転生令嬢と七人の元養い子たちー前世で拾った子どもが立派なイケメンになりましてー

浅名ゆうな

文字の大きさ
21 / 30

第21話

 完全武装のシルフィアは、呟きを拾い視線を動かした。
「ーーモクレン」
 彼の側にはエニシダとユキノシタ、それに可愛らしく着飾った孤児院の子ども達がいる。
 シルフィアは相好を崩して彼らに近付いた。招待客達が自然と道を譲っていく。
「シルフィア様。その、とても、」
 モクレンが何かを言いかけるも、それより先に動いたのは子ども達だった。
「お姉ちゃんお姫様みたーい!」
「ドレス綺麗だな!」
「バカね、お兄ちゃん。こういう時はドレスじゃなくて本体を褒めなきゃ失礼になるのよ?」
「うん、本体も綺麗だ!」
 シルフィアを取り囲み、口々に絶賛する。
 一部賛辞でないものも交じっているが、シルフィアは気にならなかった。興奮が直に伝わってくる。
「ありがとう。着付けてくれたメイド達と、見立ててくれたエニシダおじちゃんのおかげね」
「そうなんだ! やるね、おじちゃん!」
「いやお前、何でそんな偉そうなの? それにシルフィア嬢まで『おじちゃん』呼ばわりは本当にやめて……」
 げんなりしたエニシダが近付いてきて、シルフィアは初めて彼の正装に目を留めた。
「あら。あなたもとても素敵ね」
「素敵だと思ってくれるならお姫様、どうか」
 スッと手を差し出され、目を瞬かせる。
 楽団の演奏は来客を盛り上げる曲目ばかりだったのに、いつの間にか優美なワルツに移っていた。
 夫婦で参加している者達は、ワルツを知らないなりに軽やかなステップを踏んで楽しんでいた。子ども達までくるくる踊っている。
 彼らの楽しそうな顔を見ていたら、シルフィアは自然にエニシダの手を取っていた。
「ええ、喜んで」
 ホールの中央へと進んでいく。
 互いに礼をして、滑るように踊り出す。
 やんちゃだった子ども時代を知っているからどんなリードをされるだろうと好奇心半分不安半分でいたのだが、思いの外様になっている。
「お上手なのね。意外だわ」
「夜会に招かれることもあるから、嗜みとしてな」
 エニシダが細部までこだわり抜いて選んだドレスは、全体が羽のように軽い。
 普段なら足に絡む裾をさばくのに苦心するところだが、おかげでステップだけに集中できる。
 空気をはらんで翻るドレスを楽しむ余裕さえあった。
 不意に、エニシダの手がいたずらに動く。
 指と指とを絡められ、さりげなく付け根の敏感な部分を撫でられる。
 シルフィアはくすぐったさに声を上げかけたが、ぐっと堪えて半眼になった。
「ーーどうやら、しつけ直す必要があるようね」
「いって!」
 こっそり手の甲をつねって反撃すると、元養い子は小さく悲鳴を上げた。
 涙目の彼を冷たく見返し、すまし顔で告げる。
「お痛は駄目よ」
「お痛って……厳しくね?」
「あなたには前科があるもの」
 屋敷で遭遇した時、危うく唇を奪われるところだったのだ。このくらいの警戒は当然だろう。
 エニシダは不満げにしていたものの、すぐに堪えきれないとばかりに破顔した。
「そのドレス、やっぱりよく似合ってる」
「フフ。ありがとう」
「うんうん、さすが俺」
「今の『ありがとう』は撤回させていただくわね」
 褒め言葉と思いきや、単なる自画自賛。シルフィアは思わず笑ってしまった。
 それをじっと見下ろしていたかと思うと、エニシダは笑みに甘さを混ぜた。
「上から下まで俺が見立てた衣装に身を包んでるってのは、何かそそるもんがあるな」
「どうせ似たような手口で各地の女性を口説いて回っているんでしょう? いつか刺されても私は同情しないわよ」
 冷たく突き放すような皮肉でも、相手が彼ならば平気で口にできる。
 どれだけ雰囲気を作ろうと、愛だの恋だの語るような甘ったるい関係ではないのだから。
 エニシダも心得ているようで、満更でもなさそうに首をすくめながら嘆息した。
「各地なんて、人聞き悪ぃの。ーーここまで必死になったのは、本気であんたが初めてなのに」
「でしょうね。完璧だもの」
 体を寄せ合い囁き交わすも、初々しい恋人達というより同志に近い。二人は息ぴったりにターンを決めると、共犯めいた目配せを交わした。
 音楽が静かに終幕を迎える。
 エニシダは、体を離すことなく不敵に笑った。
「どう? 何ならこのまま、ずっと二人で……」
「踊るわけがないでしょう」
 甘い台詞を遮るように横やりが入る。同時に、エニシダから強引に引き剥がされた。
 シルフィアの背後に付いているのはモクレンだ。義兄に対し厳しい眼差しを送っている。
「一商人の立場でロントーレ子爵令嬢を独占しようだなんて、厚かましいにも程がありますよ」
「いやお前、それ単に嫉妬してるだけじゃん」
 からかい混じりの指摘に一瞬押し黙ったモクレンだったが、即座にあごを上げた。
「ーー悪いか」   
「え……」
「ということで話もまとまったので、次は俺の番です。いいですよね、シルフィア様?」
 疑問形だが、同意以外を許さない質問。
 エニシダが呆気に取られている間に、彼は傲然ともいえる態度でシルフィアの手を引いた。
 なすがままモクレンと向き合う形になる。
 目まぐるしく変わる状況についていけない。
 彼は冷悧な外見に反して、思慮深く控えめな人間だ。子どもの頃さえこれほどはっきり物事を主張しなかったのに、一体どういう心境なのだろうか。
 その上、一緒に踊れるなんて。
 次の曲が始まった。
 背中に手を添えられ、浮き足立つ心地で一歩を踏み出す。体温が、息遣いが近い。
「あなたまで踊れるなんて思わなかったわ」
 緊張を誤魔化すために口を開くと、彼は面白くなさそうに口端を下げた。
「あの男よりはぎこちないかもしれませんがね」
「ぎこちなくても……」
 モクレンの方がずっといい。
 その言葉は、伝えられずに呑み込んだ。
 口にすれば告白めいてしまうと気付き、勝手に頬が熱くなってくる。澄んだ緑の瞳が見つめられず、揺れる銀髪をひたすら目で追った。
 謙遜しているが、彼もなかなかダンスがうまい。
 フィソーロ代表に必要な技能ではないから、いつどこで覚えたのか少し気になる。
 どのように聞き出そうか逡巡していると、モクレンの方が先に口を開いた。
「エニシダと踊って、どうでした?」
「え、エニシダ? えっと……」
 戸惑ったが、情熱的な赤茶色の瞳を思い出しながらシルフィアは考える。
「うーん。そうね、罪作りな人って感じかしら」
 率直に、彼を好きになった人は辛いだろうと思った。
 不実そうな、それでいて魅惑的な笑み。情熱的な口説き文句。瞳に含まれる艶めいた色。
 けれどそれは、決して自分だけのものじゃないのだ。
 きっと幸せになれないと分かっているのに、それでも惹かれずにいられない。恋に落ちる瞬間さえ、甘い夢を見させてくれない。
 悲しい恋しか教えてくれない人。
 シルフィアはぼんやりそう感じた。
「エニシダは昔から、いたずらばかりだったものね。私に軽い気持ちで口付けようとしたのも、前世の感覚が抜けていないからなのかしら?」
「ーー唇を奪われかけておいて、あなたはその程度の認識なんですか」
 返ってきた声の剣呑さに、シルフィアは口を噤んだ。
 恐る恐る顔を上げると、モクレンはひどく厳しく、それでいてやるせないような顔をしていた。
「今は俺達の方が歳上で、あなたよりずっと大きいんですよ。ーー手だって、ホラ」
 モクレンの手にすっぽり包まれると、確かに自分の手など子どもにも等しく映る。
 急に心許なくなった。よく知っているはずなのに、まるで知らない男性を目の前にしているよう。
 それでも、辛そうな面持ちには見覚えがあった。
 子どもの頃と変わらない、言いたいことややりたいことを必死に我慢している時の表情。
 激情を、必死に押し殺しているようにも見えた。
「あなたは、いつまで俺達のことを子ども扱いするつもりなんですか」
「ーーあ……」
 シルフィアは唇を戦慄かせたけれど、言葉は明確な形をなす前に消えていく。
 ごめんなさい、なんてとても言えなかった。
 彼の指摘はあまりに的確だったから。
 クシェルの記憶はあくまで前世。
 家族や使用人、領民を大切に思うのも、モクレンに惹かれる感情も、全てシルフィアのものだ。
 そのくせ、彼らを子ども扱いしていたなんて。
 ……クシェルのことなんか忘れて、元養い子達が幸せになってくれればと願っていた。
 エニシダやシオンが特に傷付いているのなら、せめてシルフィアとしてできることはないかと。
 ひどい思い上がりだ。
 もしかして、前世を引きずっていたのは自分の方だったのだろうか。
 割り切っているつもりがそうじゃなかった。何も分かっていなかった。
 居たたまれなくなり、シルフィアは俯く。
 目を逸らしていても感じる、なじるような視線。
 心浮き立つひとときになるはずが、美しい調べさえ耳を素通りしていく。
 シルフィアはただ、一秒でも早く音楽が終わることを願いながら、息を詰めて足を動かすのだった。

 


感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。