13 / 72
第一夜 Executive Player「律」
忙しい日々
しおりを挟むデリヘルグループSweet Platinumは忙殺の日々が続いていた。予約が埋まる上に飛び込み客にも恵まれる。スタッフと女性たち全員が駆り出され、それぞれに仕事をこなしていった。
「あ、ヒナノちゃん? お疲れさま」
事務所リビングに、律の穏やかな声が響く。
ホワイトボードの前で、社用の携帯電話から、ホテルにいる女の子と連絡を取っていた。
「そろそろ終了のじか……延長? ちょっと待ってね」
ホワイトボードに書かれた女性たちの予定表のうち、ヒナノの欄を見る。
「ごめんねぇ。次の予約が三十分後だから厳しいね。……うんうん、はーい、よろしく」
切ったとたん、デスクにある別の携帯電話が鳴り、優希が慌てて出ていた。
「はい。『Platinum Latte』です。……今からですか? 少々お待ちください」
優希は自身のデスクに座り、ホワイトボードとパソコンの画面を確認しながら対応する。が、この忙しさでは、声に余裕のなさが出てしまっていた。
「あ、えっと、今からですと……お待たせすることに……えっとですね」
事務所には今、律と優希の二人しかいない。
三店舗すべての女性が出ている状況では、ドライバーだけで現場を回せない。
普段事務所にいる部長とメイコが送迎に出ることで乗り切っていた。事務所に残る二人が指示を出し、現場を回していくしかない。
今度は律のスマホが鳴った。ジャケットの裏から白いスマホを取りだす。対デリヘル社員用として使うスマホだ。すぐにタップして耳に当てる。
「……はい。うん、了解」
先ほどとは違う神妙な声だ。ホワイトボードに書かれている内容をペンで指し示しながら続ける。
「じゃあ……そのままホテルベアーに向かって。次はユリさんで一〇〇二号室ね。……うん、一、〇、〇、二、号室。そう、そのあとはホテルフ―ミーにアリスちゃん待機で」
通話を切り、別の相手にかける。
「ああ、部長。今からコバコホテルに向かって。ヒナノちゃんが出てくると思うから。車に乗せたら電話して。それと、そのコバコホテルにアカリちゃんを出して。S一―六号室。……はい。お願いね」
「社長!」
電話を切ったとたん、優希がパソコンを見ながら声を上げる。
「一時からユリアさん入りました」
「ユリアさん? ホテルは?」
「Bタワーホテルです」
律はホワイトボードのユリアの欄をペンでさす。
「あー……今ホテルヴィヴァルディか。どうだろ。メイコさんが急いでギリだな。連絡しておこう」
二人だけでは息つく暇もない。女の子とドライバーの位置関係を把握したうえで、飛び込み客の対応をするのは頭を使う。そんな中、律は各所へ適切に指示を出していた。
「ああ、広瀬さま、お世話になっております」
客からの電話に、律が対応する。スタッフや女の子に対するものとはまた違う、柔和な声だ。
「次回のご予約ですか? アイさんですね? 少々お待ちください」
優希が座るデスクに近づき、パソコンの画面をのぞきこむ。画面には、すでに日程表がだされていた。
「はい。その日でしたら大丈夫ですよ。一日デートコースで。はい。はい。お待ちしております。失礼いたします」
通話を切り、律は深く息をついた。
「落ち着いた、かな?」
客からも、女の子やスタッフからも、電話はこない。時間終了の電話をこちらからかけるまで、余裕がある。
そばにいる優希を見下ろした。優希は律よりも疲れ切った顔でパソコン画面を見すえている。
「俺が来るまで大変だっただろ? 一人で回すの」
「え? ああ……」
律を見上げ、ぎこちなく笑う。
「はい。助かり」
腹の鳴る音がさえぎった。優希は顔を真っ赤にして、腹をおさえる。
「す、すみませんっ! 今日は一日中こんな感じで、なにも食べられなくて」
慌てふためき、照れたように頭を掻いた。
「あ、えっと、一緒になんか食べませんか? 今日女の子がくれたお菓子があって~。あ、でもメイコさんたちに悪いか」
しゃべるあいだも腹が鳴っている。律は薄い笑みを浮かべ、うなずいた。
「いいよ。休憩にしよう。きっとメイコさんたちも時間見つけてなんか食べてるだろ」
†
洋室のローテーブルに、個包装のお菓子を詰めた缶が置かれている。ソファに座る律が一つ手に取り、封を切った。中身はラングドシャだ。
正面に座る優希は、すでに二つ目を口に入れていた。
「ああ、そうだ、社長。電話が来てましたよ」
口の中を隠すように、軽く握った手を当てる。
「フェアリーアンドミューズの近澤さんからでした。風俗店経営者の交流会と講演会参加の件で返事がまだもらえてないって」
「優希が勝手に断ってくれて大丈夫だけど?」
「だめでしょ。めったに顔出さないからみなさん会いたがってるって言ってましたよ」
「それは社交辞令だから。近澤さんだったら特に。……まあいいや。こっちから連絡入れておく」
優希のあとに続き、律も少しかじる。用意してもらった紅茶は湯気が立っており、まだ手を付けようとしない。
「それから、レミさんですけど」
優希がゆっくりと咀嚼しながら続ける。
「ちゃんと毎日出勤してくれてますよ。オーラスで」
「へえ、そうなんだ」
「社長から金借りたことで、心入れ替えたんじゃないですか?」
「いや、借りてる以上ちゃんと約束守るのは普通だろ」
吐き捨てるような言い方に、優希は口の中のものを飲み込んで尋ねた。
「もしかして、レミさんが飛ぶと思ってんですか? 金貸したのに?」
律は視線を下げる。カップからは、まだ湯気がかすかにのぼっていた。
「俺、そんなにわかりやすい?」
「はい。返してこないって思うんだったら貸さなきゃいいのに」
律は鼻を鳴らす。
「優希が気にすることじゃねえよ。レミちゃんが頑張ってるのは否定しないし、指名も増えてるみたいだから、とりあえずは様子見だな」
その声に、穏やかさは一切なかった。優希はそれ以上追及せず、お菓子に手を伸ばす。
紅茶からの湯気は、もう見えなくなっていた。律はようやく手に取り、口をつける。律にとってはこれくらい冷めているのがちょうどいい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる