魔女と魔術師のしあわせな日々

koma

文字の大きさ
5 / 14
束の間の幸せを

3

しおりを挟む

「──で。 誰なんですあいつ」

苛立ちが収まらない。
セディオスはテーブルの向かいに座るシェリーをじっと見つめた。

「ええっと……」

シェリーはごまかすように笑いながら、おろしっぱなしの長い髪を耳にかける。そうして、なんでもないことのように説明しだした。

「彼はマティアスって言って、その、同期なの。私たち、おんなじ先生に魔法を習ってたのよ」
「へえ。意地の悪そうな奴でしたね」
「ふふ、そうね。 他の人には、普通、なんだけど……私があんまり下手くそだったからかな。私のこと気に入らないみたいで、昔からああやって文句言われてたの……早く辞めろとか、目障りだとか」

セディオスは、無理に向けられる笑顔に不満を抱いた。
──ついさっきまで、泣き出しそうな顔をしていたくせに。
家に入ったとたん、シェリーはいつも通りの彼女に戻ってしまった。セディオスに心配をかけまいと気を張っているのだろう。

「慣れっこだし、私は平気よ。だから、そんなに怖い顔しないで、ね?」

向けられた笑顔に、セディオスは唇を引き結んだ。
寂しかった。
俺はちっとも信用されてない。
衣食住とこんなにも世話になっているのだ。弱音くらい、いくらだって聞く。何も出来ないかもしれないけれど、彼女の傷に寄り添うくらいは出来るのに。
(俺ってそんなに子供に見えてるんだな)
セディオスは俯いた視界に映った自分の手を睨みつけた。

「……先生は、どうして魔術師なんかになったんですか」

弱いくせに、あんな奴にいじめられてきたくせに。今だってこんなに苦しい生活をしているくせに。どうして頑なに魔術師という職にしがみついているのか。
別の職種なら、もっとまともな生活が出来たかもしれないのに。なんで。

と、シェリーは突如変わった話題に両目を瞬いた。
そうしてほんわりと微笑む。

「……お母さんが魔術師だったからよ」
「先生の、お母さん?」
「そう。私がちっちゃい時に天国に行っちゃったんだけどね。私のお母さん、すごい魔術師だったらしいのよ」

顔も覚えてないんだけど、とシェリーははにかんだ。

「お父さんもいなかったから、結局私は孤児院で育ったんだけど……他の人のお母さんを見るたびにね、私のお母さんはどんな人だったのかなって想像するのがくせになっちゃって。 それで、お母さんの血が流れてるんだったら、私も魔術師になれるかなーって思ったの」
「……それだけですか?」
「うん。それだけよ。お母さんの娘だっていう自覚が欲しかったのかも」
「……ふうん」

なんだ。
そんなことか。
もっと大層な信念でもあるのかと思ったのに。ただ、母親の面影を追っていただけだなんて。
とたんに気分が白けてきて、セディオスは席を立った。

「夕飯の支度をします」
「うん。ありがとう」
「いいえ」

セディオスは形ばかりの笑顔を作って、すぐに背を向ける。
人のことを子供扱いしておいて、自分だって子供ではないか。
いや。母親との繋がりを見出そうとしている分、彼女の方が精神的に幼いとさえ思えた。なぜならセディオスはとうの昔に両親と決別している。

あの、寒い寒い木枯らしの日に。
薄い水色の空の下で。
金貨を手にして嬉しそうに笑っていた父と母と──。

古い記憶が蘇って、セディオスの胸をぎりりと締め上げた。
先生は知らないんだ。
血の繋がりなんて、そんなにいいものじゃないってこと。

『お母さん嫌だ捨てないでいい子にするからお願いだから』

何度も叫んで、泣いて暴れた。それでも言葉は通じなかった。
自分はいらない子なのだと思い知らされた。
シェリーは実母との思い出がない分、幸せな想像に浸ることが出来るのだろう。
浅く笑う。羨ましいと思った。

「……ところで、ねえ。セディオスくん」
「はい?」

シェリーは二人がけのテーブルに腰掛けたまま、おずおずと切り出した。

「さっきの、マティアス……私にはあんなだったけど、魔法の実力は本当にすごいのよ」
「? ──ええ、それが何か?」
「うん。だから、あのね……」
「はい」

振り返ったセディオスは次の言葉を待つ。自分から話しかけてきたくせに、シェリーは迷うように「その」とか「あの」を繰り返した。そうしてやっと、本題に入る。

「もし、もしね……セディオスくんがマティアスのところで魔法を習いたいんだったら、遠慮しないで言ってね。マティアスとの仲は悪いけど、連絡は取れるし……もちろん、応援もするから」
「……は」

よりにもよって、あんな奴のところへ行けって?
セディオスは爆発しそうな苛立ちを堪えて、平静な声を絞り出した。

「絶対嫌ですよ。あんな人のところ」
「そ……う」
「他の人のところも、行く気ないですから」
「……うん、わかった。でも、気が変わったら、いつでも言ってね」

シェリーの笑顔が苦しかった。

「セディオスくん、絶対才能あるもの。私が保証するわ」
「……ありがとうございます」

セディオスは背を向けて、小さくため息をついた。遠回しに、出ていけと言われているのだろうか。

次の生活も考えておかないと。

セディオスは冷めた気分のまま、芋の皮むきに取り掛かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...