比翼の悪魔

チャボ8

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二人の戦争・怨

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もう何も分からなくなっていた、自分が何だったのか、自分達が何をしてしまったのか。


此処には仲間達を守る為に知恵を絞り時には敵対者を排除していた頼もしい賢人はもう居ない、居るのは哀れな操り人形のみである。




オロバス達だったものが彼等目掛けて突き進む、常人ではその姿を視界に捕らえる事すら出来ず只の黒い風にしか見えない程の速度だった。


この操り人形の目的は一つ、目の前の命を刈り取る事だけである。




(来てる、なんて速さなの・・・)


(ああ、離れていたのかさっきは分かりにくかったが今では俺も感じるよ・・・)


悔しげに唇を噛むルシファー、先程反応が遅れたせいでフルカス達が致命傷を負った事を思い出していた。


(くそ・・・)


(ルシファー・・・信じよう、あの人達はきっと生きてる。それに何が起きているのかが分かっただけでも大収穫だよ)


(ああ、そうだな・・・ありがとう)


後ろに行きかけた考えを前に向かわせようとするルシファー。


彼女の言う通り内情を知るという収穫はあり無駄では無かった、とでも言い聞かせなければ気が狂いそうだった。


邪魔が入らなければ協力者を得て一気に当初の軌道に事態を修正する事が出来たかもしれないのだ。


リリスもこの気持ちは察していた、二人は口に出さなかったが裏切り者への怒りを彼等は更に強くしていた。





(どう攻めようか)


リリスが相手の位置を逐一確認している、敵の脅威は増したかもしれないが先程までと違い相手が減った為に多少は戦いやすくなっていた。


(接敵まで何秒掛かる?)


(あっ!うん、確かに相手は速いけど全然間に合うよ)


リリスは察した、ルシファーは近づかれる前に消し飛ばすつもりである。




(よし、叩き込むぞ)


(任せて、今度は思いっ切り行くから)


心なしか彼女の勢いが強い気がした、それは気のせいでは無かった。


先程の戦い、ルシファーが苦しんでいたのを見ているしか出来なかった自分が不甲斐ないとリリスは感じていたのである。


彼等は地を踏みしめ魔力を両手に集中、圧縮し始める。






黒炎、彼等最大の魔法。


発射までに十秒近く掛かり地に足を付いて狙わなければまともに飛ばす事すら出来ないと不便極まりない。


だが撃てば山一つは容易に消し去ってしまう破壊力、彼我の距離がある今こそ使うべき時だと彼等は間違いなく確信していた。




そして今の彼等は集中しきっている、心を落ち着かせる為の詠唱は必要が無い。


ほんの十秒程度、だが永遠とも言える緊張感がのし掛かる中静かに時を待つ。



(長い銃なら銃身が邪魔をし森林地帯で動きながら撃つのは難しい、それに速度を出しながらの正確な射撃も不可能だ。落ち着け、落ち着け・・・)


そもそも銃は当てるのが難しい、その為に基本的には止まって撃つものである。


それなのに相手は距離のアドバンテージを捨て此方に向かってきた、止まる気配も一切無い、完全に接近戦を仕掛けに来ている。


何を考えているのか分からない、もしかしたら何も考えてないかもしれないが。



(大丈夫、相手はまだ一直線、後二秒)


リリスがルシファーに言い聞かせる。


彼女も神経を張り詰めさせていた、相手が本当にソロモンに取り憑かれたなら何をしてくるか分からない、ここで決着を付けたかった。


(一秒)


リリスの警告、目を見開き前を向く、撃てば眼前に立ちはだかるものは文字通り全て消え去る。


(終わらせる・・・終わってくれ・・・)


ここまで回避行動無し、最早直撃は決まったようなものだった、だが彼等は一切の安心を抱けなかった。




(0、圧縮完了。対象進路そのまま、撃てるよ)


