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鉄心鍛造編 第一戯 「向き合う時」
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0:中学校の教室、季節は春。クラス替え直後でがやがやと騒がしい教室内で、竜宮誠は一人憂鬱な思いで外を見つめている。
授業が終わって放課直前のがやがやと騒がしい教室内。田舎の学校のなんてことのない日常風景。
しかし三十ほどある座席のうち、なぜか十か所以上が空いていた。
先生:お前ら席に着け~、ホームルーム始めんぞ~。
今日も一日お疲れ。提出物出せてない奴は早めに出すように。あと、不審者情報が出てるから、気を付けて帰るように。以上!
日直の生徒:気を付け、礼!
誠M:西暦2015年。元号、晴安(せいあん)7年。喬木(きょうぼく)中学校。
3年生への進級とともに行われたクラス替えで浮足立つ空気の中で、僕こと竜宮誠(たつみや まこと)は一人憂鬱な気分に沈んでいた。
将来の進路、日々目まぐるしく変わる世界と自分自身。悩みの種は山ほどあるけれど、目下僕の頭を悩ませるのは人間関係。特に一人の少女との関係である。
誠:はぁ…
0:ホームルームを終えて、誠はため息をつきながら帰り支度をする。下駄箱で靴を履き替えようとした時、彼は何かの気配に気づき、その方向に向けて声を掛ける。
誠:おい、そこに居るんだろ。出てこいよ。
仙華:ふふ、流石ね!竜宮くん。
誠M:下駄箱の影からひょっこりと出てきたのは桃色の髪が特徴的な活発そうな少女である。彼女、鬼ヶ島仙華(おにがしま せんか)こそが僕の悩みの種である。
何を隠そう、僕はこの女に去年の11月からほぼ毎日付き纏われているのだ。
仙華:隠れている私の気配に気づくとは、腕を上げたわね!
誠:お前の待ち伏せの質が下がってるんだよ。
仙華:そりゃあほら、今日で通算4ヶ月目だし。流石の私でもレパートリーが尽きてくるってものよ。
誠:何を得意げに言ってんだよ…冬休みも春休みも構わず毎日毎日声かけてきやがって。いい加減諦めてもらえませんかね。
仙華:嫌よ!あなたが応じてくれるまで、私は諦めないわ!
0:するりと通り過ぎ、帰ろうとする誠を追いかけて仙果はついてくる
仙華:ねぇお願い!何度も言ってるけどあなたしかいないの!今日こそ付き合ってよ、妖怪探し!
誠:何度も断ってんだろ。そもそも妖怪なんているかいないかわからないものを…
仙華:いや、間違いなく居るわ!あなたもあの時見たじゃない!
誠:…霊感を持ってる奴なら僕じゃなくてもいいだろ?探せば他にもいるんじゃないか?
仙華:でも、あなたみたいに怪異に対抗できるような技術を持った人は他には居ないわ!
誠:それも買い被りだ。確かにちょっと武道の心得はあるけどな、お前のいう化け物と戦うなんて無理だ。
仙華:でも、あなたは…!
誠:そもそも。
0:食い下がる仙果にうんざりしたように立ち止まり、言葉を遮る誠。
誠:お前が化け物の仕業だと主張してる未解決の事件が今何件起きてるか知ってるのか?
仙華:え?
誠:お前があんまりしつこいから、少し調べたよ。
1年に10万件弱、交通事故の約5分の1だ。それも年々件数は増えてる。お前が言ってることが正しかったとして、僕たち2人だけで何ができる?
仙華:それは…
誠:先生は何も言わないけど、うちの学年にだって不自然に何人か学校にこなくなったやつがいる。明日は我が身かもしれない。
こんなのは地震や火事なんかの災害と同じだ。大の大人や警察が動いたって手がかりすら得られない。
みんなが何も言わないのは気づいてないからじゃない、あきらめてしまっているからだ。
こんな見て見ぬふりをするのが精いっぱいの世界で、何をどうやって解決するんだ?不毛だろう、何もかも。
仙華:それは…動かない理由にはならないわ。
誠:何故?
仙華:確信があるの。私が動けば何かが変わる。あなたが助けてくれれば、世界が変わる。その確信が。
…協力を取り付けてからと思っていたけど、仕方ないから見せてあげる。
誠:!!お前…その、目は…!
誠M:彼女の目を覆った手が払われる。そこには桃色の髪の割に似つかわしくない、黒い瞳があったはずだが、
今は緑、というよりは翡翠色というのが一番近い、妖しく輝く瞳が、僕を見据えていた。
仙華:これで信用してくれた?この世界には力を持った人がいる、私自身がその証明。そして私があなたを選んだのは、この目であなたを見たときに、あなたの力に気づいたから。
あなたは、私以外にも化け物に会ったことがある。
誠:……ッ、ぐ、ぁ…!!
誠M:彼女の瞳に見据えられたとき、とても頭が痛くなった。すべてを、自分の知らない自分までを見透かされているような、そんな感じが。
そしてその痛みはひとつ、おかしな記憶を呼び起こした。
誠:お前、その目…!何を…何をした、俺に…!!
仙華:あなたの過去と、あなたの力を見たわ。私の目に間違いはないし、そのうえであなたに協力してもらいたいと思ったの。
さっきは妖怪とかごまかしちゃったけど、世間で起きてる未解決事件は私たちみたいな力を持った人たちが起こしてる。私はそれが許せない、一つでも防ぎたい。だから協力して。
誠M:鋭い痛みと、朧げに湧き上がる記憶。はっきりとしない、けれどそれがなんなのか知らなければいけない。そんな気がして。僕は彼女の手を取ったのだった。
〈シーン2.遭遇〉
0:十数分後、さびれた商店街にて。誠の協力を取り付けた仙華はさっそくと言わんばかりに彼を”妖怪探し”に連れ出したのだった。意気揚々と歩く仙華に誠は少し憔悴した状態でついていく。
仙華:ふんふん~♪
誠:なぁ、鬼ヶ島。
仙華:~♪
誠:なあって。
仙華:?どしたの?竜宮君。
誠:協力するって言った手前、悪いんだけどさ…ちょっと休ませてくれないか…?
仙華:え、どした?体調悪いの?…あ!今日なんか機嫌悪かったのってそれ!?
誠:違う…お前の眼、あれやられてから頭が痛いんだよ…
仙華:頭痛?おかしいわね、私の眼で見たってそんなことにはならないはずなんだけど。
誠:そうなのか?
仙華:うん。私の眼は相手の情報が見えるだけで頭の中に干渉したりとかは…って、あっ、むぐぐ。
0:言いかけて、焦ったように口を塞ぐ仙華を、誠は訝しむ。
誠:うん?
