比翼の悪魔

チャボ8

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二人の戦争・長い夜

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どれだけ叫ぼうがその叫びは聞こえずどれだけ泣こうが誰も彼女には気付かない






焼け野原と化したシトリーを朝日が照らす。爽やかな朝日だがそれを喜ぶ住人はもうどこにもいない。


無事だった地下室で彼等は目を覚ました。



「おはようルシファー」
彼女は少しやつれ気味だ、無論ルシファーもだが。寝ないよりマシとは言えこんな状況で疲れを取りきるなど無理な話だ。


「ああ、おはようリリス。寝れたか?」


「私は…うん、大丈夫よ。貴方は?」


「まあ…何とか寝れたよ。周りの様子は?」


「ちょっと待ってね…大丈夫みたい、今のうちに外出ようか」
リリスがクイーンの力で辺りの気配を探る。彼女の言葉を聞いて彼は身支度を始めた。


少しばかり頭がぼんやりするがのんびりする時間は無い。






エデンはオリュンポスの首都である、シトリーから東へ馬を使えば最短で一週間掛かる。


だが道中には魔獣がうろついている為にそれに気を使うとそれ以上に時間が掛かるのが現状であった。


彼等には翼もある、だがそれもおいそれと使えない。

能力を使えば魔力に反応した魔獣達を引き寄せてしまうからだ。


戦って突破しても良いがそんな事をして負傷、消耗させられては元も子もない。その為に可能な限り戦闘は避ける、つまりは徒歩が彼等の選択だった。




「…やっぱり夢じゃないんだよね」
「…行こうか」
外へ出た彼等、辺りを見回すがもう育った故郷は無い。鼻に入って来る焼け焦げた臭いに改めてその事実を突き付けられる。


全部悪い夢だったらどれだけ良かったか。そう思うと涙が零れそうになる二人、だがぐっと堪えた。


「あ、ルシファー。ちょっと待って」


「どうした?」


「えっと…一回家に寄ってもらえないかな?」


「ああ、それくらいなら良いぞ」


「ありがとう、ルシファー」
リリスも急がないといけないのは分かっているのだがどうしても彼女には探したい物があったのだ。

ルシファーも特に拒まなかった。





家の前に着いた彼等。少しばかり住宅地から離れている箇所にあったのだがやはりここも焼け跡しか残っていなかった。

二人で選んだ家具も食器ももう無い。

これから明るい家庭を創り上げて行くつもりで建ててもらった家、それが無惨に破壊されたのは未来を奪われたようにも思えた。


あまりの辛さに胸が苦しくなって吐きそうになって来る。




「やっぱりこうなるよな…」


「…そうだよね」
気落ちした様子のリリス、ルシファーが静かに抱き締めた。


「ごめん…無理だよ…」


「燃えちゃった…貴方から貰った物も…全部燃えちゃった…」
一言謝ってから堰を切ったように泣き出してしまったリリス。


「リリス…」
先程は堪えたが今度ばかりは無理であった。掛ける言葉が浮かばない、ルシファーは彼女の背を優しく撫でるしか出来なかった。


「貴方から貰ったあの子も・・・ずっと大事にしていたかったな…」
エクスシア、彼女の宝物だった人形である。この有様だ、恐らく灰になってしまっている事だろう。


「ありがとう…いっぱい大事にしてくれて」


「うん…」







暫くリリスは泣き続けていた。


これだけ泣いたのを見るのは久しぶりであった。どちらか独りだけだったら彼等は決して立ち上がれなかっただろう。







「ごめん、もう大丈夫だよ…そろそろ行こうか」


「そうだな…今度こそ行こう」
少し目を腫らしながらも泣き止んだリリス。これで漸く出発と思った矢先だった。






「ルシファー!」


「おい、これって…」
目の前にあの光が現れたのである、誰かがあの石を使って移動して来たのだろう。


そしてあの石を使えるのはトロメアしかいない。


「見つけた」
黒い装束を身に纏った男が三人、そしてだらしなく涎を垂らした犬が六匹いた。


「トロメアか…」


「要件は分かるな?死んでもらうぞ」
黒装束の男が口を開く、そして彼らの返事を聞く前に笛を吹いた。


「リリス!」
察したルシファーがリリスに呼び掛け能力を発動、全力で空中に離脱した。


彼等の足下に犬の魔獣達が群がっている、笛を吹かれた瞬間に魔獣達が猛スピードでやって来ていたのだ。
視線は彼等へ向けられている事から攻撃命令を下されたのは間違いない。


(危なかった…)


(くそ…魔獣使いか)
忌々しくルシファーが嘯く。





魔獣使い、その名の通り魔獣を操る術を身に着けた者達である。

本来なら魔獣は作り出した者でしか操れないのだが彼等は笛や口笛等といった道具を使い操る事が出来る。

その精度は暗殺や護衛といった複雑な任務もこなすことが出来る程だ。そして魔獣使い本人もエリート揃いと聞く。

敵の凄まじい気迫を彼等も感じ取っていた。



上空に避難した彼等、魔獣達は飛べない為狙ってこれない。


だが相手はそれを逃すわけがない。


(来るぞ!)


(うん、任せて)
彼等目がけて魔力弾が飛来、左右に飛び回り回避するルシファー・リリス。一発一発が正確に此方を狙ってくるが難なく回避。


だがルシファー・リリスは何か違和感を感じていた。


しかし頭を切り替える。彼等は高速で飛び回り剣を握り締め敵へ視線を向ける。
(ルシファー…)


(…倒すしかないんだよな。俺達を生かしておくつもりはないって事だろうし…)
ルシファーは悲壮感を込めた声で言った。


先程も述べたが魔獣使いは精鋭だ、それを差し向けたという事は並大抵の殺意ではないということである。


(…やろう、ルシファー。こんな所で死ねないよ)
リリスは覚悟を決めた。ルシファーと居られるなら何でもする、彼女の眼はそう言っていた。


(…ああ、分かった…やろう。そんでもってどいつか知らないが黒幕に後悔させてやろう)
ルシファーも抗戦を決めた。





そうと決まれば先ずはいつも通り情報の整理である。


相手は攻撃の手を緩めてない為ずっと飛びながらである。


(犬の様子は?)


(まだ足下、私達を叩き落して襲わせるって事かな)
絶え間なく続く攻撃を回避しながらリリスが言った。しかし違和感が強くなって来た。


(ねぇ、やっぱりおかしいよね)


(…だよな)



敵の戦力は犬の魔獣が六匹、魔獣使いが一人、その補佐と思われる男が二人である。


ルシファーの感じた違和感は相手に空中戦力がいない事、そして何より相手の行動が地味すぎる、つまり決定打が無いのだ。


(こいつら一生続けるつもりか?いや、ありえない)


弾丸が飛んでくる中ルシファーは必死に思案。
(おかしい、何かが…)


そして次の瞬間、後ろに殺気を感じた。
「リリス!」





彼等の背後にもう一人、黒い翼で音も無く忍び寄った四人目が居たのだ。
死の恐怖に背筋が凍り付いた。


黒い翼に音も無く飛んでいたという事は能力はナイトストーク、彼等は気づいていないがヴィネと同じ能力であった。


(しまった…こういう事か)
心中で毒づくも寸前で攻撃を防ぐルシファー・リリス。


四人目が数回斬り付けて直ぐさま離脱、そこを逃さず狙い撃ちにしてくる地上の三人、不意打ちから立て直せないまま狙い撃たれた為躱しきれず何発か体を掠めてしまった。


「くっ…」
痛みに呻くルシファー・リリス、だが怯んでいられない。また四人目が向かって来たのだ。




クイーンの探知には弱点があった、それは意識を向けていないと気配を探知できないというものである。


つまり自分が警戒していない方向からの接近には対処できないのだ。


魔獣使い達が釘付けにし音も無く忍び寄った四人目が背中から刺す、もしも看破されても下と連携と言った手筈だったのだろう。


(ごめん・・・甘かったわ)
(気にすんな・・・俺も遅れた)


警戒すれば対処出来ただけに己の不甲斐なさを恥じる彼等。だがそんな暇はなかった、脅威は去っていない。





四人目が再び容赦ない猛攻を加えてくる。何とか動きを止めないようにし下からの魔力弾も必死に回避する二人。


厄介な挟撃である。更に地上からの攻撃の精度もかなりのものだった、四人目の敵へ被弾することもなく正確にルシファー・リリスに攻撃が飛んでくる。


掠めた傷が痛む、痛み止めでも飲みたいところだがそうはいかない。






「いつまで逃げられるかな?」
敵は冷徹に言い放つ。悔しいがその通りである。


(くそ…)
額に汗を浮かべるルシファー・リリス、相手はそれを見て更にダメ押しを行ってきた。


急加速である。


「しまった!」
いきなり懐に飛び込まれ重たい袈裟斬りを繰り出してきた。


(ルシファー!)
防いだので死には至らなかったがその一撃でバランスを崩した彼等、地面に向かって落ちて行く。


そしてその隙を敵は見逃さない。


落ちて行く彼等に向かって行く黒翼の男、そして地上から撃たれた魔力弾が迫っている、このまま行けば間違いなく直撃だ。犬の魔獣もいる、これ以上落とされたら餌食だ。


最悪であった。死が目の前に迫っている。


だが。






(リリス!)
ルシファーが呼び掛ける。





(…!)
リリスが意識を集中、彼等は何一つ諦めていない。




黒翼の男が迫り彼等目がけて全力で剣を振りかぶった。




そしてそれを彼等は見逃さない。




一瞬だけ魔力を全力で解放、だが急加速と違い動きすぎてはいけない。




回避だけでなく攻撃もしなければならない。




急加速した後に直ぐさま負荷を掛け急ブレーキも行ったのだ。




相手の側を過ぎてはいけない、とても繊細な魔力の制御が必要な芸当、そう簡単に出来るものではない。




「ぐっ…」




(この程度で…)
体に掛かる負荷など一切考えなかった事から殴りつけられたような痛みに彼等が呻く、だが死ぬよりはマシだ。




そして激痛に見合った結果を彼等は得ることが出来た。体に当たる擦れ擦れで迫る剣を避け、背後に回り込む事に成功。




無茶な体勢で回避など普通想定できるであろうか、残念ながら敵である彼には出来なかった。




「馬鹿な!」
必殺の一撃になるはずだった攻撃を空振り、おまけに速すぎて敵を見失い思わず声を上げた翼の男。




哀れ、彼は大きな隙を晒してしまったのだった。




「一つ」
彼等は嘯いた。相手は振り向き更なる行動に移ろうとした。




無理だった。




それよりも早く全力の剣を降り抜き彼の胴体を真っ二つに両断した。鮮血を撒き散らしながら二つに別れた胴体が落ちて行く。




だが休ませる暇など無いと言わんばかりに魔力弾が飛来、それを避けながら彼等は魔獣目がけて魔法を撃ち込んだ。




リリスが回避に、ルシファーが攻撃に徹する。


意識を集中、攻撃が飛んでくる中、狙いを定め確実に正確に撃っていく。


(大丈夫、全部倒して)
リリスが背後を索敵、もうこれ以上の新手は居ない。最早遠慮はしない。


彼等の悪い癖である、慎重になりすぎて相手の出方を伺ってしまう。


(一発も外さない)
ルシファーの言葉通り魔獣は次々体を撃ち抜かれ動かなくなっていく。


必死に逃げ回るも胴を抉られ、脚を吹き飛ばされ、無残に散って逝く魔獣達。あっという間の出来事であった。


必死の反撃空しく残りは三人、策を潰され手駒も減らされ形成逆転である。






「貴様等…」
歯軋りする男達、ルシファー・リリスは空から彼等を冷酷な目で見つめた。


「次はお前達だ」
それはまさしく死の宣告であった。上空から支配者が命を刈りに襲いかかって来る。




「やってみろ、まだ終わってなどいない」
しかし男達もまだ諦めていなかった。各々能力を発動、直ぐに使わなかったのは隠し玉にしたかったのだろう。


相手は三方向に散開、先程のような小細工を抜きに勝負を挑んできた。


左に展開した一人は左手を植物の蔓に変え彼等を搦めとりに、他の一人は右に展開、右手に鱗を生やしそれを手裏剣の如く射出、魔獣使いの男は脚を狼のそれに近いものへ変異、剣を構えた。


