【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト

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第三話 千春さんのカフェ

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『優菜さん! バイト始めました!』
『慣れてきたから遊びに来てください!』

 突然、二連続で千春さんからメッセージが送られてきた。
『結も行って大丈夫なお店ですか?』
『もちろんです! お子さまメニューもありますよ』
『HIDAMARI珈琲ってところです』
『場所送りますね』
 知っている店だった。この前行った、公園のそばにある良い雰囲気の喫茶店だ。
『ここ、この前行きました!』
『また行きたいと思ってたところでした』

 千春さんのシフトと、私の予定を照らし合わせて都合のいい日時で約束した。
 ある平日、結が幼稚園から帰ってから行くことにした。結に話すと、
「ちいちゃんのおみせ?」
「うん、ちいちゃんが働いてるお店ね。あおいちゃんはいないけど行きたい?」
「ちいちゃんにあいたい!」
 結はすっかり千春さんに懐いてしまったようだ。

 それから、当日まで結はご機嫌だった。
「ちいちゃんにあえるね!」
「ちいちゃんまだ?」
 事あるごとに私に伝えてくるので、私まで楽しみな気持ちが膨れ上がっていた。
「結は千春さん大好きだね」
 拓馬が微笑ましく見ているが、私もかなり楽しみにしていることは伝えなくてもいいかな、と思った。

 ついにやってきたその日、結は幼稚園の制服から着替え、胸元に大きなリボンのついた可愛いワンピースを着て精一杯のオシャレをした。
 私も、気合を入れすぎない程度にいつもより丁寧に化粧をし、上はシンプルな七分袖カットソー、下は花柄のフレアースカートで合わせた。スカートを履くのは久しぶりだった。
 カフェまで、歩いて二十五分程度。結の散歩にもちょうどいい。結の歩く速さに合わせているので、一人なら十五分くらいで来れるだろうか。
「こうえんにいくの?」
 いつも公園に行く道なので、結が聞いてきた。
「ううん、でも公園の近くだよ」
 公園への道の途中。古民家のような建物が見えてきた。HIDAMARI珈琲だ。
 チリンチリン。
 扉を開けると、澄んだ音のドアベルが鳴る。コーヒーの香りがふわっと鼻をくすぐった。
 この前見た内装の店内に、知った顔があった。
「いらっしゃいませ!」
 出迎えてくれたのは千春さんだった。
 店員のエプロンをつけて、髪を一つにまとめている姿は今までと違って新鮮だ。快活な彼女を引き立てていて、とても似合っている。
「ゆーなさん、ほんとに来てくれたんですね! 嬉しいです」
 私が訪れたというだけでこんな笑顔を見せてくれるなんて、勿体ない気持ちになる。でも、きっとそれが千春さんなんだろう。
「もちろんです。お仕事がんばってますね」
「がんばってます! 今日はスカートなんですね。可愛いです」
「……!」
 そんなことを言われて、私は反射的に目をそらしてしまった。
 どうして、そんなにナチュラルに言えるんだろう。
 千春さんはニコッと笑い、結に向き合った。
「結ちゃんこんにちは!」
「ちいちゃんこんにちわ!」
「結ちゃんもお洋服かわいいね」
「おリボンついてるでしょ!」
「うん、おっきいリボンだ」
 結はいつも以上に元気だ。ちょっと声が大きすぎて周りに迷惑にならないかと気になってしまったが、こちらを見るお客さんの表情は優しくて、私はホッとした。
「ゆーなさん、カウンターどうですか? 空いてますよ」
「じゃあ、そちらでお願いします」
 千春さんの案内でカウンター席に向かうと、結も跳ねるような足取りで付いてくる。
「結、今日来るのすごく楽しみにしてたんですよ。『ちいちゃんにあいたいなー』ってずっと言ってました」
「それは嬉しいです。わたしも結ちゃんに会いたかったよー」
「やったー!」
「ゆーなさんにもね」
「え、あ……ありがとうございます」
 今度は何とか反応できたが、さっきから天然なのかこっちも照れてしまう殺し文句だ。

