【完結】くま好き令嬢は理想のくま騎士を見つけたので食べられたい

楠結衣

文字の大きさ
15 / 60

仮の婚約者 5

しおりを挟む
 
「君の名は?」

 あまりの恥ずかしさに顔を覆っているとフェルカイト様の声が聞こえたの。
 以前にも名乗っていますなんて言えるわけがなくて、うつむいたままで小さく首を横にふる。

「ねえ、君の名前は?」

 今度は先ほどよりもはっきりとフェルカイト様がおっしゃったの。
 視線を感じてうかがうように顔をあげると、こげ茶色の髪の下にある緑色の瞳がじっと私に向けられていて、どきっと心臓がはねた。きっとリリアンの友達としてふさわしくない相手として名前をききたいのだろう――泣いてしまいそうになるのを必死でこらえる。

「アリーシア・ウィンザーです」

 目をぱちぱちとまたたかせて、涙がこぼれないようにこたえたの。

「ウィンザー侯爵家か、悪くないな。よしっ、アリーシア、いや、アリーかな。僕のことはフェルとよんでくれたらいい」

 こほんとひとつ咳ばらいをするとフェルカイト様から愛称でよぶことをすすめられたの。
 どうしてそうなったのだろう、とおどろいて目をぱちぱちしているとリリアンがフェルカイト様の洋服の裾をひっぱるのが見えたの。

「あの、フェルお兄様」

 二人が部屋の奥で話しはじめたの。

「フェルお兄様、アリーはオルランド侯爵家のガイフレート様と婚約されております。それに先ほどの『てへぺろ』はフェルお兄様にむけてではなく、ガイフレート様にかわいいとほめてもらえるように練習していたものです――もしもフェルお兄様がアリーのことをす……」
「リリリリー、なっ、なっなにを言おうとしているんだ? ま、まさか僕が『てへぺろ』を見ただけで一目惚れして好きになるわけないだろう! あまりにかわいらしくて守ってやりたくなったわけないだろう?! 見た目が妖精なのに小悪魔みたいなしぐさが奇跡の両立しているなんて、僕はちっとも思ってないからなっ!」

 急に部屋の奥がさわがしくなっておどろいてしまい、エリーナと目を合わせたの。

「リリー、大丈夫かしら?」
「リリーは平気だと思うわ。フェルカイト様のほうがずっと心配よ」

 エリーナが小さくためいきをついた。そのせつない表情にもしかしてと胸がときめいていく。エリーナと部屋の奥をいそがしく視線を泳がせている間に。

「フェルお兄様、もしかして泣いて――」
「な、な、泣いているわけないだろう。目にゴミが入っただけだ! うたがうような目で見るんじゃないっ!」

 奥のやりとりは聞こえなかったけれど、お話がおわって二人が戻っていらしたのだけど、フェルカイト様がとてもやつれたような疲れたように見えたの。どうしたのかしら?

「アリー、今日は帰りましょう」
「そうね」

 エリーナにそう言われて、お疲れのフェルカイト様に休んでもらったほうがいいと気づいたわ。
 先に立ち上がったエリーナのハンカチが、ひらりとフェルカイト様の前に落ちたの。

「君の名は?」
「え?」

 エリーナの刺繍したうつくしいハンカチを穴があくほど見つめたあとにフェルカイト様がひと言つぶやいたの。

「ねえ、君の名は?」

 こげ茶色の髪の下にある情熱的な緑色の瞳がエリーナをうっとり見つめているの。

「エリーナ・ヴィントですわ」
「ああ。由緒あるヴィント伯爵家か、悪くないな。よしっ、エリーナ、いや、エリーだね。僕のことはフェルとよんでくれたらいい」

 フェルカイト様は「ああ、そうだ」と小さくため息をつくと、エリーナの元へ近づいた。

「大切なことを確認していなかった。エリーは婚約者や好きな人はいるのかい?」
「い、いいえ」
「エリー、君が僕の運命の人だ!」

 フェルカイト様がとても満ち足りたようすで、うれしそうに笑ったの。

「リリー、人が恋に落ちる瞬間を見たと思うの」
「ええ、そうね……」

 二人の運命の恋のはじまりに私の胸もどきどきと高鳴っていったの。

「フェルカイト様の気持ちは信じられません」
「エリー、フェルとよんでくれたらいいのに。このようにうつくしい刺繍を刺すことができるエリーの心は誰よりもうつくしく気高い。代々王宮魔道士として仕えているヘイゼル家には、エリーのような刺繍美人がふさわしいと思う。もちろん心も美しいが――その海のような聡明な碧色の瞳、太陽に愛されたとしか思えないうつくしい金髪もすてきだっ! エリーは、どうして僕の気持ちを信じられないの?」

 フェルカイト様がエリーナの顔をのぞきこみながら、吐息まじりに言葉をつづける。

「ご自分の胸に手を当てて聞いてくださいませ」
「僕の胸に手を当てると、エリーへの熱い思いで鼓動がとてもはやいよっ! どうすれば信じてもらえるだろうか?」

 悩ましそうに眉をよせたフェルカイト様と、はじめての恋に気持ちが追いついていないリリアンにはらはらしながら見つめたの。

「それでしたら、アリーの恋を手伝っていただけますか?」
「ああ。もちろん」
「私が王立エトワル学園をはいってフェルカイト様が――」
「フェル、だよ」

 愛おしいようすでエリーナの手を取ると上目づかいで見つめるフェルカイト様にエリーナの頬がうっすら桃色に染まって行くの。エリーナがとてもかわいいわ。

「もしもフェル様が卒業するまでに他の女性に心を奪われなければ信じてさしあげます」
「僕の心はいつとエリーとともにいるよ」

 フェルカイト様が満足そうにほほえむとエリーナの手の甲にやさしく口づけを落としたのだけど、私には刺激が強すぎてどきどきしてしまったの。
 胸に手をあてて親友の兄と親友が運命の恋に落ちていくのを見つめていると、フェルカイト様がこちらをふりむいたの。

「エリーへの愛を証明するために、アリーシアの恋を手伝おう!」

 よくわからないけれど、フェルカイト様は男性視点でガイ様との恋を応援してくれることになったの――。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。 王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。 エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。 だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。 そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。 夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。 一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。 知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。 経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

処理中です...