(アルラウネ、マーマン、ウェアウルフか)
アルラウネは植物の魔族、マーマンは魚人の魔族、ウェアウルフは獣人の魔族である。


(やるぞ)
(ええ)


蔦が彼等を絡み取ろうと、手裏剣が彼等を切り裂こうと向かって来ている。


彼等直球に蔦、そして逃げ道を塞ぐように広範囲を手裏剣にばらまきカバーしている。


上手く弱点をカバーし合っている攻撃だった。


左手を構えたルシファー・リリス、飛び立ちながら魔力弾を連射。


(先ずはそっちを)
冷静に思考し対処していく彼等。


狙いは手裏剣、マーマンの鱗は確かに硬い、並の剣なら弾いてしまうくらいの強度はある。


だが魔力弾を跳ね返せる程の強度は持ち合わせていないのだ。


飛来した一箇所だけ手裏剣を叩き落としそこ目がけて飛び込む彼等、そして自分達目掛けてきた蔦を全力で剣を降り抜き叩き切った。


蔦は腕を変異させたものであるため痛覚も存在している。


男は痛みに苦悶の表情を浮かべ呻く、だが直ぐに変異させていない腕で魔力弾を撃って来た。


そして魚人の男もそれに続いて変異させていない腕で魔力弾を射出。


ルシファー・リリス目がけて飛来する魔力弾、タイミングをずらした攻撃はまるで獲物を搦めとる網のようであった。


(リリス)
(ええ)


だが二人は網に懸かるのを待つ魚ではない。


彼等は魔力を左手に集中、光輪を展開、マーマンの相手目がけて投げつけた。


投げ付けられた光輪は魔力弾を切り刻み破壊、再び道を切り開いた。そして更に彼等が肉薄する。


だがここに来て横槍が入った。


「させるかあああ!」
今まで沈黙を守っていたウェアウルフの能力を持つ魔獣使いの男が咆哮を上げながら飛び上がり斬りかかってきたのだ。


しかも彼等の想定よりかなり素早いスピードである。


飛び掛かりながら剣で叩き付けるように攻撃、すかさず受け止める彼等だが勢いを乗せた攻撃はとても重く彼等を地面に引き摺り込んだ。


「しまった、これはまずい…」
地面に叩き付けられ背中を打ち付けてしまった彼等、またしても危険な状況に陥った。


そして間髪入れずに蔦とマーマンの男が狙いをつけてきた。


鱗の手裏剣と魔力弾を撃ち込むつもりである。このタイミングで撃たれるのは死を覚悟してしまう。


(ルシファー、ちょっとやばいかも)
リリスが焦った様子でルシファーに言った。


(いや・・・チャンスだ。タイミング合わせるぞ)
(うん、良いよ。やろう)
痛みを堪えながらもルシファーは焦ることなくリリスに言い聞かせた。


「もらった!」
勝利を確信した男達が挟み込むように攻撃を撃ち込んできた。


恐らく普通に起き上がってでは回避が間に合わないだろう。




(焦らずに)




(正確に)
自分達に言い聞かせるルシファー・リリス、彼等は焦らず冷静に。




相手が攻撃の数秒早く翼を地面に叩き付け飛翔。




相手の攻撃は空しく空を切る、そしてルシファー・リリスは相手目がけて魔力弾を撃ち込んだ。




魔力弾に穿たれ男達の胸に風穴が空いた。




攻撃のタイミングをリリスが先読みした為の芸当であった。索敵の範囲を徹底的に絞り心拍数、呼吸、そして彼女の経験等から導き出した結論である、そう簡単に外れるものではない。



そして相手は攻撃の時に足を止めていた。衝撃を押さえ込み狙いを正確にするためには必須条件だ、何一つ間違いではなかった。



だがそれが運命を分けていたのだった。




血を噴き出して倒れ込む男達、まだ僅かに息はあるがもう二人に戦う力は無い。後は血を流しながら絶命を待つだけである。





大分持ち応えたが残る敵は魔獣使いの男一人だけである。


男は悲しむ様子も見せずに再び全力の速度で斬りかかってきた。敵を倒すことが弔いになるということだろう。


だが彼等には倒されるつもりは毛頭ない。


両手で剣を持ち横殴りの一撃を繰り出してくる相手、ルシファー・リリスも剣を両手で構えた。


空を切り刃が迫る、殺意を込めた一撃を受け止める彼等。相手は全力で刃を押し込み彼等を両断しようとする。


お互い得物に力を込めて一歩も引かない鍔競り合いが繰り広げられる。




(こいつだけは…こいつだけは…)
男は全てを、それこそ刺し違えてでも倒すつもりで全力を絞り出していた。




仲間の為に、恩人の為に。




だがその覚悟が命運を分けていた。




ルシファー・リリスはいきなり真後ろへ後退したのである。




「しまっ…」
男の呟きが嘯かれた。




男はここで彼等を倒すと力みすぎていた。その為に力を前面に掛けすぎていたのである。




そんな中相手が急に後ろに下がればどうなるか、当然支えを失った男の体はバランスを崩してしまう。




男の覚悟、味方との連携、全くもって恐ろしい相手だった。




特にナイトストークの力を使っての不意打ちには死を覚悟するしかなかった程だ。



トロメアの兵士の練度の高さが身に染みた戦いとなった。




しかしどれだけ立派な技術を持っていようが死ねば終わりである。もしもその意識が彼にあれば結果は変わっていたかもしれない。




バランスを崩した男にルシファー・リリスは剣を一閃、その冷たい剣筋に命を刈り取られ最後の一人が絶命した。








敵の亡骸を前にしてルシファー・リリスは呼吸を整え佇んでいた。
「勝った…のか?」

(大丈夫、反応は全部消えたよ)

(そうか…)

二人は能力を解除しその場に座り込んだ。


「ルシファー、少し休む?」
「…いや、大丈夫だ。兎に角急ごう。他にも追手が来るだろうから今は時間が惜しい」
「やっぱり来るかな…」
リリスの言葉にルシファーは頷いた。


皇帝の暗殺未遂だけでも重罪だがアディスで彼等に関わった兵士も死んでいる。今みたいに追っ手も殺してしまった。おまけにアイムとイブリスに手傷を負わせた。


最後以外濡れ衣だがこれで終わりだとルシファーには思えなかった。





「行こう」


「…うん、行こう」
リリスに促す彼はとても無理をしているように見えた。




彼を支えないと、彼女は心の中で決心した。

ルシファーは戦いが好きではない、本来は虫を殺すのも躊躇う程優しい性格なのだ。
この力のせいで戦いを避けられない人生を過ごしてきたがそれは訓練の末無理をする事を身に着けたからに過ぎない。
エデンに着くまで恐らく長い道のりになる、リリスが支えなければ間違いなくルシファーは壊れるだろう。




「どうした?」
「ううん、何でもないよ」
リリスは優しく微笑みながら言った。

こうして二人とトロメアの戦争が始まった。










数日が経過した。この日までにトロメアはルシファーとリリスを正式な討伐対象として認定、追撃に精鋭部隊のファリニシュを向かわせる事を決定していた。

アディスは曇天に覆われている、今でも雨が降り出しそうな嫌な天気である。
城下町の外れにある共同墓地、そこに彼等は来ていた。


(サロス、オライ、レライハ、バルマ、すまなかった…何としてでも止めるべきだった)
ファリニシュの隊長にしてキングの一人、ウェパルは殺された隊員達の墓の前で悔いていた。


その傍で物憂げな表情をしている女性がいた。彼女はワル、ウェパルのクイーンである。
「どうしてこんな事に…」
彼女は嘆いた、だがウェパルは彼女の口に指を当てた。


「ワル、その先を言ってはならない。もうトロメアは変わってしまったんだ…」
ウェパルは拳を握り悔しさを押し殺した。


今のトロメアはアシュラという男が権力を握っている。
この男は悪魔族ではない、食客に過ぎない男だった。だがガープが倒れた混乱に乗じて人心を掌握、瞬く間に一大派閥を創り上げてしまったのである。
そしてアシュラが扇動しガープの敵討ち、ルシファーとリリスの討伐を煽っていた。おかげでそれ以外の事を進言すれば瞬く間に爪弾きにされる異常な空気がこの国を満たしていた。


「…ちくしょうが」
感情が爆発、ウェパルの頬に涙が流れた。ワルが心配し彼の背を撫でる。


「止めるべきだった…俺が死なせてしまった…俺は無力だ…」


アシュラは最初にファリニシュへお願いと言う名の命令を下した。
その内容は精鋭を選抜しルシファーとリリスを殺せというもの。尚ウェパル達の同行は認めないという意味不明なものだった。


彼は断ろうとした、せめて自分達も行こうと副隊長にして魔獣使いのサロスに言った。


「ウェパル、気持ちだけ受け取っておくよ。て言うか命令違反になっちまうだろ。ヴェルフェゴーレのおっさんみたいに幽閉されちまうぞ」

「サロス、相手は…」

「分かってる、大丈夫だ。どうせひよっこだろ?軽く捻ってやるさ。俺達を信じろ」

「…だが」
それ以上彼は声を掛けられなかった。サロスは笑って言っていたがそれ以上口を挟むなという事を暗に伝えていた。



そしてサロス達はシトリーでルシファー・リリスと交戦、全員死亡していた。



「ウェパル…」


「すまない、情けない姿を…」


「いいのよ、いいの…」
ワルが彼の背を優しくさする。今のトロメアは反論すればどんな要職にあろうが幽閉、最悪処刑される。


ヴェルフェゴーレも要職にある人物だったが反論した為に現在は幽閉されている、他にも反論した者達の中にはアシュラに斬り捨てられた者もいた。


あの男は恐ろしく剣の腕も立つのである。


サロス達は二人を守ろうとしたのだろう、それを思うと彼は尚更涙が止まらなかった。



「おお、ここに居たか」
背後から声を掛けられた二人、優し気な笑みを浮かべた初老といった風貌の男性、この男が今のトロメアを牛耳るアシュラである。


「…アシュラ殿、何故ここに?」


「こらこら、そう怖い顔をしないでくれ」
問題の人物が現れて思わずしかめっ面になるウェパル、直ぐに無表情に戻し応対した。


「失礼しました、彼等を手に掛けた者達への怒りについ…」


「気持ちは分かる、大事な戦友だものな」
誰のせいだ、思わず口に出そうになるのを堪える彼等。そしてアシュラが要件を口にした。


「さて、ここに来た要件なのだが…また君達に仕事をお願いしたいんだ」
言い方は穏やかそのものだがお願いと言う名の圧力だった。断れば腰の剣が抜かれるかもしれない。


「今度はどのような?」


「うむ、喜んでくれ。敵討ちの時間だ、今度こそ君達にお願いしたい」


「・・・漸くですか、では早速」


「待ちたまえ、まだ話は終わっていないぞ」
あまりにも不快なので早々に立ち去ろうとしたところで呼び止められた彼等、嫌な予感がした。


「先ずは君達の部下総出で当たってもらいたい、君達の出番はその後だ」
的中である。


「待ってください、もう犠牲者は増やしたくありません。少しでも損害を減らすために私達も一緒に行かせてください」
ワルが頼み込む、ファリニシュが精鋭とは言え相手がルーラーなら全滅もあり得る。


もしも全滅でもすればトロメアの戦力が大きくダウンする。何としてでもそれは避けたかった。


だが現実は無情であった。


「私も考えたのだが確実性を重視したいのだ。君達の部下が彼奴らを疲弊させ君達自身がそこを襲い首を取る。これなら負ける心配もないだろう」


「…部下を当て馬にしろと?」


「当て馬だなんて…それは誤解だ。君達のような優秀な人材なら必ず勝てると信じているからだ」
殴り掛かりたくなるのを堪えウェパルが言った言葉に対する返答がこれであった。


彼等には何を言っているのか全く理解する事が出来なかった。


「それと、今志願者たちが追っているのだが結果は察しの通り、死体が増えているだけだ。これは仲間を守る為でもある。頼む、大切な仲間達の為に引き受けてくれ」
頭を下げるアシュラ、大切な仲間の為と言って余計に断りにくくしてからのお願いだ。


