【完結】【百合論争】こんなの百合って認めない!

千鶴田ルト

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最終話(1/3) こんなの百合って認めない!

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 ガールズユートピア、略してガルトピア――年に一度の百合オンリー即売会イベントが開始した。サークルスペースの一角に、わたしは悠乃ゆのさんと並んで座っている。

 机の上には、わたしの過去作同人誌と即興で作ったペーパー、それに悠乃さんの研究本。並べてみると、まったく違う作風なのに、その違いこそがアンマッチで逆に面白く思えてきた。同じ百合をテーマにして、こんなにもアプローチが違うのだ。絶対的に同じと言えるのは、どちらも百合が大好きってこと。
 わたしの隣には、悠乃さんが座っている。サークルスペースは狭いので、ふとしたきっかけで手や肩が触れてしまうこともあって、心臓が落ち着くことがなかった。

茜音あかねさん? どうしました?」
 椅子に腰かけたまま、悠乃さんが小さく囁く。
「あ、いえ。ちょっとボーっとしちゃって……」
「準備手伝ってくれて、ありがとうございます。もし行きたいところあったら、私ここにいるので行ってきてもいいですよ」
「そんな、悠乃さんだけに押し付けませんよ! それに……ここにいたいです」
 そう言うと、悠乃さんは優しく微笑んだ。
「そうですか」
 なんか、可愛いな。最近はよく笑ってくれる気がする。感情を出すのが苦手なんて、ウソみたいだ。

 動画の影響もあってか、わたしたちのスペースには次々と人がやって来た。
「百合語り、めっちゃ良かったです!」
「ユリノキさん、論文とても興味深く読ませてもらいました!」
「AKANEさんの本、今回も最高でした。あと、あの議論の続きもいつか聞きたいです!」
「お二人って……その、どういう関係なんですか?」
 そんなストレートな質問を投げられることもあって、わたしは答えに詰まってしまう。でも、百合営業とは言われたくない。ハッキリと、
「サークル仲間です」と答えた。

「茜音! 悠乃さん! 今日はどうー?」
 麻衣まい奈緒なおさんが、やって来た。
「すごいね、お客さんたくさん来てるみたいだね。ハイこれ差し入れ」
「ありがとうございます!」
 奈緒さんが手渡してくれたパウチ容器のアイスは、ご丁寧に周りが濡れないようにハンドタオルで包んである。暑い会場で、これはとても助かる。奈緒さんは今回は悠乃さんの手伝いはせず、麻衣と一緒に一般参加でスペースを回っているようだ。二人とも、当たり前のように手を繋いでいる。そして繋いでいないほうの手で持っている肩掛けトートバッグは、どちらも同人誌でいっぱいだ。麻衣は満足そうに笑っている。
「いやあ、最近は病み系の百合が豊作みたいで今日はホクホクだよ」
「わたしたちは大体回っちゃったよ。どう? スペース見てるから、二人で回ってきたら?」
 奈緒さんからの急な申し出に、わたしは焦った。
「え……っと。悠乃さん、どうします?」
 尋ねると、悠乃さんは立ち上がって言った。
「じゃあ、お言葉に甘えましょうか」
 悠乃さんが、自然にわたしの手を取った。その滑らかで少しひんやりとした手触りにまた心臓が跳ね上がる。サークルスペースの机を周り込むと、麻衣たちと場所を交替する形となった。
「いってらっしゃーい! 頑張ってね!」
 麻衣の応援に、何を頑張れって言うんだとつっこむ余裕もなく、なぜか手を繋いだまま悠乃さんと歩き出してしまった。

