69 / 72
第二夜 酒も女も金も男も
今いる場所で 1
しおりを挟むこの日は締め日。ひと月の指名数と総売り上げが決まり、ホストはなにかとピリピリする日だ。この締め日を理由に女性を呼ぼうと必死になるホストは多い。
とはいえ、律はいつもより少ない客数だった。たくさんの金を使い飛ばす客に至っては、「騒がしいのは好きじゃない」と別の日に改めることが多い。
おかげで、酒を大量摂取してグロッキーになるホストが多い中、律は吐くまでにいたらず済んでいる。強者の余裕、といったところだ。
律は卓席を抜け、休憩をもらう。厨房奥では、先に千隼が休憩をもらい、丸椅子に座って水を飲んでいた。
千隼は律に気づき、柔らかくほほ笑む。
「あ、お疲れさま。イス、座る?」
「いや、いいです」
千隼が座るその奥に、休憩用の水とコップがまとめて台におかれていた。律が近づいて手を伸ばすと、千隼が先にそれを取る。
律の分の水を注いで差し出した。律は会釈して受け取り、その場を離れる。壁に背をつけ、スマホを確認し始めた。
通常、休憩中のホストは、たばこをくゆらせながら営業メールを送るものだ。仲のいいホストと居合わせたなら会話もする。
律も千隼もたばこは吸わず、スマホを見るだけだ。無言の時間が流れていく。
「すごいね、律くんは」
先に口を開いたのは、千隼だ。
「連日売り上げ一位じゃん。俺なんて全然かなわないよ」
律はスマホから視線を上げた。あいかわらず不愛想な顔で千隼を見る。
返事をせず、近寄りがたい空気をこれでもかと漂わせる律に、千隼は気にせず続けた。
「週末は律くんのために酒がじゃんじゃんおろされるし……。律くんのお客様につくと、たまに金銭感覚おかしくなりそうだよ」
「そりゃ、役職しないでわがまま通用させるには売り上げ出すしかないんで」
「そんなに役職つくの嫌なの? 律くんならもう代表とか支配人レベルじゃん。Aquariusと言えば律くん、みたいなところもあるし」
律はスマホに文字を打ちながら返す。
「余計な仕事増やしたくないんですよ。俺にとって役職はお荷物でしかないんで」
――お仕事お疲れさま~。ほんとうはすぐにでも会いたいけど……今日はゆっくり休んでね。負担、かけたくないからさ。いつもありがとう。今度来るときはさ、 プレゼントしたリップつけてきてよ。――
トーク画面に出た律のメッセージは、今とはかけ離れた穏やかな口調で、思わせぶりに寂しがる文章だった。それを見下ろす律の目は、冷めきっている。
その姿を見すえる千隼が、続けて声をかけようとしたときだった。持っていたスマホが震える。タップしてトークアプリをひらいた。
届いた文章にしばらくほうけ、こらえきれずに吹き出す。
「ふふ……あははっ……!」
おかしそうな、けれども乾いた笑いに、律は目を向ける。
「は~あ、見てよ、これ」
千隼はトーク画面を律に見せ、手招きした。眉を寄せた律がいぶかしげに返す。
「客のやり取りをのぞき見する趣味はないんですけど」
「こないだはのぞいてたじゃん。ほら、いいからいいから」
ため息をつき、しぶしぶ近付いた。千隼のスマホ画面の前でかがみ、メッセージを読む。
――やっぱり別れるのは正解じゃなかったと思う。でしょ?
千隼の元カノ、花音からだとすぐにわかった。似たような文章がどんどん送られてくる。
――こないだのことは水に流してあげるから、今度の日曜に会ってあげてもいいけど?
――絶対に客扱いしないって約束できるんだったら別れないでいてあげる。
――だって一度は結婚を考えた仲だもんね。
「……なんですか。この上から目線のメッセージは」
「ねえ?」
千隼はひととおり喉を鳴らし、息をついた。いまだにメッセージが届く画面を見る。
「俺、あの日から、がむしゃらにやってきたんだよ。恋愛なんて考えられないくらい、お客さまやスタッフと関わって、なんとか、ホストを続けてきた」
律は小さくうなずいた。ここ最近の千隼のようすを見ていれば、言うまでもない。
「ようやく、今の自分を受け入れられるようになったんだ」
トーク画面を見下ろす千隼の目は、冷淡なものに変わっていた。
「うん。別れて、正解だったんだ。……あの日、すぐにこれが送られてたら、もっと揺らいでただろうけど……」
スマホの画面を、タップする。
「今はもう、お客さまと同じようにしか見えない。……連絡するだけして、店には来ずに恋人になりたがる、お客さまにしか……」
花音のアカウントを、ブロックした。すぐにスマホを暗転させる。
「とっくに俺はもう、ふっきれてたんだな。今の今まで、彼女の存在を忘れてたくらいなんだから」
千隼の全身から朗らかな空気が放たれ、その顔には屈託のない笑みが浮かぶ。悩みのタネがなくなった今、千隼は完全に調子を取り戻した。
今度は律のスマホが震える。画面を見て操作する律の姿を、千隼は見つめていた。
「ありがとう。律くんに、相談できてよかった」
「いや、俺はなにも。最終的にどうするか決めたのは、千隼さん自身ですし」
なれ合うつもりもなく、なにを言おうが一線を引くような態度の律に、千隼は苦笑する。
「律くんはきっと器用に女性と付き合えるんだろうな。お客さんや店の人にも隠せて、彼女のことも大切にできて」
文字を打ち込んでいた律の指が、止まった。
「……どうですかね」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる