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第三章 姉も魔法少女

第十一話 戦いを終えて

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 その夜、彩芽たちとの戦いの後――。
 瑛夏エナ美冬ミトの部屋に来た。部屋の中央に敷かれた円形のラグの上に美冬ミトとオーダードラゴンは待機しており、瑛夏エナが空いているところに座ると、美冬ミトが話し始めた。
「オーちゃんから、聞いたよ。もう何度も話をしてるんだね。私はお姉ちゃんには話さないでって言ったのに」
 [[ミト、すまない。ボクの勝手な判断だ。エナにも〈修繕者リペアラー〉になって欲しいという思いでしたことだ。エナ、スマホは返す。こちらも必死なのでキミにも少し無茶なことをしてしまったことを謝る]]
「足の怪我は、今オーちゃんに治療してもらってる。もうすぐ治るよ」
 オーちゃんが持つ青い水晶玉――コスモスオーブ――が鈍く光を放ち、さっき帰ってきてすぐに瑛夏エナが包帯を巻いた美冬ミトの足のケガを治療しているようだ。痛々しいケガだったが、美冬ミトは毅然としている。

 [[まず、気になっているだろうことを伝えよう。アヤメのことだ。先程、ヒナギクから連絡があったが、彼女のケガの治療を終えて家に返したとのことだ。〈修繕者リペアラー〉としての記憶はなくなり、明日からは日常生活に戻るだろう]]
 彩芽が〈黄のコスモス〉出身であることを、オーダードラゴンは知っているのだろうか? だが乃愛のこともあり、下手に突かないほうがいいと思って瑛夏エナは黙っていた。そして伝えたいことを話し始めた。
「彩芽さんから、聞いたことがあるの。もしかしたら大変なことかもしれない。オーちゃんは、『ホロビのリュウ』って知ってる? 今起こっている〈ホコロビ〉現象は、その前兆なんじゃないかって」
 これは瑛夏エナが以前、彩芽から聞いた話である。〈黄のコスモス〉は『ホロビのヘビ』によって崩壊の危機にある。彼女の予想だとこちらの〈青のコスモス〉では『ホロビのリュウ』と呼ばれている可能性があるとのこと。オーダーナーガと対応する『ホロビのヘビ』が存在するのであれば、オーダードラゴンと対応する『ホロビのリュウ』という言葉が存在するのではないかとのことである。
 [[実際に見たことはないが、存在は知っている。『ホロビのリュウ』……。現象としては数多くの〈ホコロビ〉が発生して対処しきれなくなるほどの被害が出るというものだ。今回の件との関連があるかどうか、〈上役うわやく〉にも相談してみよう]]
「私も初めて聞いた。どうして彩芽……さんは知ってたんだろう」
 あまり、鋭い質問をしないで欲しい。美冬ミトには後でこっそり話そうと思っているのだった。
美冬ミト、聞いて。私、もう見てるだけじゃ居られないよ。協力させて。美冬ミトが認めてくれれば私も〈修繕者リペアラー〉になれるって聞いたよ。どうして一人で戦うことにこだわるの?」
 美冬ミトの表情がかげり、そして怒りを見せた。
「絶対に嫌。足手まといになるだけだから。オーちゃんも、もうお姉ちゃんを勧誘するのは諦めて!」
 そう言い放つと、ベッドに潜り込んでしまった。オーちゃんの方を見たが、困ったなという様子で見返してきた。今日は遅いし、疲れもあるので休ませてやろうと思った。
「おやすみ、美冬ミト
 返事はなかったが、拗ねて布団に潜り込むという行動が子供らしくて、つい可愛いと思ってしまった。優等生といっても、まだ中学生なのだ。だからこそ一人で戦わせるのは瑛夏エナの望むところではなかった。

