今日から、契約家族はじめます

浅名ゆうな

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1巻

1-3

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 毎日これが続くとしたら、おそらくひなこの体はもたないだろう。
 見送りを済ませたのち、三嶋家四兄弟とテーブルにつく。
 雪人はもちろん譲葉も部活動で忙しい上、毎日のように遊び歩く楓までいる。全員で食卓を囲む機会がないのはひなこが避けられているせいだなんて思いたくないけれど、母とは一緒に食べるのが当たり前だったからなおさら寂しい。
 なので、こうして共に食事をしてくれるだけで嬉しかった。

「みんなで食べると、ごはんっておいしいですよね。いつかは雪人さんも揃って、みんなで食べられるといいですね」

 ニコニコと笑うと、楓と譲葉はばつが悪そうに目を合わせた。
 彼らは低血圧そうに見えて意外と朝もしっかり食べるので、最近では大きめの茶碗にご飯をよそうようになった。こんなふうに少しずつ彼らを知っていくたびに、家族に近付けたような気がする。

「お。このさば焼きたてだからか、めっちゃうまいな」
「夜遊びばかりして、おいしい瞬間を逃してるのは楓の自業自得でしょう?」
「お前本当、実の兄に言いたい放題だなー……」

 楓に対していつも素っ気ない譲葉は、抗議をサラリと無視して食べ進めている。
 所作が綺麗なのでイメージしづらいが、彼女のおかわりの早さも兄をしのぐ勢いだ。
 茜は外見通りというか、やはり朝食はあまり食べない。低血圧というより夜遅くまで本を読みふけっているせいだろう。

「茜君、おいしいですか?」

 こっくり頷くだけだが決して無視はしないため、彼の律儀さに自然と頬が緩む。少食でも好き嫌いがなく嬉しい限りだ。
 末っ子の柊をちらりと見る。
 雪人が言っていたように、彼にはアレルギーがあった。卵アレルギーなのだ。
 ――卵が食べられないなんて、そんなの悲しすぎる……
 オムライスや半熟のトロトロゆで卵だけでなく、多くの料理には卵が付きものだ。ケーキやクッキーなどの甘いものにも。
 なんのうれいもなく食事ができないなんて、大変だろう。これは本当に大丈夫なのかと、食べる時にどうしても脳裏をよぎるに違いない。
 柊は、無言で食卓を眺めている。
 長ネギと大根のお味噌汁と、さばの塩焼き。きゅうりの浅漬けに納豆と梅干し、そしてご飯。卵は使っていない。
 彼は納豆をのせると、ご飯を一気にかき込んだ。
 残りは梅干しで食べきり、「ごちそうさま」と呟いて席を立った。ひなこが作ったものには一切手を付けていない。
 共に暮らし始めてからというもの、毎食がこの調子だった。
 一生懸命作ったものを残されるのはもちろん悲しいけれど、食生活のあまりのかたよりように心配が先に立つ。学校給食でもああなのだろうか。
 ひなこは、ランドセルを背負って玄関に向かう柊を追いかけた。

「あの、柊君。卵は全然使ってないから、もう少し食べて欲しいな。お野菜とか魚とか、みんな栄養いっぱいですよ」
「栄養なんてサプリで摂れるじゃん」

 靴を履きながら素っ気なく答える背中に何も返せない。
 サプリメントだけじゃ万全ではないと言いたいが、そういう話じゃなかった。ひなこの料理を食べないことに問題があるのだ。
 後ろから軽い足音が近付いてくる。柊だけでは危ないから一緒に登校するつもりなのだろう、既に身支度を済ませた茜が立っていた。

「……行ってきます」

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる茜と、無言で家を出て行く柊。
 柊は、最後までひなこと目を合わせなかった。

「行ってらっしゃい……」

 今日もまた、ひなこの完敗だ。


 雪人によると、柊の卵アレルギーが分かったのは生後十ヶ月の頃らしい。
 症状が重く、湿疹しっしんだけじゃなく嘔吐おうともあったので、すぐ病院に連れていった。そこで柊は重度の卵アレルギーであることが判明した。
 それから母親は、卵を使わない食事を懸命に作ったという。しかし彼が一歳の時に、離婚。もしかしたらそれきり一度も検査を受けていないかもしれない。彼は、未だに卵を食べられないでいる。
 勢いとはいえ契約結婚をしたからには、何か三嶋家の役に立ちたい。
 難しい問題だが、まずは柊のアレルギーをなんとかできないだろうか。

