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本編 ─羽ばたき─
水妖に酔う
母が亡くなってから二年。少女は身を潜めて生きていた。母の形見であり大切に着ている衣は白い生地に紅い花の刺繍が施されており、成長した少女の透き通った肌によく似合っている。母の生き写しであった。住み処を頻繁に変え、自分のいた痕跡を残さないよう努めて暮らしている。
今日の糧を求めて低く飛ぶ。上空からの方が見える範囲は広くなるので、効率を考えれば高く飛んだ方が良いのは分かっている。しかし獲物ばかりに気をとられていると、いつ自分の方が獲物になってしまうか気がつくのに遅れてしまう。
人間の目は鋭い。武器となる牙も爪も翼もその身体には持ち合わせていないが、圧倒的な数で動物達を蹂躙する。一人に見つかればおしまいだ。決して姿を見せないように、梢を掠めてしまうかというくらい低く飛ぶ。
この身を晒さぬよう気配を消すのにはもう慣れたはずで、実際、獲物を捕るのに困ってはいなかったが、それでも天候や体調の影響で狩りができない日が続き、飢えかけたこともある。助けを求めようとしたこともあった。
清御鳥の他にも人ならざる者の存在は少なからずあるが、人間が血眼になって探す清御鳥を匿う者はいない。それどころか人間に手を貸し、知らせてしまう者もいるのだ。全員、見逃す代わりに清御鳥を差し出せと言われれば迷いはないだろう。
自由な清御鳥はもう自分一羽だけなのかもしれないと思うと視界がぼやけてきてしまう。助けも求められない自分は指名手配犯のようだと胸に悲しい陰を落とす。
その時、木々の緑の隙間から光るものが見えた。
それは大きな湖であり、木漏れ日を反射して上空に届いた光が少女を引き寄せた。
底から水が涌き出て気泡が水面に消える。その空気の流れで水草がしなやかに、ゆったりと揺れる。微かな水音と涼しい風は冷気で肌を刺すことはなく、周りの木々の緑は目を癒す。ここにある全てが心地よかった。
衣をするすると肌に滑らせ、生まれたままの姿になる。腰まである水はどこまでも清らかで心が落ち着く。長い黒髪を水に浸せば色が一層深くなり白い肌との対比が美しい。水滴がころころと、腕に首筋、そして瑞々しく張った乳房に流れる。風が吹けば、その刺激に肌が粟立ち乳房の淡い頂きがわずかに朱に染まる──寒いというわけではない。飛んで火照った身体が急に冷えた結果の反応だった。
水滴は乳房から腹部へ、へそに溜まり細腰を伝い落ちていく。誰がこの光景を言葉にできようか。濡れたまつ毛を伏せ、常よりも光るふっくらとした唇から覗く舌が、伝う水と絡む。妖しく、艶やかであった。
いつもの清らかで純朴な少女の姿はそこにはなく、一人の「女」が太陽に反射する水晶を身に纏い湖面で輝いていた。
────────────
翼を浸していた少女は何かに気がつき、美しい羽の手入れもそこそこに辺りを見渡す。どこも異常は無いはずだ。不規則な水の音も、身体を撫でるそよ風も、囀ずる鳥の声も……木影の位置が時間の経過を表すこと以外、変わったところはない。身震いがする。濡れた肌を刺す風のそれとは全く別の感覚。その薄気味の悪さと変化していないように見える光景が、何とも別の世界に来てしまったよう。
(この纏わりつくような……一体どこから……)
風が止んでいる。
木々の闇に目を凝らせば少女の耳には何も届かなくなった。闇がこちらをじっと見ている。寸刻かもしれないし、数刻経ってしまったのかもしれない。時間の感覚が分からなくなった少女は我に返り、湖から出ようと動く……けれど、出来ない。
見えない手で押さえつけられているような不快感。それを皮切りに沸き上がってくるおぞましさ。全身の産毛が逆立ち、髪の毛一本一本にまで神経が通ったような……皮膚が引きつられるようなピリリ、とした感覚。
脚が地面に縫い付けられている。
冷や汗をかきながら母の言っていたことを思い出し、これがあの感覚だと知ってしまった。
(動かなければ……! 逃げなくては……!!)
しかし、水の面には波紋すらたたない。非常にまずい。
脚が動かないばかりか首も回せない。
唯一動かせる眼球を酷使する。
目の端に、蠢く闇を捉えた。
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