 翌日――。
 瑛夏エナは登校のため電車に乗っていた。クラスメイトの久保田朝香あさかと居合わせたので、いつも通りの何気ない会話をしていた。途中の駅で誰かが乗ってきたのを視界の端で捉えていたが、あまり気にしていなかった。
「おはようございます、瑛夏エナさん」
 聞き覚えのある、澄み切った品のある声。神宮寺じんぐうじ彩芽あやめだった。
「彩芽さん……。おはよう……」
 不意を突かれて、言葉を続けることが出来ずに呆然と彩芽の顔を見つめていた。
「どうかしました?」
「いや……。その、ケガはもう、大丈夫……?」
「ケガ……?」
「昨日の……」
「昨日はお会いしてないですよね?」
 昨晩ケガをしていた足は、治療されて何もなかったかのようにキレイになっている。
「……」
「……」
 〈修繕者リペアラー〉としての記憶を失うとは、こういうことなのか。おそらく彩芽には、瑛夏エナと友だちであるという記憶は残っているのだろう。朝香は、奇妙な空気に戸惑いの表情を浮かべている。
「乃愛ちゃんは……その、どうしてる?」
「乃愛は今日も普通に学校に行きましたよ。瑛夏エナさん、どうしたんですか? 何かありましたか?」
 心配そうに近づき、顔を覗き込む彩芽。初めて会ったときの香りを思い出し、鼓動が上がる。
「ううん、何でもない……。元気なら良かった」
 瑛夏エナの心は、悲しむべきなのか安心するべきなのか分からずぐちゃぐちゃになってしまった。瑛夏エナと朝香の高校の最寄駅に着き、ドアが開く。
「また、遊びましょうね」
 屈託なくそう言う彩芽に、瑛夏エナは返事をすることが出来なかった。

 電車を降りるや否や、朝香が興奮気味に口を開いた。
「ちょっと瑛夏エナさんよ、いつの間にあんなキレイな人と知り合ったの? 聖花学園のお嬢様だよね? 紹介してよもう~」
 まくし立てる朝香に対して、
「紹介って何よ……」
 と返すのが精一杯だった。

 学校が終わり家に帰ると、お母さんが夕飯の準備をしてくれていた。美冬ミトはまだ帰っていない。
「お母さん、手伝っていい?」
「いいの? 助かるわ。それじゃ野菜洗ってよ」
 料理を手伝いながら、瑛夏エナは聞いてみた。
「お母さんはさー、私と美冬ミトが喧嘩してること、どう思う?」
「どうって?」
「うーん、もっと仲良くしろとか?」
 洗ったほうれん草を渡しながらそう言うとお母さんは少し考えながら答えた。
「仲良いに越したことはないけどさ、無理に仲良くなるもんでもないと思ってるよ」
「そうなの?」
「そりゃそうよ。お母さんにも、弟がいるでしょ。晶斗あきとおじさん。別に子供の頃は仲が良いわけでも何でもなかったよ。きょうだいなんて、同じ親から産まれただけで一緒に住むことになってる人間でしかないからね。クラスメイトみたいなもんよ。別に仲良くなる責任も義務もないよ」
「お母さんは、家族はみんなそういうものだと思ってるの?」
 瑛夏エナ自身は、お母さんからの愛情を感じているので少し意外に思った。
「同じ家族って言い方でも、親きょうだいと、配偶者や子供は別だよ。お母さんは、お父さんを選んで家族になったし、瑛夏エナ美冬ミトも自分で決めて産んだ。だから可能な限り仲良くしようと思ってるし、少なくとも責任がある」
 母親のあけすけな言葉を聞いて少し照れてしまったが、あまり気にしないフリをして続けた。
「ふうん……晶斗おじさんにはそういうの感じないの?」
「晶斗とはたくさんの時間を一緒に過ごしたわけだから、お互いに理解者ではあるし、姉としての責任感はそれなりに持ってる。でもそれは、わたしが親から強制されたものじゃない。わたしがそうしたいって決めたこと。瑛夏エナにとっての美冬ミトは、どうなのかな?」
「私は……」

 帰宅した美冬ミトと無言で夕食を取った後、部屋に戻る美冬ミトに対して瑛夏エナは言った。

美冬ミト、お風呂一緒に入ろ?」
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