仙華:あんまりこういうのはその…プライバシーというか、乙女の秘密というか…ね?
誠:ね?ってお前、あんだけ見せつけといて今更
仙華:見せつけるとか言わないで!だから協力決まってから慎重に明かそうと思ってたのに!
誠:能力ってそういうデリケートな感じなのか…
仙華:ていうか、ごめんね?体調大丈夫?
誠:ああ、うん…少し収まってきた。しかし鬼ヶ島、もう夕方だがこれからどこ行くつもりなんだ?
仙華:ん~、決めてないけど…とりあえずうん、今日の不審者情報の場所とか行ってみようかな。
誠:決めてなかったのかよ。
仙華:決めてなかったというか、ほら、能力者は引かれあう的な?確信はあっても手掛かりが全くなくって、てへ。
誠:そんな行き当たりばったりで誘われたのか、僕。てか直感で歩き回ったって会えるもんにも会えないだろう。見つかってないんだから。
仙華:んまあ、ぶっちゃけ今まで成果はゼロなんだよね~、どうしたもんかな?
誠:僕に聞かれても…ていうか、いつもこんなとこ歩き回ってるのか?だいぶ山の中って感じだけど。
0:話しながら歩いているうち気づけば、二人は深い森の中にいた。時刻は夕方と言っても陽が落ちたわけではなかったはずだ。
それなのにこの森は、異常に深く暗かった。
仙華:ん…?どこここ?
誠:わかんないのかよ。しっかりしてるように見えて大分ふわっとしてんなお前。
仙華:待って。この森、何かおかしい。この地域は一通り歩き回ってきたけど、見覚えがない!
誠:見覚えのないって…ッ!!誰だ!
0:焦る二人、森の中から人影が現れる。タンクトップに雑に伸ばして脱色した髪と、身体中についたピアス。そして浅黒く日焼けした肉体。
風体からして堅気の人間ではないそれは、にやりと笑い言葉を放った。
牙良:お~いおいおい、おかしいなあ。ターゲットは一人っつー話じゃなかったかよ。おかしいがお二人さん、パッと見普通の学生さんかぁ?
迷い込んじまったってんなら…お兄さんが、送っていくぜェ?
〈シーン3.向き合うとき〉
誠:なんだ、あんた。
牙良:ご挨拶だなァ~。ま、仕方ないか、こんな怪しい森の中で初めましてじゃ。でもさ、それこっちのセリフなんだよねェ。君たち何者?
見たところ”剣”(つるぎ)でも、”担い手”(にないて)でもないよねェ~。
誠:何の話…!?鬼ヶ島?
誠M:男の言葉に答えようとした僕を、鬼ヶ島の腕が制す。疑問を投げた目線に強い警告が返ってくる。彼女の瞳は既に、翡翠色に輝いていた。
仙華:ごめん竜宮君…受け身、とってねッ!
誠:は、うおおおおおおっ!?
誠M:言葉の意味を理解する間もなく、僕は後方にものすごい勢いで吹っ飛ばされていた。一瞬のことで揺らぐ視界に辛うじて捉えたのは、
姿勢からして彼女に蹴り飛ばされたらしいということと、彼女の足の形が…まるで犬や兎、獣のように変形していたことだった。
牙良:いきなり急展開!意味わかんねェ上にわけわかんねェ~!!でも、一つ分かったなァ。お嬢さん、同類か。
仙華:問答をしている時間は、ない!
0:後ろ蹴りの姿勢からそのまま回転し、牙良に背を向けクラウチングスタートの姿勢を取る仙華。変化した足に力を込め、蹴飛ばした誠を追うように、弾けるように飛び出した。
仙華:生態模写(アニマルシフト)・二脚獣走(サーポッド・スプリント)!!!
誠:くっ、うう…!
仙華:竜宮君!手をつかんで!
0:とてつもない速度で、蹴り飛ばした誠が地面につく前に追いつく仙華。手をつかみそのまま担ぐようにして走り出す。
誠:鬼ヶ島!?どういうことだ一体!、その足も!
仙華:蹴っ飛ばしてごめん!でも話は後、今は逃げないと!アイツ…本物だ!
誠:本物!?
仙華:私たちを殺すつもりってこと!
誠:はぁ!?
牙良:危険察知からの即逃げか…動物のカンってやつかな、おそろしいねェ…でもさあ、逃げる獲物を追うのも、獣の本能って奴だよねェ!
誠:なん、だアイツ…姿が変わって…
0:牙良が中腰になって体中に力を込める。すると背中からみるみる肉が盛り上がり、170cmほどだった身長は3m近くまで増大し、くすんだ灰色の体毛が覆いつくす。
顔を上げた男に先ほどまでの面影はなく、狼と人間を半分ずつ混ぜ合わせたような化け物がそこにいた。
牙良:俺は送り狼、洞堂 牙良(うろどう がら)!送ってやるぜェお二人さん。あの世までなァ!
誠:追ってきた!アイツ、速い!?
牙良:気づいたところでェ!背を向けた時点でこっちは”成立”してんだよォ!
誠:まずいぞ鬼ヶ島、追いつかれる!
仙華:しくった…!竜宮君、まだ捕まってられる!?
誠:あ!?
仙華:絶対はなさないでね!こうなったら、両手も使う!
誠:う、うわあああああああ!!
0:仙華は肩に担ぐように抱えていた誠の胴体を放すと、両腕も獣の足に変化させ、四つ足で走り出す。
さらに上がるスピード。支えを失った誠はしがみつくのに精いっぱいになってしまう。
仙華:まだ来てる!?
誠:見れない!!
仙華:そっか、ごめん!どっちにしろこれが全速力…走り抜けるしかない!
牙良:さらに素早く!いいねいいねェ、追いかけ甲斐のある獲物だァ!
仙華:くっそ~余裕かましてくれちゃって、このままじゃジリ貧か。
誠:いや、少しずつだけど引き離してるっぽいぞ!
仙華:ほんと!?
誠:ああ、足音が遠ざかってる!
仙華:よぉ~し、そしたらこのまま引きはなして…キャァ!!
誠M:逃げ切れる。そう思った瞬間、突然にそれは、その少女は現れた。先ほどまで何もなかった空間に、あたかもどこかから瞬間移動でもしてきたように。
必然、勢いのついていた鬼ヶ島は無理な回避を強いられることになり、僕はそのまま放り出されてしまった。
0:急な制動に吹っ飛ばされる誠。仙華は辛うじて受け身を取るが、誠はそのまま木に叩きつけられて気絶してしまう。
誠:ぐはぁ!!
仙華:竜宮君!!
牙良:お二人さん…「転んだ」なァ?
仙華:!!そんな…追いつかれた!?
牙良:ハハ、いい顔だァ。絶望する獲物の顔は、いつ見ても格別だなァ!!
