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第一章 妹は魔法少女

第二話 姉はただの高校生

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 瑛夏エナが魔法少女(?)の美冬ミトを目撃した翌日――。

 登校中の電車の中で、瑛夏エナは考えた。
(私の取れる行動は何だろうか?)
 一つ、見なかったことにして日常生活を続ける。
 二つ、美冬ミト本人に問い詰める。
 三つ、大人の誰か(警察など含む)に相談する。
 四つ、もう少し美冬ミトの様子を観察する。

 一つめは論外。妹の危険をこのまま放っておくわけにはいかない。
 二つめは保留。今の関係性で、直接聞いても答えてくれないだろう。それどころか、余計に反発されそうな気がする……。
 三つめは、するとしても二つめの後か、少なくとももう少し情報が出揃ってからだろう。
 消極的な行為だが、やはり四つめが妥当だろうか。今朝の様子は、今までと変わりなく思えた。昨晩に始まったことではなく、何度も同じことをしていたのは間違いない。最近美冬ミトの当たりがキツくなったのは、あの活動のストレスとかが原因かもしれない。だとしたら、姉として何とかしてあげたい。

 電車を降りると、他の車両に乗っていた同級生の久保田朝香あさかに出くわした。
「おはよー」
 五つ、友達に相談するという手があった。大人相手ほどには大事おおごとにならず、ちょうどいい距離感で話ができるかもしれない。
「おはよう、朝香。あのさー……」
「どしたどした?」
「んっと……妹のことでね。事情はよく分かんないけど夜中に家を抜け出してるみたいなんだよね。どうしたもんかなって」
 そのまま話すわけにはいかないので、出す情報は吟味した。
「夜中にか。瑛夏エナはそれが心配なんだ? 妹さんとあんま仲良くないんじゃなかった?」
「それとこれは別でしょ。姉としては心配だよ」
「良いお姉ちゃんじゃん。確か優秀で真面目な子なんでしょ? 夜遊びするような子じゃないんだとしたら、相手が気になるね。悪い友達にそそのかされてるんなら、そうだなー、あたしだったらその相手を問い詰めるよ。『うちの妹に何さらしてくれとんじゃー』ってね。あたしは妹いないけど」
「なるほど」
 選択肢が増えた。それは良い手かもしれないと思った。妹から事情を聞くのは難しくても、昨日見たあのドラゴンを見つけることができれば、何か教えてくれるかもしれない。
「でも瑛夏エナ、一人で行っちゃダメだよ。男もいるかもしれないし、乗り込むときはあたしも呼んでね。一緒に行くから」
「ありがと。一人では行かないよ。ちょっと考えるね」
 嘘はついていないが、情報を隠して相談したにもかかわらず協力的な申し出を受けたことに少し罪悪感があったので、朝香にはその日の帰りにお菓子を奢った。

 その日の夕食後――。
 瑛夏エナは、美冬ミトがお風呂に入っている隙にこっそり部屋を訪れた。普段はこんなことをしないけど、今日は仕方ない。いつもなら三十分くらいは出てこないはずだけど、それほど時間に余裕はないので急いで向かった。

 ゆっくりと戸を開けると、自分の部屋とは違う香りが体を包んだ。瑛夏エナが入るのは一年以上振りだった。
 そっと照明のスイッチを入れる。カーテンを含め、全体的に水色っぽい配色の部屋だ。
 出しっぱなしになっているものはなく、キレイに片付いている。
 機能性重視といったおもむきで、ポスターや壁掛けなどはなくカレンダーとメモ用のホワイドボードが掛かっているのみである。
 唯一、腰の高さほどのチェストの上にぬいぐるみが置かれているのがこの部屋のカワイイポイントだ。幼少の頃から持っているものや、遊園地で買ったり誰かにもらったりしたものが所狭しと飾られている。

 目当てのものはおそらくそこに……。あった。他のぬいぐるみに紛れて、ドラゴンのがある。
 この手の魔法少女のお付きの妖精(?)は、ぬいぐるみかアクセサリーに擬態しているものと相場が決まっている。大きさは手のひらからあふれるくらい。全体的に丸っこく、ドラゴンと言っても可愛らしい形だ。白を基調として、角や羽根には青っぽい色が使われている。昨晩見たときはもっと本当の生き物に見えたが、今はただのぬいぐるみだ。
 確信を持ってこれだと言える理由は、ぬいぐるみが両手で抱える透き通るような青い水晶玉の存在である。昨晩は、灰色の化け物をこの中に吸収していた。