(一時の怒りに我を忘れ死にゆく奴等を仲間…か…)
正直彼は断りたかった、このような流れ者に唆される愚か者など仲間ではないと言い切りたかった。


彼は腹を括った。




「…条件があります」


「何かな?」


「私達だけでやります。部下達や他の者達の出撃は取り止めていただきたい。はっきり言って邪魔です」
今すぐにでもこの独裁者を殺してしまいたい、そんな真っ黒い衝動を堪えながらウェパルは言い放った。


「君達だけで本当に良いのかね?それで」


「それは侮辱とみて良いですか?我々では力不足だと」
食い下がるアシュラ。だが眼光鋭く、殺意を剥き出しにしてウェパルは言葉を挟んだ。


(この際多少小競り合いになっても要求を飲ませる、これ以上犠牲者を出して堪るか)
ウェパルはそのような覚悟であった、ワルもそれを察し彼の手を握る。


「…失礼、吉報を待っているよ」
しかし幸いにしてアシュラはそう言い残して去って行った。


「ウェパル…」


「ワル…みんなを守る為とはいえ今の私にはこのような考えしか浮かばなかった。本当にすまない」


「良いのよ。良いの、行きましょう」
彼を優しく宥め彼女は言った。





仮に、この場でアシュラを刺し違えてでも殺したとしよう。ファリニシュの隊員はアシュラの派閥に潰されるのは間違いない、今のトロメアはアシュラの支配下だからだ。


彼等が害されなかったとしても家族にまで被害が及んだらウェパル達には守り切れない。部下達を救うにはルシファーとリリスを討つしかないのだ。


ウェパルとワルは戦争が終るのを心から願っていた者達でもあった、毎晩のように悪夢に魘される毎日から解放されるのを祈っていた。


そして裁かれる覚悟もしていた。だが他の道があるかもしれないと聞いて心に希望が灯っていた。


もし死ぬとしても犠牲にした者より大勢の命を救って死のうと固く誓っていた。


だが実際は戦争は終らず無駄な争いで仲間が死ぬ、気が狂いそうだった。


こうなればせめて戦友達だけは守りたい、その気持ちのみが折れそうな彼等を奮い立たせていた。


(恨みはないが討たせてもらう、覚悟しろ…)
希望をくれた彼等を討つのは苦しい、だが彼は心を殺し愛する彼女と雨の中向かった。









(くそ…絶対助けを呼ぶからな)
一人の赤毛の兵士が森を逃げていた。汗と恐怖に塗れたその顔はこの世の物とは思えない怪物にでも襲われてきたようだった。



彼はトロメアの兵士、今は獲物でしかない未来あった哀れな若者である。



少し前の事、トロメアはルシファー・リリスへ新しい追手を差し向けていた。
五人で組まれた部隊で若い兵士は三名、二名のベテランが隊長、副隊長として指揮を執るという形の部隊であった。



現場に着いた。


「この辺りか…」


「ひよっこ共、油断はするなよ。もう何人も殺されているんだからな」
新人に厳しい口調で言う隊長。

ここは先に来ていた仲間達の連絡が途絶えた場所である。


定期的に場所を知らせる物を使う手筈なのだがそれが途絶えていた為彼等は調べに来たのだ、恐らくは死亡していると彼等は読んでいた。


辺りを慎重に調べ始めるトロメアの兵士達、中でもベテラン二人の表情は険しい。


「はい…」
若い兵士三人もその表情を見て気を引き締める。


言い方は厳しいがそれは自分達を気遣っての事、それが分からない程彼等は愚かでは無かった。


人数で勝っておりベテランもいる、血を吐く程の訓練も積んだ、きっと勝てると三人は何処か楽観視している面があった。


だがここに来て張り詰めた空気を感じてしまうとそんな気持ちもどこかに行ってしまった。

「それにしても一体何処に行ったんでしょうか…」


「足跡も残されてない…困ったわね」
それぞれ能力や身に着けた追跡技術を駆使して痕跡を探すが結果は良いとは言えなかった。


「どこに隠れやがったんだ…」
一番血気盛んな赤毛の兵士が悔しそうに言う、だが隊長は冷静に判断をした。


「そうだな…もう少し言った所がここよりも血の臭いが濃い、そこに行ってみよう。だがわざと臭いを残した可能性も高い、準備はしておけ」
その言葉に皆が頷く。気を張り詰めながら臭いの濃い場所に向かった。


(せめてもう少し人数が居れば…)
副隊長が歩きながら心の中で嘆く。


ルーラーは別格だ、新人など連れていて勝てるとは思えない。せめてもう少し人数を増やし緻密な計画を練って戦うべきだろう。


だがそれはアシュラに却下されてしまったのである。
(多方面から何回にも分けて追い詰めて相手の力を削ぐ、等と言っていたがそれではこちらの損害がどうなる事か…何を考えているのだ…)