「『アレルギーのことがわかる本』?」

 時間を忘れて読書に没頭していたひなこは、突然本のタイトルを読み上げられどきっとした。いつの間にかお昼休みになっていたらしく、前の席では友人がお弁当を広げている。
 栗原優香くりはらゆうか。入学当初話をして以来、大体行動を共にしている。
 彼女は裕福な家庭育ちで女子力も高く、何より美少女だ。ひなことは対極の存在と言ってもいいのだが、なんとなく馬が合った。

「珍しいわね。あんたが教科書でも参考書でもないもの見てるなんて」

 優香の言う通り、ひなこは学校にいる間ずっと勉強をしている。休み時間に予習復習をしっかりやって、ようやく授業についていけるからだ。
 ひなこはかばんに本をしまうと、代わりにお弁当を取り出す。そのおかずをやけに熱い視線で眺めながら、彼女はいぶかしげに首を傾げた。

「ひなこ、アレルギーなんてなかったわよね?」
「私じゃなくてね、知り合いの子どもがちょっと……」
「それで勉強して、ごはん作ってあげようって? 本当にお人好しねー、あんたは」

 知り合いというか義理の息子です、と言ったらどんな顔をされるだろう。
 優香には、契約結婚の話をしていない。
 頼れる親類がなく金銭面で困窮こんきゅうしているなんて、知られたくなかった。
 黙っているのは心苦しいが、打ち明ければこの過保護な友人は大騒ぎをするに違いない。
 最悪、三嶋家に乗り込む。やりかねない。
 色々想像し、やはり黙っていようと改めて心に誓っていると、優香が子猫のように上目遣いで見上げてきた。

「ずるい。ひなこの手料理なら、私だって食べたい」
「栗原家のシェフが作った、そんなに豪華なお弁当があるのに?」
「これだってちゃんと食べるけど。……ひなこのごはんの方がおいしいんだもん」

 ぷうっとふくれる優香に、周囲の男子がときめいているのが面白い。

「優香って小悪魔だよね」

 けれどひなこだって笑みをこぼさずにいられない。
 プロよりおいしいはずなどないが、そんなふうに言われたら嬉しいに決まっている。お弁当とは別に作ってあったおにぎりを、彼女の方へと差し出した。

「え、くれるの?」
「うん。小腹が空いた時用に、朝ごはんの残りで適当に作ったやつだけど」

 具は雪人に渡したものと同じ、さば。柊が手を付けなかったために余ってしまった分を使ったのだ。

「じゃあ私が食べちゃ駄目じゃん」
「いいよ。もうお昼だし、このまま余っちゃう方がもったいないから」

 再度勧めると、誘惑に抗えなかった優香がおにぎりに手を伸ばした。

「わーい、ありがと。ぶっちゃけ狙ってたんだ」

 おいしそうに食べる姿は微笑ましく、作った方も報われるというものだ。見れば、周囲の男子もほっこりしていた。

「優香ってすごく可愛いから、恋人がいないの不思議な感じだね」

 彼らの気持ちを代弁するつもりで言ってみた。
 固唾かたずを呑んで聞き耳を立てている男子達の『いいぞ! 有賀!』という声にならない喝采かっさいが、ひしひしと伝わってくる。感謝しなくてもいいから普通に見守ってほしい。圧がすごい。
 優香は外見に似合わない嘲笑を漏らした。

「少なくとも、見た目も中身もつまんない連中なんて論外っていうか」

 とても愛らしい口から強烈な暴言が放たれる。
 周囲にいる男子が胸を押さえてうめく。彼女が素直に甘えるのは、なぜかひなこに対してだけなのだった。

「ひなここそ、好きな人とかいないの?」
「いいご縁がないからね」
「年寄りくさい台詞せりふはともかく、男子って本当に見る目ないよね。私みたいに性格サイアクな女がモテるとか。自分達は上っ面しか見てない薄っぺらい人間ですって白状してるようなもんじゃん」

