あなたと私のサイコパス(元 潮の香り)

団子(仮)

文字の大きさ
3 / 27

きっかけ

しおりを挟む
 やんわりとクーラーの効いた店内には、まばらではあったが昼飯を食べている客がぽつぽつと見受けられた。客の入りはそれなりにあるようだが、釣り人が主な客だからだろうか。何となく閑散としていて漂う空気は静かだった。
 唯一の活気は子連れがいることだろう。

 稀と優花はとりあえず窓際の席に腰を下ろした。
 田舎にあるショッピングモールのフードコートといったところか。レジ上に目立つよう飾られている電飾看板には、定番中の定番、粉物から丼物それにデザートにアイスクリームまであり申し分ない充実したメニューが並んでいた。

「どれ食べよっかな…――ああ、たこ焼きがある。食べたいけど、でもたこ焼きじゃちょっと物足りない…う~ん」

 稀が美味しそうなたこ焼きの写真を見て唸る。それを聞いた優花はにこりと笑った。

「私はしらす丼にするけど、刺身の盛り合わせ頼むから一緒に食べない?」
「ええ、いのの?」
「稀も知ってるでしょ、私食べるのは嫌いってわけじゃないけど量は――」
「そっか、食べられないんだった。そうだった」
「子どもの頃と比べたら食べられるようになったんだけどね」

 稀は優花の提案をありがたく受け取ることにした。



 ***



「はあ、たこ焼きも刺身も美味しかった」
「うん、私もうお腹いっぱい」

 時刻はそろそろ午後二時になるところだ。なんだかんだとのんびりしていたせいか思った以上に長居してしまったらしい。

「途中でどっかに寄るのも良いけど、早いとこ帰って魚の下ごしらえしないといけないし」

 稀の提案に優花も頷いた。

 二人は食器を返却口に戻すと、駐車場に向かう。空は快晴で海は太陽の光を反射しきらきらと輝いている。しつこかった稀の嫌いな梅雨も流石に終わったようだ。
 そうして気分良く車に乗り込もうとしたところではたと気付いた。

「?…どうしたの?」
「あー、ごめん、ちょっと待ってて。まだ完全に手の臭いが取れてなくて。ハンドルが臭くなるのは困るからもう一回洗ってくる」

「車の中もちょっと暑くなってるし、換気してる間に」と稀が断ると、優花は「まだ臭ってるんだ。私も落とすのに苦労したけど」と笑いながら了承した。

 良い香りのするたこ焼きやジンジャーエールを口にしたので一旦はリフレッシュ出来ていたが、石鹸程度ではなかなか落ちないこのにおいと車の中で一時間も二時間も付き合える自信は稀になかった。
 嗅げるならまだしも助手席には友人が乗るのだ。嗅ぎたいのに嗅げないという状況は稀を悶々とさせ着実に追い込んでいくだろう。
 大体だ、嗅ぐのに夢中になって運転が疎かになったらどうする。そもそも、においが付いたままの手で車を運転するという選択肢なんてあってはならないのだ。

「………」

 それにハンドルが臭くなって困るのは―――紛れもない事実だ。



 ***



 ここから一番近いのは釣っている最中に一度利用した、防波堤近くにある人気のないトイレだった。

「すぅ……ふぅ~」

 ……はあー、堪んない。ずっと嗅いでいたら中毒になりそうだけど、この癖になるにおいが分からない人が多数派なんてなあ。

 手を洗う前にあともうちょっとだけ、ということで稀はまだまだ手にこびりついているにおいを嗅ぎながらトイレに向かっていた。浅ましいというか意地汚いというか、その自覚はあったしそんな自分に嫌悪感を抱いたりもするが、このにおいを楽しんでいる時点でどれだけ意地汚くしようが悪趣味なのは間違いない。
 他人ならまだしも今更自分に対して取り繕ったところで何の意味もないのだ。だったら今のうちに出来るだけ楽しんでおくに限る。


「すう――っう……ふ…ぅ?」

 …ん?なんか…変だ―――ちょっと…

 惜しむようににおいを堪能しながら建物の近くに来た時だった。においにてられて頭がぼんやりとしていたのは分かっていたが、ここにきて歩くのが面倒になるほど嗅ぐことに没頭している自分に気が付く。

「ふぅふう…」

 これ以上嗅ぎ続けるのは…よくないかも。なんか、息が荒くなってきた…

 昔に嗅いだ時はここまでにはならなかった。

 そういえば、さっき防波堤で嗅いだ時も反応が酷かったような。昔はちょっと癖になる匂い程度にしか感じなかったはずで、ここまでの中毒性はなかった。

 稀はもう目前に迫ったトイレには入らず、手前にあった木製のベンチにふらふらと吸い込まれるように歩いて行った。
 稀自身も分かっていない一線を越えてしまう前にやめなければと頭の片隅で分かってはいても、どうしようもなく嗅いでいたいのだ。

「はあ、はあ」

 駄目だ、自制しないと…早く抜け出さないと……でも、止まらない。

 息が荒いことを丁度口元を覆っている手で誤魔化して、気付けば辿り着いていたベンチ。
 脚が筋肉痛になって動作が鈍くなった人間のようにゆっくりと、と思えば投げやりともいえる雑な動きでどさりと腰掛けた稀は、体を捻って道側から顔を背けるよう後ろの草木に目をやった。

「はあっ…」

 …ベンチがあって良かった。立っているのは億劫だったから…。

 視界いっぱいに植木の緑が広がりちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ現実に戻れそうな気がした。

 が、残念なことにそんなまともな思考は本能を揺さぶってくるようなにおいを前に一秒と持ってくれなかった。

「……は、ふぅ――………うっ、ふ、ううっ!?」

 やばいやばいやばい!

 上半身を襲ってきた衝撃に耐え切れず前のめりになる。

「は…う――う、うっ!」

 一瞬でも気を抜いたからか、それとも座って体の力を抜いたからか。きっと両方だ。稀にとっては不意打ちのような反動からくる衝撃に、息を荒げるどころか声さえ我慢出来ず呻く他なくなった。
 厄介なのは呻いた後、息を吸おうにも体が硬直して一呼吸するのさえ苦労するということだ。

 中毒性があるにおいだとは思ってたけど、こんなの…こんなの予想してない!

 霧の中にいるような良い心地でどこかぼんやりとした感覚だったものが、ちょっとしたきっかけで急に牙を剥いてくる。胸から頭の天辺まで、ぞわぞわした感覚があり自分の体が興奮しているのが分かった。

 待ってよ…こんなの…。好きな匂いは人それぞれだけど、こんなの違う!
 これじゃ、変態って言われても文句言えない――!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...