そういう戦術もありと言えばありなのだろうがそれは戦力に余裕がある時に選ぶものである。


更にオリュンポスとも戦争状態にある中、力を削ぐのは愚策としか思えない。だが悲しきかな、彼にはそれ以上意見する勇気は無かったのである。


意見すれば剣の餌食は間違いなかった。


そんな事を考えているうちに目的地に到着した。



「…これは、嘘だろ?」


「なんてひどい事を…」
皆がその光景に絶句する。


彼等の眼前に広がったのは内臓を撒き散らされて磔にされた仲間達の亡骸であった。


その変わり果てた姿に膝から崩れ落ちてしまった女性隊員、戦いに赴く以上凄惨な光景を見なくてはならない覚悟はしていたのだろう。


だがいきなり見せつけられて耐えろと言うのは酷な話だ、やはり早すぎたと後悔せざるを得なかった。


しかしここは敵地、隙を晒すなど絶対にしてはならない。


それを危惧した隊長は皆に声を掛けた。


「まずいな…おい、しっかりし」
隊長の言葉が途切れた、途切れたと言うより頭が無くなっていたのである。


力無く倒れ込む隊長の体、恐らく何が起きたかすら分からなかっただろう。


だが一番悲劇なのは新米の三人がその光景を見てしまった事である。


「そんな…うわぁー!」


「い…いやあ」


「おい!背中を向けるな!」
副隊長が混乱のあまり逃亡を図った二人を呼び止める、が空しく彼等も後を追った。


(くそっ…上か…)
攻撃を防ぎながらも撃たれている弾は魔力弾、撃ってきている場所は亡骸を磔にした木の上と理解。


敵はわざと目立つものを設置、気が逸れた所を襲撃という作戦だったのだろう。


そして亡骸を損壊させたのは血を撒き散らして自分達の臭いを誤魔化す為だ、見事なまでにトロメアの兵士達は嵌ってしまった。


悔しさに唇を噛むが少しでも立て直さなければならない。


辺りを見渡した副隊長、魔力弾をバリアで防ぎながら同じく咄嗟にバリアを使い生き残っていた赤毛の元へ駆け寄る。


「ふっ・・・副隊長…どうすれば…」
自分の身を守りながらも新人は泣きそうであった。


「落ち着け、お前は逃げろ。時間なら私が稼ぐ」


「でも…」


「そんな震えながらで戦えるのか?」


「副隊長…」


「来たぞ!」
恐れていた事態、木の上から死神が降り立って来てしまった。


漆黒の翼を羽ばたかせ彼等の敵、ルシファー・リリスが襲いかかってきたのだ。


振り下ろされた剣を受け止め彼は必死に叫んだ。


「逃げろ!だめだ…このままでは勝てない、応援を呼んでくれ…頼んだぞ!」
副隊長の必死の叫びを受けて漸く走り出した赤毛の新人、彼は涙を堪えて無我夢中で駆けた。


彼が駆けだしたのを見て副隊長は少し安堵した。そして目の前の化け物を見据えた。
「俺が相手だ、化け物!」



「ちくしょう…ちくしょう」
どれくらい経ったかも分からない、必死に駆ける赤毛の彼、直ぐに応援を呼べれば副隊長も助かるかもしれない。


そんな淡い期待を抱き彼は駆け続けた。


だがその期待は一瞬で砕かれた。


何かが飛来し彼の腹を蹴り飛ばしたのだった。
「なっ」


いきなり蹴り飛ばされ叩き付けられた赤毛の彼、内臓が飛び出そうな激痛に襲われるも何とか起き上がった。


そして絶望した。


そこに居たのは彼の敵、返り血を浴びたルシファー・リリス。ゆっくりとこちらに迫って来る。


涙を堪えながら必死に彼は叫んだ。
「何でここに…副隊長は…あの人はどうしたんだよ!」


返事は無かった、その眼は冷たく彼を見据えるのみ。


命の恩人の運命最期を語るには十分だった。


(こんなところで…)
石でもあればにげられた、だが彼は下っ端。そう言った物の管理は隊長や副隊長が行っていたのだ。


持っているのは連絡用の信号弾のみ、しっかり距離を離してから使おうなどと考えたのが誤りであったと後悔する。


だが後悔より早く怒りがこの若者を満たした。






(いや、諦めるか…こんな所で死んでたまるか!)
彼は剣を抜き構えた。一か八か彼は賭けに出た。


理不尽の権化、一瞬で仲間の命を奪った化物、それどころか此奴らは主の命まで脅かした。


このまま退くなど彼の正義感が許さなかった。



(来い、一撃で殺してやる)
ゆっくりと迫ってくる相手、彼は機会を待つ。


彼の能力はセルケトという魔族のものである。


セルケトは蠍に近い見た目の魔族である。


巨大な尾を持ち、その毒は人間ならほんの数ミリでも体内に入れば死亡が確定する。


彼が力を使えばその尾を生やし自在に操ることが出来る。


そしてその動きは並大抵の速さではない。


血を吐くほどの訓練の結果もあり、同期の誰にも見切ることは出来なかった程の速さを誇る。




(勝負だ…)


彼の動悸が激しくなる、だがルシファー・リリスは涼しい顔のまま…というか目の前の彼など眼中にないといった様子のままゆっくり向かってくる。




(俺なんて敵じゃないってか…舐めるなよ…)
彼が唾を飲む、あと三歩で射程距離である。




(そのままだ…良いぞ…)
あと二歩、射程内に入れば勝ち、その瞬間が待ち遠しい。




(来い…来い!)
あと一歩。




敵が足を踏み入れた。
「終わりだ!くたばれぇ!」




それと同時に敵目がけて尾を突き刺しにいく。
毒液が滴った針が凄まじい速度で向かって行く。頬を掠めただけでも助からない、彼が持つ自慢の武器である。




だが相手が悪すぎた。




彼の必殺の一撃は掠めもせず一太刀で尾を切り落とされ無力化された。




攻撃を仕草、呼吸等から予測して対処する同期など彼の周りには居なかった。




「残念だったな」
同情するような、憐れむような言葉を彼に投げかけルシファー・リリスが襲い掛かってきた。




激痛で赤毛の彼が悶えそうになる、しかし彼は手の剣を落とさず必死に振り回し抵抗を試みてきた。




反撃を試みるその意気は素晴らしい物だ、もしかしたら大成していたかもしれない。




だがこの仇討ち茶番に参戦してしまった時点で運命は決まっていた。




抵抗空しく将来有望な若者は真っ二つにされ即死した。








「…」


(ルシファー?行こう?)


