あなたと私のサイコパス(元 潮の香り)

団子(仮)

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再び 3

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 ホテルに戻って朝食を済ませ、稀は自室に引っ込んでからというものうんうんと唸りながら原稿用紙と向き合っていた。
 何でもいい、分かったことや思ったことを走り書きしていく。せめて話の舞台とか、主人公の人物像とか、どこからでもいいから足掛かりが欲しい。……そうは思うものの、どれもしっくりこないので堂々めぐり、唸ってばかりだ。
 違う、書きたいのはこんな下らないものじゃない、これじゃあ誰の関心も引けない。何より取って付けたような話じゃ、稀自身が後々苦痛で苦痛で堪らなくなってしまうに決まっている。誰だってできることなら嘘をつらつらと書き続ける作業なんてしたくない。それを回避できるならいくらでも悩んでいたいが、だがそういうわけにもいかない。

「う~ん……」

 あともうちょっとで何か閃きそうなんだけど、でももうここで行き止まりのような気もするし。ああ、嫌だなあ、嘘なんて書きたくないのに。

 頬杖をついてみても、手に持ったペンで机をコンコンと叩いてみても何も進展してくれない。稀が気晴らしに外の空気を吸おうと立ち上がった時だった。

 プルルルル、プルルルル――!

「――電話……?」

 部屋中に無機質な呼び出し音が響きわたった。見ればベッドサイドの白い電話が稀を急かすようにビリビリと空気を震わせている。ホテルの電話が鳴ったのは初めてだった。

「はい」
「お休み中に失礼します。受付の江川です」

 ……このしっかりした声は今朝方、挨拶を交わした女性のものだ。宿泊客との程良い距離感を保ってくれる、稀にとってストレスフリーな存在だった。

「何かありましたか?」
「実は今し方到着したお客様の中に、先日ご宿泊されていた瀬田様がいらっしゃいまして。貝様に取り次いでほしいと」
「――瀬田? もしかして瀬田絵里さんですか?」
「はい、そうです」
「……えっーと」

 驚いた稀は一瞬返事に戸惑い、意味もなく受話器を持ち替えて反対の耳に押し当てた。まさか、彼女がまたこの島にやってくるとは思わない。

「分かりました。今からロビーに行くんで、そう伝えてもらえますか」

 何をしに……。もう会うこともないだろうと思っていたのに、それどころかこんなにも早く再会することになるなんて。
 時計を見れば十一時半を過ぎた頃、彼女と会って談笑しているそのうちに、今朝釣った魚が料理になって運ばれてくる。その時は部屋に居なければならないから、話がちょっとでも長引くようなら絵里を自室に呼んだ方が良いかもしれない。

 通話を終え受話器を置くと、ひとつ息を吐いて少し長くなった前髪を掻き揚げた。

「はあ……」

 稀の気持ちは時折吹く不規則な風そのままにぱたぱたと揺れ動き、自分ではどうにもならない旗のような複雑な動きをみせていた。吹く風が良いものか悪いものなのかも判断がつかない。
 絵里に対して戸惑ってしまうのは、別れる最後の最後まで自身の態度を決め切ることができなかった、それも大いにある。だがそれだけではない。

 ――ここ、座ってもいいですか。

 あの時、絵里に話し掛けたのは稀からだ。今度は逆に稀が奇襲を掛けられる番のようだった。



 ***



「絵里さん」

 座って待っている彼女の後ろまで行って、気付いていないようだったから声を掛ける。

「あっ、稀ちゃん、よかった……!」
「絵里さん、どうしたんですか」

 少しびくりとして振り返った彼女は、当たり前だが別れた時と変わらない顔をしている。それでも少し新鮮に感じるのは、別れていた間のたった数日がそうさせるのだろうか。

「稀ちゃんがいなかったらどうしようって思ってたんだけど、まだホテルに居てくれてよかった。でも、本当に一か月も泊まる予定なんだね」
「え? 嫌だなあ、そんなつまんない嘘なんかつきませんよ。……もしかして疑ってたんですか? だとしたらちょっとショック~!」
「え、違う、違うよ……! ごめんごめん、嘘とは思ってなかったけど。でも小説家って、満足したら予定なんか気にしないでふらっと帰っちゃいそうなイメージだから」
「ああ、成る程。……そう言われると、私の小説家へのイメージも似たようなもんです。人によるでしょうが確かに私は……当て嵌まってるかも? って、そんなことはどうでもよくて」

 稀は椅子にどかりと座ると、立ち上がっていた絵里を見上げる恰好で本題に入った。

「どうしたんですか? 誰かと一緒に来ているわけでもなさそうですけど……」

 さっきから探してみてはいるものの、絵里の周りに人影はない。

「うん。……せっかくだから稀ちゃんがいる間に、もう一度だけホテルでゆっくりしておこうかなって。やっぱり、お邪魔かな?」
「そんな、邪魔だなんて。でも仕事は大丈夫なんですか?」
「それは平気。余ってた有給休暇を取って来たから」

 ――へえ、これはつまり、どういう。

「絵里さん、ちょっと」
「え、なに……?」

 絵里の手を引いて隣に座るよう促すと、稀は内緒話をするように身体を寄せた。

「……絵里さん、聞いていいですか。それってわざわざ私に会いに来たってこと? それともホテルでゆっくりするのが目的で、私はついで?」
「――えっと」

 絵里は緊張した面持ちで、少し口籠もった。しかしすぐ立ち直って稀の方を見る。

「……あとちょっとだけ一緒に過ごしたいと思って。仕事の邪魔はしないようにするから、一緒に食事をしてくれるだけでいいの」
「――――あ、ははっ……」
「稀ちゃん?」

 楽しい、思わず零れてしまった笑い。でももう気にする必要はない。彼女の前でどんな振る舞いをしようが。

「いや、何言ってるんですか! そんな気を使う必要なんてないし、邪魔になんてなりません。そもそもその仕事が行き詰っちゃってるし」
「……そっか、そう、よかった。ふふっ」
「絵里さん、まだ部屋に案内してもらってないでしょ? 荷物を置いて一服したら私の部屋に来てください。308号室です。これからお昼にするつもりだったから丁度良かった。一緒に食べましょ!」
「ほんと? 嬉しいっ、すぐ行くね! ちょっと待ってて」
「あはは、慌てなくて大丈夫ですよ」

 稀の元を離れ、従業員に案内されていく絵里を満面の笑みで見送る。
 もう彼女は稀に何を言われたって、よっぽどのことがない限り逆らったりはしないだろう。稀が不誠実な事を言っても、勝手に自分で解釈して稀には害が及ばないようにしてくれる。

「小説のネタ、見つけたかも」

 何が彼女をここまで動かしたのかは知らないが、絵里は稀に会う為に早々にこの島に戻って来た。それは稀が彼女の心の奥底にある大事な部分に触れていたからだ。絵里はそれが嬉しくて、だから戻って来た。
 ちょっとでも身構えていたのが馬鹿みたいだ。絵里が奇襲を掛けてきたんじゃない、稀が撒いていた餌に引っ掛かってしまったから戻って来ただけだったのだ。
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