リリスが静かに告げる。


「消えろ」


短く静かに言うルシファー・リリス。


一瞬の静寂の後、轟音と共に彼等の両手から黒い炎が解き放たれ眼前の全てを飲み込んだ。




(んぐっ・・・)


歯を食い縛りながら全ての意識を集中、力を込めるルシファー・リリス、少しでも手振れを起こせば瞬く間に制御不可能になり攻撃は明後日の方向へ持って行かれてしまうだろう。


撃ち出している魔力が多すぎる為に一瞬でも気が抜けない、そして魔力が暴発すれば彼等も助からない。


この攻撃はルシファー・リリスにとっても命懸けなのである。





(相手は間違いなく飲み込まれた。堪えて、大丈夫、絶対勝てるよ)




リリスが相手の様子を確認し伝える、気配が消えていないため相手はまだ生きている。


恐らくバリアでも使ったのだろう、ならば此処からは我慢比べである。




(ああ、当たり・・・前だ・・・)




リリスの鼓舞にルシファーが答える、このチャンスを逃すわけには行かないのだ。




行ける、勝てると彼等は自分達を励まし対象が完全に消えるまで魔力の奔流を浴びせ続ける。




だが彼等は甘さを痛感させられた。




(え・・・)


(嘘だろ・・・)




驚きを隠せない二人、敵が動き出したのだ。




間違いなく彼等最強の攻撃が当たっている、なのに敵の移動スピードが再び上がってきた。




戦慄を隠せない、まさに信じられない光景だった。




バリアで防いだとしても進むなど普通ならば無理な話である。




この攻撃を受けながら進むなど雪山の雪崩へ真っ正面から突っ込むようなものだ。




(そんな・・・一体何なの・・・)


(くそ・・・これで駄目なのか・・・)




悪寒が近付いてくる、死が迫ってきているのが分かる。




彼等の心拍数がどんどん上がっていく。




(こんなこと・・・って嘘、もう直ぐ接敵される・・・)




(ちっ、化物かよ・・・)




改めて彼等は痛感した、こんな化け物が何時襲い掛かってくるか分からない、おまけに倒しても倒してもまた現れるトロメアの人々がどんな状況だったのかを。




(来るよ!)




化け物が来る、怨讐に取り憑かれた化け物が。


彼等は黒炎を撃ち続けながらも気を引き締めた。







「来やがった」


何かが魔力の奔流から飛翔した、宙高く飛び上がり彼等目掛けて落下してきた。




(リリス!)


直ぐさま攻撃を打ち切り離脱する彼等、的確に魔力を制御してくれなければ攻撃を中止するのも難しい為にやはりこの魔法は使うのが難しいと思い知らされる。









距離を取ったルシファー・リリス、相手の姿をようやく視界に捉えられた。


(此奴が・・・)


相手の容姿はあまりにも痛々しいものと成り果てていた。


元々どう言う表情をしていたのか分からないレベルで顔からは生気を感じられず身体の彼方此方には酷い火傷、左手に至っては完全に動かなくなっているようだった。


恐らく彼等の黒炎を浴びながら吶喊したからだろう、常人ならば立っている事すら不可能なダメージを相手は負っていた。




(間違いない、取り憑かれてるよ・・・)


(ああ、だろうな)


完全に目論見が外れた彼等、だが落胆する暇は無い。


此処で倒さなくてはこの先には進めないのだ。






相手を眼前に捉え剣を握り締めるルシファー・リリス、敵は光無き眼で此方を見つめてくる。




深淵にも思える瞳の暗さ、そして単騎にも関わらず凄まじい怨念が彼等を威圧する。




(行くぞ!)


(ええ!)


再びソロモンとの戦いが始まった。












睨み合う両者、ルシファー・リリスは慎重に呼吸を整え相手の出方を伺う。


(敵の能力はケンタウロス、あの速さも納得だな・・・)


(でもあの武器は何だろう)


リリスが訝しむ、相手は唯一動く右手で棒を持っていたのである。


長さは短めの槍と同等、だが先端に刃物は付いていなかった。


(・・・さっき撃ってきてた奴と同じなんだよな・・・まさか)


(来た!)


