転生令嬢と七人の元養い子たちー前世で拾った子どもが立派なイケメンになりましてー

浅名ゆうな

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第30話

 ひどい二日酔いで散々苦しんでから、一週間後。
 王都から派遣されていた騎士が帰る日がやって来た。
 朝からロントーレ邸内は見送りの準備に忙しい。
 クロードも国王陛下へのお礼状、功を立てた騎士達への褒賞などの手配に追われ、珍しく朝食は別でとった。
 今シルフィアの側には、見送りに来たモクレンがいる。
「クチナシは店の準備があるから、今日は来られないそうね。とても残念がっていたわ」
「どんぐり亭で久しぶりに、義兄弟全員集まったんです。奴もそれで満足したでしょう」
 既に玄関ホールには、人が集まり始めている。
 シルフィアもホールに向かって歩いていたけれど、彼の言葉にピタリと足を止めた。
「昨日クチナシが、どんぐり入りのクッキーを作って持ってきてくれたわ」
「そうですか」
「ユキノシタ様はね、孤児院に顔を出すと子どものように嬉しそうな顔をするの。それこそ、あのどんぐり亭での食事会以来。とっても不思議よね」
「そうですか? 俺には違いが分かりませんが」
「……モクレン、あなた本当に何か知らない?」
「いいえ。全く心当たりがありません」
 しれっと答えが返されるが、何か知っているに決まっているのだ。
 二日酔いに痛む頭で必死に考えたが、シルフィアはワインを口にしたあとのことをどうしても思い出せずにいた。
 心配になって聞いても、モクレンはあの日のことを何も教えてくれない。
 知らなくていいの一点張りだ。
 口にするのもはばかられるような失敗をやらかしたのかと、シルフィアは最近戦々恐々としている。
 あくまでしらを切る気かと恨めしく見上げていた、その時。廊下の先を足早に歩く人影があった。
「あら? シオン様だわ」
 黒髪を揺らしながら颯爽と現れたのは、シオンだった。すぐに発つ予定のはずが、なぜか真っ直ぐこちらを目指しているようだ。
「ーー姫」
「ブッ」
 彼が放った第一声に堪らず噴き出す。
 姫とはもしかして、シルフィアのことだろうか。
「あの……シオン様。たかが子爵家の令嬢に、姫は相応しくないかと思います」
「いいや。あんたこそが、僕の唯一無二」
 彼の豹変も、あの日以来変化したものの一つだ。
 子どもの頃の無邪気さは鳴りを潜めているものの、どこか子犬のように人懐っこい気配が彼を取り巻いていた。
「僕、騎士やめようかな。あんたと離れたくない」
「そんな理由で、今まで積み上げてきたものを捨てるような真似は許されませんよ」
 しょんぼり尻尾を垂らすシオンに追い討ちをかけると、彼は僅かに唇を尖らせた。
「早く結婚しろって言ったのはそっち」
「身に覚えがないです。というか、それとこれとにどのような関係があるんです?」
 もしや酔った勢いで本音をぶちまけたのかと不安がよぎるが、全く記憶にない。
 本気で恐ろしくなってきたシルフィアとシオンの間に、不機嫌顔のモクレンが割り込んだ。
「シオン。シルフィア様を口説くのはやめろ」
「モクレンでは、貴族令嬢との結婚は難しい」
「だからといって簡単に諦めたりしないし、お前に譲るつもりも毛頭ない」
「始めから譲ってもらおうなんて思ってない。欲しいなら奪うだけだ」
 鋭利な瞳で睨み合う両者に、冷たい空気が漂う。
 その傍らで、シルフィアは白けきっていた。
「……あなた達、そのくだらない争いを続けていたのね」
 付き合っていられないとばかりに歩き出したシルフィアの後ろを、モクレン達が慌てて追いかける。
 必死さが伝わる足音に、思わず笑ってしまった。
 ーー全く。体がどれほど大きくなっても、まだまだ子どもね。……って、いけない。もうクシェルの頃の感覚は、忘れなくちゃ。
 例え天使のようなシオンに未練があっても、小生意気なモクレンの幼少期に愛しさが込み上げても。
 くん、と腕を引かれて振り返る。
 シオンが、迷子のような表情でじっと見つめていた。
「こんな僕は、嫌?」
「嫌、と言いますか……もっと子どもの頃のように笑ってくださればいいのにと思います」
 反射的に本心を口にして、しまったと冷や汗をかく。
 彼がよく笑う子どもだったことを、若いシルフィアが知るはずないのに。
「失礼ながら、シオン様は整った顔立ちをしているので、笑えばさぞ可愛らしいだろうと。いえ、美しかろうと」
 言いわけのつもりがさらに墓穴を掘って動揺が止まらない。わけもなく顔の前で振る手を、シオンが握った。
「今の僕は、可愛くない?」
 歳上で、シルフィアよりずっと上背もある。
 そんなシオンの上目遣いは、凄まじい破壊力だった。
 深い青色の瞳を不安そうに揺らしつつも、僅かに小首を傾げる仕草。
 美形観賞が趣味のシルフィアにとっては痛恨の一撃。そもそもクシェルの時から彼には弱いのだ。
「か、可愛くないわけがありません。表情の乏しいところが逆に庇護欲をそそると言いますか、こんなふうに迫られたら母性をくすぐられること間違いなしと言いますか。鍛え上げられた肉体との落差がまたもう本当キタコレ……」
「シルフィア様、お気を確かに!」
 もはや思考がとんでいるシルフィアの肩を、モクレンがガクガクと揺さぶった。それでもどこか恍惚としたにやけ顔は、なかなか元に戻らない。
 その内に、また新たな参入者があった。
「くそったれ! だからシルフィア嬢に近付けたくなかったんだよ!」
 そう怒鳴りつつシルフィアを背中から抱き締めたのは、エニシダだ。
「ちょ、離して、」
「お前のその甘え上手なところに、嫌ってほどボスを奪われた覚えがあるぜ! いいか、シルフィア嬢はお前のものじゃねぇんだぞ!」
「エニシダ。その意見には全面的に賛成ですが、あなたのものでもありませんよ!」
 モクレンも参戦して、今度こそあの日の再現だ。
 なぜ彼らはシルフィアをだしに交流しようとするのか。
 目と鼻の先にある角を曲がれば玄関ホールにたどり着けるはずなのに、なぜか異様に遠く感じる。
 三人から微妙に距離をとっていたシルフィアの手が、スルリと引かれる。
 引き寄せたのは、何とツバキだった。
 驚きの声を上げかけると、彼女はいたずらっぽく笑いながら唇に人差し指を当てる。
 その所作の美しさにぽうっとしていると、いつの間にか誘導されていた。
 角を曲がったところには、心配そうなユウガオとユキノシタが待機している。
 この過保護ぶりというか、過干渉ぶり。
 やはりあれ以来大きく進化しているように感じるのは、気のせいなのか。
 ーー本当に、全員おかしくない?
 しばらくすると、シルフィアがいないことに気付いたモクレン達がドタバタと追いかけてくる。
 ツバキは有無を言わせぬ笑顔で煙に巻こうとし、ユウガオも背中にシルフィアを隠したまま頑として動かない。
 ユキノシタまでが珍しく兄達に反論していた。
 繰り広げられる騒々しさは、あまりにも見覚えのある光景。シルフィアはつい当時の調子で口を挟んでいた。
「いい加減にしろ!」
 ピシャリと厳しい叱責を発した瞬間、見事一斉に黙り込む元養い子達。
 令嬢としてあるまじき乱暴な口調だというのに、なぜか誰一人として不思議がらない。シルフィアは頬を引きつらせるしかなかった。
 ーー本当にばれてない、のよね……?

