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第一章 妹は魔法少女
第三話 姉は適性がない
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長谷川瑛夏は、妹の美冬の監視を続けていた。オーダードラゴンは瑛夏に、戦士になるには『適性がない』と言った。あそこまでキッパリ言われてしまっては、取り付く島もなかった。
瑛夏は自分にできることがないかを考えるために、オーダードラゴンから情報を収集した。
美冬ら戦士のことを〈修繕者〉と呼ぶこと。
この鳳市内を始めとして、〈ホコロビ〉の発生頻度の高い地域が複数あること。
オーダードラゴンや〈修繕者〉は他にも何人かいて、オーダードラゴン同士で情報交換をして誰が出動するかを決めていること。
美冬は、現在は週に一度程度の出動ペースになっていること。
この活動は数ヵ月前から始まっており、オーちゃん自身は美冬と組んで活動するのが初めてであること。
オーダードラゴン達には〈上役〉がいるが、その詳細は話せないこと。
また、他にも美冬には話しているが瑛夏には話せない情報があること。『適性』の判断基準も言えないそうだ。
嘘をついたり誤魔化したりせず、『話せない情報があること』を明示してくれる点において、瑛夏はオーダードラゴンを信用できると思った。彼――雌雄があるのか分からないけど、喋り方や一人称から便宜上そう呼ぶことにする――は誠実に対応してくれているが、〈上役〉とやらの存在が少し気になった。何か隠し事をしているとしたら、その〈上役〉だ。
休み時間、教室の自席で瑛夏が考え込んでいると、
「例の妹さんのこと?」
クラスメイトの久保田朝香が横から話しかけてきた。
「わっ、ビックリした」
「ごめんごめん、真面目な顔してたからさ。昨日なんかあった?」
空席になっていた、一つ前の席に座って朝香は言った。
「えっと、詳しくは言えないんだけど、とりあえず何とか。でもまた別の問題がね……」
「姉妹って色々あるんだな」
隠し事が多くなりだいぶ無理のある言い方になってきているが、朝香は聞かれたくないことには突っ込んでこないで瑛夏のペースに合わせてくれている。
「デキる妹だからね。凡人の私じゃ、なかなか力になれないみたい」
「凡人、ねえ……。瑛夏は自分のことそう言うけどね。普通の人ってさ、もっとデコボコしてるんだよね。得意なことなんてそうそうない。苦手なことはいろいろあるし」
「えー、私だってそうでしょ」
「苦手なこと、少ないでしょ? 何でも卒なくこなすタイプっていうか。そういう人も、あたしから見たら超人の領域よ」
「そうなのかな。そうだとしても……妹は特別だよ」
「まあ、そんなことは関係なくあたしは瑛夏とは友達だけどね」
臆面もなくそう言い切る朝香に対して、瑛夏の方が恥ずかしくなってしまった。でも、瑛夏も同じだった。美冬が優秀だとか、そういうのは関係なかった。
妹だから。姉として。責任を感じているのだった。
――夕方。
瑛夏が帰宅した時間、美冬はまだ自宅に居なかった。生徒会の仕事や、それでなくとも人に頼られがちな美冬には珍しくはないことだが、確認のために部屋を覗きに行った。案の定、オーダードラゴン(のぬいぐるみ)は居なかった。学校には持っていっていないので、何事もなければいつものところに置いてあるはず。つまり、〈ホコロビ〉が発生して出動している可能性が高い。
何か嫌な予感がする。居ても立っても居られなくなり、自宅から自転車で飛び出した。美冬の中学への通学路を、辿って探すことにした。
市立あおさぎ中学校の校舎が見えてきた。去年まで瑛夏も通っていた懐かしの中学校である。校門からは、下校のために生徒達が出てきてまばらに歩いている。その中に知った顔があったので、自転車を降りて近づいてみた。
志水ゆめ。美冬と一緒にいるのを見たことがあり、何度か挨拶くらいは交わした間柄の女子生徒である。身長は低めの、言ってしまえば地味な印象の彼女だったが、瑛夏は割と好感を持っていたため覚えていた。
「あの、志水さん……だよね? 確か生徒会副会長の。私、長谷川美冬の姉の瑛夏です」
不審者と思われ一瞬だけ警戒の目を向けられたが、思い出したようで彼女の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「あ……こんにちは、お姉さん。美冬さんに御用でしょうか」
「まあ、そんな感じ。どこにいるか知ってるかな?」
「今日は用事があるって言って、放課後はすぐに帰られましたけど……」
「そっか、ありがとう。急にごめんね」
感謝を述べ、すぐに引き返そうと思った瞬間、ゆめが声を上げた。
「あのっ……!」
背中に声をかけられ、瑛夏は振り返った。
「美冬さん、何かありましたか? 最近ちょっと、悩み事をしてる雰囲気なんです……」
恐らく、学校では彼女が一番美冬を近くで見てくれているのだろう。何かを察して不安になっていても不思議ではない。
「心配してくれてありがとう。ごめんね、私からは何も言えないけど、きっと美冬もあなたに感謝してると思う」
自転車に跨り、そうだ、と付け加えた。
「私が来たことは言わないでくれると嬉しいな」
美冬は下校前に現場に行ったのだろう。どこまで距離が通じるか分からないが、オーダードラゴンに頭の中で話しかけた。
[[オーちゃん、どこにいる? いま戦ってるの? 聞こえたら返事して!]]
