異世界キャリア意識改革!

浅名ゆうな

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本編

嵐は休憩時間にやって来る

「聞きましたよ、ナナセさん。先日のヴァンルートス殿下救出に続いて王族方のお目通りとは、あなたはずいぶんと話題の尽きない方ですね」
 かけられた言葉に、思わず頬が引きつる。
 皮肉にも聞こえるが、おそらく本人にそんな意図は全くないだろう。あるとすれば、少しのからかいくらいだろうか。
「やめてくださいよ、エクトーレ様……」
 萌葱色の瞳をいたずらっぽく細めるエクトーレに、ナナセは苦笑いを向けた。
 定期的なハーブティーのお届けも、忙しかったために久々だった。
 行けない間は後輩侍女に頼んでいたが、やはりナナセの方が落ち着くらしい。
 いわく、被補食動物になったようでどうにも気が休まらないとか。
 後輩侍女からすればそこそこ歳上に思えるが、エクトーレは若々しい容貌のため射程範囲内だったのだろう。肩書きや将来性も加味すれば、十分どころではない好条件だ。
 エクトーレ・ベイル。二十代後半に見えるけれど、実年齢は三十二歳。総務課の課長であると同時に、総務省の審議官も兼任しているという。
 審議官とは、事務次官という事務方のトップを補佐する役割にあるらしい。
 事務次官は多忙なため、ほとんどの仕事を審議官の裁量で判断することができる。事務次官に次ぐ役職はあれど、つまり実質上の二番手だ。
 平民出身でありながら将来国を背負って立つことは間違いなく、下級貴族出身の侍女達からは人気が高いらしかった。
 これらの情報は本人から聞いたわけではなく、全て侍女達が熱く語ってくれたものだ。
 プライバシーだとか個人情報保護だとか色々言いたいことはあるが、まず情報網の広さについて感心させられてしまった。
「お待たせいたしました、エクトーレ様」
 ハーブティーの入ったカップを置くと、彼はすぐ手に取って鼻を近付けた。
「おや。今日のハーブティーはとてもスッキリとした香りですね」
 ナナセが淹れたのは、ペパーミントティーだ。爽やかな香りが特徴で、仕事の合間に飲めば気分転換になる。
 好みの分かれそうなくせのある風味だが、一口飲んでエクトーレは気に入ったらしい。ふわりと目尻の下がった笑みを浮かべる。
「おいしいですね。これがあれば眠気も吹き飛びそうです」
「だからといって、無理をおしてまで仕事を続けるのは禁物ですよ」
「分かっております。こうして休憩をとるようになりましたし、あなたに注意されて以降、部下達には今まで以上に仕事を割り振っておりますから」
 エクトーレは、中性的な美貌でおっとりと微笑む。
 彼の部下に相当恨まれていそうな予感がして、ナナセは若干遠い目になった。
「ナナセさんは、王族の方々にお目通りしたのは初めてですよね。緊張しましたか?」
「それはそうですよ。遠目には見たことがあっても、言葉を交わすなんておそれ多くて」
 エクトーレほどの役職に就いていれば話す機会もあるのだろうが、ナナセは基本業務が掃除なのだ。
 慌てすぎてモップを持って行きそうになったことは侍女長しか知らない。
「ですが、謁見のおかげで平民を差別するしか能のないうるさい小者を黙らせることができたのですから、よかったと思いますよ」
「確かにすれ違いざま知らない人に嫌みを言われることはなくなりましたけど、私は小者とまでは言ってませんからね?」
「ナナセさんは女神のように慈悲深い方なのですね。業務の邪魔しかできないような屑達を庇うなど」
 仕事が関わると少々過激になる彼の性質は、ハーブティや十分な睡眠で癒やせるものではなかったらしい。ナナセはコメントを差し控えさせていただく。
「ヴァンルートス殿下とはお会いにならなかったのですよね?」
「はい。体に異常はみられなかったのですが、お茶会の日は万が一を考え安静にしておられました。最近ようやく外出の許可が下りたようですよ」
 ディンメル王国の両殿下は三日の謹慎だけで済んだが、ヴァンルートスは長い療養に相当焦れていたらしいとは侍女の談だ。
 気絶をしてしまっただけでいたって健康だったし、真面目で穏やかとはいえまだ十歳の遊びたい盛りなのだから当然だろう。
 ただ、ナナセに感謝を伝えたいとも話しているらしいので、そこは気持ちだけで十分なのだが。
「エクトーレ様は、ヴァンルートス殿下とお会いになったことはありますか?」
 エクトーレはもちろんと頷いた。
「血が近いだけあり、両殿下の面差しに通ずるものを感じましたよ」
「あぁ。確か、何代か前の国王同士がご兄弟でしたね」
 国が分裂したのは、確か三代前の国王陛下の御世だったか。曾祖父が兄弟ならば似たところがあってもおかしくない。
 仲がいいという両国の殿下方を思うと、何ともやるせない気持ちになる。
 時代が違えば、今よりたくさんの交流を持てたかもしれないのだ。それこそ、普通の親戚のように。
「……宗教の対立って、遠い世界の出来事のように思えます。私が生まれた国は、宗教の自由が認められていましたから」
 エクトーレが、俯くナナセの頭を軽く撫でた。きっちりまとめた髪を考慮した、とても優しい手付き。
「ナナセさんが育ったのは、争いの少ない国だったのでしょうね。他者を無償で気遣えるあなたの姿勢を見ていれば、素敵な国柄が伝わってきます」
 好ましさは感じるけれど、異性というより妹や娘に対するような触れ方だった。
 こちらの世界に来て、子ども扱いをされることが増えた気がする。二十歳くらいに見えるゼファルが十五歳なのだから、仕方がないとも言えるが。
「宗教対立には私も反対ですよ。元々は同じ宗教であったのだから、なおさら無益でしかありません」
「えっ、元々同じ宗教だったんですか?」
 思わず素になって声を上げると、エクトーレは目を瞬かせた。
「そうか。ナナセさんは他国出身ですから、知る機会がなかったのでしょうね。王宮図書館は誰でも出入り自由ですので調べたら面白いかもしれませんが、概要だけでもお話ししましょうか?」
 一も二もなく頷くと、彼は柔らかな声音で物語を紡ぎ出した。