   ◇ ◆ ◇

 そんなやり取りをじっと見つめていたのが、クロードとクランツ、そしてミーナだった。
 メイドからの報告通り、目の前で愛しい娘が色々な男性達に言い寄られている。
 これがため息をつかずにいられようか。
「はぁ……。シルフィアには容姿端麗で地位があって腕っぷしも強くて包容力と優しさを兼ね揃えた豪気で頼り甲斐のある男をと思ってたのに……」
 というのも言いわけに過ぎないことは、クロード自身分かっていた。
 目に入れても痛くない、むしろそのまま肌身離さず持ち歩いていたいほど可愛い娘を、遠くに嫁がせたくなかっただけなのだから。
 情けなく肩を落とす雇用主に、ミーナが笑った。
「旦那様ってば、そんなに能力盛り込みすぎ超人なんて実在しませんよぉ。あの優秀な人達だって、それぞれ一つ二つに特化してるくらいで……あ」
 神経が太い上に空気の読めないメイドは、ここでとんでもないことをひらめいた。
「じゃあいっそのこと、全員と結婚しちゃえばいいんじゃないですかぁ?」
「ぐふぅ!?」
 モクレンは医療技術が確かだし、フィソーロの代表という社会的地位も確立している。
 商人であるエニシダが調達する珍しい品々と、彼自身がまとう危うい雰囲気も魅力的だ。
 シオンは取っ付きにくそうに見えるがとにかく圧倒的な美貌だし、それを言えばツバキは優美さまで兼ね備えておりなかなかのもの。
 ユウガオはどんな状況でも守ってくれそうな安心感があるし、ユキノシタの献身さと優しい笑顔も堪らない。
 今日は来ていないがミーナの最推しクチナシは、格好いい上に料理上手。
 そしてミーナは専属メイドとして、そんな彼らの日常を観賞し放題。
 これはかなり名案ではと目を輝かせるメイドに、衝撃から立ち直れないクロードは弱々しく返した。
「ミーナ……この国で重婚は認められていないし……そもそも一人は女性だし……」
「あらそうでした。では、重婚と同性婚が認められている国に移住するしかありませんねぇ」
「遠くにお嫁に行っちゃうの!?」
 領主の悲痛な絶叫がこだまする。

 ロントーレ地方は今日も果てしなく平和だった。

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