何度も念じながら、とにかく遠くが見渡せるように前回行ったすずめ公園の展望台に向かった。オーちゃんに聞いた話によると、〈ホコロビ〉が発生する場所は密集している。つまり瑛夏の知る中では、前回発生したこのすずめ公園を中心に探すのが、一番効果的と踏んだ。
展望台を上ると、小学生が何人か携帯ゲームを持ち寄り遊んでいた。瑛夏は気にせず、この前のような光を捉えることができないかと周りを見渡した。日が暮れかかっているので、光が出れば近くなら見つけられるだろうと思った。
視界の一部で、ピカッと光を見とめた。多少何かが光ったところで、今までだったら気にも留めていなかっただろう。それは、意外にも住宅地の中だった。人通りの多い場所ではないが、誰かに見られる可能性は充分にある。瑛夏は上から見た場所を覚え、自転車に乗ってそこに向かった。
自転車を漕ぎながらも、届くか分からないが再びオーダードラゴンに対して念を送った。
[[オーちゃん、聞こえる? 美冬は無事?]]
すると、まるで電波の弱いラジオみたいにノイズ混じりのオーちゃんの声が聞こえた。
[[エナ、聞こえている。今日の処理は終わったが、ミトが負傷した。想定外のことが起こったのだ。ボクはこれから〈上役〉に報告をする。ミトの怪我については――]]
後半がよく聞き取れなかったのは、距離が遠いからなのか、それとも瑛夏が平静さを失ってしまったからなのか。自転車を止め、足をついたまま頭の中が暗くボヤケてきた。
(私、何も役に立てない。一人で空回りして、何やってんだろう……)
瑛夏は自分にできることがないかを考えるために、オーダードラゴンから情報を収集した。
美冬ら戦士のことを〈修繕者〉と呼ぶこと。
この鳳市内を始めとして、〈ホコロビ〉の発生頻度の高い地域が複数あること。
オーダードラゴンや〈修繕者〉は他にも何人かいて、オーダードラゴン同士で情報交換をして誰が出動するかを決めていること。
美冬は、現在は週に一度程度の出動ペースになっていること。
この活動は数ヵ月前から始まっており、オーちゃん自身は美冬と組んで活動するのが初めてであること。
オーダードラゴン達には〈上役〉がいるが、その詳細は話せないこと。
また、他にも美冬には話しているが瑛夏には話せない情報があること。『適性』の判断基準も言えないそうだ。
嘘をついたり誤魔化したりせず、『話せない情報があること』を明示してくれる点において、瑛夏はオーダードラゴンを信用できると思った。彼――雌雄があるのか分からないけど、喋り方や一人称から便宜上そう呼ぶことにする――は誠実に対応してくれているが、〈上役〉とやらの存在が少し気になった。何か隠し事をしているとしたら、その〈上役〉だ。
休み時間、教室の自席で瑛夏が考え込んでいると、
「例の妹さんのこと?」
クラスメイトの久保田朝香が横から話しかけてきた。
「わっ、ビックリした」
「ごめんごめん、真面目な顔してたからさ。昨日なんかあった?」
空席になっていた、一つ前の席に座って朝香は言った。
「えっと、詳しくは言えないんだけど、とりあえず何とか。でもまた別の問題がね……」
「姉妹って色々あるんだな」
隠し事が多くなりだいぶ無理のある言い方になってきているが、朝香は聞かれたくないことには突っ込んでこないで瑛夏のペースに合わせてくれている。
「デキる妹だからね。凡人の私じゃ、なかなか力になれないみたい」
「凡人、ねえ……。瑛夏は自分のことそう言うけどね。普通の人ってさ、もっとデコボコしてるんだよね。得意なことなんてそうそうない。苦手なことはいろいろあるし」
「えー、私だってそうでしょ」
「苦手なこと、少ないでしょ? 何でも卒なくこなすタイプっていうか。そういう人も、あたしから見たら超人の領域よ」
「そうなのかな。そうだとしても……妹は特別だよ」
「まあ、そんなことは関係なくあたしは瑛夏とは友達だけどね」
臆面もなくそう言い切る朝香に対して、瑛夏の方が恥ずかしくなってしまった。でも、瑛夏も同じだった。美冬が優秀だとか、そういうのは関係なかった。
妹だから。姉として。責任を感じているのだった。
