律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第二夜 酒も女も金も男も

献身と最悪の裏切り 1

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 送迎車の中でため息が響く。

「はあ……」

 もう何度目のため息か、部長はいちいち数えないようにしていた。

 後ろに座るカナが、先ほどからほの暗い空気を漂わせている。ここ数日は仕事にも慣れ、明るくふるまっていたというのに。

「あ~……どうしたのカナさん。なんかあった? 嫌なお客さんでもいた?」

 二人きりの車内で、部長はこの空気に耐えられそうになかった。女性の話に耳を傾けるのも仕事のウチだ。次の仕事先で嫌な気持ちを引きずらないためにも、話せることなら話してもらったほうがいい。

 カナは待ってましたとばかりに話し出す。

「いえ、実は、夫のことで……」

「やっぱりね、そんな感じはしてたんだよ」

 部長とカナは、同時にため息をついた。

「すみません、部長。気を遣わせるつもりはなかったんですが」

 鬱々とした空気を放ちつつ、カナはほほ笑む。長い髪を耳にかけた。

「……私、このお店で働いて、それなりに稼いだと思ってたんです」

「カナさん、がんばってたからね」

 カナは窓の景色に顔を向けた。ビルや街頭で明るい夜の街並みが、どんどん通り過ぎていく。

 カナの口から、ほの暗い声がぽつりと出てきた。

「でも夫の借金が、減るどころか増えてたんですよ」

 部長は眉間にしわを寄せつつ、うなずいた。

「そうか」

「こっちは朝から晩まで働いてるっていうのに」

 カナの声は、憎々しげに低くなる。窓に反射する顔は、ゆがんでいた。

「ギャンブルもキャバクラ通いもやめるって約束してたのに、それを続けてたんです……」

 深呼吸を繰り返しながら、自身を落ち着かせようと必死だ。今にも怒鳴り散らしたいのを、我慢しているようだった。

「ほんと、いつまでこんな生活続けなきゃいけないんだろ」

 部長は運転に集中しながら、なんと声をかけようか考えあぐねていた。返事をしなくても、カナは自身の思うがままに言葉を連ねていく。

「わたしが働いている今も、借金はどんどん膨れ上がってるんです。一体なんのためにこの仕事続けてるのかって虚しくなる」

 どんなに稼いでも、借金が減らなければ意味がない。ただただ、体を売る側の負担が大きいだけだ。

「はやくお金返せるようにこの仕事を選んだのに。一緒に返そうって約束したのに……これ以上借金増やしてどうしたいんだろ、ほんとに……」

 額をおさえ、ため息をつく。

 そこまで嫌なら、旦那とは別れてしまえばいいのに。という本音を、部長は心のうちにしまい込んだ。

 カナはハッとして顔を上げる。

「あ……ごめんなさい、こんな話聞かせちゃって」

 眉尻を下げながら、ほほ笑んだ。

「わたしばっかり頑張ってる気がして、なんだか報われないことばっかりで。誰かに聞いてほしかったものだから、つい」

 愚痴を言いながらも、カナは結局、夫と離れることができない。一緒にいる時間が長ければ長いほど――相手に使った金額が多ければ多いほど、手放せない。

「わかってるんです。夫に付き合うって決めたのは私だから。自分で決めたことを、やるしかないんですよね」

 部長はなにも、返せなかった。返したところで、それはうわべだけの慰めにしかならない。

 ただ、聞くことだけしかできなかった。

「自分でやるって決めたなら……夫を信じるって決めたなら、前を向いてやるしかないですからね。今の私には、これしかできないし。これで、がんばって稼ぐしか、ないんですよね」

 そうこうしているうちに、目的地のホテルへ到着する。街はずれに位置するホテル街の中でも、高級志向のラブホテルだ。部長は空いている駐車スペースに車を停めた。

 入ってすぐのエントランスは豪華な内装になっており、廊下にはほつれ一つない真っ赤なカーペットが続いている。

 部長とカナは階段をのぼり、カーペットの上をしばらく進んだ。

 目的の部屋の前で、部長がインターホンを押す。しばらく待っていると、ドアが開いた。

 出てきたのは背の高い中年男性で、清潔感があり、紳士的な雰囲気をかもしだしている。が、カナを見たとたん、顔をひきつらせた。カナも男性を見た瞬間、目を見開く。

「あなた? ……なにしてるの?」

 周囲の空気が、一瞬で凍り付いた。
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