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番外編
職場と酒場と男と女 2
「私は断固抗議します」
ワイングラスをテーブルに置くと、ナナセは据わった目でリオルディスを睨む。
それを受け止める彼は、どこ吹く風といった態度で小揺るぎもしない。
「フフ。ふにゃふにゃに酔ったナナセも、相変わらず可愛いね」
「私はふにゃふにゃになんてなってません! 全然素面ですよ!」
「それ毎回言ってる」
二人の間には、食べかけの料理の皿が並んでいる。空になったワインのボトルも。
はじめから、今日は仕事終わりに食事に行く約束をしていた。
なので、リオルディスが予定の確認に来たこと自体を悪いとは思っていない。許せないのは、後輩侍女達の前で意図的に親しげな態度を示したことだ。
そう、意図的に。
何でもそつなくこなすリオルディスが、あの時に限って約束を忘れるだなんて考えられなかった。
「職場では今まで通り、と約束しましたよ。何であんなことをしたんです?」
「あんなことなんて、つれないなぁ。俺は職場の人間に知られたくないくらい、恋人として不足なの?」
「そそ、そういうことじゃありませ……って、リオルディス様!? うやむやにしようとしてますよね!?」
強かに酔った頭を振って、ナナセは懸命に反論する。
ここで誤魔化されるわけにはいかない。甘い言葉も寂しげな表情も、ナナセを揺さぶる罠なのだ。
チキンのクリーム煮を頬張りながらも、油断なく恋人を見据える。
リオルディスは面白そうに笑いながら腕を伸ばした。
唇の端に少しかさついた親指が触れる。
「クリーム、ついてる」
「あ、これはどうも……」
「本当はナナセごと食べちゃいたいくらい可愛いけど、今はこれで我慢するね」
「!?」
絶対に白状させてやると息巻いていたナナセだが、あっさりと陥落した。
今はって何。指についたクリームをペロリと舐める仕草も目に毒だった。
羞恥で真っ赤になった頬を隠すように、ナナセはテーブルに突っ伏す。体温が急に上がったせいか、さらに酔いが回る。何だかふわふわした心地だ。
そこに、リオルディスの声が降ってきた。先ほどまでと打って変わって真面目な声。
「ナナセ。君の育った国ではそんなことなかったらしいけど、この国は同性婚も認められているんだよ」
「? そうですね……」
「……後輩侍女達からなんて噂されているか、気付いていないんだね」
言われた意味は分からないまでも、ナナセは重い頭を揺らしながら体を起こした。
彼の声音が切なげな響きを帯びていて、心配になったからだ。
「もう完全に酔っているだろうから、教えてあげる。ナナセとエレミア嬢が付き合ってるんじゃないかって、君の後輩侍女達が噂しているんだよ」
片や漆黒の色合いを持ち、月のように静謐な雰囲気をまとうナナセ。
片や亜麻色の髪と赤い瞳をした、華やかで太陽のように情熱的なエレミア。
並んでいるだけでも絵になる二人からは、確固とした信頼関係まで窺える。
言葉にせずとも通じ合い、目と目で互いの意思を確認できる。
後輩達からすれば、二人の気の置けないやり取りは悶えそうなほど尊いのだとか。
流れるように語るリオルディスだが、ナナセにはもはや言葉として聞こえない。
ずっと聞いていられる声だなと考えながら、青みを帯びた灰色の瞳を見つめる。
「面倒な男に捕まってしまったね、ナナセ。俺は君の友人にすら嫉妬する、狭量な人間なんだよ。記憶を飛ばすだろうって確証を得るまでは、こんなことさえ話せないほど」
ただ悲しい顔のままにしておきたくなくて、ナナセは彼の頬に手を伸ばす。
リオルディスは僅かに目を見開いたあと、その手に自分の手を重ねた。
「君を誰にも渡したくない。……女神にも」
手の平に頬を擦り寄せる仕草は、必死にすがるかのように切実だった。
「君をこの世界に連れてきたのが女神だとしたら、そこにどんな目的があったんだろう。何か特別な使命があるんじゃないかって……俺はいつも怖い」
消えてしまわないように。どうか、手の届かないところへ行かないように。
強く握られた手から伝わる悲しい想いに、ナナセは首を傾げた。
酔っ払っているから、思考は明快だ。
どこにも行かないに決まっている。
そんなくだらない不安を一人で抱え込んで、リオルディスは馬鹿だ。
お馬鹿で、間抜けで、愛おしい。
「起こるかも分からないことで悩んでるより、私は一緒に笑ってたいよ。……リオル」
リオルディスは目を真ん丸にして、動かなくなってしまった。
ナナセは会心の笑みを浮かべる。彼から悲しみの気配が飛んでいった。
「アハハッ、やったね。初めて見る顔だ」
ケラケラと笑っていたら、テーブル越しにぎゅうと抱き寄せられた。
普段ならば周囲の目を気にするナナセだが、酩酊のためか楽しくなって笑い続ける。
「君は、どこまで俺を夢中にさせる気?」
「私なんてとっくに限界突破で夢中ですよ。だからリオルも、もっと夢中になって?」
「~ッ、愛してる!!」
リオルディスも酔っているのだろうか。
周囲の客から囃し立てる声や拍手が送られ、まるでドラマの一場面だ。
そう他人事のように考えるナナセは、翌週の来店で恥ずかしい所業を次々と明かされ、行きつけの酒場にしばらく近寄れなくなることをまだ知らない。
ワイングラスをテーブルに置くと、ナナセは据わった目でリオルディスを睨む。
それを受け止める彼は、どこ吹く風といった態度で小揺るぎもしない。
「フフ。ふにゃふにゃに酔ったナナセも、相変わらず可愛いね」
「私はふにゃふにゃになんてなってません! 全然素面ですよ!」
「それ毎回言ってる」
二人の間には、食べかけの料理の皿が並んでいる。空になったワインのボトルも。
はじめから、今日は仕事終わりに食事に行く約束をしていた。
なので、リオルディスが予定の確認に来たこと自体を悪いとは思っていない。許せないのは、後輩侍女達の前で意図的に親しげな態度を示したことだ。
そう、意図的に。
何でもそつなくこなすリオルディスが、あの時に限って約束を忘れるだなんて考えられなかった。
「職場では今まで通り、と約束しましたよ。何であんなことをしたんです?」
「あんなことなんて、つれないなぁ。俺は職場の人間に知られたくないくらい、恋人として不足なの?」
「そそ、そういうことじゃありませ……って、リオルディス様!? うやむやにしようとしてますよね!?」
強かに酔った頭を振って、ナナセは懸命に反論する。
ここで誤魔化されるわけにはいかない。甘い言葉も寂しげな表情も、ナナセを揺さぶる罠なのだ。
チキンのクリーム煮を頬張りながらも、油断なく恋人を見据える。
リオルディスは面白そうに笑いながら腕を伸ばした。
唇の端に少しかさついた親指が触れる。
「クリーム、ついてる」
「あ、これはどうも……」
「本当はナナセごと食べちゃいたいくらい可愛いけど、今はこれで我慢するね」
「!?」
絶対に白状させてやると息巻いていたナナセだが、あっさりと陥落した。
今はって何。指についたクリームをペロリと舐める仕草も目に毒だった。
羞恥で真っ赤になった頬を隠すように、ナナセはテーブルに突っ伏す。体温が急に上がったせいか、さらに酔いが回る。何だかふわふわした心地だ。
そこに、リオルディスの声が降ってきた。先ほどまでと打って変わって真面目な声。
「ナナセ。君の育った国ではそんなことなかったらしいけど、この国は同性婚も認められているんだよ」
「? そうですね……」
「……後輩侍女達からなんて噂されているか、気付いていないんだね」
言われた意味は分からないまでも、ナナセは重い頭を揺らしながら体を起こした。
彼の声音が切なげな響きを帯びていて、心配になったからだ。
「もう完全に酔っているだろうから、教えてあげる。ナナセとエレミア嬢が付き合ってるんじゃないかって、君の後輩侍女達が噂しているんだよ」
片や漆黒の色合いを持ち、月のように静謐な雰囲気をまとうナナセ。
片や亜麻色の髪と赤い瞳をした、華やかで太陽のように情熱的なエレミア。
並んでいるだけでも絵になる二人からは、確固とした信頼関係まで窺える。
言葉にせずとも通じ合い、目と目で互いの意思を確認できる。
後輩達からすれば、二人の気の置けないやり取りは悶えそうなほど尊いのだとか。
流れるように語るリオルディスだが、ナナセにはもはや言葉として聞こえない。
ずっと聞いていられる声だなと考えながら、青みを帯びた灰色の瞳を見つめる。
「面倒な男に捕まってしまったね、ナナセ。俺は君の友人にすら嫉妬する、狭量な人間なんだよ。記憶を飛ばすだろうって確証を得るまでは、こんなことさえ話せないほど」
ただ悲しい顔のままにしておきたくなくて、ナナセは彼の頬に手を伸ばす。
リオルディスは僅かに目を見開いたあと、その手に自分の手を重ねた。
「君を誰にも渡したくない。……女神にも」
手の平に頬を擦り寄せる仕草は、必死にすがるかのように切実だった。
「君をこの世界に連れてきたのが女神だとしたら、そこにどんな目的があったんだろう。何か特別な使命があるんじゃないかって……俺はいつも怖い」
消えてしまわないように。どうか、手の届かないところへ行かないように。
強く握られた手から伝わる悲しい想いに、ナナセは首を傾げた。
酔っ払っているから、思考は明快だ。
どこにも行かないに決まっている。
そんなくだらない不安を一人で抱え込んで、リオルディスは馬鹿だ。
お馬鹿で、間抜けで、愛おしい。
「起こるかも分からないことで悩んでるより、私は一緒に笑ってたいよ。……リオル」
リオルディスは目を真ん丸にして、動かなくなってしまった。
ナナセは会心の笑みを浮かべる。彼から悲しみの気配が飛んでいった。
「アハハッ、やったね。初めて見る顔だ」
ケラケラと笑っていたら、テーブル越しにぎゅうと抱き寄せられた。
普段ならば周囲の目を気にするナナセだが、酩酊のためか楽しくなって笑い続ける。
「君は、どこまで俺を夢中にさせる気?」
「私なんてとっくに限界突破で夢中ですよ。だからリオルも、もっと夢中になって?」
「~ッ、愛してる!!」
リオルディスも酔っているのだろうか。
周囲の客から囃し立てる声や拍手が送られ、まるでドラマの一場面だ。
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