律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
16 / 72
第一夜 Executive Player「律」

崩壊の兆し

しおりを挟む



 拓海が向かう席には、若い女性がいた。リボンタイのブラウスにオレンジ色のフレアスカートをはいている。

 先日ツケの支払いしていた、あの女性だ。大人しく座っている女性のとなりに、拓海がどかりと座る。

「ありがと。来てくれて。やっぱり俺にはリオしかいねーわ。ほんとに困ってるときに来てくれるの、リオぐらいだし?」

 返事をせず、テーブルを見つめるリオ。そこには、前回までに頼んだ飾りボトルが並んでいる。

 反応が薄いリオの顔を、眉尻を下げてのぞきこんだ。

「もしかして、まだ怒ってる?」

「え? あ、いや……」

 顔を上げたリオは、ぎこちなく笑った。

「怒ってないよ。もう大丈夫」

「ごめんな。俺、デリカシーないほうだから、傷つけることも多いよな。これからリオのためになおすから……俺のこと、見捨てないで。こんなの、わがままだってわかってるんだけど」

「うん。心配しないで。見捨てないから。私も、拓海しかいないし」

 リオが笑えば拓海も笑う。

「ありがとう、じゃあ仲直りってことでシャンパンいれていい?」

「え?」

 リオの笑顔が引きつった。が、拓海はお構いなしに続ける。

「やっぱ人気なのはピンドンっしょ。……ピンドンはいりま~す!」

「いや、ちょっとま……」

 リオの断りもなく、勝手に注文を入れる。リオはもう、断るのを諦めた。

 ホストたちが集まってシャンパンコールが響き渡る。そんな空気の中、拓海に文句を言えるわけがない。

 お姫様のひとことでマイクを渡される。ぎこちない笑みで、仲直り宣言。それにこたえる担当ホスト。

 どんどん飲み干されていく酒に比例して、リオの目から光が消えていく。

 コールが終わり、ホストたちがはけていくと、リオは上機嫌な拓海に顔を向けた。

「すぐあいちゃったね、ピンドン。他のお酒も入れようよ」

「え? いいの?」

「いいよ」

 リオは、かわいらしい笑みを浮かべた。

「でもツケでいい? 拓海のためだったらいくらでも頑張って稼ぐから」

「リオ~。ありがとな~。最高だよ~」

 先ほどとは違う高級シャンパンを頼む。再びコールがはじまり、二度目のお姫様扱いだ。

 二本目のボトルが空き、他のホストたちと飲み干した拓海は口を拭う。

「ありがとう、リオ。これなら俺、ナンバーワンも目指せる気がする」

「ほんと? じゃあ、絶対にわたしが、拓海をナンバーワンにしてあげる。お金ができたら必ずここに来て使ってあげる。約束、ね」

 小指をたてた手を差し出すリオに、拓海は抱き着いた。

「リオ~」

 拓海の腕の中で、リオはずっと笑っていた。

 その目が鈍く光っていることに、拓海は気づかない。気づくそぶりも見せない。

「俺もリオのためにがんばるから! もし俺がナンバーワンになったら、ずっと一緒にいよう!」

「……うん」



          †



 休憩場所でもある厨房に、先ほどのコールを終えたホストたちが入ってくる。その中には、志乃もいた。

「あ~、コール疲れた~」

 疲れ切った顔で、喉元をおさえている。

 厨房の出入り口から店のようすを見ていた律が、顔を向けた。

「お疲れ。連続はしんどいよな」

「……いや、おまえも一回くらい参加しろよ」

 他のホストたちは奥に向かい、各々水を注いで飲んでいる。そのうちの一人が、志乃に水を持ってきた。受け取った志乃は口をつけ、律に顔を向けた。

「あいつさ、マジで調子乗ってない?」

「拓海?」

「に決まってんだろ」

 律の視線は、拓海がいる卓席に向かう。拓海は、リオとは違う女性からシャンパンをあおっていた。

「なんだかな~。やり方も苦手だけど、あいつの態度がな。役職に就いてるってのもあって鼻が高いのもしゃくに障るし」

「まあ、売り上げがあってなんぼだからな」

「そうなんだよなぁ。枕だろうと強引だろうと、売り上げが正義だもんなぁ。おまえと一緒で」

 律は不快気に志乃を見る。

「一緒にすんな。俺は無理に酒をあおったりしてないだろ」

「知ってるよ。おまえのほうから言ってやれ。今のやり方はよくないぞって。あのままじゃ飛ぶ客が一人や二人でてもおかしくないだろ。俺にだってそのくらいわかるし」

「言った。けど本人に直す気なさそうだし無理だった。ほっとくしかない」

 志乃はに落ちたように何度かうなずく。

「ああ、なるほど? だからあのとき首つっこんできたわけだ?」

「そんなんじゃない。志乃もムカつくからって口出すなよ。今のところほうっておくのが正解だ」

 志乃は息をつき、グラスに口をつける。そのとき、ホールに出ていた店長が戻ってきた。

「律、そろそろ休憩終われ。指名がきてる」

「何番テーブル? セッティング終わってるなら自分だけで行くよ」

「二番」

 厨房を出た律は、卓席に一人で向かい始めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...