仙華:く…!
牙良:動けねえだろ。俺の前で転んじまったらもう詰みだからなァ。しばらくそのまま転がってなァ…先にそこのお前だァ。
少女:あなたは…?
牙良:へえ、怯えがねぇなァ。一目でわかるぜ…お前が”剣”だなァ。ハハッこいつはツイてる!まずはミッション達成と行っとくかァ!
仙華:~~~まにあえええええッ!!!
牙良:うおッ!?
0:問答無用とばかりに振り降ろされようとする牙良の腕に向かって仙華が体当たりをかます。【送り狼】の力によって体の自由を奪われていた彼女だが、
地面と自分の身体との間に無理やり部位を生成することによって身体そのものを砲弾のようにはじき出したのだ。仙華の妨害によって逸れた腕は空を切り、地面を叩きつける。
しかしその勢いによって少女は吹き飛ばされてしまう。
少女:うっ…!
仙華:ぐう…!
牙良:ちくしょォ、まだ動けるとはなァ。往生際が悪すぎるんじゃねぇかァ?なァ!!
仙華:…駄目だよ。
牙良:あァ!?
0:体に力が入らず受け身も取れないまま地面に叩きつけられるも、牙良の前に立ちふさがる仙華。
仙華:人殺しなんて、駄目だよ…!
牙良:何を言い出すかと思えば喧嘩売ってんのかァ!?ンなことしなくてももう十分イラついてんだよォ!!
仙華:生態、模写ォ…!
0:牙良が腕を叩きつける。仙華は大きな腕をとっさに生成して辛うじて受け止める。
牙良:悪あがきを…!!
仙華:私の前では誰も殺させない!力を持った人間が好き勝手に使ったら、それは本当にバケモノになっちゃう…!それは、ダメだから…!
牙良:うるせェ、なァ!
仙華:がぁっ…!
牙良:同じ人間!?笑わせんなよォ、弱いやつが強いやつに食われんのは道理だろうがァ!力のない人間は俺たちにとってはエサでしかねェ!
仙華:く、そ…力が強すぎる…!
牙良:力を使って人間を殺せば魂が手に入る!その魂を食えば、そいつの寿命が俺のモンになる!
食えば食うほど生きられる!長く生きれば強くなるゥ!!!いわば俺たちは人間の上位種なのさァ!
仙華:うう…ッ!!
牙良:お前の魂も食ってやるよォ!
0:興奮して殴りかかる牙良。体を自由に動かせない仙華は逃げ回るので精一杯だ。凶暴な狼男が振るう剛腕が、木をへし折り、地面をえぐる。
その衝撃で、竜宮誠は意識を取り戻す。
誠:う…けほ、けほ。
牙良:そらそらそらァ!いつまで持つかなぁ!!
仙華:はあ、はぁ!
誠:鬼ヶ島…!ッ、ぐう、頭が…!
誠M:打ち付けられた身体の痛みよりも強い、割れるような頭痛に襲われる。鬼ヶ島にあの目で見つめられた時のように、内側から湧き上がる痛みだった。
そして痛みの強さに比例するようによりはっきりと、過去の記憶が湧き上がってくる。
記憶の祖父:誠!意識を手放すな!そのまま聞けぃ!
誠M:じいさん…?これは、俺の、記憶?前にも俺は…こんな景色を?
0:蘇る記憶と目の前の風景が重なる。記憶の中では、燃え盛る建物の中で誠の祖父が狼男のような怪物と戦いながら呼び掛けてきていた。
記憶の祖父:儂はおそらくここまで…!お前にすべてを教えてやれなんだのは心残りだが、これだけは覚えておけ…!
誠M:そうだ、そうだ…!思い出した…!
記憶の祖父/誠:その力は、守りたいやつのためにだけ使え!
0:記憶の風景がガラガラと崩れ、葬儀場の景色にかわる。目の前で母親が誠の手を握り、泣きはらした顔で語り掛ける。
誠の母:いい?おじいさんのことは、私たちだけの秘密。誰にも話しちゃいけないよ。
0:続けて走馬灯のように記憶が再生される
過去の友人:化け物ぉ?そんなのいるわけねーじゃん!
過去の教師:竜宮君、つらいのはわかるけど、だからってウソはついちゃだめよ。
過去の友人:あいつおかしーんだぜ!じいちゃんが化け物に殺されたとか言ってさ!
誠M:今ならわかる、この記憶。誰も信じてくれなかったから、いつしか自分の記憶すら信じられなくなって、無意識のうちに封じ込めてしまっていた。
引っ掛かりが取れた頭からはウソのように痛みが引き、心なしか身体の自由も戻った気がする。これなら…!
0:誠が立ち上がる。一方、辛うじて逃げ回っていた仙華は体力も底をつき、地面に倒れこんでしまう。
仙華:きゃあ!!
牙良:クソが手間取らせやがって、いい加減くたばれやァ!!
誠:せぇぇぇや!
0:牙良が今度こそと叩きつけた腕に合わせるように誠が拳を打ち込む。すると打ち合った瞬間、牙良の腕がぴたりと止まる。
牙良:なにッ!?
誠:よし、できた!
仙華:え、竜宮君!?
誠:鬼ヶ島!今のうちに逃げろ!
仙華:でも、そいつは…!
誠:大丈夫だよ、ここは任せろ。
0:誠の眼を見た仙華は悟る。彼の眼から憂いが消えている。何かが彼の中で変わった。能力を使うまでもなく、ここは彼に任せるべきだと判断し、のこった力を振り絞って走り出す。
仙華:竜宮君…お願い!
牙良:逃げてんじゃねェよォ!
誠:【妖闘術(ようとうじゅつ)】、閃影(せんえい)!!
牙良:ぐぁッ!!!
誠:こっちのセリフだぜ、化け狼。ここからは俺が相手だ!
牙良:てめぇ!隠してやがったのか!
誠:忘れてたのさ、お前のせいで思い出したけどな。
牙良:なめやがってェ!くたばれやァ!
誠:ふっ…!
牙良:オラオラオラオラァ!!!!!!!!
誠M:怒りに任せめちゃくちゃに振るわれる拳、丸太のような剛腕が雨のように襲い来る。それに正面から対峙する。
恐怖がないわけではなかった。ただその時は、自分でしまい込んでいた温かい記憶を噛みしめるように。ゆっくりと。その中にある動きをなぞっていた。
誠:足運びは最小限に。力の向きを見て受け流す。決して下がらず、踏み込みは前に。狙うのは…僅かな隙!!!
牙良:ッ!!?正面からだとォ!?
誠:【妖闘術】影穿ち!
牙良:がッ…あァ?
誠:ッ、浅い…!?
牙良:離れろォ!