「ゆーなさん、何飲むか決めてますか?」
 席に結と座ると、千春さんがカウンターにもたれかかり、おもむろに聞いてきた。
「オススメとかあるの?」
「特製カフェラテがありますよ」
「特製? じゃあ、それにしようかな」
「店長ー! いいですか?」
 カウンターの奥で別のお客さんと話していた女性が、こちらを向いた。
 歳は四十代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の優しそうな人だった。彼女は千春さんを見て無言で頷いた。
「よしっ」
 千春さんはカウンター裏で、白いカップを取り出した。
 グラインダーで豆を挽いて、エスプレッソマシンにセットして操作する。芳醇な香りと共に泡と液体の混合されたキャラメル色のエスプレッソがカップに注がれていく。
 次に、千春さんはマシンの横にあるノズルを使って繊細な手つきでミルクをスチーミングし、きめ細かく泡立てる。
 泡の具合を確かめる千春さんの目付きは真剣そのもので、カフェの仕事に対するプライドが伺い知れる。
 澱みなく流れるような動きでカフェラテを作る千春さんの姿は、いつもの笑顔の柔らかさとのギャップがクールで、目が離せなかった。
「行きますよ~」
 そう言ってエスプレッソの入ったカップにスチームミルクを流し込む。ピッチャーを細かく動かしていくと、だんだんコーヒーの表面に白い形が浮き上がった。最後にツツッと手首を捻ると、図柄が完成した。目の前で起こったことなのに、どうやったのか全然分からなかった。ラテアートを作るところを見るのは初めてだが、まるで魔法のようだ。
「できました!」
 クールな千春さんからいつもの元気な千春さんに戻って、カップを渡してくれた。
「あ! ハートだ!」
 結が見て、思わず叫んだ。そのアートは、きれいなハート型だった。
「上手くできてよかった~。ゆーなさんに良いところ見せたかったんです」
「すごい……。千春さん、カッコいい。職人さんだ。ありがとうございます」
 私はほうけたようにカフェラテの表面を見ていた。
「へへ、褒められた」
「おかあさんちがうよ! ちいちゃんはかわいいでしょ!」
 結に訂正されてしまった。
「可愛いし、カッコいいの」
 私は娘に負けじと言い返した。だってカッコいいんだもの。それは嘘じゃない。
 千春さんが照れている。そんなところは、確かに可愛い。
「ゆいもほしい! ちいちゃんのハート!」
 ハート……。そうか。私、千春さんからハートもらったんだ。
 そのことに気づくと何故か気恥ずかしくなったので、結にも何か頼んでやることにした。
「結はまだコーヒーは飲めないから、ジュースか牛乳にしようよ」
「ハートがいい~! おかあさんずるい!」
 しまった、納得できないようだ。機嫌を損ねたと思っていたら、千春さんがこっそり私に聞いた。
「結ちゃん、ココアは大丈夫ですか?」
「ココアなら飲めるけど」
「じゃあ……」
 千春さんは、涙目で駄々をこねる結の目の前にココアを置いた。
「結ちゃん、これなーんだ?」
「?」
 結は、きょとんとしてココアと千春さんを交互に見た。
「見ててね」
 千春さんはココアの表面にふわふわのフォームドミルクで土台を作り、チョコレートシロップで顔を書いた。
「くまさんだ! すごーい!」
「結ちゃんどーぞ!」
「ありがとう! ちいちゃんかわいい!」
 四歳の結には、まだ相手を褒める語彙が少なく、こういうときも『かわいい』と言う。そんなところも、『かわいい』と思う。
「どういたしまして! ちいちゃんはかわいいでしょう」
 私も、屈託のない笑顔で得意げになった千春さんを見て、可愛いし、やっぱりカッコいいとも思ったのだった。
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