魔女と魔術師のしあわせな日々

koma

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束の間の幸せを

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閲覧ありがとうございます。

セディオスが子供の頃。
シェリーに拾われるお話です。

─────────────


子供だからわからないとでも思ったのだろうか。
両親は、セディオスの見ているその目と鼻の先で金を受け取った。
元気でねとか済まないとか、そんな惜別の一言もなく、彼らは、ただただ手にした金に瞳を輝かせていた。ありがとうございますありがとうございますと人買いに何度も頭を下げ、へらへらと、笑っていた。両親の愛想がいいところを、セディオスはその日初めて目にした。驚いていた。

(寒い)

薄い水色の空の下、木枯らしが吹き荒れていた。
ああ俺は売られたんだ。
無理やり乗せられた荷馬車が動き出して、セディオスはやっと現実を受け入れる。
それが、両親との最後の記憶(おもいで)となった。





「すごい……っ。 すごいね、セディオスくん」
「そうですか?」

セディオスは目を丸くして感嘆している師に首を傾げた。
そんなに驚くほどのことだろうか。
今しがたやってみせた〝火を起こす魔法〟は確かに中級者向けと教本には書いてあったけれど、それ自体はさして難しい魔法ではないはずだった。実際、初めてやってみたセディオスはすんなり成功している。
だからセディオスは、師がそんなにもはしゃいでいる理由がわからなかった。
どう反応すればいいのかわからず固まるセディオスに、しかし魔術の師──シェリー・アルレインは嬉しそうに微笑むばかりだった。

「うん。 すごいよ。 私なんて最初は煙も立たなかったんだから」

そうして、今しがたセディオスが灯したばかりの暖炉の炎に両手をかざす。

「すごくあったかいよ。 ありがとう、セディオスくん」
「……いえ」

たかが演習だろ。と、心の中で毒づく。
オレンジ色の灯りに照らされたシェリーの笑顔から目を逸らし、煌々と燃える炎を見つめた。
──両親に売り飛ばされたあの日から、五年の月日が流れていた。



半年前、セディオスは自分を買いあげた貴族の屋敷を逃げ出した。
思い出すにあれは、地獄の日々だった。

約四年半もの間、休日など一日もなく、セディオスは早朝から晩まで働かされ続けた。
屋敷中の掃除に家畜の番に荷運びにと、手が空いたかと思えばすぐに仕事を押し付けられ、奴隷同然のセディオスには無論賃金も支払われることはなかった。食事は残飯か、硬くなったパンのかけらくらいで──これ以上ないと思える地獄の最悪が増したのは、三年が経った頃。一家の子息に目をつけられてからのことだった。

『お前、親に売られたんだろ。 いらない子なんだな』

そう嘲笑した同じ年頃の少年は、セディオスに従僕の真似事をさせると言っては呼び出し、馬になれと言っては四つん這いにさせてその背に跨ったり、綺麗な顔だから化粧をしてやると絵の具を塗りたくられた。
セディオスが抵抗すれば屈強な従僕たちに暴力をふるわれた。
こんなところ、いつまでもいられない。
ある夜、耐えられなくなったセディオスは、盗める金品は全て持ち出し、屋敷を抜け出した。

これで自由だ──と、そう思ったのも束の間、しかし外界では新たな困難がセディオスを待ち受けていた。

『一日でもいいんです。 なんでもします。 働かせてください』

そう懇願するも、身寄りもなく小汚いセディオスを雇おうとする者などなくーー少年は浮浪児に混じり、悪事に手を染めていった。

(大人も金持ちも、嫌な奴ばかりだ)

自分を助けられるのは自分だけ。
汚泥を啜り盗んだパンを齧りながら、セディオスは、ゆっくり、ゆっくりと心を捻じ曲げていった。


そんな荒んだ生活にも慣れてきた頃だった。風変わりな師──シェリーと出会ったのは。

『僕、大丈夫……!?』

その日、盗みに失敗し店の主人に手酷い折檻を受けたセディオスは、逃げ込んだ森で身を潜めていた。殴られた場所が燃えるみたいに熱くて、意識は朦朧としていた。
そこを偶然通りかかったのがシェリーだった。
身体中に怪我を負ったセディオスに同情したのだろう。シェリーは、親切にもセディオスを医者に運び、自腹を切って治療費を払ってくれた。

(なんなんだ、こいつ)

しかしセディオスは自分を助けようとするシェリーに感謝するよりも早く、警戒した。何か、裏があるに違いないと。そうでなければ、知り合いでもないこんな子供を助けるわけがないのだ。

それでも、シェリーに弟子にしたいと言われて、その案に乗ったのは少なくとも貧民街で盗みを続けるよりはマシだと思ったからだった。

──どうせこの女も、他の奴らと一緒だ。

まるっきり信じたりしない。
俺はそんなに馬鹿じゃない。
セディオスはそうして、シェリーの弟子に甘んじることにした。




それから、三ヶ月弱。
セディオスは知れば知るほどシェリーという女がわからなくなっていた。

シェリーの暮らしぶりは困窮していた。それこそ、セディオスの実家を彷彿させるほどに。
毎月催促されてやっと支払う家賃。その日食べる物もギリギリで、娘盛りという年頃をしているのに、シェリーが毎日着ているのは継ぎ接ぎだらけのスカートと型遅れのブラウスばかりだった。

俺なんか拾って、もっと大変になっちまっただろうに。

本当に何を考えているのかとセディオスは半ば呆れていた。
魔術師としてのランクも最下位、仕事も簡単な魔除け作りや薬の調合がほとんどで、ろくな収入にはなっていない。よっぽど他の仕事についた方がいいに違いないのに、彼女は魔術師を辞めるつもりはなさそうだった。自分という弟子まで育て始めて、嬉々として魔術を教えてくれている。
(まあ、別にいいけど。)
セディオスは冷めた思いを隠しながら、シェリーを先生と呼び、慕っているふりをした。
──血の繋がっている両親ですら金のために自分を売ったのだ。いよいよ生活がままならなくなった時、この女もそうしないなんて、誰が断言できるだろう。

『ごめんね。もううちには置いておけない』

いつ彼女にそう告げられても大丈夫なように、セディオスは心構えをしていた。
今、やさしくしてもらっているうちに、魔術とやらの技術を盗めるだけ盗む。
出来るだけ素直に、従順にして。
せっかくありついた寝床なのだ。出来るだけ長く使いたい。

「じゃあ、そろそろお昼にしよっか」

暖かな暖炉から名残惜しそうに離れて、シェリーが言った。
セディオスもこくと頷いて立ち上がる。シェリーが買ってくれた白いシャツの袖をまくりあげた。

「俺が作りますよ、先生、すぐに焦がしちゃうから」

言えば、若い師は怒ったように眉を寄せた。


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