――夕方。
瑛夏が帰宅した時間、美冬はまだ自宅に居なかった。生徒会の仕事や、それでなくとも人に頼られがちな美冬には珍しくはないことだが、確認のために部屋を覗きに行った。案の定、オーダードラゴン(のぬいぐるみ)は居なかった。学校には持っていっていないので、何事もなければいつものところに置いてあるはず。つまり、〈ホコロビ〉が発生して出動している可能性が高い。
何か嫌な予感がする。居ても立っても居られなくなり、自宅から自転車で飛び出した。美冬の中学への通学路を、辿って探すことにした。
市立あおさぎ中学校の校舎が見えてきた。去年まで瑛夏も通っていた懐かしの中学校である。校門からは、下校のために生徒達が出てきてまばらに歩いている。その中に知った顔があったので、自転車を降りて近づいてみた。
志水ゆめ。美冬と一緒にいるのを見たことがあり、何度か挨拶くらいは交わした間柄の女子生徒である。身長は低めの、言ってしまえば地味な印象の彼女だったが、瑛夏は割と好感を持っていたため覚えていた。
「あの、志水さん……だよね? 確か生徒会副会長の。私、長谷川美冬の姉の瑛夏です」
不審者と思われ一瞬だけ警戒の目を向けられたが、思い出したようで彼女の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「あ……こんにちは、お姉さん。美冬さんに御用でしょうか」
「まあ、そんな感じ。どこにいるか知ってるかな?」
「今日は用事があるって言って、放課後はすぐに帰られましたけど……」
「そっか、ありがとう。急にごめんね」
感謝を述べ、すぐに引き返そうと思った瞬間、ゆめが声を上げた。
「あのっ……!」
背中に声をかけられ、瑛夏は振り返った。
「美冬さん、何かありましたか? 最近ちょっと、悩み事をしてる雰囲気なんです……」
恐らく、学校では彼女が一番美冬を近くで見てくれているのだろう。何かを察して不安になっていても不思議ではない。
「心配してくれてありがとう。ごめんね、私からは何も言えないけど、きっと美冬もあなたに感謝してると思う」
自転車に跨り、そうだ、と付け加えた。
「私が来たことは言わないでくれると嬉しいな」
美冬は下校前に現場に行ったのだろう。どこまで距離が通じるか分からないが、オーダードラゴンに頭の中で話しかけた。
[[オーちゃん、どこにいる? いま戦ってるの? 聞こえたら返事して!]]
何度も念じながら、とにかく遠くが見渡せるように前回行ったすずめ公園の展望台に向かった。オーちゃんに聞いた話によると、〈ホコロビ〉が発生する場所は密集している。つまり瑛夏の知る中では、前回発生したこのすずめ公園を中心に探すのが、一番効果的と踏んだ。
展望台を上ると、小学生が何人か携帯ゲームを持ち寄り遊んでいた。瑛夏は気にせず、この前のような光を捉えることができないかと周りを見渡した。日が暮れかかっているので、光が出れば近くなら見つけられるだろうと思った。
視界の一部で、ピカッと光を見とめた。多少何かが光ったところで、今までだったら気にも留めていなかっただろう。それは、意外にも住宅地の中だった。人通りの多い場所ではないが、誰かに見られる可能性は充分にある。瑛夏は上から見た場所を覚え、自転車に乗ってそこに向かった。
自転車を漕ぎながらも、届くか分からないが再びオーダードラゴンに対して念を送った。
[[オーちゃん、聞こえる? 美冬は無事?]]
すると、まるで電波の弱いラジオみたいにノイズ混じりのオーちゃんの声が聞こえた。
[[エナ、聞こえている。今日の処理は終わったが、ミトが負傷した。想定外のことが起こったのだ。ボクはこれから〈上役〉に報告をする。ミトの怪我については――]]
後半がよく聞き取れなかったのは、距離が遠いからなのか、それとも瑛夏が平静さを失ってしまったからなのか。自転車を止め、足をついたまま頭の中が暗くボヤケてきた。
(私、何も役に立てない。一人で空回りして、何やってんだろう……)
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