 自分の容姿を正確に理解している優香の毒舌は、今日も冴え渡っている。男子達は既に瀕死の重症だ。
 ひなこは箸を置き、彼女の頭をでた。

「優香は見た目だけじゃなくて、中身も素直でいい子だよ。私は好きだな」

 ニッコリ笑うと、優香は頬を赤くする。皮肉を言う口が途端に勢いをなくした。

「……ひなこが男の子だったら、とっくにお嫁さんにしてもらってるのになぁ」
「仮に私が男の子だったとしても、まだ十七歳だから結婚できないよ」
「じゃあフィアンセで」

 フィアンセ。一般庶民には雲の上の言葉だ。
 遠い目をしていると、にわかに廊下が騒がしくなる。
 今日もたくさんの女子生徒を引き連れ、楓が教室の外を歩いていた。
 彼の姿を間近で見ようと、クラスの女子もドアに駆け寄っている。座ったままでいるのはひなこと優香くらいだ。

「今日もすごいわねー、三嶋楓。アイドルばり」
「本当にねー」

 楓の周囲はいつもキラキラしていて、取り巻きも化粧バッチリな美女しかいない。
 来る者拒まずという噂は知っているが、おそらく隣に立てる自信のある者だけが残っているのだろう。
 ひなことて一応髪には気を遣っているが、染めても巻いてもいない。顔も眉毛を整えているだけと断然地味なので、彼と並ぼうだなんて発想にまずならない。
 ひなこはふと、優香を見た。

「ああいう感じならどうかな、彼氏? 少なくとも見た目はつまらなくないよ」

 中身はひなこもまだ分かっていない。むしろ若干苦手意識があるくらいだ。
 ただ、いつでも学年トップを独走しているから頭がいいのは確かだし、何より優香ならば取り巻き軍団に入ってもなんら遜色そんしょくない。
 脳内で勝手にイメージしていると、彼女は鼻で笑いながら切って捨てた。

「却下。あーゆう騒がれても平然としていられる男って好きじゃない。なんか格好いいから騒がれて当然って思ってそう」

 否定したいところだが、するだけの根拠もないひなこは苦笑いをするしかない。
 ちなみに、周りの男子達はなぜかガッツポーズしている。
 その時、二年B組に爆弾がやって来た。いつも通り廊下を素通りするはずだった楓が――教室前で止まったのだ。

「あー……有賀さん、いる?」

 教室に衝撃が走ったのを、ひなこは肌で感じた。
 なぜか水を打ったように静まり返るクラスメイト。ドアにしがみついていた女子達が、楓を見つめたまま呆然と後ずさる。ひなこはこっそり頭を抱えた。
 ――学校では話しかけないでって、もっとちゃんと言っておけばよかった……
 これが怖いから、同じ目的地であってもわざわざ時間をずらして登校していたのに。学校中に注目されている楓だからこそ、近しい関係になったことを知られぬよう神経を使っていたのに。
 ひなこはチラリと優香を見る。
 無言で微動だにしないのが怖い。嵐の前の静けさ、という言葉が頭をよぎった。
 誰も返事をしないことにしびれを切らした楓が、教室に踏み込んでくる。真っ直ぐに、ひなこのもとへ。
 そこにすかさず立ちはだかったのは優香だった。いつもより多めに可愛らしい笑みを振りまいている。

「わー、楓君って間近で見るの初めて。ホントにすごく格好いいんですね」
「あぁ。……栗原優香ちゃん、だっけ?」

 彼女ほどの存在感なら楓も認識しているらしいが、こちらに確認しないでほしい。
 ひなこに目を向ける楓から隠すように、優香は身体をずらした。

「ヤバい嬉しいー。楓君が私を知ってるなんて思わなかったー」
「俺もこんな可愛い子と話せて緊張しちゃうなー」

 優香の言葉が全て氷点下のように冷たく聞こえるのはなぜだろう。
 楓もそれを察知しているのか、単純に可愛い子と話せて嬉しいという表情ではなかった。愛想のいい笑顔だが、目が笑っていない。

「でも知らなかったな。ひなこと楓君が仲良いなんて。どーゆう関係なのかなーって気になっちゃう」

 楓がチラリとひなこを見る。
 説明してもややこしいだけなので、ひなこは必死に首を振った。
 けれど優香にはその目配せがしゃくに障ったらしく、ほこさきがこちらに向いた。

