律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第一夜 Executive Player「律」

大切なお客様 1

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「ちょっとぉ。なんなのよぉ」

 開店直後のAquariusアクエリアスで、独特な声が響き渡る。

「この店そういう差別するわけ~」

 レジカウンターで、独特な声色を発する二人がスタッフともめていた。律がカフェで出会った、女装するゲイ二人だ。

「申し訳ありません。少々確認しているだけですので……」

「つったって、女はすぐに通したじゃないの。律くん呼びなさいよ、律くん」

 細身のおネエさんがカウンターをバンバン叩く。

 スタッフは眉尻を下げ、イヤホンの指示を気にしながら頭を下げていた。

「なんでこんなに待つ必要があんの? 律くん呼んで来ればいい話だろうがよ!」

「申し訳ありません……」

「あたしたちがそんなヤバいやつに見えんの?」

「ま~、失礼しちゃうわよねぇ」

「なんか言えよ! この店にふさわしくないってんならとっとと帰ってやっからよ」

 スタッフをにらみつける二人から、並々ならぬ気迫がただよう。スタッフは今にも泣きそうな顔になっていた。

 トイレで用を済ませた律は、聞きなれた声に導かれるようレジカウンターに向かう。

 不幸中の幸い、といったところか。この日の律に同伴はなく、指名客もまだ来ていない。

 先に駆け付けていく店長に気づき、足を遅くする。店長のあとを、ゆっくりと追った。

 先に到着した店長が、二人に対して頭を下げた。

「大変お待たせして申し訳ございません。律をご指名ですけれど初回、ですよね? 本人に確認次第」

「大丈夫だよ。もう来てるから」

 振り向いた店長は、先ほどの二人よりも凄みのある顔でにらんできた。確認のために律のことを探し回っていたらしい。が、律はそれを尻目に、満面の笑みをゲイ二人に向ける。

 とたんにきゃっきゃと騒がしくなった。

「あっ。律く~ん、きちゃったぁ」

 先ほどとは違う、猫なで声だ。律は笑みを浮かべつつ、申し訳なさげな声色で返した。

「お出迎えが遅くなってすみません。もっとはやく顔を出せればよかったんですが……」

「いいのいいの、律くんが悪いわけじゃないんだから~」

 律の登場で気をよくした二人に、店長が安どの息をつく。

「お席を用意したので、こちらに」

 店長の案内に従い、一緒に卓席へと向かう。そのあいだ、律の両どなりで、おネエさんたちは盛り上がっていた。

「そりゃあね、男を入れられないってのはわかるのよ?」

 モデル体型のおネエさんが律の腕に絡みつきながら愚痴を吐く。反対どなりの腕を握るふくよかおネエさんが続けた。

「うんうん。引き抜きとかね。警戒するのはわかるの!」

「でもわたしら見て警戒することないんじゃないの~」

「この格好の引き抜きがどこにいるのよって話よね~。まあ予約もしないで来ちゃったあたしらも悪いけどさ~」

 二人の話をうんうんとうなずきながら聞いていた律は、沈んだ声を出す。

「すみません。俺が連絡先もお渡ししていたらよかったですよね。名刺には書いてなかったでしょ?」

「違う違う。律くんのせいじゃないのよ~。ってあんたいつまで腕組んでんのよ! 指名したのはあたしよ!」

「いいじゃないの、減るもんじゃないし」

 広いフロアの角にある、ボックス席に入る。段差をのぼった高い位置にあり、フロア全体がよく見渡せた。

 ふくよかなオネエさんが辺りを見渡しながら座る。

「あら、今日は少ないのね」

 二律は腕を握られたまま、二人の間に腰を下ろした。

「はい。まだ開店したばかりですから」

「あらやだ。客少ないくせにあたしら待ちぼうけくらってたわけだ?」

 卓席のとなりで、バツの悪い顔をした店長が再び頭を下げる。「ごゆっくりどうぞ」と立ち去った。

「失礼しま~す」

 三人が座る正面に、ヘルプが入ってくる。

「レオです、よろしくお願いしま~す」

 よく律の卓席でヘルプにつく中堅ホストだ。一重だが八重歯のほうが目立ち、愛嬌あいきょうがある。あらかじめ用意されている焼酎の水割りセットに手をのばし、二人分のグラスを準備し始めた。

 レオを見ながら、細身のおネエさんが声高に言う。

「え~? 律くんのほうがイケメンじゃ~ん」

「ですよね~。そりゃナンバーワンにはかないませんって」

 話しながら焼酎のふたを開けるレオを見て、律は二人に確認する。

「このあとお仕事なんですよね? お酒は少なめにしときましょうか?」

「もう、気にしないで~。酒飲まないとろくにしゃべれないのよ。でもその気遣いが好き」

 律がレオを見てうなずくと、レオが慣れた手つきで水割りを作っていく。

 その間、律は二人にべたべたと触られていた。

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