 会場内を歩いていると、様々なサークルが目に入る。最近はサークル参加をしていたため、あまりこうやってゆっくり周ることができていなかった。奈緒さんにいただいたアイスのパウチを吸いながら、聞いてみる。
「悠乃さんは贔屓にしてるサークルさんとかありますか?」
「もちろんいくつかありますよ。私と同じく評論系のサークルだと……」
 スペースを周りながら教えてもらったサークルは、わたしの知らないところばかりだった。悠乃さんもわたしも百合系で活動していたけど、今まで交流がなかったのも不思議じゃないわけだ。悠乃さんの古くからの知り合いというサークルのスペースに着いた。
「ふーみんさん、こんにちは。新刊ください」
「お、有名人のユリノキちゃんじゃん」
「いやいや、やめてくださいよー」
 悠乃さんが苦笑する。彼女がいじられてるのは新鮮な光景だ。
 サークル主のふーみんさんは少し年上のようで、二十代後半くらいだろうか。ゆったりしたTシャツにスキニーというリラックスした格好で、たぶん同人歴長いだろうな、という小慣れ感だ。スペースにある大きなポスターには『共依存百合アンソロジー』と書いてある。ユリッターで宣伝のブルームを見た覚えがある。
「あ、わたしも一冊ください」
「あら、もしかして有名人その二。はいありがとうね」
 一五〇ページくらいある分厚いアンソロジーだ。ジャンル的に、麻衣もたぶん買っただろうな。
「動画、観たよ」
 悠乃さんとわたしは、その言葉に少し背筋が伸びた。
「すごく良かった。ユリノキちゃんもアカネちゃんも、自分の考えをしっかり言葉にしてさ、真剣に活動してるんだなって伝わってきた。きっとたくさんの人が『百合愛』を受け取ったと思うよ。研究も創作も、リスペクトがなきゃダメなわけじゃないけどさ、あった方が私は好きだな。何かを大切にするのは、それ以外のものを見下すってことじゃない。むしろ尊重することにもつながると思う」
「ふーみんさん……ありがとうございます」
「ま、それはそれとして、心の中では『あの作品はクソだ! 私の創作こそ最強! ひれ伏せ愚民ども!』って気持ちは持ってるけどね」
「あはは……そういうのも大事なんですね」
 ふーみんさんの言葉に、ジワリと心が温まった。観てくれた人に、直接褒めてもらえる機会があって良かった。
「また動画やってよ。私、二人の対談もっと聞きたいな」
「え……ええっ!? いや、嬉しいですけど……どうしよう悠乃さん」
「ふふ、じゃあ今度はふーみんさんもゲスト出演してもらいますか」
「おっ、いいねー! じゃあ、思い切って受肉してさ、Vtuberになっちゃう? 私の知り合いにもいるし、話聞けるよ。あ、コラボもできるじゃん! わーなんか楽しみになってきた!」
「確かに、顔出さないならVもありですね。わたしの研究を紹介する動画とか作っても面白いかも」
「ちょ、ちょっと話を進めないでください~!」
 わたしの声は完全に無視されて、二人で盛り上がっているのだった。

 ガルトピア終了の三十分前。早めに撤収するサークルも多く、一般参加者もまばらになってきた。
 悠乃さんとわたしは机の上を片付け始め、イベントの空気を名残惜しんでいた。今日一日、本当にいろんな人と話して、作品の感想ももらえて、嬉しい反面、少し疲れてもいた。

「これで、だいたい片付きましたね」
「うん、お疲れさまでした」
 ふと、わたしは通路に目をやった。

 ――ぽつんと立っている少女がいた。
 少し遠いところから、でも確実にこちらを見ている。中学生くらいだろうか。まだあどけなさの残る顔立ちに、不安げな表情を浮かべている。わたしと目が合うと、ぺこりとお辞儀をしてから重そうな足取りで近づいてきた。
 わたしと悠乃さんの前で立ち止まり、視線を下げたまま口を開こうとしているが、上手く言葉が出ないようだ。心配した悠乃さんが、
「大丈夫? 何かあった……? スタッフさんか何か呼んだ方がいい?」と訊ねるが、彼女は首を横に振った。
「す……」
 やっとの思いで振り絞った言葉。
「すみません……」
 今にも泣きそうな震えた声だ。次の言葉は、わたしたちにとって想像もしていなかったものだった。

「わたし、リリフェスの……あの動画を……アップしたの、わたしです」

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