誠:グッ…!!くそ、爺さんのようにはいかないな…
牙良:どこまでもバカにしやがって、ただの人間の拳が通るわけねェだろうがァ!
0:振り払われ、距離を取る誠。一息おいて痛みが襲ってくる。妖闘術は完全ではなく、ところどころ服は破れ、そこから切り裂かれた肌がのぞき、血がにじんでいる。
誠M:決めきれなかったのは痛い…攻撃も警戒されているし、当てられてあと一発か。
牙良:どこまでもムカつくなァ!次から次へとザコどもが歯向かってきやがって、しまいには異能も持たねえ生身のエサが小手先だけで勝とうってかァ!?
誠:…
0:無言で構え直す誠。
牙良:決めたぜ、お前だけは絶対に殺すゥ。泣きわめいて命乞いするまでいたぶって、そのうえでぶっ殺すゥ!ッらァ!
誠:く…!
牙良:オラオラァ!どうしたァ!?動きが鈍くなってんぜェ!!
誠:くそっ…影、穿ちぃ!
牙良:だ、から効かねえんだよォ!!!!
誠:がッ…!!!
牙良:ッはァ!!い~いのが入ったなァ!
誠:く…う…
牙良:おっとォ、まだ倒れんなよォ?さんざんコケにしやがって、ちったあ気晴らしさせてもらわなきゃなァ!
誠:がッ…!
0:牙良は誠の首をその巨大な手でつかみ上げ、ギリギリと締め付ける。
牙良:掴んじまえば小細工もできねぇだろ、なァ?
誠:く、う…!
牙良:命乞いしてみろよォ、死にたくない、殺さないでってさァ!!
0:しかし、締め上げられながらも誠の戦意は失われていないようで牙良を睨み返す。
牙良:…気に入らねえ。じゃアそのまま死ねェ!
仙華:竜宮君!
0:突き抜けるような声が一瞬牙良の動きを止める。鬼ヶ島仙華が気絶した少女を背負いながら戻ってきていた。
誠:鬼ヶ島…!?なんで戻って…
仙華:見捨てるわけないでしょ!声が出せるなら私に続いて!
誠:続けって!?
仙華:あなたを視たときに読んだ呪文!あなたの中の力の言葉!言って!「私は影、君の轍を汚す者」!
誠:私は、影…君の轍を汚す者…!!
牙良:ッ!!
0:その”呪文”を口にしたとたん、誠の身体から黒い炎のようなモヤが立ち昇り始める。突然の異変に牙良は咄嗟に誠を放して距離を取る。
誠はそのまま地面に叩きつけられるが、まるで自分の物でなくなったかのように、彼の口からすらすらと言葉が紡がれる。
誠:光の道を這いずる暗闇、呪詛の積層、力の逆相(さかさま)、泥の手を取り突きつける。
0:呪文を重ねるたび、体中から立ち昇る炎が両手に収束されていき、ちょうど掌を覆うような形で集まる。
よろよろと立ち上がった誠は、黒い炎を握りこむように構え直す。
誠:聖剣反転、影剣(かげつるぎ)。…これも、俺は忘れていたのか。
牙良:何なんだ、その力は…!!
誠:…なんてことはない、俺もお前と同じバケモノだったってことだよ。
牙良:ふざけるな!そんな、そんな邪悪な気配!ただの人間が持ってていいものじゃねェ…!
”死”そのものみたいな力なんて、一体どれだけの…!!
誠:関係ない。俺は今この力を守るために使う。
牙良:クソ…!クソクソクソクソォ!ふざけやがって!なめやがって!殺さねえと収まらねぇんだよォーーーー!!!!
0:誠の力を目の当たりにしたことによる、死に対する根源的な恐怖。それを叫びで無理やりかき消して襲い掛かってくる牙良。
巨大な拳を受け流し、誠はとどめのの一撃を見舞う。
誠:【妖闘術】影穿ち!!
牙良:ぁっが…!!
0:巨大な狼の肉体に誠の拳は通らない。しかし、黒い炎が触れた部分が黒い染みになる。その染みは瞬く間に、牙良の体表を這うように広がり、
黒く染まった肉は、そこから灰のようにぐずぐずと崩れ始めた。
牙良:ぎゃああああああ!!!!痛い!!痛いいいいい!食われる!身体に死が広がるぅぅぅぅ!!
誠:影剣は力を殺す死の力の塊。一度触れたら、逃れられる生き物はいない。
牙良:あぁ、あぁあぁ、死にたくない、しにたくないぃ…
誠:俺だって、殺し合いなんかしたくなかったよ。
0:牙良が完全に崩れ去ると、森の中に急に濃い霧がかかる。一瞬ふわっと浮いたような感覚に包まれ、気が付くと、誠と仙華は元居た商店街に立っていた。
〈シーン4.戦いを終えて〉
仙華:ここは…私たち、戻ってきたの?
誠:ハァ~~~…
仙華:あれ、あの子がいない!
誠:多分、元居た場所に戻ったんだろ。
仙華:あぁ~~よかった!死ぬかと思った~~~!
誠:そうだな。
仙華:竜宮君?大丈夫?
誠:大丈夫だよ。…ありがとうな、忘れちゃいけないことを思い出させてくれて。
仙華:あ、ちょ、ちょっと待ってよ!
0:目を合わせずにその場を去ろうとする誠に、仙華は焦って追いすがる。咄嗟に手をつかんでしまい、誠は硬直する。
誠:なんだよ。
仙華:…ぁ、ご、ごめん。なんか、このまま帰しちゃったら、よくない気がして…
誠:…
誠M:振り払うことはできなかった。仮にも人間一人の命を奪ってしまった自分の冷たい手を、握ってくれた彼女の手が震えていたから。
仙華:私もね、自分の力に気づいたとき、誰にも相談できなくてつらかったから、その、このままだと竜宮君も、一人になっちゃうんじゃないかって。それはダメだって、おもって
誠M:言葉も返せなかった、震えながら言葉を紡ぐ彼女よりも頭の中が真っ白になっていたから。
仙華:だからっ!私が言いたいのは!
0:仙華は意を決したように誠の腕をグイっと引っ張る。
誠:ッ!
仙華:明日!学校休んじゃだめだから!
誠:…近い。
仙華:うわ!ごっごめん!!う、うわわ!
0:仙華は咄嗟に離れようとしてしりもちをついてしまう。
誠:…ありがとうな。
仙華:いてて…へ?
誠:何でもない!また明日。
仙華:え、あ、うん…いや待って待って!!暗いのやだから!置いてかないでよ!!