逃げなければならない、魔獣達が迫ってきているのだ。
(そうだな…行こうか)



夜になった、追撃の手も漸く止んだ。
魔獣は夜になるとより活発化する、トロメアが追って来ないのは無駄な戦闘は避けたかったという事なのだろう。


彼等は木の上に居た、魔獣達の追跡を避けるためである。


高さがあれば歩いている者達の襲撃を多少だが遅らせることが出来る為であった。


「…」


「…」
言葉無く抱き合う二人、時間だけが過ぎて行く。


風が冷たい。


シトリーを発ってからトロメアの襲撃は夜まで引っ切り無しであった。


倒せばまた次が、さながら害虫の如くあの手この手で向かってくる、そしてその全てを彼等は斬り倒していた。


生温かい返り血を浴び、恨めしい目で、心底怯えた目で彼等を見ながら倒れていき、悲鳴が耳に入りながらずっと、である。


「ルシファー、何か食べよ?」
リリスが非常食を取り出した、少ない量でも栄養がカバーできる軍用の非常食である。


「…」
リリスが沈黙を破るがルシファーは首を横に振る。


「食べないともたないよ」


「…」


「ルシファーくーん?」


「…」
尚も返事をしないルシファー、次第にリリスがルシファーの頬を伸ばしたりして弄び始めた。


「…なんだよ」


「顔が険しいよ?」


「…」
更に弄ばれるルシファー。


「抵抗しないの?」


「…嫌じゃないし」
満更でもなかったのだった。


「リリス」


「はい」


「頭から離れない…」


「よしよし」
リリスはルシファーを抱き締めた。少しでも彼を癒せればと願って。


彼女とて辛い、だが気張らなければ生き残れないのだ。


「今は大丈夫だよ、ここに居るのは私だけだからね」
彼を抱き締める力が少し強くなった。


「…リリス?」


「大丈夫、私はずっと一緒だからね」
優しく囁くリリス、そして彼の背を優しく撫で始めた。


まだ怖さが完全に消えたわけではないがルシファーは少しばかり落ち着いてきた。


「ありがとう…ちょっと楽になったかも」


「良かった。じゃあ何か食べようか」
そう言って二人は少し遅めの夕食を摂り始めた。


まだ彼等は生きている、それを噛み締めるかのように。


(リリスごめん、俺頑張るよ。絶対生き残ろうな)




「お腹膨れた?」


「うん」


「良かった…じゃあ寝ようか」


「分かった。じゃんけんな」


「ルシファーからで良いのに」


「疲れているのはリリスもだろ?この方が良い」
こればかりはルシファーは譲る気が無かった。


眠るのは交代である。決めた時間毎にどちらかが寝てどちらかが見張りをするといった方法を彼等は取っていた。
「それじゃあ三回勝負な」


「良いよ、やろうか」





「…」


「不満?」


「前から思ってたんだけどワザと負けてないか?」


「まさか」
結果はルシファーの勝ちである。リリスはどこか嬉しそうである。


「ほら、早く寝て」
リリスは取り出した携帯用毛布を広げ少し不満げな彼を迎え入れる。


「よしよし、お休み」


「うん…」
二人して毛布に包まった、森の夜は冷える為毛布の温かさと一肌がとても心地よかった。


お互いの存在に感謝しながら彼等は暫しの安息の時を過ごした。










隣で妻が寝息をたてている中、彼が最初に感じたのは何かが腐敗したかのような異臭だった。こんな時間に動き回るなどあいつらしかいない。


魔獣だ、狼や人影のような物まで見えた。


「来たか…」
舌打ち交じりに嘯くルシファー、もうすぐ日が上がろうとしている時間帯にいきなりの災難である。


(さて…)
彼はリリスを起こした。


「リリス、起きろ…厄介ごとだ」
リリスに声を掛けるルシファー、眠そうに目を開ける彼女はとても愛らしかったが今はそんな時ではない。


「ん…ルシファー…どうしたの…ってうわ、酷い臭い・・・そういうことね…」
ものすごく不快そうな表情になるリリス、こればかりは仕方ないだろう。


「ああ」
相手を刺激しないように小声で喋る二人、しかし異臭で鼻がおかしくなりそうであった。


暗闇で分からないが数はそれなりなのは見当が付く。どういう原理か分からないが、制御出来なくなった魔獣は徒党を組む事が多いのだ。


「この臭いって…」


「食べカスでもくっつけてるんじゃないか?」
食べカス、人か獣か何れにしても想像したくはない。


そしてゆっくりと敵は寄ってきており虚ろな眼でこちらを見つめている。


位置は完全にばれているらしい。


「数は二十程度か…結構集めたな、やるしかないか」
これだけ集まるのは早々ない事だ。


消耗するのは不本意だが囲まれている以上やるしかなかった。


ルシファーがリリスへ手を差し出す。だがリリスは別の事を提案した。


「ちょっとやってみたいんだけど良いかな?」


「いや、危なくないなら構わないけど…」


「多分平気だよ」
少し困惑するルシファー、だが彼女は自信満々である。取りあえず任せてみた。


「それじゃあ…」
リリスは集中し魔力を右手に集めた。そしてそのまま撃ち出した、ただし敵の居ない明後日の方向である。


「リリス?何をして・・・」
これには彼も少し驚いた、だが直ぐに別の意味で驚くことになった。


「あれ…奴らが、離れて行く?」
なんと敵の群れが離れて行ったのである。


「よし!大成功、今のうちに行こう」


「おっ…おう。そうだな」
戸惑いながらもルシファーは彼女と共に先を急いだ。


「振り切れたかな?」


「かもしれない。で、さっきのは一体何だったんだ?」
かなり距離を取る事が出来た二人、今から追って来てもそう簡単に追いつけないだろう。


気を取り直してルシファーが先程行った行為の質問をした。
「前からずっと考えていたのよ、魔獣と戦わないで済むように出来ないかなって。で、さっきやってみたの」


リリスはとても得意気である。
「それでね、さっきやったのは撒き餌みたいなものだよ。魔獣は魔力に反応するでしょ?だから高濃度の魔力を長く滞留させれば引き寄せられないかなってさ」


