【完結】くま好き令嬢は理想のくま騎士を見つけたので食べられたい

楠結衣

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デビュタント 3

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 ガイ様が戻らないまま、季節は春から初夏へと移り変わった。

 エトワル学園のカフェテラスには、季節限定メニューの試験勉強疲れに効くプラムが登場したの。
 カウンターにプラムのシロップ漬けや蜂蜜漬けの瓶が並び、ステンドグラスから落ちる淡い光がぷかぷか浮かぶプラムの影を描く。

 私は初めて受けた試験の結果が張り出される前に、気持ちを落ち着かせようと、いつものカフェテリアに一人で来ていたの。
 注文した淡い琥珀色のプラムサイダーを一口飲むと、甘酸っぱさと炭酸のぱちぱちが口の中で弾けるのを目を閉じて楽しむ。

「アリー、ここにいたか」
「フェリックス殿下!」
「ああ、立たなくていい。そういう堅苦しいのは嫌いだからね」

 淑女の礼をしようとすると殿下に遮られたので、座ったまま挨拶をする。
 当たり前の様に隣に腰を下ろす殿下に、溜め息を零しそうになるのをぐっと堪えた。

 殿下は私の気持ちは何も気にしないまま、髪を一房掬うと、くるくると指で遊び始めたの。

「試験はトップを取れそう?」
「ガイ様の為に全力を尽くしました」

 質問に素直に答えると、横を向いてくつくつ笑った。
 一頻り笑い終わると急に真面目な顔をして、天色の瞳で見つめられる。

「懐かない仔猫を手懐けるのも悪くないかもな」

 なぜかいきなり子猫の話を始めたわ。
 フェリックス殿下の甘ったるい匂いで、プラムの甘酸っぱい爽やかな香りは消し去られてしまったの。
 ああ、私の癒しが……!

「リック、見つけた!」

 ヒロインのルルが元気いっぱいフェリックス殿下に駆け寄ろうとして、テーブルにぶつかり転んでしまった。

「いたーい! ルルったらドジっ子だから転んじゃった!」

 殿下が助けに来ないと分かると、立ち上がり、こつんと自分の頭を拳で叩いて、てへっと言いながら、ぺろっと舌を出したの。
 ルルがフェリックス殿下の横の椅子に許可も得ずに座ったわ。

「私がトップだったらデートするや・く・そ・く! ちゃんと覚えてる?」

 ルルが殿下の腕に自分の腕を巻きつけ、上目遣いに見ながら砂糖菓子みたいな甘い声で強請る。殿下の天色の瞳に暗い影が射したが、ルルは気にしない。
 メンタル強いわね……。

「ああ、覚えている。そろそろ発表される頃だ。アリー、一緒に見に行こう」
「あーん、ルルも一緒に行く!」
「ーー勝手にしろ」

 フェリックス殿下にエスコートをされ、試験の順位表の結果を張り出す掲示板の前に辿り着いた。
 順位を見に来た学生が大勢いたが、殿下の姿を見ると、ざっと道が分かれ、順位表の一番前まで直ぐに辿り着くことが出来た。

 ガイ様の魔写真の為に、ずっと頑張って来たもの。
 きっと大丈夫よね?
 深呼吸をして、順位表を見あげようとすると、

「ルルが一番じゃない……?」

 ヒロインのルルの呟きが聞こえたわ。

 私の順位を確認すると、良かった……一番だったわ!
 ガイ様の魔写真を一枚貰えるわ。じわじわと嬉しくなり、横で私の髪を一房掬い、指で遊ぶフェリックス殿下を見上げる。

「フェリックス殿下、約束は守って下さいね?」

 返事を頂く前に、ルルの大きな声が遮ったわ。

「リック! もう一度チャンスを頂戴! ルルとリックが愛し合わないと、この国は魔物にーールルが聖女にならないと……っ」

 目に涙を浮かべたルルは、フェリックス殿下の腕に縋るが、殿下は素気無く振り解く。

「二度目はない」

 冷たく言い放つと、いつの間にか現れていたソフィア様の腰を抱くと「愛しいソフィア、全て終わったよ」とソフィア様の髪に甘ったるく口づけを落としたわ。
 後で二人きりの時にすれば良いのに……。
 
「王太子ルートもバグってる……? ルルが聖女にならないと今も魔物が増えているのにーー! リックと結ばれて、聖女に……」

 フェリックス殿下に腕を振り解かれ、呆然としたルルが独り言のように、ぶつぶつ呟いている。
 ルルの周りだけ避けるように隙間が出来ていた。
 私は溜め息を零しそうになるのをぐっと堪えて、ルルの前に立ったの。

「ルル様、何もバグっておりません! ここは乙女ゲーム《聖なる乙女 エトワール魔法学園》の世界ではありません。ミエーレ王国のエトワル学園です。ルル様も薄々気付いておりませんでしたか?」

「でも、ルルが聖女に……」

「ルル様、確かにミエーレ王国に聖女の祈りは必要です」

「……っ! やっぱりルルが聖女にならなくちゃ!」

「ルル様、落ち着いて聞いて下さいませ。……ミエーレ王国の聖女の祈りは、魔道書士が管理する魔道書を使った魔法陣のひとつシステムなのです。ミエーレ王国が建国された頃、異世界から召喚した少女の聖女様の魔力は、我々の百倍だったそうです。その聖女様が休み無く祈り続けて、ようやく魔物が沈静化しました」