ルシファーが分析し始めた瞬間相手が向かってきた、土煙を巻き上げながら此方を轢き殺す勢いである。


(うわ来た!)


(くそ、また急に動きやがって)


悪態をつくが相手は待たない、此方へ駆けながら勢いを付けて棒で殴り掛かってきた。




地面に擦り火花を巻き起こして掬い上げるような一撃、相手の動作が速く動作が遅れたが紙一重で飛び立って回避する彼等。




(危なかったな・・・)


(間一髪だったね)



冷や汗をかく彼等、何にしても空中ならば簡単に相手も手出しできないと一端安堵した。


ケンタウロスは脚の速さならば一級品だが空まで手出しは出来ない。




攻撃が空振りに終わった相手は光の無い眼で此方を見上げてきている。


どこか吸い込まれそうな眼に不快感を覚える彼等、やはり安心は出来ない。




(・・・有利なのは此方だ、このまま倒れるまで弾浴びせるぞ)


(そうだよね・・・そうだね・・・賛成)


まるで言い聞かせるように有利なのは此方だと彼等は口にする。


その姿は不安を隠そうとしているようにも見えた。




彼等が想像しているよりもずっとソロモンという存在の恐怖は彼等に染みついていたのである。



(落ち着いて、落ち着いて・・・)


(ああ、大丈夫だ。大丈夫・・・)


剣を収め魔力を両手に溜め込んでいく。




上空は抑えている、相手は攻撃しようにも避けるにも上を向く動作を一つ挟まなければならないと言う意味でも此方が有利なのは変わりない。


仮に此方が居る高度までジャンプしようにも周囲には足場も無く簡単には辿り着けない。


有利は揺るがないはずだった。




相手は変わらず此方を見上げている。




(よし、行けるよ)


(ああ、今度こそ終わらせる)


発射準備が完了した、撃ち出すのは魔力の散弾、盗賊達の集団を一網打尽にした魔法である。


上空から撃って拡散、辺り一面をまとめて攻撃し逃がさない算段であった。




(これで・・・)


「終わりだ!」


ルシファー・リリスの声と共に魔力の弾丸が大量に放たれる、それは目標目掛けて飛翔し空中で分散、無数の死の雨となりソロモン目掛けて降り注いだ。




「くっ」




しかし決まり手にはならなかった、苦虫を噛み潰したような表情をするルシファー・リリス。


相手は弾丸が分散した瞬間に再び走り出し攻撃範囲を離脱していた。




流石はケンタウロスの能力と言うべきだろう。


走るのに最適な身体構造の馬に近い肉体、それに魔力での爆発的加速まで組み合わせたのだ。


本気で逃げに徹されると追い付くのは不可能かもしれなかった。




事実現在進行形で距離を離されている、このままでは本当に追い付けなくなってしまう。





(ちっ・・・追うぞ)


リリスも頷こうとした、だが駆けながらの相手の動作から何かを感じ取った。


(うん・・・ん?)


彼女は嫌な予感がした。


(リリス?)


(避けて!)




警告が出た瞬間身体を動かしたのが彼等の幸運だったと言える、ルシファー・リリスの頬には赤い線が走っており血が伝ってきた。


「まじかよ・・・」


彼等はそれしか言葉が出なかった、持っていた棒はやはり銃、それも高速移動しながら此方へ当てに来ていた。





銃は身体を安定させて狙いを付けて撃つ、と言うのが彼等の常識だった。


安定させる為には寝そべる、または身体を動かさないで保持するのが当然である。


おまけに銃身が長い、扱いにくいに筈だった。


だが相手はそれをしなかった。







(またしくじった・・・っ)


唇を噛むルシファー。


ケンタウロスは力自慢の種族でもあった、得物は馬上で使う事前提な大きい物を軽々と扱う者が多かった。


遠目では分からなかったがその腕力を銃の保持に利用し安定させたのだろう。


(何より相手はルーラー、それくらいの事はしてくるって何で考えつかなかったんだ・・・)




ルーラー、キングがクイーンと一体化し能力を発動している姿を言う。


だがその力を自在に扱えるようになるまでには血の滲むような努力がある、おまけに相手は百年前の戦争を生き抜いた猛者なのである。


強くて当たり前なのだ。


己の考えの浅さを彼は深く恥じた。



(ルシファー!)