「ねぇ教えて、ひなこ?」

 満面の笑みが怖い。冗談でも『実は義理の親子関係です』なんて言ったら、その場で締め上げられそうだ。ついでにクラスメイトの視線も痛い。
 ひなこは耐えきれず、勢いよく立ち上がった。

「ごめん優香、今日は一緒に食べられない!」
「ひなこ!?」
「ごめん!」

 ひなこは楓の手を引くと、好奇の眼差しを振り切るように走り出した。
 教室を飛び出したところで彼の取り巻き軍団と目が合った。完全に敵認定されているらしく、刺すように鋭く睨まれる。
 追いすがられてはさすがに振りきれないと焦るも、握った手を握り直すと、今度は楓が先導しだした。万能人間とは知っていたが、想像以上に速い。風を切るようなスピードで取り巻き軍団を一気に突き放していく。
 ひなこと楓は足を休めることなく駆け続け、誰もいない校舎裏にたどり着いた。
 晴れた空も木々に隠れて見えない薄暗い場所だ。乱れた息を整えながら、校舎の外壁を背に座り込む。

「楓君……何考えてるの。というか、私になんの用事があったの?」
「悪い。まさか、あんな騒ぎになるとは。ただちょっと話したくて、ついでに一緒に飯でもどうかと思ったんだけど」

 確かに彼の手には、ひなこが作ったお弁当があった。
 そりゃなるでしょう、と思ったが、案外本人は気付かないものなのかもしれない。
 ちなみにひなこも、あの騒ぎの中でもちゃっかりお弁当を持ち出していた。

「まぁ、いっか。お昼休みが終わっちゃうし、とりあえずごはん食べようか」
「あんたはここでいいの?」

 暗い雰囲気の校舎裏は不人気な場所代表だ。けれどひなこは笑顔で頷いた。

「ひと気がないからのんびりできるし、日が当たらないおかげであんまり暑くないから結構快適だと思うけど。楓君は嫌?」

 こよみの上では秋だが、日の当たる時間帯は少し汗ばむ陽気だ。その点ここは食事をするに適した場所だった。

「いや……ここがいい」

 楓は少し驚いていたが、すぐにいつものように笑う。どこか嬉しそうにも見えた。
 彼は嫌がらせのごとく近くに座った。
 適切な距離ではないので、さりげなくこぶし一つ分間を空けながら、並んでお弁当の包みを開く。たくさん走ったが、きちっと詰めてあるためほとんどかたよりはない。

「あんたさ、敬語じゃなくなったな」

 指摘され、敬語を忘れていたと今さら気付く。

「あ、すみません」
「いいじゃん。そのままでいろよ」

 楓はそう言うと、小さく口の端を持ち上げた。
 なぜひなこの言葉遣いごときを気にするのかと、彼の笑顔を眺めながら不思議に思う。雪人の実子ではないのに変なところだけ似ている。
 律儀に「いただきます」と言ってから、楓が食べ始めた。
 ひなこも負けじと箸を進めていると、彼は手元を覗き込んできた。

「お。よく見りゃおかずが違うじゃん」
「万が一を考えてね」

 ひなこのお弁当には朝食の残りのさばが入っていて、きんぴらも細かく刻んで卵焼きにしている。ちょっとしたことだが、見た目の印象は大きく違っていた。
 トラブル回避のため、一緒に暮らしていることがばれないよう徹底的に工夫しているのだ。お弁当袋もお弁当箱も違う。

「うまそう。それちょーだい」

 楓が指したきんぴらの卵焼きは、ラスト一つ。ひなこはあっさり首を振った。

「駄目です」
「なんだよ、ケチくせぇな」
「食べたいなら、今度楓君のために作ってあげるから」

 そう言うと、彼はころりと機嫌を直した。

「にしてもあんた、やっぱり変わってるな。俺の頼みを断る奴なんて滅多にいねぇ」
「『やっぱり』?」

 どこか満足げな呟きに、ひなこは首をひねった。やっぱりと言われるほど会話をしていない気がする。

「私達、どこかで話したことあった? でも会食の時も初対面って言ってたし……」

 楓は考え込む隙を衝くように、きんぴら入りの卵焼きを自らの口に放り込む。あまりの素早さに反応が遅れてしまった。

「……あぁ! 最後の一口にしようと思ってたのに!」
「うん。うまい」
「感想なんて求めてないよ!」
「いつまでも残しとくからだろ」
「好きなものは最後までとっておくタイプなんです!」
「へぇ。俺は大事なものには、いつ手を伸ばしていいのか分かんねぇタイプ」