「へっ? 百倍もあったの?」

「そうなのです! 百倍の魔力があっても、休み無く祈り続けなくてはならないのです。異世界から関係のない少女を召喚し、休み無く祈り続けることを強制する非人道的な行いに、ウィンザー家の者は耐えられませんでした。何代にも渡り、聖女様の祈りを研究し、魔道書に書き記し……異世界から召喚した何人もの聖女様の犠牲があり、聖女様の祈りと同じ効果を生み出す《聖女の祈り》の魔法陣を完成させたのです」

「そ、そんな……! じゃあ、どうして今、魔物が増えているのよ!」

「《聖女の祈りシステム》の調子が悪く、王宮魔道書士と魔道士が復旧に努めておりますし、王国騎士団も魔物討伐に向かっております」

 ルルが呆然と立ち尽くす中、ソフィア様がフェリックス殿下に甘える様に腕に縋る。

「まあ、《聖女の祈り》の調子悪かったのね」

 うしろでは砂糖菓子のような甘い声で殿下に話し掛けていた。
 ソフィア様の言葉に耳を疑ったわ!
 確かに平民には知られていないが、貴族ならば誰もが知っている筈だ!
 流石にフェリックス殿下は知っているだろうと視線を送る。

「フェルも居なくなって、二人きりで過ごせただろう?」

 なぜか明後日な事を甘ったるく言っていた。
 二人の甘ったるい世界は置いておこうと決めたわ。
 呆然と立ち尽くすルル様を真っ直ぐに見つめる。

「ルル様、ルル様のピンク色の髪と瞳ですが……これは、《魅了チャーム避け魔法陣》の副産物です」

「副産物……?」

 今度は首を捻るルル様に、ヒロインの証のピンク色の髪と瞳について話すことに決めたの。

 今日までにヒロイン病が解ければ、ガイ様の正装姿の魔写真も頂けるし、ヒロイン病が解けなければルルは不敬罪で処罰されてしまう……。
 ドジっ子を演じているが、一学期のルルは真摯に勉強に励んでいたのよね。それは、腹黒殿下ではなく、一番近くで勉強をしていた私が一番知っている。

 貴族はエトワル学園に入学する前から家庭教師に勉強を教えて貰っていて、平民のルルが学年二番を取った事は、賞賛に値すると思うの!
 ちらりと最上級生の殿下の順位表に視線を送るーー王族、公爵家として最高の環境を用意して貰っても十位に入る事も出来ない人もいるのにっ!

魅了チャーム魔法は、とても危険な魔法なのは分かるでしょう? 隣国が魅了チャーム魔法を持つ男爵令嬢により、傾き掛けたのは歴史の授業で出て来たのだけど、覚えているかしら?」

「ええ、覚えているわ……」

「その件を重く受け止めた当時のミエーレ国王陛下が、ウィンザー家に魅了チャーム魔法を持つ者が分かる魔法陣システムの開発を依頼したの。完成したのが、今も使われている《魅了チャーム避け魔法陣》なのだけど、一つ問題点があって、ある一定以上の魔力を持つ者の髪と瞳の色がピンク色になってしまうのよ……」

「そんなわけないわ! ルル以外にピンク色の髪と瞳の人なんて居ないじゃない!」

私達貴族はね、ピンク色の髪と瞳になった時点で、魅了チャーム検査をして陽性ならば、ピンク色を治す指輪を一定期間嵌めているのよ」

 私も記憶には無いが、ピンク色の髪と瞳だったらしい。アレクお兄様が「アリーはどんな髪や瞳の色でも可愛かった」と困った発言をしていたのを思い出した。

「ルル様も魅了チャーム検査をして、指輪が渡されている筈ですよ? 思い出して下さい! 今日で不敬罪に問われない期間が終わります……ルル様が真摯に授業に取り組んで来たのを見て来ました。ヒロイン病で処罰されるのは、見たくありません……」

「でも、でも……」
 
 段々とルル様の顔色が悪くなるのが分かった。
 平民の間で実しやかに囁かれ、エトワル学園に入る前にはヒロイン病になってしまったのだろう。

 現実を受け入れ始めているが、受け止め切れないのだと思う。信じていた、思い込んでいた物が違うと言われても簡単に受け止められない気持ちも分かるけれど。

「難しい話ばっかりで疲れたわ。早く夜会で身に付ける宝石を買いに行きましょう?」
「そろそろ行くか」
 
 ソフィア様がフェリックス殿下にと砂糖菓子のような甘い声で殿下に寄り掛かり、殿下もソフィア様の頭に口づけを落として立ち去ろうとしている。

 もう時間がないわ! ルル様をじっと見つめる。

「ルル様は、よくドジっ子だからと言っておりましたね? その時の仕草を鏡で見た事はございますか? お友達にお見せになったり、特訓をしたことはございますか?」

「はっ? えっ、い、いえ……ございません?」

「ルル様、あざと可愛いは、訓練が必要でございます。ルル様は真面目な性格でヒロインになりきる様に努力していたのでしょう? でも、あざと可愛い仕草には改良の余地がありました」

「?」
「アリー、ダメよ!」
「アリー、早まらないで!」

 リリアンとエリーナの慌てた声が聞こえた気がしたけど、もう時間がないの! よく分からないまま首を捻るルル様に顔を近づけたわ。

「ルル様、こうやるのですよ?




『てへぺろ』!」




 私は、こつんと自分の頭を拳で叩いて、てへっと言いながら、ぺろっと舌を出した。
 私は渾身の『てへぺろ』を繰り出したわ——
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