「ねえ。私、昨日見たよ。美冬ミトが化け物と戦ってるの。ちょっとあなたと話がしたいの。返事してくれる?」
 ぬいぐるみに話しかけてみるが、返事はなかった。そう来るだろうとは思っていたので、次の手を試してみた。
「これ、大事なものなんじゃないの? 返事してくれないと、捨てちゃうよ?」
 水晶玉部分を取り上げて、間近で見てみた。ミニトマトくらいの大きさで、硬そうだが持ってみると重さや温度をほとんど感じない不思議な物体で、尋常のものではないことは明らかだった。ほんのり青白く光を帯びているのも、特別な感じがする。
「落として割れちゃったら大変なんじゃない? 知らないけどさ。教えてくれないから、知らないもんね」
 手のひらの上で弄んでいると、
 [[やめてくれ。酷いことをするなキミは!]]
 瑛夏エナの頭の中に、声が響いた。ぬいぐるみはぬいぐるみのまま、微動だにしていない。だがきっと、このドラゴンのぬいぐるみが話しかけたに違いない。驚きはしたが、想定内だったので自分でも意外なほど冷静だった。
「返事してくれてありがとう。ごめんね、この玉は返すよ」
 [[この中には〈ツクロイの力〉が封印してある。せっかく集めたのに解放されてはたまらない]]
「なんか分からないけど、もう意地悪はしないよ。でも教えて欲しい。あなたは何なの? どうして、美冬ミトがこんなことをしてるの?」
 [[……仕方ない。話せることは話す。見られてしまったのなら、これ以上隠せないだろう。ミトが戻ったら一緒に話をする]]
「……待って。美冬ミトには、私が気づいていることを言わないで。お願い。時期を見て、自分で話すから」
 [[……承知した。では今夜、ミトが寝てからキミのところに行く。それで良いか?]]
「話が早くて助かるよ。じゃあ、また後で」

 瑛夏エナが一階に降りるとき、風呂上がりの美冬ミトに鉢合わせた。さっきのドラゴンの言い方だと、今夜は戦う予定がないということなんだろうか、と思いながら妹を見る。
「何見てんの」
「見てないし」
 すれ違いながら妹の体から湧き出る熱と石鹸の香りを浴びた。こんな生意気な妹でも、危険な目には遭わせたくない。

 夜の十一時ごろ、自室でスマホを見ていたら頭に声が響いた。
 [[エナ、行ってもいいか?]]
 [[いいよ。礼儀正しいね、ちゃんと確認するんだ]]
 瑛夏エナも、頭の中から返事をしてみた。
 [[では失礼する]]
 どうやら通じたみたいだ。美冬ミトの部屋のある側の壁から、青白く光るドラゴンがスルリとすり抜けてきた。ぬいぐるみ姿ではなく、昨晩見たのと同じく生き物然とした姿だった。
「こんばんは。そういえば、何て呼んだらいいのかな?」
 [[ボクはオーダードラゴン。ミトには『オーちゃん』と呼ばれている]]
「センス無っ」
 [[昨晩の戦い……見てしまったと言っていたね]]
「うん。それに、壁越しに会話も聞こえそうだよ。お母さんからも隠れるつもりなら気をつけなね」

 オーダードラゴンのオーちゃんから聞いた話は、次のような内容だった。
 世の中はいろいろなルールに則って構成されている。瑛夏エナに分かるルールだと、運動方程式や、アンペールの法則などの物理法則なんかがそれにあたるらしい。
 でもたまに、ルールの劣化や何らかの歪みによって法則が乱れることがあり、それを〈ホコロビ〉と呼ぶ。
 〈ホコロビ〉が大きくなると、周りのものを滅ぼす〈ホロビ〉という現象になり、世の中が大変なことになる。
 それを防ぐのが、相反する力である〈ツクロイ〉であり、その力で美冬ミト達は〈ホコロビ〉を直し、出てくる化け物と戦っている。
 抽象的な表現が多くて理解は怪しいけど、要するに子供向けアニメとかでよくある、悪いやつと戦う魔法少女ということだろう、と瑛夏エナは解釈した。まさか現実にそんなことが起こっているとは今まで思わなかったが、こうして目の当たりにしてしまっては信じるしかない。

「……どうして、美冬ミトが戦わないといけないの? どうして妹を選んだの?」
 [[ミトには適性があるからだ]]
「やめさせてって言っても、無駄?」
 [[ミトは了承してくれた]]
「じゃあせめて、私も一緒に戦わせて。妹一人に危険なことはさせたくない」
 [[それはできない]]
「なんで!?」
 [[キミには適性がないからだ]]
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