「っ!」


再び弾丸を避けるルシファー・リリス。


「・・・今度こそ追うぞ」


負けていられない、必死に己を奮い立たせ彼は彼女に呼び掛けた。




相手は大空を飛ぶかの如く軽やかに森林を駆けていた、その後を木々を避けながら飛んで追いかける彼等。


次弾を撃たれる前に少しでも距離を詰める、彼等は全力で相手に食らい付いていた。


その最中、敵に意識を割き魔力の制御をしながらも彼女は先程出来なかった事をやっていた。




(ルシファー)


(何だよ…)


ばつが悪そうに返答するルシファー。


(後でチューしよう、だから元気出して?)


(おい…)


(ルシファー)


彼女の言いたい事を察した彼は言い返せなかった。


(何度でも言うね、夫婦は助け合い。でしょ?貴方はいっぱい考えて、私は貴方が見れない所見て教える、今回のは次に生かそう。だって知らなかったんだもん、貴方なら絶対出来るよ)


(ああ、悪い…また…)


(ありがとうにしようか。気持ち切り替えなきゃ)


(あっ・・・ああ、ありがとう!)


(よし、良い返事!)


リリスは嬉しそうに返した。


愛するキングが全力を出せるように心のケアもクイーンの仕事、彼女はそのように考えていた。


彼は考えすぎる為に背負い過ぎる、その荷物を少しでも下ろして力になりたい、少しでも笑っていて欲しい。


彼女はその事に生き甲斐を感じている、今回はしっかりそれを行えた事に喜びを感じていた。







だが今は戦闘中だ。


(来たよ!)


またしてもいきなり撃たれた彼等、会話をしながらも警戒を怠らないリリスのお陰でまた避ける事が出来た。


(えっと、ルシファー)


(ああ、分かってる。どうするかだよな・・・)


(ごめんね、まだ考えてた?)


邪魔してしまったかと申し訳なさそうな様子のリリス、だが彼は気にした様子は無かった。


(いや、良い。むしろ気が紛れた。リリス、周囲の様子は?)


(うん、待ってね)


今まで戦っていて確実な事、相手の銃の撃ち出す弾丸は一発ごとに込めなくていけないという事。


先程一発撃ったから僅か数秒間だが相手は次弾を撃つ事は出来ないのだ、その間にルシファーは周囲の状況確認、魔獣が寄ってきていないかの確認を頼んでいた。


(・・・うーん)


(どうだ?)


(まだ居ないみたい)


(そうか・・・)


リリスは再び相手に意識を集中し警戒し始める。


(前から気になっていたんだけど、トロメアのルーラーは魔獣を近寄らせない何かを持っているのかな)


(だろうな。ウェパル達、アイム達、フルカス達、あれだけ派手に暴れ回ったのに連中がいる間は全く寄ってくる気配が無かった)


そんな便利なものがあるなら全員が使えば良い筈だが使わないのをみると恐らくは高価か生産が難しいのだろう。


(どうやらソロモンが乗っ取っていても有効らしい。何にしてもこれで勝負を急ぐ必要が無いと言うのが分かった)


急いては事をし損じる、少なくとも現状において焦らなくて良いのは有り難い情報だった。


ルシファーは更に考え込みリリスに聞いた。


(なあ、一つ聞きたい)


(どうしたの?)


(相手が後何発弾を持っているか分からないか?)


