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最終話(2/3)
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「わたし、リリフェスの……あの動画を……アップしたの、わたしです」
その一言で、時間が止まった気がした。
わたしは思わず、隣の悠乃さんを見た。平静を装ってはいるが、震えた目でじっと少女を見つめている。
「本当に、申し訳ありませんでした。謝っても、済むことじゃないのは、分かっています。でもわたし、この前の……討論の動画を見て……。居ても立っても居られなくて、謝りに来ることにしました」
辿々しく、視線を沈ませながら少女は言った。
あの騒ぎの犯人が目の前にいる。でもわたしは、怒りが湧き上がることはなかった。この子も悪気があったわけじゃないことは分かる。どこか、過去の自分を見ているような居た堪れなさを感じていた。
わたしと悠乃さんは、しばらくその子を見ていた。頭を下げたまま、小さく震えている。わたしは、一歩近づいてからゆっくり口を開いた。
「ありがとう、来てくれて」
少女は顔を上げてわたしを見た。
「わたしも、人のたくさんいるイベント会場で目立つことをしちゃったのが良くなかった。もちろん、勝手に動画をアップするのも良くないけど、あなたは反省してくれてるんでしょ?」
少女は首を縦に振ると、一筋の涙が溢れた。
「すみませんでした、すみません……」
悠乃さんがハンカチを差し出す。
「私はもともと気にしてないから、大丈夫。炎上もまた人生経験のひとつだったよ」
「えっ、嘘ぉ。悠乃さんだってすごい怒って抗議のブルームを送ってたじゃないですか」
「私が気にしなかったからといって、他の人に同じことをしていいわけじゃないでしょう。それにあのときは、茜音さんのことが心配だったから……」
そんなことを言うので、わたしはまた顔が熱くなってしまう。
少女は、ミドリと名乗った。とにかく落ち着いてもらうのと、イベントも終了間際ということもあり三人でカフェに行くことにした。
麻衣と奈緒さんは、二人だけでアフターを楽しむとのことだったので声をかけないでおいた。
席について、三人のドリンクが揃った。悠乃さんは、ミドリちゃんにそっと話しかけた。
「話せる範囲でいいからね」
ミドリちゃんは、頷いてぽつぽつと話し始めた。
「リリフェスで……何か騒ぎになっているのを見つけたんです。AKANEさんとユリノキさんが口論しているところでした。何となくスマホでその様子を録画しちゃったんです。それで、その、二人が……。思わず興奮しちゃって、みんなも喜んでくれると思って投稿したら、こんなことになってしまって」
声が震えてきたので、ミドリちゃんは烏龍茶を一口飲んで呼吸を整えた。
「言い訳にしかならないのは分かっています。今思うと初めて参加したイベントで、そんな『本物の百合』みたいなの見ちゃって、テンションが上がりすぎてたんだと思います。投稿したら、信じられない勢いで拡散されました。フォロワーは五十人くらいだったのに、どんどん拡がって、怖くなってしまって、しばらくユリッターを見るのをやめていました。通知が多すぎて、ユリノキさんの返信も見えなくて……すぐに消さなかったのも、本当にすみませんでした」
悠乃さんは、ミドリちゃんの言葉に穏やかに答えた。
「分かるよ。SNSって、何かのキッカケで、思ってもない方向に転がってしまう。気付いたときには自分でも止められない流れになってる。……きっと、怖かったよね」
ミドリちゃんは、小さく頷いて烏龍茶のグラスを手のひらで覆った。わたしも、ユリッターで悠乃さんと口論したときのことを思い出して言った。
「うん、わたしもそう。だから正直、『許す』なんて偉そうな言葉は使えない気がする。わたしには、そんな資格も権利もないと思う。でもね。ミドリちゃんは、謝りに来る勇気と、良心と、責任感を持ってくれた。そんなあなたに、わたしは『ありがとう』って言いたい。わたしは、そのことが嬉しいから」
ミドリちゃんは意を決したように顔を上げた。
