転生令嬢と七人の元養い子たちー前世で拾った子どもが立派なイケメンになりましてー

浅名ゆうな

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第19話

「今度行われる騎士様方の歓迎会には、東街区の火事で消火活動に協力してくださった方々も労いのため招待されているの。つまり犯人にとって、招待客に紛れ悠々と侵入できる機会でもあるわ」
 シルフィアが外出を控えるようになったら、そこが狙い目だと犯人は考えるはず。
 こちらも迎え撃つ形の方が、いつ襲われるか分からない状況よりは手が打てる。
 優秀な騎士三人の力を借り、作戦を立て。
 必ず犯人を捕縛する。
 闘志を燃やすシルフィアに、ユキノシタが口を挟んだ。
「あの、少々よろしいでしょうか? もしや、僕がこの場に呼ばれたというのは、つまり……」
「以前、子ども達に歌を披露してもらいたいと話したでしょう? その時、トーカには犯人の確認をお願いしたいの。もちろん、彼女に危険がないよう万全の警備体制を整えると誓うわ」
 彼女は犯人の声を聞いている。
 黒ずくめを脱いでいても見破ることができる、唯一の存在だった。
「まだ恐怖が残っている子に、非道なお願いをしている自覚はあるのよ。なのでユキノシタ様の判断次第で、この話は断っても構わないわ」
 ユキノシタはしばらく俯いていたが、再び上げられた空色の瞳には確かな覚悟が宿っていた。
 それは穏やかな青年の、庇護者の顔。
「本人の意思を確認する必要はありますが、僕としてはお受けしたいと思っています。これ以上被害者を増やすべきではありませんし、恐怖を元凶から取り除けばトーカにとっても安心でしょう」
「ユキノシタ様……。ありがとう、感謝します」
 深々と頭を下げるシルフィアに、ユキノシタは首を振って笑った。
「と言いましても最近のあの子は、少しずつですが以前の明るさを取り戻しているんですよ? 様子を見るためと言ってわざわざ足を運んでくださる、子爵令嬢のおかげかもしれませんね」
 いたずらっぽく肩をすくめながらの珍しい軽口は、気にしなくていいという配慮なのだろう。
 罪悪感で痛む胸が温かくなって、シルフィアは堪らず笑みをこぼした。
「あなたでも、冗談を言うのね」
「うぅ、似合わないことをした自覚はあります」
「それでいいのよ。真面目なところも、冗談が下手なところも、全てあなたの美点だもの」
「下手というのは否定しないんですね……」
 ほのぼのと交わされる和やかな会話。
 輪に入れずふてくされたエニシダが、行儀悪くテーブルに突っ伏しながら文句をたれる。
「シルフィア嬢とユキノシタ、知らない間にえらい仲良くなってなーい?」
 その隣でモクレンも笑っているが、周囲には何やら冷気が漂っている。
「そうですね。そもそもシルフィア様、孤児院に通っていたということ自体、私は初耳ですが?」
「あら。そもそも、なぜ私の行動を逐一あなたに報告する必要があるのかしら?」
 微笑んで返すと、彼の眉間のシワがピシリと増えた。
 不穏な微笑み仕合は止まるところを知らない。
 そんな騒がしいやり取りを見て騎士達が不思議な懐かしさを覚えていることに、シルフィアは気付かなかった。