自信満々で語るリリスはとても可愛い。


彼女の発想力は流石であった。


彼等が使う対魔法の光輪も彼女考案の魔法である。


だがルシファーには一つ言わないと気が済まない事があった。
「…ぶっつけ本番だったのか」


「えっと、ごめんね」


「リリス…」
溜息交じりで彼は言った。


だがもし上手く行かなくてもその時は自分達で戦えば良いだけの事と彼は思い直した。


助け合うためのキングとクイーンであり夫婦なのだから。


「先を急ごう、もう日が出てる」


「そうだね」
再び彼等は歩みを進めた。










それから時は経ちその日の夕方、結局魔獣の群れに追いつかれる事は無く今日一日彼等は変わらず慎重に進んでいた。


しかしながら少し気がかりな事があった、トロメアの襲撃がぴたりと止んだのである。


「おかしいな…」


「うん…」
普通なら諦めたと喜ぶべきなのかもしれないが彼等は楽観主義者ではない、この状況を疑いすぎていて胃が少し痛くなっていた。


「焦らして夜襲でも狙ってるとか?」
大勢の犠牲者はその為の布石、だとしたら正直狂ってるとしか思えなかった。


「ありそうだな…いや、なんかやばい事を仕掛けるつもりで近寄らせてないとか」


「それもありそうだね…うーん、すごく気持ち悪い…」
げんなりした様子のリリス。少し休むべきかとルシファーは言い出そうとした。


「待て」


「ルシファー?」
ルシファーが指を指す、その先には大きな足跡があった。


「道変えようか」
察したリリスが言った。


「賛成だ」
彼等はコンパスと地図を取り出し道を確認し始めた。


この地図は緊急の備品に入っていた物でシトリーからエデンまでの道が詳細に書かれているものである。


何かあった時に落ち延びてエデンのオーディンを頼れるように、と考えて作られたものであった。


これと足跡等の痕跡を見逃さない訓練のおかげで魔獣との接敵を彼等は減らすことが出来ていたのだ。


「今はここだね」


「で、こっちなら大丈夫かな」


二人して位置を確認、詳細に書かれた地図のおかげで現在地が分かりやすかった。


恐らく完成までに数年は掛かっただろうこの地図を作ってくれた大人達に感謝しかない。


「よし、行こう」


「うん、もうすぐ日が落ちるし少し急ぎ足で行こう」


「だな」



そして日が暮れた。辺りは暗い、魔獣がより凶暴になる時間だ。


「今日はこの木で寝よう」


「やっと休めるね・・・」
丁度いい高さの木を見つけた彼等、思わず安堵の声が出てしまった。


戦わなかったとはいえ歩き回った上に四六時中警戒もしていた為疲れは凄く溜まっている。


今にも瞼が落ちそうである。


だが背後から何か、草むらから小枝を踏んだような音がしたのである。


二人は背後を警戒した。


「やばい…気付かなかった…」


「うそ…一体誰…」
静かに手を繋ぐ二人、態々気配を消して忍び寄ってきたという事は恐らく魔獣ではないだろう。徒党を組むまでは出来ても魔獣にそこまで器用なことは不可能である。


しかしそのような選択肢を取るという事は味方という事も恐らく無い。


「誰だ、出てこい」
ルシファーが呼び掛ける。


すると草むらからゆっくりと大柄の生き物が姿を現した。
(うわ…)


(まずいな…こいつか)


露骨に嫌な顔をした彼等、草むらから出てきたのはマンティコアであった。



マンティコア、人面に獅子の体躯、そして蛇の頭みたいな尾をした魔族である。


彼等が嫌悪を露わにしたのはマンティコアの性格にある。


この魔族はそうじて凶暴なのだ。はっきり言って魔獣だろうとあまり変わりがないと言っても良い。


なんなら洞窟などをねぐらにしている山賊や野盗などの方がまだ話せるレベルだろう。


おまけにこいつは体が一回り大きかったのだ。それだけ通常の個体より身体能力が優れているという事である、余計に厄介極まりない。



相手は真っ赤な眼でこちらを見つめている。涎を垂らし笑っているようにも見える。


見逃してくれればいいがこいつ相手では無理だろう、会話のしようが無い。


「リリス」


「うん、一気にやろう」


相手が唸り声を上げて大きな体躯で飛び掛かってきた、ルシファーとリリスは力を使い飛び退いた。


距離を取ったルシファー・リリス、マンティコアは攻撃を外し不満そうな唸り声でこちらを見て来る。爪を見せ付けるような仕草をしている。


「餌の癖に動くな。ってか?」
剣を構えるルシファー・リリス、息を吸い込み目の前の相手に意識を集中する。


先に動いたのは相手、口から火球を吐いてきた。


左右に回避し相手に向かって飛んでいくルシファー・リリス、直撃すれば間違いなく消し炭だが残念ながら掠りもしない。


(これで!)
飛んだ勢いをそのままに相手目がけて横殴りの一撃を叩き込む彼等。


だが相手も木偶ではない、彼等の一撃は空を斬るに終わりすかさず反撃を繰り出してきた。


体躯を生かしたタックルを行ってきたのである。


火球をブラフに接近を誘いタックルで獲物を痛めつける、マンティコアは獰猛だが馬鹿ではないのだ。


だがこの程度の事は戦いにおいては基本中の基本、リリスが予測するまでもなかった。


彼等は左手に魔力を溜めこんでいたのだ。


(これで…)


(くたばれ)
殺意を込めて魔力を解放、黒い塊がマンティコアの体を削り取った。


内臓をごっそり削り取られて力無く崩れ落ちる哀れな捕食者、その獰猛な性格故に相手を選ばなかったのが彼の不幸と言える。


馬鹿ではないが知恵なら彼等の足元にも及ばなかった。


「勝ったか…」
息を整えながら嘯くルシファー・リリス。


ただでさえ疲れているのに余計に疲れさせられた彼等、直ぐに勝つことは出来たが戦いというだけで気は抜けない、


相応に疲労はする。


だが厄介なのはここからだ。


(さて…周りの様子は?)


(ばれてるみたい…)


(だよな…)
思わず力無く項垂れるルシファー・リリス。


魔獣は魔力に引き寄せられる、悪魔族が力を使えばここに居ると知らせるようなもの。


更に今は夜、魔獣が活発な時なのが尚更最悪であった。


せっかく慎重に動いていたのに全て台無しである。


彼等は疲れた体に鞭打ってでも移動するしかなかった。
「くっそ…」


能力を解除しその場を立ち去るルシファーとリリス。


「行こう、まだ距離はあるから今から逃げれば何とかなるかも」


補足されれば終わりだ、朝が来るまで魔獣の群れと戦わなければならないだろう。


「分かった、行こう」
力を解除した彼等は直ぐにでも場を経った。



日が落ち月も出てないような夜、彼等は駆け続けた。このような身の休まらない日が後どれだけ続くのか、もしかしたら一生このままなのかと頭のどこかに思いながらも彼等は森を進み続けたのだった。
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