「……アカネさん、ありがとうございます。わたしは許してもらおうなんて、思ってません……。それでも、何かわたしに、少しでも、できることがあるならって――。そのために、来たんです」
わたしは悠乃さんと顔を見合わせた。悠乃さんが安心したように笑ったので、わたしも同じように笑い、ミドリちゃんに向き直った。
「過ちを犯すことは、誰にでもあると思う。でも、大切なのはそれを認めて反省すること。ミドリちゃんは、もうそれができてるんだよ。わたしは、ミドリちゃんがそのまま、誠実に、真剣に、何ができるかを考えてくれればそれでいい。それってすごく難しいことだと思うけど」
悠乃さんも、わたしの目を見て頷いてくれる。わたしは、最後にミドリちゃんの顔を見てお願いをした。
「だからもし、わたしが……何かを間違えてしまいそうになったら。そのことに自分で気づいていなかったら。そのときはミドリちゃんに教えてほしい」
ミドリちゃんとは、次のイベントで会う約束をして別れた。サークル参加することも誘ってみたけど、どうなるだろうか。また会えるのが楽しみだ。
カフェから出ると、外の熱気と湿気が体を包みこんだ。日は傾いてきているが、夏の空はまだ明るい。今からでも何でもすることができてしまいそうだ。
駅から帰る方向は別々だ。悠乃さんが少し話したいと言ってくれたので、駅前の広場の休憩スペースで涼むことにした。
二人でベンチに座ると、悠乃さんは前を向いたまま言った。
「茜音さん、今日……お誕生日ですよね」
「え? あっ、はい。ありがとうございます。覚えててくれたんですね」
そしてトートバッグから小さい紙袋を取り出し、手渡してくれた。
「おめでとうございます。ちょっとしたものですけど、よかったら使ってください」
それは淡い青を基調とした、タオルハンカチだった。猫と、百合の花の刺繍が施されている。
「わぁ、嬉しいです……使わせてもらいますね」
心の中に、じわりと湧き出した気持ちが、言葉とともに溢れてきた。
「あの、わたし……」
今日言うつもりなんてなかった。でも、今しかないような気がした。
「わたし、悠乃さんのことが、好きです……!」
言ってしまった。さっきまで鳴いていた蝉の声が、聞こえなくなった――。
その一言で、時間が止まった気がした。
わたしは思わず、隣の悠乃さんを見た。平静を装ってはいるが、震えた目でじっと少女を見つめている。
「本当に、申し訳ありませんでした。謝っても、済むことじゃないのは、分かっています。でもわたし、この前の……討論の動画を見て……。居ても立っても居られなくて、謝りに来ることにしました」
辿々しく、視線を沈ませながら少女は言った。
あの騒ぎの犯人が目の前にいる。でもわたしは、怒りが湧き上がることはなかった。この子も悪気があったわけじゃないことは分かる。どこか、過去の自分を見ているような居た堪れなさを感じていた。
わたしと悠乃さんは、しばらくその子を見ていた。頭を下げたまま、小さく震えている。わたしは、一歩近づいてからゆっくり口を開いた。
「ありがとう、来てくれて」
少女は顔を上げてわたしを見た。
「わたしも、人のたくさんいるイベント会場で目立つことをしちゃったのが良くなかった。もちろん、勝手に動画をアップするのも良くないけど、あなたは反省してくれてるんでしょ?」
少女は首を縦に振ると、一筋の涙が溢れた。
「すみませんでした、すみません……」
悠乃さんがハンカチを差し出す。
「私はもともと気にしてないから、大丈夫。炎上もまた人生経験のひとつだったよ」
「えっ、嘘ぉ。悠乃さんだってすごい怒って抗議のブルームを送ってたじゃないですか」
「私が気にしなかったからといって、他の人に同じことをしていいわけじゃないでしょう。それにあのときは、茜音さんのことが心配だったから……」
そんなことを言うので、わたしはまた顔が熱くなってしまう。
少女は、ミドリと名乗った。とにかく落ち着いてもらうのと、イベントも終了間際ということもあり三人でカフェに行くことにした。
麻衣と奈緒さんは、二人だけでアフターを楽しむとのことだったので声をかけないでおいた。
席について、三人のドリンクが揃った。悠乃さんは、ミドリちゃんにそっと話しかけた。