リリスは彼の質問に考え込んだ、銃である以上弾が無くなれば只の筒、頑丈ではあるが戦いようはあると言う事だ。


そして少し考え正直に答えた。


(ごめん、分からない・・・弾を取り出している所は分かるんだけど他に隠し持っている可能性もあるからね・・・)


申し訳なさそうに言うリリス。


相手の弾をしまっている場所、所謂銃弾ホルダーを触る手の動き、弾を装填する時の動作から推理できないかと言う事は彼女も察した。


だが彼女としては不確定な情報は危険だと判断した。


(今触っている場所だけでも良い)


彼は譲らない、リリスは根負けした。


(多分だけど・・・あと二発くらいだよ。数えている暇が無かったけどさっきも結構使っていたからあまり残っていないはず)


(もう装填はしていたか?)


(うん、間違いないよ)


(分かった、ありがとな)


(良いって、でも・・・)


(分かっている、もう間違えないさ)


彼は眼光鋭く確かな決意を含ませて言った。




(ルシファー)


(・・・何だよ)


(力入りすぎ、私も居るんだから)


(だな・・・ありがとう)


彼は優しく微笑んだ。
















(提案なんだけど・・・攻めちゃわない?)


リリスが切り出した。


先程の会話から五分程経過していた、ソロモンは全く撃つ気配が無かった。


(まあ追い付けなくは無いか、でもこれ以上速度を出すのはな・・・)


(うーん・・・たしかに・・・)


ルシファーは渋い様子、リリスも分からなくは無かった。




今の彼等は木々が生い茂る森林地帯を飛んでいる。


ソロモンはそんな所を衝突する気配無く跳ね回るかのように疾走している。


彼等も全力で飛び追いかけているが時折木に衝突しそうになっていた、これ以上速くしたらどうなるか分からない。


そして懸念はもう一つある。




(それにしても何処に行こうとしてるんだろう・・・すっかりエデンと逆の方向だし・・・)


(ああ、困った話だ・・・)


彼等は頭を抱えたかった、せっかく時間を掛けてきた事を無にするような行いをされているのだ。


(まさか、分かっててやってるのかな・・・)


不安そうに彼女が言う、彼も少し間を置き思っていた事を口にし始めた。


(無いと言いきれないな・・・普通は悪霊に知能なんて無い、未練のまま災いを振りまくだけだがあいつは・・・ソロモンは違う)


一般的に悪霊とは未練に縛られて死後の世界である冥界に行けなかったものが災厄を撒き散らすもの、知性も何も無く無差別に他者を襲う。


だがソロモン、あれは明確に襲う相手を分かっている節がある。


ルシファーは更に続けた。


(銃だってそうだ。相手のあれは恐らく一品物、使い方を知らないはずなのに俺達を撃った。あと偶然かもしれないが俺達が手を組むのを潰そうとしているようにも見えた、これって知性が無いと出来ない事じゃないか?)


(そんな・・・)


リリスは戦慄した様子だ、無理もないだろう。


(・・・取り憑いた相手の記憶を読んでいる可能性もあるが・・・どちらにしても最悪だ。知性があると言う事は戦えば戦う程に学んで強くなる、一番最悪なのは根絶の方法が分からないのがいきなり襲い掛かってくる事だが・・・)


今も彼等を逃がすまいとする為の行動をわざとしている、此処で負けても安全圏まで逃げられる時間を延ばし何時かトドメを刺す為にと考えられてしまう。


仮定に過ぎないが背筋が寒くなる話だった、知れば知る程こんなものを一刻も早く消滅させなければと思わせてくる。




(リリス、やろう。腹を括るよ)


少し考え込み彼が言った、リリスも頷く。


(賛成。勝っても根絶は出来ないけど。今はとにかく倒そう)


彼女も覚悟を決めた。


相手は確かに恐ろしい、痛みを恐れない敵など最悪の相手としか言いようがない。


だが二人なら出来る、そう信じ前を見据える。


(よし、作戦はこうだ)







(ちょっときついが頼むな)


(これくらいなんてこと無いよ。じゃあ、やろうか!)