 世界ができたばかりの頃。太陽もなく、ただ闇があるばかりだった頃。
 男女で一対の神が、世界に現れた。
 二人が夫婦となった途端、足元に地面が生まれた。空ができ、太陽や雲が生まれた。
 最後に生きものが生まれたその瞬間、夫婦神は、生きとし生けるものが豊かに暮らせる世界を作るという使命を思い出した。
 夫婦神が交わることで、水が生まれた。
 水はやがて川となり海となり、様々な生きものを潤していく。
 次に交わった時には、星が生まれた。
 星はかすかに輝くことしかできず、その存在を確かなものとするために夜が生まれた。
 次に交わった時には、火が生まれた。
 火は夜を明るく照らしてくれたが、狩猟や戦争などの災厄をもたらした。
 多くの命が失われていくことを、女神は嘆き悲しんだ。
 慈しみの涙は、やがて輝く月となる。
 月は美しく、地上に存在するあらゆる生きものを安らがせた。
 争いが収まった時、ようやく世界の万物が、そして人の営みが完成したのだ。

 日本で暮らしている時も、様々な国の神話を聞きかじっていた。
 ディンメル王国のものは、自然界に存在する全ては神々が作ったという教えらしい。
「夫婦神が使命を思い出したって部分が気になりますね。使命を帯びていたってことは、誰かに命令されていたってことですよね? つまり、夫婦神よりさらに格上の神様がいるってことですか?」
 感想より先に疑問を口にすると、ハーブティで喉を潤していたエクトーレが笑った。
「おやおや。ナナセさんは、宗教学者にも向いているかもしれませんね」
 実際、そういった解釈をする学者と夫婦神を頂点とする学者とで、意見は真っ向から対立しているらしい。
「ちなみに、夫婦神の内の女神だけを敬うようになったものが、女神教になります。元々ディンメル国内でも人気があるので、王都の外れにある教会にも月の描かれた壁画が多く見られますよ」
「なるほど。月を生んだのは、女神様だけの力ですもんね」
 他は全て男神との協力で生み出されているが、月は女神が流した涙だ。女神の象徴に相応しいと言える。
「とても勉強になりました。ありがとうございます、エクトーレ様」
「いえいえ。僭越ながら、私でよろしければ何でもお聞きください」
「とんでもないことです。審議官様におかれましては滅相もございません」
「あ。からかった仕返しですか?」
 冗談だと気付いた彼が苦笑する。
 その時、執務室の扉が叩かれた。
「休憩中に失礼いたします」
 遠慮がちに顔を覗かせたのは、小麦色の髪の優しげな青年だった。
 エクトーレを訪れるようになって何度か顔を合わせたことがある、彼の部下の一人だ。
「ご歓談中たいへん申し訳ないのですが、ナナセさんに用事があるそうで……」
「用事? どなたですか?」
「侍女長殿です」
 彼の言いにくい気持ちも分かる。
 王女殿下にお仕えするために独身を貫いているとまで囁かれている、あの侍女長の用件。王族のプライベートなお茶会に招かれた時も案内役は彼女だったため、何だか嫌な予感しかしない。
 けれど、一介の侍女でしかないナナセに断るすべがあるはずもなく。
「……片付けなどもありますので、休憩時間が終わり次第お伺いいたします」
 疲労感から項垂れるナナセに、エクトーレが同情的な眼差しを向けていた。

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