「話せる範囲でいいからね」
ミドリちゃんは、頷いてぽつぽつと話し始めた。
「リリフェスで……何か騒ぎになっているのを見つけたんです。AKANEさんとユリノキさんが口論しているところでした。何となくスマホでその様子を録画しちゃったんです。それで、その、二人が……。思わず興奮しちゃって、みんなも喜んでくれると思って投稿したら、こんなことになってしまって」
声が震えてきたので、ミドリちゃんは烏龍茶を一口飲んで呼吸を整えた。
「言い訳にしかならないのは分かっています。今思うと初めて参加したイベントで、そんな『本物の百合』みたいなの見ちゃって、テンションが上がりすぎてたんだと思います。投稿したら、信じられない勢いで拡散されました。フォロワーは五十人くらいだったのに、どんどん拡がって、怖くなってしまって、しばらくユリッターを見るのをやめていました。通知が多すぎて、ユリノキさんの返信も見えなくて……すぐに消さなかったのも、本当にすみませんでした」
悠乃さんは、ミドリちゃんの言葉に穏やかに答えた。
「分かるよ。SNSって、何かのキッカケで、思ってもない方向に転がってしまう。気付いたときには自分でも止められない流れになってる。……きっと、怖かったよね」
ミドリちゃんは、小さく頷いて烏龍茶のグラスを手のひらで覆った。わたしも、ユリッターで悠乃さんと口論したときのことを思い出して言った。
「うん、わたしもそう。だから正直、『許す』なんて偉そうな言葉は使えない気がする。わたしには、そんな資格も権利もないと思う。でもね。ミドリちゃんは、謝りに来る勇気と、良心と、責任感を持ってくれた。そんなあなたに、わたしは『ありがとう』って言いたい。わたしは、そのことが嬉しいから」
ミドリちゃんは意を決したように顔を上げた。
「……アカネさん、ありがとうございます。わたしは許してもらおうなんて、思ってません……。それでも、何かわたしに、少しでも、できることがあるならって――。そのために、来たんです」
わたしは悠乃さんと顔を見合わせた。悠乃さんが安心したように笑ったので、わたしも同じように笑い、ミドリちゃんに向き直った。
「過ちを犯すことは、誰にでもあると思う。でも、大切なのはそれを認めて反省すること。ミドリちゃんは、もうそれができてるんだよ。わたしは、ミドリちゃんがそのまま、誠実に、真剣に、何ができるかを考えてくれればそれでいい。それってすごく難しいことだと思うけど」
悠乃さんも、わたしの目を見て頷いてくれる。わたしは、最後にミドリちゃんの顔を見てお願いをした。
「だからもし、わたしが……何かを間違えてしまいそうになったら。そのことに自分で気づいていなかったら。そのときはミドリちゃんに教えてほしい」
ミドリちゃんとは、次のイベントで会う約束をして別れた。サークル参加することも誘ってみたけど、どうなるだろうか。また会えるのが楽しみだ。
カフェから出ると、外の熱気と湿気が体を包みこんだ。日は傾いてきているが、夏の空はまだ明るい。今からでも何でもすることができてしまいそうだ。
駅から帰る方向は別々だ。悠乃さんが少し話したいと言ってくれたので、駅前の広場の休憩スペースで涼むことにした。
二人でベンチに座ると、悠乃さんは前を向いたまま言った。
「茜音さん、今日……お誕生日ですよね」
「え? あっ、はい。ありがとうございます。覚えててくれたんですね」
そしてトートバッグから小さい紙袋を取り出し、手渡してくれた。
「おめでとうございます。ちょっとしたものですけど、よかったら使ってください」
それは淡い青を基調とした、タオルハンカチだった。猫と、百合の花の刺繍が施されている。
「わぁ、嬉しいです……使わせてもらいますね」
心の中に、じわりと湧き出した気持ちが、言葉とともに溢れてきた。
「あの、わたし……」
今日言うつもりなんてなかった。でも、今しかないような気がした。
「わたし、悠乃さんのことが、好きです……!」
言ってしまった。さっきまで鳴いていた蝉の声が、聞こえなくなった――。
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