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第一話(3/3)
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「ん……? これって」
論文の気になったところに目を留め、わたしは思わず口にした。
「どうかしましたか?」
「ここなんだけど……」
『キミの隣に咲く花』という漫画のフレーズを引用した部分。
「論文では『私は、あなたのおかげで強くなれたんだよ』と書いてありますが、実際には『あなたのおかげで、私は強くなれたんだよ』のはずですよ」
ちょうどわたしもその本を持っていたので、スマホで電子書籍を開いて見せた。
「……本当ですね。よく分かりましたね。ご指摘ありがとうございます」
「引用のミスなんて、論文としてどうなんですか」
わたしは、ミスを見つけたのが嬉しくて、ちょっと得意気に責め立てた。
「その点は申し訳ないです。でも分析の過程には影響ないレベルだと思うので、気にせず読み進めて……」
その言葉に、またカチンと来た。
「気にせずってどういうことですか? 好きな作品が、誤った意図で解釈されるかもしれないのを放っておけと? そんなんで本当に適切に分析できるんですか?」
声を張り上げてしまったが、悠乃さんは冷静に答えた。
「指摘はありがたいですが、私が頂きたかったのは研究の趣旨であるマッピングの妥当性についての意見です」
「マッピング以前に、解釈が誤っていたら意味がないでしょう。この部分は、作品のテーマに関わる重要なセリフですよ。『私は』が先だと、『私』つまりユリカを主語にする感じになるけど、『あなたのおかげで』が先に来ることで、『あなた』つまりカエデを大切に思ってることが表現されてるんです。こんなやり方じゃ、構造ありきの分析になってしまいませんか?」
「三軸マッピングは過去の研究例もありますし、実績のある分析方法です。ですが、そういう意見も面白いですね。セリフやシーンの重要性も考慮して分析する方法もあるかもしれません」
わたしは立ち上がり、悠乃さんの肩に掴みかかった。
「わたしは、自分が好きな作品をそんなふうに適当に扱われるのが我慢ならないの!」
見ていた麻衣が、慌てて止めに入った。
「茜音! ちょっとやめなよ、暴力はダメだよ!」
「適当なんかじゃない!」
悠乃さんが、初めて感情を露わにした。
「私は百合が好きで、研究対象にしてるの! そんなことを言われる筋合いはありません!」
わたしも止まれなかった。
「百合から恋愛を排除しようとしたクセに!」
「あなたこそ、百合の可能性を狭めてる!」
麻衣と奈緒さんが、互いに腕や肩を掴み合うわたしと悠乃さんを引き離そうとする。
「離れなさい茜音!」
「悠乃ちゃん、落ち着いて!」
悠乃さんの顔が近い。白い肌に、さらりと映える黒髪。幼く見える顔立ちだが、眼鏡の奥の瞳には芯の強さがうかがえる。わたしを射抜くように視線を向ける表情が、やけに美しく思えた。
――本当に真剣に研究してるんだ。
……と、そのとき。
わたしを掴んでいた麻衣の手が滑り、開放されたわたしは勢いよく前のめりになった。顔と顔が近づき、悠乃さんとぶつかってしまった。――唇同士が。
「えっ」
「ウソ……」
麻衣と奈緒さんが、目を丸くしてつぶやいた。
瞬間、わたしたちはお互いに離れ合って距離を取った。
「な、何するの……っ! 信じられない!」
悠乃さんは顔を真っ赤にしてわたしを非難する。
「違うっ……! 今のは事故だから!」
わたしも、何が起こったのか分からず混乱している。顔が熱い。何度も擦ったけど、唇にまだ感覚が残っているようでフワフワする。
「ワケ分かんないっ……! どうしてこんな……」
わたしは、この状況でどうしたらいいか分からなくなってしまった。咄嗟にバッグを取って、思わずその場から走り去った。
睡魔。興奮。混乱。怒り。様々な感情が混ざり合い、何度も転びそうになりながら家に帰った。
自分の部屋に入るないなや、ベッドにダイブした。
枕に顔をうずめ、勝手にさっきの唇の感触を思い起こそうとする頭をぶんぶん振って忘れようとした。
「うあああああああ!」
悠乃さんの顔が浮かんでは消える。鋭い目つき。サラリと流れる黒髪。薄くキリッとした眉。大きく輝く瞳。自信に満ちた口元。そして柔らかい……。
「違う! 違う違う違う!」