誠M:これが、俺たちの始まり。化け物と人間の確執、新たな戦いと聖剣と呼ばれるアイテムの謎これから身を投じることになるわけだが、それは、また別のお話。
あやかしあやし 第一戯 向き合うとき
今はただ、隣を歩く人を大切に。
授業が終わって放課直前のがやがやと騒がしい教室内。田舎の学校のなんてことのない日常風景。
しかし三十ほどある座席のうち、なぜか十か所以上が空いていた。
先生:お前ら席に着け~、ホームルーム始めんぞ~。
今日も一日お疲れ。提出物出せてない奴は早めに出すように。あと、不審者情報が出てるから、気を付けて帰るように。以上!
日直の生徒:気を付け、礼!
誠M:西暦2015年。元号、晴安(せいあん)7年。喬木(きょうぼく)中学校。
3年生への進級とともに行われたクラス替えで浮足立つ空気の中で、僕こと竜宮誠(たつみや まこと)は一人憂鬱な気分に沈んでいた。
将来の進路、日々目まぐるしく変わる世界と自分自身。悩みの種は山ほどあるけれど、目下僕の頭を悩ませるのは人間関係。特に一人の少女との関係である。
誠:はぁ…
0:ホームルームを終えて、誠はため息をつきながら帰り支度をする。下駄箱で靴を履き替えようとした時、彼は何かの気配に気づき、その方向に向けて声を掛ける。
誠:おい、そこに居るんだろ。出てこいよ。
仙華:ふふ、流石ね!竜宮くん。
誠M:下駄箱の影からひょっこりと出てきたのは桃色の髪が特徴的な活発そうな少女である。彼女、鬼ヶ島仙華(おにがしま せんか)こそが僕の悩みの種である。
何を隠そう、僕はこの女に去年の11月からほぼ毎日付き纏われているのだ。
仙華:隠れている私の気配に気づくとは、腕を上げたわね!
誠:お前の待ち伏せの質が下がってるんだよ。
仙華:そりゃあほら、今日で通算4ヶ月目だし。流石の私でもレパートリーが尽きてくるってものよ。
誠:何を得意げに言ってんだよ…冬休みも春休みも構わず毎日毎日声かけてきやがって。いい加減諦めてもらえませんかね。
仙華:嫌よ!あなたが応じてくれるまで、私は諦めないわ!
0:するりと通り過ぎ、帰ろうとする誠を追いかけて仙果はついてくる
仙華:ねぇお願い!何度も言ってるけどあなたしかいないの!今日こそ付き合ってよ、妖怪探し!
誠:何度も断ってんだろ。そもそも妖怪なんているかいないかわからないものを…
仙華:いや、間違いなく居るわ!あなたもあの時見たじゃない!
誠:…霊感を持ってる奴なら僕じゃなくてもいいだろ?探せば他にもいるんじゃないか?
仙華:でも、あなたみたいに怪異に対抗できるような技術を持った人は他には居ないわ!
誠:それも買い被りだ。確かにちょっと武道の心得はあるけどな、お前のいう化け物と戦うなんて無理だ。
仙華:でも、あなたは…!
誠:そもそも。
0:食い下がる仙果にうんざりしたように立ち止まり、言葉を遮る誠。
誠:お前が化け物の仕業だと主張してる未解決の事件が今何件起きてるか知ってるのか?
仙華:え?
誠:お前があんまりしつこいから、少し調べたよ。
1年に10万件弱、交通事故の約5分の1だ。それも年々件数は増えてる。お前が言ってることが正しかったとして、僕たち2人だけで何ができる?
仙華:それは…
誠:先生は何も言わないけど、うちの学年にだって不自然に何人か学校にこなくなったやつがいる。明日は我が身かもしれない。
こんなのは地震や火事なんかの災害と同じだ。大の大人や警察が動いたって手がかりすら得られない。
みんなが何も言わないのは気づいてないからじゃない、あきらめてしまっているからだ。
こんな見て見ぬふりをするのが精いっぱいの世界で、何をどうやって解決するんだ?不毛だろう、何もかも。
仙華:それは…動かない理由にはならないわ。
誠:何故?
仙華:確信があるの。私が動けば何かが変わる。あなたが助けてくれれば、世界が変わる。その確信が。
…協力を取り付けてからと思っていたけど、仕方ないから見せてあげる。
誠:!!お前…その、目は…!
誠M:彼女の目を覆った手が払われる。そこには桃色の髪の割に似つかわしくない、黒い瞳があったはずだが、
今は緑、というよりは翡翠色というのが一番近い、妖しく輝く瞳が、僕を見据えていた。
仙華:これで信用してくれた?この世界には力を持った人がいる、私自身がその証明。そして私があなたを選んだのは、この目であなたを見たときに、あなたの力に気づいたから。
あなたは、私以外にも化け物に会ったことがある。
誠:……ッ、ぐ、ぁ…!!
誠M:彼女の瞳に見据えられたとき、とても頭が痛くなった。すべてを、自分の知らない自分までを見透かされているような、そんな感じが。
そしてその痛みはひとつ、おかしな記憶を呼び起こした。
誠:お前、その目…!何を…何をした、俺に…!!
仙華:あなたの過去と、あなたの力を見たわ。私の目に間違いはないし、そのうえであなたに協力してもらいたいと思ったの。
さっきは妖怪とかごまかしちゃったけど、世間で起きてる未解決事件は私たちみたいな力を持った人たちが起こしてる。私はそれが許せない、一つでも防ぎたい。だから協力して。
誠M:鋭い痛みと、朧げに湧き上がる記憶。はっきりとしない、けれどそれがなんなのか知らなければいけない。そんな気がして。僕は彼女の手を取ったのだった。
〈シーン2.遭遇〉
0:十数分後、さびれた商店街にて。誠の協力を取り付けた仙華はさっそくと言わんばかりに彼を”妖怪探し”に連れ出したのだった。意気揚々と歩く仙華に誠は少し憔悴した状態でついていく。
仙華:ふんふん~♪
誠:なぁ、鬼ヶ島。
仙華:~♪
誠:なあって。
仙華:?どしたの?竜宮君。
誠:協力するって言った手前、悪いんだけどさ…ちょっと休ませてくれないか…?
仙華:え、どした?体調悪いの?…あ!今日なんか機嫌悪かったのってそれ!?
誠:違う…お前の眼、あれやられてから頭が痛いんだよ…
仙華:頭痛?おかしいわね、私の眼で見たってそんなことにはならないはずなんだけど。
誠:そうなのか?
仙華:うん。私の眼は相手の情報が見えるだけで頭の中に干渉したりとかは…って、あっ、むぐぐ。
0:言いかけて、焦ったように口を塞ぐ仙華を、誠は訝しむ。
誠:うん?
仙華:あんまりこういうのはその…プライバシーというか、乙女の秘密というか…ね?
