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第二夜 酒も女も金も男も
心からの謝罪とお節介 2
しおりを挟む「わたし、もう、どうすればいいのか……。お金があれば、早く借金を返せたら……彼もきっと、もとに戻って、借金なんてしなくなるはずだって……」
めそめそと泣き続けるカナを、律は神妙な顔で見つめていた。
「そのために、わたし、頑張ってたのに……お金、はやく、返せるように……なのに、もう、どうすればいいのか、わからない……」
すすり泣く声が、静かに続く。弱っているカナの体に、律の冷ややかな声が刺さった。
「難しいですか、これ以上体を張るのは」
顔を向けたカナに、律は冷めた口調で続ける。
「甲斐性のない遊び好きの旦那なら、稼いだところで使われるだけですもんね。そんな男のために他の男の相手するの、バカらしくないですか?」
部長がギョッとして、律を肘でつつく。カナはただただ、目をぱちくりとさせていた。
目の前にいる律は、穏やかで優しい社長ではない。スタッフが見慣れ、カナが初めて見る、本来の姿だ。
「俺は女性のプライベートに興味はないし、口を出すこともしません。カナさんの中で、旦那さんを支えたい気持ちを否定するつもりもないんです。でも」
律はため息をつきながら足を組み、背もたれにのしかかる。
「もう少し理性的に考えてみて下さい。ギャンブル大好き女好き、事業を失敗してもなお借金を膨らませるようなクズ、そんな簡単に矯正できるわけないでしょ?」
となりに座る部長に視線を向ける。
「反論したらこうやって殴られるみたいですし。……部長がこんなふうになるくらいだから。カナさんだったら頬骨が、折れてたかも」
「う……うぅー……」
反論はない。なにも言えない。どうすればいいのかわからない。情緒がぐちゃぐちゃになるカナは、涙ばかりがあふれていた。
「カナさんはなんのために、がんばってるんですか? 旦那さんとこれからも一生、添い遂げたいからですか? それが、カナさんの幸せなんですか?」
カナは肩で呼吸をしながら、たどたどしく声を出す。
「わたしは、あの人を信じて、一緒にいたくて……。いつか、ちゃんと二人で、幸せに」
先ほどまで夫に反論していたカナはどこへやら。
あれだけ言い争っても結局、離れられないのだ。夫もそれをわかっているから、反省もせず繰り返す。
そうやって一緒にいても、ぶつかることを避けられないのはわかっているはずなのに。
「旦那さん、きっとまた同じようなことしますよ? 今度はもっと開き直るかも。別の店だから――ストレス解消だから――って」
カナだって本当はわかっているのだ。今までも辞められなかった悪癖が、金を返したところでなおりはしないのだと。これからも、ただ続いていくだけなのだ、と。
「旦那さんに裏切られて傷ついて、それでも許しあって一緒にすごし、そしてまた裏切られる。それ、本当に、カナさんにとって幸せなんですか?」
カナは小刻みに震えながら、顔を伏せる。追い打ちをかけるように、律の声が続いた。
「せっかくこの仕事で、普通に働いても手にできない大金がもらえるんです。その金を自分のために使うか、旦那の娯楽として勝手に使われるか。……結局は、カナさん次第、なんですよ?」
返事をしないカナに、ため息をつく。
「Sweet Platinumのポリシーは、金を稼いだ女性自身が幸せになることなんです。体で稼ぐと決断した女性に、不幸になってほしくないんです。……カナさん。稼いでいる今、あなたは幸せですか?」
うつむくカナの顔から、涙が零れ落ちていく。
律の問いに、もう、答えようとはしなかった。
「すみません、言いすぎましたね。今日はもう帰っていいですよ。その状態じゃ仕事にならないでしょ? 家に帰ってよく考えるといいですよ。ああ……」
ふと、律はなにかを思い出したように笑みを浮かべる。女性客に向けるときの、神々しい笑みだ。
優しさと、気遣いがにじんでいた。
「なんなら、今日のお給料でカフェやファミレスに寄ってみるのも、いいかもしれませんね。一人で、好きなものを飲んで好きなものを食べる……。それだけでも、気分転換になるものですから」
カナは以前のように食い下がることはなく、静かにうなずいた。部長に促され、一緒に事務所を出ていく。
洋室にひとり残る律のもとへ、メイコがおずおずと近づいた。自らの失態を、まだ引きずっているようだ。
メイコが口を開くより先に、律が神妙な声を出す。
「ひと回りも下の男に言い詰められたら、そりゃ折れちゃうよね。……難しいな」
律はメイコを責めようとしなかった。だからこそ、メイコは申し訳なさげに顔を伏せることしかできない。
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