わたしは絞り出すように叫んでいた。
「こんなの……百合って認めない!」
論文の気になったところに目を留め、わたしは思わず口にした。
「どうかしましたか?」
「ここなんだけど……」
『キミの隣に咲く花』という漫画のフレーズを引用した部分。
「論文では『私は、あなたのおかげで強くなれたんだよ』と書いてありますが、実際には『あなたのおかげで、私は強くなれたんだよ』のはずですよ」
ちょうどわたしもその本を持っていたので、スマホで電子書籍を開いて見せた。
「……本当ですね。よく分かりましたね。ご指摘ありがとうございます」
「引用のミスなんて、論文としてどうなんですか」
わたしは、ミスを見つけたのが嬉しくて、ちょっと得意気に責め立てた。
「その点は申し訳ないです。でも分析の過程には影響ないレベルだと思うので、気にせず読み進めて……」
その言葉に、またカチンと来た。
「気にせずってどういうことですか? 好きな作品が、誤った意図で解釈されるかもしれないのを放っておけと? そんなんで本当に適切に分析できるんですか?」
声を張り上げてしまったが、悠乃さんは冷静に答えた。
「指摘はありがたいですが、私が頂きたかったのは研究の趣旨であるマッピングの妥当性についての意見です」
「マッピング以前に、解釈が誤っていたら意味がないでしょう。この部分は、作品のテーマに関わる重要なセリフですよ。『私は』が先だと、『私』つまりユリカを主語にする感じになるけど、『あなたのおかげで』が先に来ることで、『あなた』つまりカエデを大切に思ってることが表現されてるんです。こんなやり方じゃ、構造ありきの分析になってしまいませんか?」
「三軸マッピングは過去の研究例もありますし、実績のある分析方法です。ですが、そういう意見も面白いですね。セリフやシーンの重要性も考慮して分析する方法もあるかもしれません」
わたしは立ち上がり、悠乃さんの肩に掴みかかった。
「わたしは、自分が好きな作品をそんなふうに適当に扱われるのが我慢ならないの!」
見ていた麻衣が、慌てて止めに入った。
「茜音! ちょっとやめなよ、暴力はダメだよ!」
「適当なんかじゃない!」
悠乃さんが、初めて感情を露わにした。
「私は百合が好きで、研究対象にしてるの! そんなことを言われる筋合いはありません!」
わたしも止まれなかった。
「百合から恋愛を排除しようとしたクセに!」
「あなたこそ、百合の可能性を狭めてる!」
麻衣と奈緒さんが、互いに腕や肩を掴み合うわたしと悠乃さんを引き離そうとする。
「離れなさい茜音!」
「悠乃ちゃん、落ち着いて!」
悠乃さんの顔が近い。白い肌に、さらりと映える黒髪。幼く見える顔立ちだが、眼鏡の奥の瞳には芯の強さがうかがえる。わたしを射抜くように視線を向ける表情が、やけに美しく思えた。
――本当に真剣に研究してるんだ。
……と、そのとき。
わたしを掴んでいた麻衣の手が滑り、開放されたわたしは勢いよく前のめりになった。顔と顔が近づき、悠乃さんとぶつかってしまった。――唇同士が。
「えっ」
「ウソ……」
麻衣と奈緒さんが、目を丸くしてつぶやいた。
瞬間、わたしたちはお互いに離れ合って距離を取った。
「な、何するの……っ! 信じられない!」
悠乃さんは顔を真っ赤にしてわたしを非難する。
「違うっ……! 今のは事故だから!」
わたしも、何が起こったのか分からず混乱している。顔が熱い。何度も擦ったけど、唇にまだ感覚が残っているようでフワフワする。
「ワケ分かんないっ……! どうしてこんな……」
わたしは、この状況でどうしたらいいか分からなくなってしまった。咄嗟にバッグを取って、思わずその場から走り去った。
睡魔。興奮。混乱。怒り。様々な感情が混ざり合い、何度も転びそうになりながら家に帰った。
自分の部屋に入るないなや、ベッドにダイブした。
枕に顔をうずめ、勝手にさっきの唇の感触を思い起こそうとする頭をぶんぶん振って忘れようとした。
「うあああああああ!」
悠乃さんの顔が浮かんでは消える。鋭い目つき。サラリと流れる黒髪。薄くキリッとした眉。大きく輝く瞳。自信に満ちた口元。そして柔らかい……。
「違う! 違う違う違う!」
わたしは絞り出すように叫んでいた。
「こんなの……百合って認めない!」
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