誠:ね?ってお前、あんだけ見せつけといて今更
仙華:見せつけるとか言わないで!だから協力決まってから慎重に明かそうと思ってたのに!
誠:能力ってそういうデリケートな感じなのか…
仙華:ていうか、ごめんね?体調大丈夫?
誠:ああ、うん…少し収まってきた。しかし鬼ヶ島、もう夕方だがこれからどこ行くつもりなんだ?
仙華:ん~、決めてないけど…とりあえずうん、今日の不審者情報の場所とか行ってみようかな。
誠:決めてなかったのかよ。
仙華:決めてなかったというか、ほら、能力者は引かれあう的な?確信はあっても手掛かりが全くなくって、てへ。
誠:そんな行き当たりばったりで誘われたのか、僕。てか直感で歩き回ったって会えるもんにも会えないだろう。見つかってないんだから。
仙華:んまあ、ぶっちゃけ今まで成果はゼロなんだよね~、どうしたもんかな?
誠:僕に聞かれても…ていうか、いつもこんなとこ歩き回ってるのか?だいぶ山の中って感じだけど。
0:話しながら歩いているうち気づけば、二人は深い森の中にいた。時刻は夕方と言っても陽が落ちたわけではなかったはずだ。
それなのにこの森は、異常に深く暗かった。
仙華:ん…?どこここ?
誠:わかんないのかよ。しっかりしてるように見えて大分ふわっとしてんなお前。
仙華:待って。この森、何かおかしい。この地域は一通り歩き回ってきたけど、見覚えがない!
誠:見覚えのないって…ッ!!誰だ!
0:焦る二人、森の中から人影が現れる。タンクトップに雑に伸ばして脱色した髪と、身体中についたピアス。そして浅黒く日焼けした肉体。
風体からして堅気の人間ではないそれは、にやりと笑い言葉を放った。
牙良:お~いおいおい、おかしいなあ。ターゲットは一人っつー話じゃなかったかよ。おかしいがお二人さん、パッと見普通の学生さんかぁ?
迷い込んじまったってんなら…お兄さんが、送っていくぜェ?
〈シーン3.向き合うとき〉
誠:なんだ、あんた。
牙良:ご挨拶だなァ~。ま、仕方ないか、こんな怪しい森の中で初めましてじゃ。でもさ、それこっちのセリフなんだよねェ。君たち何者?
見たところ”剣”(つるぎ)でも、”担い手”(にないて)でもないよねェ~。
誠:何の話…!?鬼ヶ島?
誠M:男の言葉に答えようとした僕を、鬼ヶ島の腕が制す。疑問を投げた目線に強い警告が返ってくる。彼女の瞳は既に、翡翠色に輝いていた。
仙華:ごめん竜宮君…受け身、とってねッ!
誠:は、うおおおおおおっ!?
誠M:言葉の意味を理解する間もなく、僕は後方にものすごい勢いで吹っ飛ばされていた。一瞬のことで揺らぐ視界に辛うじて捉えたのは、
姿勢からして彼女に蹴り飛ばされたらしいということと、彼女の足の形が…まるで犬や兎、獣のように変形していたことだった。
牙良:いきなり急展開!意味わかんねェ上にわけわかんねェ~!!でも、一つ分かったなァ。お嬢さん、同類か。
仙華:問答をしている時間は、ない!
0:後ろ蹴りの姿勢からそのまま回転し、牙良に背を向けクラウチングスタートの姿勢を取る仙華。変化した足に力を込め、蹴飛ばした誠を追うように、弾けるように飛び出した。
仙華:生態模写(アニマルシフト)・二脚獣走(サーポッド・スプリント)!!!
誠:くっ、うう…!
仙華:竜宮君!手をつかんで!
0:とてつもない速度で、蹴り飛ばした誠が地面につく前に追いつく仙華。手をつかみそのまま担ぐようにして走り出す。
誠:鬼ヶ島!?どういうことだ一体!、その足も!
仙華:蹴っ飛ばしてごめん!でも話は後、今は逃げないと!アイツ…本物だ!
誠:本物!?
仙華:私たちを殺すつもりってこと!
誠:はぁ!?
牙良:危険察知からの即逃げか…動物のカンってやつかな、おそろしいねェ…でもさあ、逃げる獲物を追うのも、獣の本能って奴だよねェ!
誠:なん、だアイツ…姿が変わって…
0:牙良が中腰になって体中に力を込める。すると背中からみるみる肉が盛り上がり、170cmほどだった身長は3m近くまで増大し、くすんだ灰色の体毛が覆いつくす。
顔を上げた男に先ほどまでの面影はなく、狼と人間を半分ずつ混ぜ合わせたような化け物がそこにいた。
牙良:俺は送り狼、洞堂 牙良(うろどう がら)!送ってやるぜェお二人さん。あの世までなァ!
誠:追ってきた!アイツ、速い!?
牙良:気づいたところでェ!背を向けた時点でこっちは”成立”してんだよォ!
誠:まずいぞ鬼ヶ島、追いつかれる!
仙華:しくった…!竜宮君、まだ捕まってられる!?
誠:あ!?
仙華:絶対はなさないでね!こうなったら、両手も使う!
誠:う、うわあああああああ!!
0:仙華は肩に担ぐように抱えていた誠の胴体を放すと、両腕も獣の足に変化させ、四つ足で走り出す。
さらに上がるスピード。支えを失った誠はしがみつくのに精いっぱいになってしまう。
仙華:まだ来てる!?
誠:見れない!!
仙華:そっか、ごめん!どっちにしろこれが全速力…走り抜けるしかない!
牙良:さらに素早く!いいねいいねェ、追いかけ甲斐のある獲物だァ!
仙華:くっそ~余裕かましてくれちゃって、このままじゃジリ貧か。
誠:いや、少しずつだけど引き離してるっぽいぞ!
仙華:ほんと!?
誠:ああ、足音が遠ざかってる!
仙華:よぉ~し、そしたらこのまま引きはなして…キャァ!!
誠M:逃げ切れる。そう思った瞬間、突然にそれは、その少女は現れた。先ほどまで何もなかった空間に、あたかもどこかから瞬間移動でもしてきたように。
必然、勢いのついていた鬼ヶ島は無理な回避を強いられることになり、僕はそのまま放り出されてしまった。
0:急な制動に吹っ飛ばされる誠。仙華は辛うじて受け身を取るが、誠はそのまま木に叩きつけられて気絶してしまう。
誠:ぐはぁ!!
仙華:竜宮君!!
牙良:お二人さん…「転んだ」なァ?
仙華:!!そんな…追いつかれた!?
牙良:ハハ、いい顔だァ。絶望する獲物の顔は、いつ見ても格別だなァ!!
仙華:く…!
