転生令嬢と七人の元養い子たちー前世で拾った子どもが立派なイケメンになりましてー

浅名ゆうな

文字の大きさ
26 / 30

第26話

 その後は、戻りが遅いことに違和感を抱いたクロードに見つかり大騒ぎになった。
 かろうじて抱き合っている場面は見られずに済んだが、頬の怪我に気付かれ大号泣されたためだ。
 そして慌ただしく歓迎パーティは閉幕し、翌日。
 朝食の席についたクロードは、昨晩の疲れが残っているのかいつもより老け込んで見えた。
 シルフィアは父を労るように微笑みかける。
「そんな顔をしないで、お父様。痛みもほとんどないし、跡も残らず治るとモクレンのお墨付きよ」
 蜂蜜レモンデニッシュの爽やかな風味を噛み締めていると、父の物言いたげな眼差しを感じた。  
「……何か?」
「いや、別に。いつの間にか、私の前でも彼を呼び捨てにするようになったんだなー、と」
 じとっとまとわりつくような視線に耐えきれず、シルフィアは頬を引きつらせた。
 やはりミーナがこれまでの経緯も報告しているのか、何だか色々ばれている。
「お父様ったら。含みのある言い方をしないで、気になることがあるならはっきり聞いてほしいわ」
 遠回しな追及はあまりにじれったく、ついつっけんどんな態度を取ってしまう。
 それを受けクロードは葛藤の末、重々しく顔を上げた。
「……では聞かせてもらうが、エニシダ殿から求婚をされているというのは本当かい?」
「はい?」
「ユキノシタ殿とも密会を重ねている上、普段無表情なシオン殿がシルフィアにだけは笑いかけていて、なかなかいい雰囲気だとか」
「ーーはいぃ?」
 思いもよらない角度からの詰問に絶句する。
 どのようにしてそんな勘違いが生まれたのか。
 それが専属メイドの仕業であるとは気付かないまま、シルフィアはしばらく呆然とするのだった。