(ああ!)








相手の様子は不気味なまでに変わらない、尚も走っているままだ。


(これで勝つ・・・覚悟しなよ)


(よし、そのいきだ)


一瞬の間、その後に彼等は一気に加速した。






更に加速したせいで視界が狭まる、肉体保護の薄いバリアは貼っているが木に激突すれば何の防御にもならない。




だが彼等が激突する事は無い。


加速前の一瞬でルシファーが視界内の障害物を完全に把握したからである。




木を避け肉薄する彼等、ルシファーも頭の血管が切れるのではないかというレベルで集中し肉体の舵を取る。




ぶつかるかもしれないという雑念を一切捨て去り目標に突き進む、兎にも角にも前へ前へ。




(倒す、絶対に倒す!)


(勝つ、絶対に生き残る!)


瞬きまばたき一つせず血が出そうな程力を込め剣を握るルシファー・リリス。




此処で躊躇えば彼等は勝ちが遠のくだけで無く明るい未来からも遠ざかる感じがしていた。


こうなった彼等を止められる者は居ないだろう。












(ルシファー!)


あと一瞬、リリスが叫ぶ。


彼の思考は透き通っていた。


そして勝利未来に届いた。


亡霊等に邪魔はさせない、誰であろうと邪魔はさせない。





「もらったあー!!!」


力の限り叫ぶルシファー・リリス、相手は疾走しながら振り向き銃口を向けようとした。




遅かった。




彼等は銃身を向けるより先に先回りしていた。




哀れな亡霊、速度を出しすぎた為に回避は間に合わない。







彼等の一撃が疾走する相手の胴体に打ち込まれた。






だが相手の胴体を両断は出来なかった。


先回りして打ち込まれた一撃、速度が乗っていた必殺の一撃だった筈だがまたしても相手は肉体を硬質化させ彼等の斬撃を防いでいたのである。




それどころか勢いは全く止まらない。


拮抗する両者、止まらないソロモンに全力で彼等は抗う。


相手は彼等を視界に捉え手に持った銃で殴打しようとした。





しかし彼等はほくそ笑んだ。


「残念だったな、読んでたよ。リリス!」


彼はクイーンの名を叫ぶ。


リリスは遠慮をしなかった、使える限りほぼ全ての魔力を身体強化に使った。




相手は痛みを恐れない、死ぬ程の激痛を伴う肉体を硬質化という行いを相手は躊躇わないのは分かっていた。




ならば斬らない、彼等の一撃は両断目的では無かったのである。




(ルシファー!)


相手に剣がめり込む、だがどうせ斬れない、分かっている。




そして彼等は全身全霊の力を込めた。




(ぐっ・・・)




相手は鉛か何かと間違う堅さと重さだ、しかし彼等は歯を食い縛る。


(絶対に・・・)


リリスが全力で魔力を込める。


「倒す!」


ルシファーが吠える、更に力を込めた。


確かに相手の勢いは恐ろしい。


だが所詮は亡霊、過去に縛られた者。


彼等の生きようとする意志には勝てなかった。






そのまま全力で勢いのまま剣を振りきる彼等、猛進していた相手は宙を舞い轟音と共に木を薙ぎ倒し吹き飛ばされていく。




土煙が舞い辺りを包む。




「止めた・・・」


肩で息をするルシファー・リリス。




全速力で駆ける相手の前に立ちはだかり押し返す、押し切られて殺される危険性はあったがこれでも彼等が考えた中ではまだ勝てる可能性が高い物だった。


他に考えた手段としては魔法を使っての遠距離戦闘、だがこれは直ぐに却下した。


この方法の場合彼等は相手を追い掛ける、相手を見失わない、木などの障害物をすり抜けて攻撃を当てる等の障害を越えなければならない。


動いている相手に攻撃を当てるのは難しい、おまけに見失わないように追い掛け続けないといけないまで重なればかなりの難易度になる。


ならばと彼は撃たれるより速く先回りと言う方法を考えた。


先程も言ったように危険はあるが相手の土俵に乗らないで短期決戦を仕掛けるならこれが最適と思ったからだ。




(結構危なかったね・・・って、やっぱりまだ生きてるよ。行けるよね?)