牙良:動けねえだろ。俺の前で転んじまったらもう詰みだからなァ。しばらくそのまま転がってなァ…先にそこのお前だァ。
少女:あなたは…?
牙良:へえ、怯えがねぇなァ。一目でわかるぜ…お前が”剣”だなァ。ハハッこいつはツイてる!まずはミッション達成と行っとくかァ!
仙華:~~~まにあえええええッ!!!
牙良:うおッ!?
0:問答無用とばかりに振り降ろされようとする牙良の腕に向かって仙華が体当たりをかます。【送り狼】の力によって体の自由を奪われていた彼女だが、
地面と自分の身体との間に無理やり部位を生成することによって身体そのものを砲弾のようにはじき出したのだ。仙華の妨害によって逸れた腕は空を切り、地面を叩きつける。
しかしその勢いによって少女は吹き飛ばされてしまう。
少女:うっ…!
仙華:ぐう…!
牙良:ちくしょォ、まだ動けるとはなァ。往生際が悪すぎるんじゃねぇかァ?なァ!!
仙華:…駄目だよ。
牙良:あァ!?
0:体に力が入らず受け身も取れないまま地面に叩きつけられるも、牙良の前に立ちふさがる仙華。
仙華:人殺しなんて、駄目だよ…!
牙良:何を言い出すかと思えば喧嘩売ってんのかァ!?ンなことしなくてももう十分イラついてんだよォ!!
仙華:生態、模写ォ…!
0:牙良が腕を叩きつける。仙華は大きな腕をとっさに生成して辛うじて受け止める。
牙良:悪あがきを…!!
仙華:私の前では誰も殺させない!力を持った人間が好き勝手に使ったら、それは本当にバケモノになっちゃう…!それは、ダメだから…!
牙良:うるせェ、なァ!
仙華:がぁっ…!
牙良:同じ人間!?笑わせんなよォ、弱いやつが強いやつに食われんのは道理だろうがァ!力のない人間は俺たちにとってはエサでしかねェ!
仙華:く、そ…力が強すぎる…!
牙良:力を使って人間を殺せば魂が手に入る!その魂を食えば、そいつの寿命が俺のモンになる!
食えば食うほど生きられる!長く生きれば強くなるゥ!!!いわば俺たちは人間の上位種なのさァ!
仙華:うう…ッ!!
牙良:お前の魂も食ってやるよォ!
0:興奮して殴りかかる牙良。体を自由に動かせない仙華は逃げ回るので精一杯だ。凶暴な狼男が振るう剛腕が、木をへし折り、地面をえぐる。
その衝撃で、竜宮誠は意識を取り戻す。
誠:う…けほ、けほ。
牙良:そらそらそらァ!いつまで持つかなぁ!!
仙華:はあ、はぁ!
誠:鬼ヶ島…!ッ、ぐう、頭が…!
誠M:打ち付けられた身体の痛みよりも強い、割れるような頭痛に襲われる。鬼ヶ島にあの目で見つめられた時のように、内側から湧き上がる痛みだった。
そして痛みの強さに比例するようによりはっきりと、過去の記憶が湧き上がってくる。
記憶の祖父:誠!意識を手放すな!そのまま聞けぃ!
誠M:じいさん…?これは、俺の、記憶?前にも俺は…こんな景色を?
0:蘇る記憶と目の前の風景が重なる。記憶の中では、燃え盛る建物の中で誠の祖父が狼男のような怪物と戦いながら呼び掛けてきていた。
記憶の祖父:儂はおそらくここまで…!お前にすべてを教えてやれなんだのは心残りだが、これだけは覚えておけ…!
誠M:そうだ、そうだ…!思い出した…!
記憶の祖父/誠:その力は、守りたいやつのためにだけ使え!
0:記憶の風景がガラガラと崩れ、葬儀場の景色にかわる。目の前で母親が誠の手を握り、泣きはらした顔で語り掛ける。
誠の母:いい?おじいさんのことは、私たちだけの秘密。誰にも話しちゃいけないよ。
0:続けて走馬灯のように記憶が再生される
過去の友人:化け物ぉ?そんなのいるわけねーじゃん!
過去の教師:竜宮君、つらいのはわかるけど、だからってウソはついちゃだめよ。
過去の友人:あいつおかしーんだぜ!じいちゃんが化け物に殺されたとか言ってさ!
誠M:今ならわかる、この記憶。誰も信じてくれなかったから、いつしか自分の記憶すら信じられなくなって、無意識のうちに封じ込めてしまっていた。
引っ掛かりが取れた頭からはウソのように痛みが引き、心なしか身体の自由も戻った気がする。これなら…!
0:誠が立ち上がる。一方、辛うじて逃げ回っていた仙華は体力も底をつき、地面に倒れこんでしまう。
仙華:きゃあ!!
牙良:クソが手間取らせやがって、いい加減くたばれやァ!!
誠:せぇぇぇや!
0:牙良が今度こそと叩きつけた腕に合わせるように誠が拳を打ち込む。すると打ち合った瞬間、牙良の腕がぴたりと止まる。
牙良:なにッ!?
誠:よし、できた!
仙華:え、竜宮君!?
誠:鬼ヶ島!今のうちに逃げろ!
仙華:でも、そいつは…!
誠:大丈夫だよ、ここは任せろ。
0:誠の眼を見た仙華は悟る。彼の眼から憂いが消えている。何かが彼の中で変わった。能力を使うまでもなく、ここは彼に任せるべきだと判断し、のこった力を振り絞って走り出す。
仙華:竜宮君…お願い!
牙良:逃げてんじゃねェよォ!
誠:【妖闘術(ようとうじゅつ)】、閃影(せんえい)!!
牙良:ぐぁッ!!!
誠:こっちのセリフだぜ、化け狼。ここからは俺が相手だ!
牙良:てめぇ!隠してやがったのか!
誠:忘れてたのさ、お前のせいで思い出したけどな。
牙良:なめやがってェ!くたばれやァ!
誠:ふっ…!
牙良:オラオラオラオラァ!!!!!!!!
誠M:怒りに任せめちゃくちゃに振るわれる拳、丸太のような剛腕が雨のように襲い来る。それに正面から対峙する。
恐怖がないわけではなかった。ただその時は、自分でしまい込んでいた温かい記憶を噛みしめるように。ゆっくりと。その中にある動きをなぞっていた。
誠:足運びは最小限に。力の向きを見て受け流す。決して下がらず、踏み込みは前に。狙うのは…僅かな隙!!!
牙良:ッ!!?正面からだとォ!?
誠:【妖闘術】影穿ち!
牙良:がッ…あァ?
誠:ッ、浅い…!?
牙良:離れろォ!
誠:グッ…!!くそ、爺さんのようにはいかないな…
牙良:どこまでもバカにしやがって、ただの人間の拳が通るわけねェだろうがァ!
0:振り払われ、距離を取る誠。一息おいて痛みが襲ってくる。妖闘術は完全ではなく、ところどころ服は破れ、そこから切り裂かれた肌がのぞき、血がにじんでいる。
誠M:決めきれなかったのは痛い…攻撃も警戒されているし、当てられてあと一発か。
牙良:どこまでもムカつくなァ!次から次へとザコどもが歯向かってきやがって、しまいには異能も持たねえ生身のエサが小手先だけで勝とうってかァ!?
誠:…
0:無言で構え直す誠。
牙良:決めたぜ、お前だけは絶対に殺すゥ。泣きわめいて命乞いするまでいたぶって、そのうえでぶっ殺すゥ!ッらァ!
誠:く…!
牙良:オラオラァ!どうしたァ!?動きが鈍くなってんぜェ!!
誠:くそっ…影、穿ちぃ!
牙良:だ、から効かねえんだよォ!!!!
誠:がッ…!!!
牙良:ッはァ!!い~いのが入ったなァ!
誠:く…う…
牙良:おっとォ、まだ倒れんなよォ?さんざんコケにしやがって、ちったあ気晴らしさせてもらわなきゃなァ!
誠:がッ…!
0:牙良は誠の首をその巨大な手でつかみ上げ、ギリギリと締め付ける。
牙良:掴んじまえば小細工もできねぇだろ、なァ?
誠:く、う…!
牙良:命乞いしてみろよォ、死にたくない、殺さないでってさァ!!
0:しかし、締め上げられながらも誠の戦意は失われていないようで牙良を睨み返す。
牙良:…気に入らねえ。じゃアそのまま死ねェ!
仙華:竜宮君!
0:突き抜けるような声が一瞬牙良の動きを止める。鬼ヶ島仙華が気絶した少女を背負いながら戻ってきていた。
誠:鬼ヶ島…!?なんで戻って…
仙華:見捨てるわけないでしょ!声が出せるなら私に続いて!
誠:続けって!?
仙華:あなたを視たときに読んだ呪文!あなたの中の力の言葉!言って!「私は影、君の轍を汚す者」!
誠:私は、影…君の轍を汚す者…!!
牙良:ッ!!
0:その”呪文”を口にしたとたん、誠の身体から黒い炎のようなモヤが立ち昇り始める。突然の異変に牙良は咄嗟に誠を放して距離を取る。
誠はそのまま地面に叩きつけられるが、まるで自分の物でなくなったかのように、彼の口からすらすらと言葉が紡がれる。
誠:光の道を這いずる暗闇、呪詛の積層、力の逆相(さかさま)、泥の手を取り突きつける。
0:呪文を重ねるたび、体中から立ち昇る炎が両手に収束されていき、ちょうど掌を覆うような形で集まる。
よろよろと立ち上がった誠は、黒い炎を握りこむように構え直す。
誠:聖剣反転、影剣(かげつるぎ)。…これも、俺は忘れていたのか。
牙良:何なんだ、その力は…!!
誠:…なんてことはない、俺もお前と同じバケモノだったってことだよ。
牙良:ふざけるな!そんな、そんな邪悪な気配!ただの人間が持ってていいものじゃねェ…!
”死”そのものみたいな力なんて、一体どれだけの…!!
誠:関係ない。俺は今この力を守るために使う。
牙良:クソ…!クソクソクソクソォ!ふざけやがって!なめやがって!殺さねえと収まらねぇんだよォーーーー!!!!
0:誠の力を目の当たりにしたことによる、死に対する根源的な恐怖。それを叫びで無理やりかき消して襲い掛かってくる牙良。
巨大な拳を受け流し、誠はとどめのの一撃を見舞う。
誠:【妖闘術】影穿ち!!
牙良:ぁっが…!!
0:巨大な狼の肉体に誠の拳は通らない。しかし、黒い炎が触れた部分が黒い染みになる。その染みは瞬く間に、牙良の体表を這うように広がり、
黒く染まった肉は、そこから灰のようにぐずぐずと崩れ始めた。
牙良:ぎゃああああああ!!!!痛い!!痛いいいいい!食われる!身体に死が広がるぅぅぅぅ!!
誠:影剣は力を殺す死の力の塊。一度触れたら、逃れられる生き物はいない。
牙良:あぁ、あぁあぁ、死にたくない、しにたくないぃ…
誠:俺だって、殺し合いなんかしたくなかったよ。
0:牙良が完全に崩れ去ると、森の中に急に濃い霧がかかる。一瞬ふわっと浮いたような感覚に包まれ、気が付くと、誠と仙華は元居た商店街に立っていた。
〈シーン4.戦いを終えて〉
仙華:ここは…私たち、戻ってきたの?
誠:ハァ~~~…
仙華:あれ、あの子がいない!
誠:多分、元居た場所に戻ったんだろ。
仙華:あぁ~~よかった!死ぬかと思った~~~!
誠:そうだな。
仙華:竜宮君?大丈夫?
誠:大丈夫だよ。…ありがとうな、忘れちゃいけないことを思い出させてくれて。
仙華:あ、ちょ、ちょっと待ってよ!
0:目を合わせずにその場を去ろうとする誠に、仙華は焦って追いすがる。咄嗟に手をつかんでしまい、誠は硬直する。
誠:なんだよ。
仙華:…ぁ、ご、ごめん。なんか、このまま帰しちゃったら、よくない気がして…
誠:…
誠M:振り払うことはできなかった。仮にも人間一人の命を奪ってしまった自分の冷たい手を、握ってくれた彼女の手が震えていたから。
仙華:私もね、自分の力に気づいたとき、誰にも相談できなくてつらかったから、その、このままだと竜宮君も、一人になっちゃうんじゃないかって。それはダメだって、おもって
誠M:言葉も返せなかった、震えながら言葉を紡ぐ彼女よりも頭の中が真っ白になっていたから。
仙華:だからっ!私が言いたいのは!
0:仙華は意を決したように誠の腕をグイっと引っ張る。
誠:ッ!
仙華:明日!学校休んじゃだめだから!
誠:…近い。
仙華:うわ!ごっごめん!!う、うわわ!
0:仙華は咄嗟に離れようとしてしりもちをついてしまう。
誠:…ありがとうな。
仙華:いてて…へ?
誠:何でもない!また明日。
仙華:え、あ、うん…いや待って待って!!暗いのやだから!置いてかないでよ!!
誠M:これが、俺たちの始まり。化け物と人間の確執、新たな戦いと聖剣と呼ばれるアイテムの謎これから身を投じることになるわけだが、それは、また別のお話。
あやかしあやし 第一戯 向き合うとき
今はただ、隣を歩く人を大切に。
応援ありがとうございます!
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