「シルフィア様、元気がないですね。やはり昨日の疲れが残ってるんじゃないですか?」
「いえ、単に色々と目まぐるしかっただけよ」
 顔を曇らせるモクレンに、シルフィアは乾いた笑みで返す。朝から壮大な妄想を聞かされ正直ヘトヘトだ。
 事実無根の誤解はきっぱり否定しておいたが、果たして信じてもらえたかどうか。
 ともかく、気を取り直してお出かけだ。
 シルフィアは少年と面会するため、南街区にあるフィソーロ本部に来ていた。
 安全面での不安がないとは言い切れないため、ミーナには屋敷に残ってもらっている。
 自らを囮にする作戦で散々心配させたばかりだったため心苦しかったが、少年と腹を割って話すには連れて行くこともできない。
「ごめんなさいね。あなたを利用してしまって」
「構いません。こういう時のための権限ですから」
 シルフィアは、代表であるモクレンに案内をお願いしていた。彼が計らってくれるおかげでクシェルだった頃の顔見知りと会わないで済む。
 フィソーロ本部は、前世と変わっていなかった。
 砂色の壁面に、素っ気ない外観。
 一歩足を踏み入れてみても、事務的なもの以外見当たらない武骨さは昔のままだ。
 シルフィアは込み上げる感慨が溢れ出さないよう堪えながら、人目につかない道を選び階段へと向かった。
 少年は地下の留置所にいる。
 ひんやりした空気が漂う石段を下りながら、モクレンが口を開いた。
「ところでボスは、先代ボスのヴェルダさんとどういう関係だったんですか?」
「どちらもボスだとややこしいわね」
「先代のことはヴェルダさんと呼んでましたよ。俺にとってボスは、あなただけですから」
 薄暗い階段に、彼の恥ずかしい台詞が反響する。
 間違いなく顔が赤くなっているため暗さに感謝していると、モクレンがクスリと笑った。黙ったところで筒抜けだったようだ。
「ヴェルダ……彼の何が気になるの?」
「あの人、未だにボスのことを悪く言うんですよ。腹が立つんですけど、反論できないほど的を射てるからいちいち微妙な気持ちになるんです」
 クシェルの死から十六年という歳月が過ぎてなお、憎まれ口を叩いているというのか。しかもそれを養い子であるモクレン相手に。
「あんのクソジジイ……」
「ジジイ、という年齢ではないと思うんですけど」
「あいつ全然年食って見えないだけで、実際は五十歳過ぎだぞ? 化け物みたいなもんだ」
 吐き捨てるように告げると、彼は驚き歩みを止めた。
「い、言われてみれば出会った頃から三十代後半みたいな外見ですけど……まさか五十歳越え……」
 モクレンの驚きぶりを見ていれば、今もほとんど変わらぬ容貌をしていることは容易に想像がつく。
 心の中で若作りめ、と罵らずにいられない。
「まあとはいえ、クシェルにとっては恩人でもある。あいつは……『リュクセ』って家名を与えてくれた、親代わりみたいなものなんだ」
 少し肌寒く感じる地下に、シルフィアの声がしんと広がっていく。やけに透明に響いたのは、無意識に感情を込めまいと努めたためだろうか。
「会いたいと……思わないんですか?」
 気遣うモクレンの声は労しげだ。
 まるで訊ねること自体に罪悪感を抱いているような、無神経さを悔いているような横顔に苦笑をこぼす。
「馬鹿野郎。会ったって話すことなんかないだろ」
「そう……なんですが……」
 しばらく、沈黙が落ちる。
 あまり腫れ物のように扱われるのも落ち着かず、シルフィアはそわそわと彼を見上げた。
「おい、無理にあいつの認識を改める必要はないからな? 俺の親代わりだとしても、ヴェルダがお前のじいちゃんをしてくれてたわけじゃないんだし」
「なぜそんなおかしな気遣いに行き着いたのか、俺には理解できないんですが」
 間髪入れずに否定したモクレンは、そっと吐息のような笑みを浮かべた。
「まあ、何にしろ安心しました。あなたとヴェルダさんが特別な関係だったのではと、不安だったので。仮にそうだったとしても、シルフィア様とでは年齢的に釣り合わないですもんね」
 とんでもない発言に、シルフィアは瞠目した。
 特別な関係という単語に含まれているのは、明らかに色恋にまつわるあれこれだ。
「おおおおお、お前こそどういう理屈でそんな思考に行き着いたんだよ!? 俺が、ヴェルダのおっさんと!? 俺は異性愛者だぞ!」
「そんなこと、恋愛経験のないボスに断言できるわけないでしょう。現に俺だってこうして、あなたを好きになったんですから」
「っ、ぐう……」
 サラリと告げられる愛の言葉に、どうしても慣れない。
 シルフィアは逃げ出したくなるような恥ずかしさに意識を囚われ、段差でつまずいてしまった。
「ヒャッ」
「大丈夫ですか?」
 素早くモクレンに支えられ難を逃れたけれど、堪えきれていない忍び笑いが耳元に響く。
「ーーこの野郎、からかってるだろ!? 俺に余裕がないからって……ああもう、また品のない口調になってるし!」
「ずいぶん前からなってましたよ」
 今さら遅いと知りながら慌てて口を塞ぐも、追い討ちをかけるような指摘をされる。
「……あなたのせいだもの」
「え?」
 立ち止まると、間近から顔を覗き込まれる。
 こうして大人の余裕を見せ付けられるたび頼もしく感じると同時に、憎らしくなる。
 薄々気付いていたが、モクレンの好きとシルフィアの好きには大きな隔たりがあるように思う。
 彼にとっては元養い親だし、元男。好きというのも親愛に近い感情かもしれない。
 比べてシルフィアは交流を持つようになる以前から、観賞対象として彼を見ていたのだ。ずっと先に好きになったとも言える。
 だから動揺するのも緊張するのも、シルフィアばかり。
 ーーこればかりは、諦めるしかないのよね……。
 想いを返してくれただけでも、奇跡に等しい幸運なのだ。十分だと思うしかない。
 その代わり、八つ当たりには余念がなかった。
「絶対あなたのせいだもの。あなたと話していると、乱暴な口調になってしまう。直したいのに、そうやってどんな私でも受け入れてくれるから、つい甘えてしまうんだわ」
 恨みを込めてじろりと睨み上げると、なぜかモクレンは硬直していた。ふと心配になるが、また何かからかおうとしているのではと勘づく。
「こ、こんなことをしている場合じゃなかったわね! さあ、早く行きましょう!」
 今度こそ騙されまいと、シルフィアは慌てて歩き出す。
 モクレンは荒っぽく髪を掻き上げながら、ずんずん進んでいく後ろ姿に息をついた。
「全く。どんなに余裕がないか、知りもしないで……」
 そもそもヴェルダとの関係に疑念を抱き、嫉妬しかけたのが事の発端だというのに。
 とはいえ必死で余裕ぶっていることに気付かれていないのなら、それが救いか。
 モクレンは一度天を仰ぐと、地下牢という物騒な場所でも単独で突き進んでしまう愛しい人の背中を追った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。