魔力はあっても肉体が耐えられるかどうかは正直賭けだった、リリスは心底安堵する。


(ああ、心配ない。此処で終わらせる)






土煙の中ゆっくりと相手が起き上がり姿を現した、彼等を底無し沼の如く虚無の瞳で見つめている。


二人は相手の出方を警戒する。


(・・・来た)


(・・・なあ気のせいなのか?さっきまでの勢いが感じられないぞ)


だが対峙していて相手の様子が先程までと違うように感じていた。




確かに相手は起き上がってきた、だが何処となく相手の身体がふらついているようにも見える。


得物の銃は握っている、彼等の方にも四つの脚でゆっくり歩いてきていた。


しかしながら瀕死の病人が身体を起こし歩みを進めているかの如き弱さを感じられる。




(もしかして此処までのダメージが溜まってたのかな)


(痛みは身体の危険信号、それを感じないのを良い事に強引に戦いすぎたか。見逃す手は無いな)


(だね、やろう)


残念だが彼等に手を抜く理由は無い。


弱みを見せたなら遠慮無く突き崩すのみ、これは友との戯れでも何でも無く命の取り合い、生存競争なのだ。



両者が睨み合う、緊張で押し潰されそうになるが必死に彼等は自分を落ち着かせる。


ここで仕損じでは全て無駄になるのだ。


(よし、周囲の反応は?)


(大丈夫、まだ何もないよ)


(分かった・・・行くぞ!)


深呼吸をするルシファー・リリス。






先に動いたのは彼等だった、左手から魔力弾を連射していく。


「先手必勝だ」


彼等はソロモンと戦っていて気付いた事がまだあった、相手に主導権を握らせては行けない。


自分から攻め立て場を支配しなければならない、ペースを握らせる暇を与えてはならないのだ。




だが相手も負けていなかった、魔力弾をバリアで防ぐ事もせず致命傷に繋がるものだけを回避しながら突っ込んできたのだ。


恐怖が無いからこそ出来る事だろう、やはり狂ってるとしか彼等は思えなかった。


(来る!)




警告が来た、被弾をほぼ恐れない相手の突撃であっと言う間に彼等は距離を詰められてしまった。




彼等も構える。




そして駆け寄った勢いのままに相手は得物を突き出してきた、先端は尖っていないが勢いを乗せた攻撃をまともに食らえば骨程度なら簡単に砕けるだろう。


更に相手の武器は銃だ、先端=銃口、突きつけられるのは死を意味する。


回避に迷う暇は無かった。




(間に合え・・・)


突き出される中彼等は祈る、そして轟音が耳元に響く。


やはり狙い通り相手は撃ってきた、が間一髪彼等は横に飛び退く事が出来た。




予想していなかったら恐らく弾丸より速く動くなど無理だっただろう、分かりきっている物にリリスの労力を割く事を彼が避けた為の判断だった。




何はともあれ残りの弾丸は1発、装填の暇を与えるつもりは無かった。




だが相手の攻撃も終わっていなかった、今度は横へ飛び退いた彼等目掛けて首を刈り取る勢いで得物を横に薙いだのである。


避けざる終えない攻撃を行いそこを本命で刈り取る、いくら弱っているとは言え直撃すれば彼等が動けなくなる程のダメージを貰ってしまうのは明らかだった。




明確な殺意を込めた一撃、相手の感情は相変わらず分からないがこの一撃で決めるという殺意だけはしっかり感じる事が出来てしまった。


常人ならこの時点で竦んでしまうだろう。




だが彼等は違った。




「残念だったな」


これも読んでいたのだ、彼等は全力で相手の顔面を踏み付けた。




その勢いで彼等は上空に飛翔、ソロモンは踏み付けられた衝撃で一瞬だが動けなくなっていた。




それを逃しはしなかった。



(今度こそ!)


