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年上の婚約者 2
しおりを挟む泣き続ける私にリリアンが爽やかな青色のアガパンサスの花の刺繍を刺したハンカチで涙を拭いてくれる。
エリーナは優しく背中を撫でて慰めてくれるのに、一度溢れた涙は自分でも止める事が出来なかった。
「どう、して……もう、あ、えないの?」
「でん、かと……話したい、ことが、あるの」
「殿下に、あいたいのに……」
泣きながら二人にフェリックス殿下に会いたい事を訴えるのに精一杯で、リリアンとエリーナの顔色が悪くなっているのに気付く余裕が無かったの。
「ーーどうしましょう? もしかして殿下の言っていることは本当なの? 一度アレクセイ様にご相談した方がいいかもしれないわね」
「な、んで、アレクお兄様?」
何故いきなりアレクお兄様の名前が出たのか分からずに、泣いたままお兄様の名前をリリアンにおうむ返しをした。
その時、いきなりアレクお兄様と瞠目したガイ様が目の前に現れた。
「アリー! 僕を呼んでくれたね!」
そう言うや否や、私をきつく抱きしめた。
久しぶりに移転したお兄様を見たわねと思うと同時に、親愛の口づけが頭に沢山落ちて来る。
「アリー、どうしたの? こんなに泣き腫らした顔をして。二人に泣かされたの? 人知れずに消し去りたいなら手伝うよ。永遠に闇の中に閉じ込める方が苦しんでいいかな。僕がなんでもするから、安心してね」
「ち、ちがいます!」
「違うの? じゃあどうしてこんなに泣いてるの?」
「そ、それは……」
アレクお兄様に再び抱きしめられ涙が溢れ出る。一度決壊した涙腺はなかなか元通りにならない。
「アレク、ちょっと待て。どうなってるんだ?」
困惑したガイ様の声が聞こえ、アレクお兄様の腕から離れようともがいても腕の拘束は強まるばかりで離してはくれない。諦めて大人しくすると、髪を優しく撫でられる。顔が見えていないとは言え、みんながいるから恥ずかしいの。
「はぁーーガイは勝手に付いて来て色々煩いな。見たら分かるだろう? 可愛い妹が泣きながら助けを呼んだんだ。行かないなんて選択肢があるわけないだろう?」
「はあ? ちゃんと説明しろ。こっちはお前の体がいきなり光り出して『アリーが泣いてるから行く』と涼しい顔で言い出すから止めようと肩を掴んだと思ったらここに居たんだぞ! 大体、城には結界があるから転移魔法は出来ない筈だろう?」
「その結界は、王宮魔道書士が作ってるんだ。結界の中身が分かるんだから干渉しない物を作るなんて簡単だろう? ガイは僕の肩に触れたから荷物として認識されて一緒に転移しただけ。愛の力とかじゃないから勘違いしないでね。それにこれは、転移魔法じゃなくて、アリーが泣きながら僕に助けを呼ぶと転移する魔法陣だから召喚魔法だな」
「あの複雑な結界魔法を掻い潜るのが簡単ってーーこれだから天才は」
ガイ様の困った様な声を聞きながら、幼い頃に転んで泣いていると直ぐにアレクお兄様が気付いてくれたり、怖い夢を見て泣きながら起きるとアレクお兄様が床に寝ていたことを思い出した。私が召喚をしていたのかと納得していると、いきなり視界が開けた。
「アリー、どうして泣いている?」
ガイ様がアレクお兄様を引き剥がし、私の目の前に現れた。
頭にポンと手を置き、エメラルドグリーンの瞳で優しく見つめられる。数日ぶりに会えたガイ様は忙しいのが終わったら切りたいと言っていた髪はまだ一つに縛ったままだった。
ガイ様を見て、魔写真のことを思い出したらまた涙が溢れて来てしまう。ガイ様に泣き顔を見られたくなくて俯くと、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。ガイ様の温かな大きな手が頬に添えられ、上を向くように持ち上げると、親指で私の涙をそっと拭う。
ガイ様が視線をリリアンとエリーナに向けた。リリアンが躊躇いがちに話し出す。
「実は、アリーにフェリックス殿下にもう会うことはないと伝えたところ泣き出してしまったのです。その、殿下に話したい事があるみたいで、殿下に会いたいそうなのです」
「本当なのか?」
ガイ様が私に確認するように顔を覗き込む。魔写真を貰う為にはフェリックス殿下に会う必要があるのは事実だから、こくんと頷いたの。
「殿下とやく、そくを、していたのーーだから二人で、話し、たいことが、あるの」
「フェリックス殿下と約束をしたのか? どんな約束だ?」
「そ、それは、誰にも、言わ、ない、やくそく、だから」
フェリックス殿下と貴方の魔写真を賭けて勝負をしていました何て言いたくない、いや、言えない。
ガイ様の騎士団の正装姿はたった一度、偶然見た以来見たことがないのだ。式典の前日になるとガイ様は騎士団宿舎に泊まっている。一度見た騎士団の正装姿が素敵過ぎて、お姿が忘れられなくて、魔写真を欲しがっていると知られるのは、余りに恥ずかしくて首を横に振る。
「アリーシア嬢は、フェリックス殿下が好きなのか?」
ガイ様の瞳は、影がさしたように深い色に染まる。頬に添えられた温かな手がひやりと感じ、私は言葉を失った——
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