律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
64 / 72
第二夜 酒も女も金も男も

心からの謝罪とお節介 2

しおりを挟む



「わたし、もう、どうすればいいのか……。お金があれば、早く借金を返せたら……彼もきっと、もとに戻って、借金なんてしなくなるはずだって……」

 めそめそと泣き続けるカナを、律は神妙な顔で見つめていた。

「そのために、わたし、頑張ってたのに……お金、はやく、返せるように……なのに、もう、どうすればいいのか、わからない……」

 すすり泣く声が、静かに続く。弱っているカナの体に、律の冷ややかな声が刺さった。

「難しいですか、これ以上体を張るのは」

 顔を向けたカナに、律は冷めた口調で続ける。

甲斐かい性のない遊び好きの旦那なら、稼いだところで使われるだけですもんね。そんな男のために他の男の相手するの、バカらしくないですか?」

 部長がギョッとして、律を肘でつつく。カナはただただ、目をぱちくりとさせていた。

 目の前にいる律は、穏やかで優しい社長ではない。スタッフが見慣れ、カナが初めて見る、本来の姿だ。

「俺は女性のプライベートに興味はないし、口を出すこともしません。カナさんの中で、旦那さんを支えたい気持ちを否定するつもりもないんです。でも」

 律はため息をつきながら足を組み、背もたれにのしかかる。

「もう少し理性的に考えてみて下さい。ギャンブル大好き女好き、事業を失敗してもなお借金を膨らませるようなクズ、そんな簡単に矯正できるわけないでしょ?」

 となりに座る部長に視線を向ける。

「反論したらこうやって殴られるみたいですし。……部長がこんなふうになるくらいだから。カナさんだったら頬骨が、折れてたかも」

「う……うぅー……」

 反論はない。なにも言えない。どうすればいいのかわからない。情緒がぐちゃぐちゃになるカナは、涙ばかりがあふれていた。

「カナさんはなんのために、がんばってるんですか? 旦那さんとこれからも一生、添い遂げたいからですか? それが、カナさんの幸せなんですか?」

 カナは肩で呼吸をしながら、たどたどしく声を出す。

「わたしは、あの人を信じて、一緒にいたくて……。いつか、ちゃんと二人で、幸せに」

 先ほどまで夫に反論していたカナはどこへやら。

 あれだけ言い争っても結局、離れられないのだ。夫もそれをわかっているから、反省もせず繰り返す。

 そうやって一緒にいても、ぶつかることを避けられないのはわかっているはずなのに。

「旦那さん、きっとまた同じようなことしますよ? 今度はもっと開き直るかも。別の店だから――ストレス解消だから――って」

 カナだって本当はわかっているのだ。今までも辞められなかった悪癖が、金を返したところでなおりはしないのだと。これからも、ただ続いていくだけなのだ、と。

「旦那さんに裏切られて傷ついて、それでも許しあって一緒にすごし、そしてまた裏切られる。それ、本当に、カナさんにとって幸せなんですか?」

 カナは小刻みに震えながら、顔を伏せる。追い打ちをかけるように、律の声が続いた。

「せっかくこの仕事で、普通に働いても手にできない大金がもらえるんです。その金を自分のために使うか、旦那の娯楽として勝手に使われるか。……結局は、カナさん次第、なんですよ?」

 返事をしないカナに、ため息をつく。

Sweet Platinumうちのポリシーは、金を稼いだ女性自身が幸せになることなんです。体で稼ぐと決断した女性に、不幸になってほしくないんです。……カナさん。稼いでいる今、あなたは幸せですか?」

 うつむくカナの顔から、涙が零れ落ちていく。

 律の問いに、もう、答えようとはしなかった。

「すみません、言いすぎましたね。今日はもう帰っていいですよ。その状態じゃ仕事にならないでしょ? 家に帰ってよく考えるといいですよ。ああ……」

 ふと、律はなにかを思い出したように笑みを浮かべる。女性客に向けるときの、神々しい笑みだ。

 優しさと、気遣いがにじんでいた。

「なんなら、今日のお給料でカフェやファミレスに寄ってみるのも、いいかもしれませんね。一人で、好きなものを飲んで好きなものを食べる……。それだけでも、気分転換になるものですから」

 カナは以前のように食い下がることはなく、静かにうなずいた。部長に促され、一緒に事務所を出ていく。

 洋室にひとり残る律のもとへ、メイコがおずおずと近づいた。自らの失態を、まだ引きずっているようだ。

 メイコが口を開くより先に、律が神妙な声を出す。

「ひと回りも下の男に言い詰められたら、そりゃ折れちゃうよね。……難しいな」

 律はメイコを責めようとしなかった。だからこそ、メイコは申し訳なさげに顔を伏せることしかできない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...