 嘘だ。この理性のきかない獣は、欲しいと思ったらすぐ食べてしまうに違いない。
 たった今犠牲になったきんぴらの卵焼きのように。
 けれど、ふと笑みを消し真剣な表情になるから、責める言葉に詰まってしまった。

「……いくら大事にしてたって、思いがけない奴に横からさらわれちまうってこともあるんだけどな。こんなふうに」

 意味深な言葉だ。
 視線が向いた瞬間どきっとしたが、彼はすぐに余裕綽々よゆうしゃくしゃくの笑みを浮かべた。

「だからこれは教訓。卵焼き一個なら、安くついただろ?」
「全然ありがたくないし……」

 憎まれ口を返しつつ、内心の動揺を必死に押し隠す。
 楓はやはり野生の黒豹のようだ。気まぐれで誇り高く、しなやかで美しい。
 たとえ今より打ち解けたとしたって、彼への緊張感はなくならないだろうと思った。あまりに美しすぎるものは、時に心臓を脅かす。

「まぁ、おいしいならよかったよ。でももっともっと頑張って、柊君に食べてもらえるくらいおいしいごはんを作れるようにならなきゃ」
「おいしいごはん、は関係ないんじゃね?」

 楓の言葉に、ひなこは目をまたたかせた。

「あんたの作るもんはうまいよ。有賀さんの娘だけあって味付けが似てる。それを、柊だって食べられないはずねぇんだ」
「――あ……」

 そうだ。柊は、ひなこの母の手料理に満足していたのだ。
 母に習って始めた料理の腕は、色んなレシピを教え合うほどに成長していた。
 ほとんど味付けが変わらないのだから食べられるはずなのに、楓に言われるまで全く気付かなかった。それほど、焦っていたということだ。

「……楓君は、柊君が私のごはんを食べない理由、分かる?」
「それは柊に聞くべきだろ」

 恐る恐る聞くと、投げやりにも思える言葉が返ってくる。
 それができないから聞いているのに。不満げに黙り込むと、彼はさらに続けた。

「聞けないって思うのは、あんた自身の考えだ。あんた自身が作ってる壁だろ?」
「それは……」

 一人で悩むばかりで、遠慮があるのは確かだ。ひなこは唇を噛んでうつむく。

「箸、止まってるぞ」
「あ、はい」

 もたもたしているとお昼休みが終わってしまうため、一先ずお弁当に専念する。
 おかかをまぶしたご飯を頬張り、卵焼きを口に運ぶ。甘じょっぱさが口に広がった。次にさばに手を付け、ミートボールを食べ、とにかく無心で食べ続ける。
 すると、不思議と気分が楽になった。慌ただしさから朝食を満足に食べていなかったため、思考が暗い方に傾いていたのかもしれない。
 昔からそうだった。
 友達と喧嘩けんかした時や、学校で意地悪をされた時。
 家に帰って母の手料理を食べると、ひなこは魔法のように元気になれた。今考えると、食べながら話を聞いてくれた母の存在が大きかったのだろうが、小さいひなこは本当に魔法の料理だと思っていた。
 当時の経験から、今でもごはんを食べると前向きになれる。
 母が残してくれた魔法だ。
 大半を胃袋に収めた頃には、すっかり気分も上昇していた。

「やっぱりお腹空いてたから、いい案も浮かばなかったんだな。ちょっと私らしくなかったかも。うん、やる気出てきた」

 うじうじ悩むより行動あるのみ。ひなこはこぶしをぎゅっと握った。

「ありがとう、楓君。話を聞いてくれて」

 顔を覗き込んで笑うと、彼も頬を緩める。

「あぁ。ようやく笑ったな」

 その一言で全てが分かった。彼は多分、このために来てくれたのだ。


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