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中卒ニートの異世界転生と、それにまつわる一つの嘘
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「.......しゃっ!」
平日の午後2時、パソコンに向かって奇声をあげる俺は、別に頭がいかれてる訳じゃない。流行りのFPSで憎き相手をぶっ殺した、ただそれだけのこと。
そんな俺の名は遠藤コウスケ、齢十八。職業はネット小説家。え、収入.......今はまだ、月五百円。
要は、ただのニートだ。
十五の時にたまたま読んだ異世界転生ファンタジーに感銘を受け、ラノベ作家を目指して高校には進学せず、家で小説を書き始める。が、三年経っても箸にも棒にもかからない。最近は執筆そのもののモチベーションが上がらず、もっぱらゲームばかりしている。
そんな俺を、親は疎ましく思いながら突き放せずにいる.......ま、典型的なニートだ。
さて、ゲームの続きでもやるかね.......、
「あー.......駄目だな」
親から銀行に振り込みを頼まれたのを忘れていた。何故かこの世界の銀行は午後3時で閉まってしまうので、それより前に行ってしまわなければならない。
「ドラ○エとかの銀行は真夜中でもやってんのになー。っていうかアレ利益出てんのか?」
どうでもいいことを喋りながら、通帳と現金を持って外へ。
それにしても、親はニートの息子に通帳なんか渡して危ないとは思わないのだろうか。世間の常識では、ニートの息子は親の金を盗むものらしいのだが。
ま、俺はそんなことしないけども。
キキィーーーーーッッ
「ん?」
急に耳元で響き渡るブレーキ音。横を向くと、物凄い勢いでこちらへ向かってくるトラック。運転手の顔は青ざめていて、トラックは止まらなくて、俺の視界が暗くなって——
俺の十八年の人生は、あっさりと終わりを告げた。
「........んっ」
うっすらと目を開けると、暖かな光がぼんやりと差し込んでくる。あれ、俺は何してたんだっけ.......。目をこすりながら起き上がり、記憶を呼び起こす。
「.......あれ、もしかして俺、死んだ!?」
視界がはっきりとしていくにつれ、トラックに轢かれた感触がまざまざと蘇ってきた。サーっと顔が青ざめ、後から恐怖がやってくる。
「まだやりたいこと色々あったんだけど.......って、じゃあココはどこだ?」
改めて辺りを見回すと、どうやら大きな街のど真ん中らしい。道行く人が俺のことを横目でチラチラ見ながら通り過ぎていくが、その服装は日本ではまず見たことがない、どこか異文化的なもの。
.......っていうか、これもしかして.......。
「異世界転生、おめでとうございます」
「は?」
突然後ろから声が降ってくる。振り返ると、神官っぽい帽子とローブを身に纏った女性が微笑んでいた。ちょっと可愛い。てか、そんなこと言ってる場合じゃない。
「......んーと、異世界転生って言ったねアンタ今。なに、俺転生したの?」
ネットで流行りの異世界転生。俺も幾度となく書いているジャンルだが、まさか実在するとは思わなかった。
「あら、よく御存知なようで。それなら話は早そうですね、早速ですが、あなたの身に起きた出来事についてご説明します」
彼女はそう言って一通りの説明を始めたが、中卒ニートの俺にはさっぱり分からん。他小説のニート諸君はこれをちゃんと理解してたのか?
辛うじて理解できたのは、ここでは言語は自動変換されて共通であること、彼女が神の使いであること、俺は何億分の一とかの抽選に当たって、死んだ後この世界に飛ばされたってことくらい。
「......そんで、なんか異能とかないの?俺TUEEE的な」
「ありますよ」
うおっし!内心ガッツポーズ。どんな糞みたいな能力でも、何か特技があれば何とか生きていけるはずだ。
「ただし、その能力を得るためには、あなたが君手に持っている3万ゴールドを手放さなければなりません」
「ん?」
言われてみれば、確かにさっきから俺の左手には麻の袋が握られている。でも、そんな量があるとは思えないが。
「その金貨1枚で、だいたい100ドルの価値があります」
「ふぇ!?」
.......ってことは、それが300枚くらいあるから......日本円に換算して、300万円ほどになる。
「あなたは神から選択を与えられました。そのお金を元手に安定した生活を送るか、この世界で最強クラスのスキルを手に入れ一攫千金を狙うか。どちらか一方を選んでください」
「......なるほど」
300万は確かに魅力的だ。だが、ぶっちゃけ俺にこんな世界で生きていくだけのコミュニケーション能力その他の基本能力は備わっていない。すぐに食い潰してしまうのがオチだろう。
だったら、危険は伴うが最強クラスのスキルとやらで金儲けをした方が俺には合っている気がする。何だかんだ言って俺も小説家の端くれ、俺TUEEEの異世界転生は何度もシミュレートしているんだ。やれるさ、やれる!
「決めた。俺はスキルを取るぜ!」
そう言うと、女性はにっこりと微笑んで言った。
「承知いたしました......」
「おい、てめぇいい加減にしろよ!?」
突如そこに怒声が響き渡る。
「ひ、ひえっ!?」
「てめぇのラーメンに虫が入ってたんだよ!弁償しろよ、今すぐに!」
どうやら、石畳の街路のそこかしこにある屋台の一つでトラブルがあったようだ。スキンヘッドの見るからに怖そうな男が、店主に因縁をつけている。
怖っ。逃げよ逃げよ......。
いや、待てよ。
「......ねぇ、俺が手に入れたスキルってどんなものなの?」
「手をかざすだけで、対象物を吹き飛ばすことができます。相手はあなたに近づくこともできません」
「......了解」
俺は、生前色んな人に迷惑ばかりかけてきた。自分じゃ上手くできてるつもり、その勘違いが皆を不幸にした。
でも、もう俺はそんな自分じゃない。今度は、俺が誰かを助ける番だ。一度死んでいるからか、元来ひねくれた性格にも関わらず、その時俺は本当にそう思った。
「おい!店の人困ってんだろ!」
スキンヘッドの男の前に立ち塞がり、叫び声をあげる。もともと中高演劇部、その気になれば度胸は人よりあるつもりだ。
「あぁん?」
ピクッと動いたスキンヘッドの男は、ゆっくりと振り向き、目を細めて睨みつけてくる。思わず前言を撤回したくなるが、ぐっと踏みとどまった。
「てめぇ、いい度胸じゃねぇか。その度胸に免じて......血まみれにしてやるよ!」
憤怒の形相で殴りかかってきた男は、よく見れば筋骨隆々、よく鍛えられていて、腕には傷も見える。何故だか自分を殺したあのトラックを思い出し、体が震えだした。
——あっ、俺、死ぬかも.......。
とっくの昔に死んだ筈なのに、そんな事が頭をよぎる。頭の中が恐怖で埋め尽くされていく。
だが、俺は決して後ろは向かなかった。
——俺は、また何も出来ずに死ぬのか?
だとしたら、俺の生まれた意味などない。
前世の俺は、何もできずに死んだ。ここでも俺が何もできなかったら、俺は何の価値もない人間になってしまう。
そうしたら、俺の両親が.......俺をここまで育ててくれた両親が、教師が、全ての人がしてきたことは、無駄だったってことだ。
「そんな悲しい事って......ないじゃんか」
必要なのは、ほんの一挙動。簡単なことだ。
俺は、向かってくる巨体に向けて、そっと手をかざした。
「........は?」
スキンヘッドの男が、戸惑ったような声をあげた。
先ほどまで、目の前の不健康そうな男をぶん殴ろうと思っていたのに、気がついたら逆さまになって吹き飛ばされていたのだから当然だろう。
「去れよ」
俺は、自分の出せる限りの冷たい声を発し、男に恐怖を与える。それは成功したらしく、男は青ざめながら逃げていった。
それを見送ってから、呆然とした様子の店主を振り向き、微笑む。
「......あ、ありがとうございました!」
はっと気がついたように、礼を言う店主。それで今起きたことの意味にようやく気付いたのか、群衆から少しずつ、拍手が鳴り始めた。
なんと心地いい音色だろう。俺は生まれてから一度も、礼なんて言われたことはなかった。こんな気分は初めてだ。
鳴り止まぬ拍手の中、俺はあの女性を探す。だが、いつの間に消えたのか彼女の姿はどこにもなかった。
——まぁ、神の使いだからな。
何にせよ、俺の生きる意味は見つかった。これからは、前世で俺の犯した罪、マイナスを取り戻せるように、ここで頑張ろう。死んでしまって悲しいはずなのに、不思議と俺の心は晴れ晴れとしていた。
拍手は、まだ鳴り止まない。
「.......いやー、本当に美味い仕事だよな」
今回の仕事で手に入れた報酬.......3万ゴールドが入った袋を眺めながら、俺の口から言葉が漏れる。
ここは、死者の世界だ。死んだ奴は全員、第二の人生を神から与えられる......らしい。正直、俺は無神論者だからか、さっぱり分からない。
俺が信じているのは、今傍らでカツラと胸当てを取り、女から男へと姿を変えた、俺の相棒だけだ。
「まぁ、これでしばらく生活費には困らんな。.......だが、一度使ったトリックを何度も使い回すのは創造性がない」
相棒はいつも、小難しいことを苦々しげにしゃべる。こっちが理解できるように言えってんだ。創造性って何だよ、要は金が手に入ればいいんじゃねぇか。こっちがそう言うと、こいつは決まってため息をつきながら、
「.......そういうところがお前とは合わない」
と肩をすくめる。
「それにしても、俺の演技力も上達したよなー。このネタって、俺が上手いこと吹き飛ばされなきゃ成立しねぇもんな」
自慢げに言ってみるが、予想通り相棒の顔はこれっぽっちも動かない。ただ呆れたように目を閉じて、それから小難しいことを言ってくるのだ。
「違う。このトリックの種は、第十三時空の人間たちの、死後に対する無知だ」
この世界には、いくつかの時空がある。俺たちはそこから集められてくるのだが、死者の世界の事をどれだけ知っているかについては時空間で差がある。
「あの時空では、宗教と死を結びつける習慣があるらしいからな。前世で良い事をすると、死後に天国とやらに行けるんだと。そうやって、自分たちの私腹を肥やそうとしている訳だ」
「それに、最近は『異世界転生』なんてもんが流行ってるおかげで、このトリックが面白いように成功するんだろ?にしても、お前のその知識と想像力はどこから来るんだ?ここを異世界にして、騙す相手を特別な存在にしちまおうだなんて」
「.......僕はお前がどうしてそんなに知識と想像力がないのか知りたいよ」
食い扶持を見つけるまでの資金として死者に与えられるのが、この3万ゴールド。それを根こそぎいただくための俺たちの手口は、いたってシンプルだ。
あの場所に死者が送られるのを待って、騙せそうな奴だったら相棒が近づく。動揺しているカモにあれこれ吹き込んで、何とか金を入手する。
これで金はこちらのものだが、ここで逃げるのは三流のやり口だと、相棒は言っていた。
ここで逃げれば、カモも流石に何かに騙されてきたことに気づく。それで騒がれれば、善良な市民が俺たちを追ってくるかもしれない。
それはスマートではない、らしい。
そこで、俺の出番だ。適当な屋台に難癖をつけ、カモを焚き付けてスキルを証明する。これで、俺たちの嘘に気づくのはかなり遅れ、俺たちは安全に消えることができる、という訳だ。
「それにしてもあいつ、一文無しでどうするんだろうな、これから」
ぱっと見、何も出来なさそうなヒョロ男だったが。俺がそう呟くと、相棒は表情を崩さぬまま、言った。
「なに、拍手喝采を受けた時の彼の眼は輝いていた。僕らの嘘で彼は3万ゴールドを失ったけど、もしかしたらもっと大事な物を手に入れたのかもしれないな」
ふぅん、と俺は間延びした声をあげる。ぶっちゃけ興味などないが、本当にそうか?と思う気持ちはある。俺には、今まで感謝なんかされたことのなかった男が舞い上がっているようにしか見えなかったが。
けれど、こいつが言うなら、きっとそうなのだ。少なくとも俺はあいつを信じると、そう決めている。
今日も死者が楽しそうに歩くこの街に、陽は落ちていく。
俺はこの後に飲む酒のことを考えて、にやりと笑った。
平日の午後2時、パソコンに向かって奇声をあげる俺は、別に頭がいかれてる訳じゃない。流行りのFPSで憎き相手をぶっ殺した、ただそれだけのこと。
そんな俺の名は遠藤コウスケ、齢十八。職業はネット小説家。え、収入.......今はまだ、月五百円。
要は、ただのニートだ。
十五の時にたまたま読んだ異世界転生ファンタジーに感銘を受け、ラノベ作家を目指して高校には進学せず、家で小説を書き始める。が、三年経っても箸にも棒にもかからない。最近は執筆そのもののモチベーションが上がらず、もっぱらゲームばかりしている。
そんな俺を、親は疎ましく思いながら突き放せずにいる.......ま、典型的なニートだ。
