

「トウコさんがいてくれたから、アレで済んだんだと思う。だから、俺に対して、悪く思う必要ないからね?」
 
 トウコの肩に優しく触れて、腰を上げる。ヘルプと交代し、次の卓へと移動した。

 それから、律は通常どおりに接客をこなしていく。週末だということもあり、いつも以上に酒を飲み、女性が持ち込んだり注文したりで運ばれたデザートを、一緒に食べた。

 営業終了後、案の定律はトイレにこもる。いつも以上に、嘔吐おうとの音を響かせた。

 口元をハンカチで拭きながら出て、店の出入口へと向かう。

 レジカウンターに差し掛かったとき、店長が追いかけて白湯を渡してきた。

「ほら」

 受け取った律は青白い顔で、いぶかしげに店長を見すえている。

「今度はなに?」

「千隼の件、世話になったな。フォローしてくれて助かった。来月の給料楽しみにしてろ」

「……そりゃどーも」

 律は白湯に息を吹きかけながら、ちびちびと飲んでいく。その姿を見る店長のいかつい顔には、薄い笑みが浮かんでいた。

「……そういえば、店長は結婚してたな?」

「なんだ急に。してるけど?」

「奥さんとか、奥さんの親せきから反対されなかったのかなって。店長は元ホストだろ」

 店長は神妙な顔つきになり、腕を組む。腕にかかる左手の薬指には、銀色の指輪が光っていた。

「おまえ結婚でも考えてんのか」

「そう見える?」

「んなわけねえな」

 店長は短く息をつく。考え事をするように目を伏せて、真面目な声を出した。

「夜職なんて、男女ともに安定しないし信用もねえからな。祝福されるわけがねえだろ。仕事を続けたいんなら、夫婦で折り合いつけながらやっていくしかねぇよ」

「店長みたいに裏方に回るとか?」

「ああ。そりゃきっぱり辞められるならそれがいいけどな。なかなか難しいだろ。この世界に一度、足を突っ込んじまうとな」

 律はうなずく。社会的に信用されてないホストにとって、結婚はもちろん別の仕事に就くのもハードルが高い。

 仮に結婚できたとしても、ホストと両立するのは困難だ。それができるほど、この世界は甘くない。結婚したホストのほとんどが、プレイヤーを引退して裏方に回るか、この世界と縁を切るかのどちらかだ。

「あいつ、このまま辞めんのかな?」

 店長らしくない、弱弱しい声だった。律は首をかしげる。

「さあね。辞めようが辞めまいが、本人が決めることだろ。俺たちがどうこう言えることじゃない。飛ぶのが当たり前の世界なんだし」

「そりゃそうだけど。このまま失うには惜しい人材だぞ」

「だとしても、あんな大ごと引き起こしたんだ。責任取って辞めるって言いだしても仕方ないだろ。千隼さんの性格を考えれば」

 はっきりと言い切る律に、店長はただ、うなずくだけだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...