 シルフィアが考えた作戦の穴を指摘したり、また補強したりと紛糾したものの、会議は一段落した。
 囮になることをモクレンは最後まで反対し続けていたが、それも無理やり納得させた。
 解散の運びとなり、それぞれが席を立っていく。
 そんな中、シルフィアはシオンに視線を向けた。
 表情が動く瞬間はあったものの、話し合いが終わると同時に陰のある雰囲気に戻ってしまっている。
 末っ子で、天使のように可愛らしかったシオン。
 彼の瞳が絶望しか映していないのは、クシェルの死に未だ苦しんでいるためだとしたら。
 避けるべきではないと、シルフィアは思った。
 モクレンの懸念も理解できるが、このまま知らないふりはできない。あるいはシルフィアとしてでも、できることはきっとあるはずだから。
「シオン様、あの」
「……何?」
 勇気を出して声をかけると、シオンは煩わしげではあるものの振り返ってくれた。
 そもそも足を止めると思わなかったので、もしかしたら今回の会議を通し少しは評価を修正したのかもしれない。
 ひとまず一歩前進といったところか。
 シルフィアは、そつのない笑顔を作った。
「先ほどは、貴重なご意見をありがとうございました。やはり、現役の騎士様にご助力いただけますと心強いです。この街に再び平和が訪れた時、領民はすべからくあなた方に感謝することでしょう」
 貴族の作法に則って正しく礼を取るが、彼はどこか物言いたげにしている。しばらくじっと待ってみると、シオンはようやく口を開いた。
「かしこまらなくて結構です。獣のようだった時との振り幅がひどすぎて、違和感しかない」
「獣、ですか」
 火が点いてうっかり地が出てしまったことは認めるが、年頃の令嬢に対し、いうに事欠いて獣とは。
 前世が男性だった自分は、果たして今世で無事に結婚できるのか。一抹の不安はよぎるものの、シルフィアは厳しい現実を見ないことにして笑みを保った。
「ありがとうございます。ではシオン様も、どうぞ覚束ない敬語はおやめくださいませ」
 全く友好的ではない返答に、シオンのこめかみがピクリと引きつる。
 平民出身であることをわざと揶揄したのだ。
 分かりやすい嫌みには、上品にくるんだ特大の皮肉を。これが貴族の常套手段だ。
 階級で差別をする気持ちなど微塵もないが、敵意を向けられるとつい喧嘩腰になってしまう。
 相手の一番嫌なところをあえてつつく。これは完全に、前世の影響だ。
 ーー私に喧嘩を売るだなんて、上等じゃない。
 表面上は微笑みつつ、圧を発する。
 すると、彼は再び人間らしい感情の片鱗を見せた。中性的な美貌に浮かぶのは、戸惑いだろうか。
 ふと、愛らしい幼少時代の面影と重なる。
 体格は男らしくなったけれど、こうして見ると顔立ちはほとんど変わっていない。
 懐かしさが込み上げ、自然に頬が緩む。
 今なら、言える気がした。
「シオンーー」
 唇を動かした瞬間、腕を強く引かれた。
 振り向くとモクレンが立っている。
「先ほど作戦について、質問をし損ねたのですが」
「え? あぁ……」
 モクレンに意識を向けた途端、シオンは背を向けて歩き出してしまった。
 まるで何かを振り切るような乱れた足取りで、シルフィアは名残惜しく見送りつつも心配になる。
 見送る羽目になった原因は、離すまいとするかのようにしっかり腕を握っていた。
 モクレンはやけに性急に話を進める。
「気になるのはトーカのことです。わざわざ彼女に確認させる必要はあるんでしょうか? あなたは犯人の顔を知っているんですよね?」
「ええ。けれど、一つ気になることがあって……」
 上の空で答えつつ、視線は彼に釘付けだった。
 顔だけはいつも通り冷静そうなモクレンだが、どこか不安そうにも見える。
 クシェルの記憶に加えシルフィアとしてもそれなりに過ごしてきたし、何より最近は彼を目で追うようになっていたから、見抜くのは容易だった。
「あなた、もしかして今わざと邪魔をした?」
 シルフィアの問いは的を射ていたらしい。モクレンは何とも言えない表情で黙り込んだ。
 視線を逸らそうとするので先回りをして逃げを封じ、銀縁眼鏡の向こうにある緑の瞳をじっと見つめる。
 引き結ばれたモクレンの唇から、小さな声が漏れた。
「……あなたを、独り占めできたらいいのに」
 あとから苦々しげに顔をしかめるから、それが偽らざる本音だと分かる。
 シルフィアは穴が空くほど彼を見つめ、口を開いた。
「えっと、拗ねているの?」
「いけませんか」
 間髪入れずに憎まれ口が返ってきて閉口するけれど、白皙の美貌が赤く色付くのを見て堪らない気持ちになった。
「ーー可愛い」
 モクレンはもう、七歳の子どもじゃないのに。できるなら抱き締めて、とろけるほど甘やかしてあげたい。
 頼りになる姿にももちろん胸が高鳴るけれど、弱さや情けない部分にまでときめいてしまうなんて。
 ーー美形だから? それとも、モクレンだから?
 可愛いの単語がひどく不本意なようで、モクレンはふてくされた顔をしている。
 それすら愛おしく感じて、シルフィアは自らの頬も淡く染めながら、とびきりの笑顔になった。

   ◇ ◆ ◇

 執務室には、ロントーレ家の当主と執事のクランツ、そしてメイドのミーナが揃っていた。
 それは、終業後の業務報告。
 今まではクランツのみに話して終了だったのだが、最近のクロードはシルフィアの周囲にちらつく男の影が気になって仕方ないらしい。
 ミーナは、シルフィア主導で行われた今日の会議の内容を、報せるべきか悩んでいた。
 シルフィアは大好きだが、クロードは尊敬する雇い主。本来ならば、彼の耳にも入れておくべきなのだろう。
 けれどミーナとて、被害に遭ったランの親友。
 これ以上被害が拡大するのは見過ごせないし、その上犯人は地元に放火した疑いまであるのだ。
 野放しにしてはおけない。
 シルフィアが断固として捕まえるというのなら、ミーナは全力で主人を守ろう。
 そう決断し、口を噤む選択をした。
 とはいえ領主であるクロードも有能な執事のクランツも、ミーナより何枚も上手だ。なぜ集まっていたのかを指摘されればぼろが出るかもしれない。
 そこでミーナは、あることないこと申告して煙に巻く作戦に打って出た。
「……というわけでぇ、お嬢様を愛でるために集まった皆さまは互いに牽制し合い一触即発の気配。ところがさすがお嬢様、ご自身で巧みに取りなし無用な争いを最小限に抑える手腕と言いましたら、もう鮮やかの一言ですぅ!」
「シルフィアを愛でる……だと……?」
 クロードは、作戦がはまり見事に動揺している。
「とりあえず旦那様。確かなことが一つだけぇ」
 ミーナがだめ押しとばかりに声を潜めると、娘を溺愛する父は俄然身を乗り出した。
「お嬢様は、天然の小悪魔で人たらしで、モッテモテのようですよぅ!」
 クロードは机上の書類にも構わず、ガクリと倒れ伏した。憔悴しきった様子に、慌ててクランツが宥めだす。
 混沌とする中、ミーナは一人満足げに微笑んでいた。
 何とか大切なシルフィアの秘密を守りきれた。
 達成感に浸っているメイドは、後々の主人の苦労を全く考えていない。

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