「もらった!」


飛翔の瞬間彼等は左手に魔力を込めていた。


だが撃つ為では無かった。




彼等は落下の勢いのまま魔力を込めた拳を全力で相手に叩き付けたのだ。


直撃した相手は更によろける、そして追加で畳み掛けた。


「もう一発!」


剣ではまた防がれる、だが硬化されても衝撃は防げない。


内蔵を痛めつける為の打撃を彼等は叩き込む。


右手にも魔力を集中、それにより手甲のようなものを作りだし全力で殴打し続ける。






その場で考えついたもの、魔力の刃の応用みたいな物だった。


だが効果は絶大、得物すら落とし彼等の勢いに相手は反撃も出来ず声にならない呻き声を上げていく。




(ルシファー!)


「これで、終わりだ!」


数発の鉄拳を叩き込んだ後、締めの一撃。


注ぎ込める限り全力の魔力を込め相手の腹部に必殺の一撃を叩き込んだ。




またしても宙を舞うソロモン、地面に叩きつけられ吐血し痙攣し始めた。




「勝った・・・」


(まだよ、まだ反応は消えてないわ。しぶといわね・・・)


(だな・・・でもこれで)


彼等は両手を相手に向けた。


後は頭部を破壊すれば此方の勝ちだった。






(避けて!)




突如としたリリスの警告。




相手は弾丸を握っていた、だが銃は落としてしまっている。




それでも警告が来たのは確かに嫌な予感を感じたからだろう。




次の瞬間ほんの一瞬だが相手の手に火花が走ったのを彼等は見た。




それと同時に動いていたのが幸を奏したと言える、彼等の頬にまたしても赤い線が走っていたのだ。




(何なの・・・)


(気持ちは分かるだが・・・今やる事は一つだ)



そして魔力弾の斉射によりソロモン、気高かったルーラーは蜂の巣となり今度こそ確実に死亡した。














「勝った・・・けど」


「弾丸を魔力で刺激して撃ち込む、とんでもない悪あがきだ。危なかったな・・・」


遺体を見ながら彼等が呟く、勝ったはずなのに釈然としない気持ちだった。




「怖いわ・・・なんていう執念なの・・・」


リリスは戦慄を隠せなかった、もし一瞬でも油断していたら彼等の脳髄は撃ち抜かれて終わっていたのだから。


「これで終わったとは思えない。トロメアだけでなくあれも気にしないと行けないって事か・・・」


溜息を隠せないルシファー、気にしても仕方ないとは言えあんな恐ろしい物が不定期で襲ってくるなど気が滅入る。


暫く彼等は考え込んだ。




「・・・少しこのままで」


「ああ分かった」


リリスはルシファーに抱擁を求め彼は快く受け入れた。


「集まってくるだろうからあまり長くは駄目だぞ」


「うん・・・」


リリスの背中を優しくルシファーは撫でた。




「怖かったね・・・」


「だな、本当に危なかった。でもありがとうな」


「うん、此方こそ」


「・・・」


「・・・」



「もしもさ・・・私が・・・取り憑かれたら・・・」


「ああ、遠慮はしない、それで直ぐに後を追うよ。俺の時も頼むな、まあもしもの話だけど」


「そうね・・・もしもの話・・・だもんね」


「そうだよ、もしもの話だ。所詮は仮定の話ってことさ」


「・・・ありがとう、じゃあ行こうか」


「ああ!」









一緒に居られる事がお互いの生きている原動力である彼等に今回の相手が見せた光景は恐怖でしか無かったと言える。


もしかしたら未来の自分達なのかもしれないのだ、だが彼等は進むしかない。


泣いていても誰も助けてはくれない、足を止めたら今度こそ本当に最期なのだから。
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