さて、ゲームの続きでもやるかね.......、
「あー.......駄目だな」
親から銀行に振り込みを頼まれたのを忘れていた。何故かこの世界の銀行は午後3時で閉まってしまうので、それより前に行ってしまわなければならない。
「ドラ○エとかの銀行は真夜中でもやってんのになー。っていうかアレ利益出てんのか?」
どうでもいいことを喋りながら、通帳と現金を持って外へ。
それにしても、親はニートの息子に通帳なんか渡して危ないとは思わないのだろうか。世間の常識では、ニートの息子は親の金を盗むものらしいのだが。
ま、俺はそんなことしないけども。
キキィーーーーーッッ
「ん?」
急に耳元で響き渡るブレーキ音。横を向くと、物凄い勢いでこちらへ向かってくるトラック。運転手の顔は青ざめていて、トラックは止まらなくて、俺の視界が暗くなって——
俺の十八年の人生は、あっさりと終わりを告げた。
「........んっ」
うっすらと目を開けると、暖かな光がぼんやりと差し込んでくる。あれ、俺は何してたんだっけ.......。目をこすりながら起き上がり、記憶を呼び起こす。
「.......あれ、もしかして俺、死んだ!?」
視界がはっきりとしていくにつれ、トラックに轢かれた感触がまざまざと蘇ってきた。サーっと顔が青ざめ、後から恐怖がやってくる。
「まだやりたいこと色々あったんだけど.......って、じゃあココはどこだ?」
改めて辺りを見回すと、どうやら大きな街のど真ん中らしい。道行く人が俺のことを横目でチラチラ見ながら通り過ぎていくが、その服装は日本ではまず見たことがない、どこか異文化的なもの。
.......っていうか、これもしかして.......。
「異世界転生、おめでとうございます」
「は?」
突然後ろから声が降ってくる。振り返ると、神官っぽい帽子とローブを身に纏った女性が微笑んでいた。ちょっと可愛い。てか、そんなこと言ってる場合じゃない。
「......んーと、異世界転生って言ったねアンタ今。なに、俺転生したの?」
ネットで流行りの異世界転生。俺も幾度となく書いているジャンルだが、まさか実在するとは思わなかった。
「あら、よく御存知なようで。それなら話は早そうですね、早速ですが、あなたの身に起きた出来事についてご説明します」
彼女はそう言って一通りの説明を始めたが、中卒ニートの俺にはさっぱり分からん。他小説のニート諸君はこれをちゃんと理解してたのか?
辛うじて理解できたのは、ここでは言語は自動変換されて共通であること、彼女が神の使いであること、俺は何億分の一とかの抽選に当たって、死んだ後この世界に飛ばされたってことくらい。
「......そんで、なんか異能とかないの?俺TUEEE的な」
「ありますよ」
うおっし!内心ガッツポーズ。どんな糞みたいな能力でも、何か特技があれば何とか生きていけるはずだ。
「ただし、その能力を得るためには、あなたが君手に持っている3万ゴールドを手放さなければなりません」
「ん?」
言われてみれば、確かにさっきから俺の左手には麻の袋が握られている。でも、そんな量があるとは思えないが。
「その金貨1枚で、だいたい100ドルの価値があります」
「ふぇ!?」
.......ってことは、それが300枚くらいあるから......日本円に換算して、300万円ほどになる。
「あなたは神から選択を与えられました。そのお金を元手に安定した生活を送るか、この世界で最強クラスのスキルを手に入れ一攫千金を狙うか。どちらか一方を選んでください」
「......なるほど」
300万は確かに魅力的だ。だが、ぶっちゃけ俺にこんな世界で生きていくだけのコミュニケーション能力その他の基本能力は備わっていない。すぐに食い潰してしまうのがオチだろう。
だったら、危険は伴うが最強クラスのスキルとやらで金儲けをした方が俺には合っている気がする。何だかんだ言って俺も小説家の端くれ、俺TUEEEの異世界転生は何度もシミュレートしているんだ。やれるさ、やれる!
「決めた。俺はスキルを取るぜ!」
そう言うと、女性はにっこりと微笑んで言った。
「承知いたしました......」
「おい、てめぇいい加減にしろよ!?」
突如そこに怒声が響き渡る。
「ひ、ひえっ!?」
「てめぇのラーメンに虫が入ってたんだよ!弁償しろよ、今すぐに!」
どうやら、石畳の街路のそこかしこにある屋台の一つでトラブルがあったようだ。スキンヘッドの見るからに怖そうな男が、店主に因縁をつけている。
怖っ。逃げよ逃げよ......。
いや、待てよ。
「......ねぇ、俺が手に入れたスキルってどんなものなの?」
「手をかざすだけで、対象物を吹き飛ばすことができます。相手はあなたに近づくこともできません」
「......了解」
俺は、生前色んな人に迷惑ばかりかけてきた。自分じゃ上手くできてるつもり、その勘違いが皆を不幸にした。
でも、もう俺はそんな自分じゃない。今度は、俺が誰かを助ける番だ。一度死んでいるからか、元来ひねくれた性格にも関わらず、その時俺は本当にそう思った。
「おい!店の人困ってんだろ!」
スキンヘッドの男の前に立ち塞がり、叫び声をあげる。もともと中高演劇部、その気になれば度胸は人よりあるつもりだ。
「あぁん?」
ピクッと動いたスキンヘッドの男は、ゆっくりと振り向き、目を細めて睨みつけてくる。思わず前言を撤回したくなるが、ぐっと踏みとどまった。
「てめぇ、いい度胸じゃねぇか。その度胸に免じて......血まみれにしてやるよ!」
憤怒の形相で殴りかかってきた男は、よく見れば筋骨隆々、よく鍛えられていて、腕には傷も見える。何故だか自分を殺したあのトラックを思い出し、体が震えだした。
——あっ、俺、死ぬかも.......。
とっくの昔に死んだ筈なのに、そんな事が頭をよぎる。頭の中が恐怖で埋め尽くされていく。
だが、俺は決して後ろは向かなかった。
——俺は、また何も出来ずに死ぬのか?
だとしたら、俺の生まれた意味などない。
前世の俺は、何もできずに死んだ。ここでも俺が何もできなかったら、俺は何の価値もない人間になってしまう。
そうしたら、俺の両親が.......俺をここまで育ててくれた両親が、教師が、全ての人がしてきたことは、無駄だったってことだ。
「そんな悲しい事って......ないじゃんか」
必要なのは、ほんの一挙動。簡単なことだ。
俺は、向かってくる巨体に向けて、そっと手をかざした。
「........は?」
スキンヘッドの男が、戸惑ったような声をあげた。
先ほどまで、目の前の不健康そうな男をぶん殴ろうと思っていたのに、気がついたら逆さまになって吹き飛ばされていたのだから当然だろう。
「去れよ」
俺は、自分の出せる限りの冷たい声を発し、男に恐怖を与える。それは成功したらしく、男は青ざめながら逃げていった。
それを見送ってから、呆然とした様子の店主を振り向き、微笑む。
「......あ、ありがとうございました!」
はっと気がついたように、礼を言う店主。それで今起きたことの意味にようやく気付いたのか、群衆から少しずつ、拍手が鳴り始めた。
なんと心地いい音色だろう。俺は生まれてから一度も、礼なんて言われたことはなかった。こんな気分は初めてだ。
鳴り止まぬ拍手の中、俺はあの女性を探す。だが、いつの間に消えたのか彼女の姿はどこにもなかった。
——まぁ、神の使いだからな。
何にせよ、俺の生きる意味は見つかった。これからは、前世で俺の犯した罪、マイナスを取り戻せるように、ここで頑張ろう。死んでしまって悲しいはずなのに、不思議と俺の心は晴れ晴れとしていた。
拍手は、まだ鳴り止まない。
「.......いやー、本当に美味い仕事だよな」
今回の仕事で手に入れた報酬.......3万ゴールドが入った袋を眺めながら、俺の口から言葉が漏れる。
ここは、死者の世界だ。死んだ奴は全員、第二の人生を神から与えられる......らしい。正直、俺は無神論者だからか、さっぱり分からない。
俺が信じているのは、今傍らでカツラと胸当てを取り、女から男へと姿を変えた、俺の相棒だけだ。
「まぁ、これでしばらく生活費には困らんな。.......だが、一度使ったトリックを何度も使い回すのは創造性がない」
相棒はいつも、小難しいことを苦々しげにしゃべる。こっちが理解できるように言えってんだ。創造性って何だよ、要は金が手に入ればいいんじゃねぇか。こっちがそう言うと、こいつは決まってため息をつきながら、
「.......そういうところがお前とは合わない」
と肩をすくめる。
「それにしても、俺の演技力も上達したよなー。このネタって、俺が上手いこと吹き飛ばされなきゃ成立しねぇもんな」
自慢げに言ってみるが、予想通り相棒の顔はこれっぽっちも動かない。ただ呆れたように目を閉じて、それから小難しいことを言ってくるのだ。
「違う。このトリックの種は、第十三時空の人間たちの、死後に対する無知だ」
この世界には、いくつかの時空がある。俺たちはそこから集められてくるのだが、死者の世界の事をどれだけ知っているかについては時空間で差がある。
「あの時空では、宗教と死を結びつける習慣があるらしいからな。前世で良い事をすると、死後に天国とやらに行けるんだと。そうやって、自分たちの私腹を肥やそうとしている訳だ」
「それに、最近は『異世界転生』なんてもんが流行ってるおかげで、このトリックが面白いように成功するんだろ?にしても、お前のその知識と想像力はどこから来るんだ?ここを異世界にして、騙す相手を特別な存在にしちまおうだなんて」
「.......僕はお前がどうしてそんなに知識と想像力がないのか知りたいよ」
食い扶持を見つけるまでの資金として死者に与えられるのが、この3万ゴールド。それを根こそぎいただくための俺たちの手口は、いたってシンプルだ。
あの場所に死者が送られるのを待って、騙せそうな奴だったら相棒が近づく。動揺しているカモにあれこれ吹き込んで、何とか金を入手する。
これで金はこちらのものだが、ここで逃げるのは三流のやり口だと、相棒は言っていた。
ここで逃げれば、カモも流石に何かに騙されてきたことに気づく。それで騒がれれば、善良な市民が俺たちを追ってくるかもしれない。
それはスマートではない、らしい。
そこで、俺の出番だ。適当な屋台に難癖をつけ、カモを焚き付けてスキルを証明する。これで、俺たちの嘘に気づくのはかなり遅れ、俺たちは安全に消えることができる、という訳だ。
「それにしてもあいつ、一文無しでどうするんだろうな、これから」
ぱっと見、何も出来なさそうなヒョロ男だったが。俺がそう呟くと、相棒は表情を崩さぬまま、言った。
「なに、拍手喝采を受けた時の彼の眼は輝いていた。僕らの嘘で彼は3万ゴールドを失ったけど、もしかしたらもっと大事な物を手に入れたのかもしれないな」
ふぅん、と俺は間延びした声をあげる。ぶっちゃけ興味などないが、本当にそうか?と思う気持ちはある。俺には、今まで感謝なんかされたことのなかった男が舞い上がっているようにしか見えなかったが。
けれど、こいつが言うなら、きっとそうなのだ。少なくとも俺はあいつを信じると、そう決めている。
今日も死者が楽しそうに歩くこの街に、陽は落ちていく。
俺はこの後に飲む酒のことを考えて、にやりと笑った。
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中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。
……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。
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