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番外編Ⅲ (※はイラストがあります)
くまさんのはちみつ 1※
しおりを挟む頬をくすぐる感覚に目をひらくとガイ様のやわらかな髪が頬にあたり、大好きな甘い匂いが鼻をくすぐっていた。
眠っているガイ様を起こさないように、そおっとベッドを抜け出すと月明かりをたよりに床に落ちてしまったピンク色のふわふわなパーカーを羽織る。
ほわほわしたあたたかさに思わず、ほおっと息をはいたの。
「まあ、初雪だわ――っ」
いつもより静かな気配にさそわれて窓辺に近づいてみると窓の外は雪がちらつきはじめていたの。
ガイ様に教えたくて、くるりと振りむきかけてあわてて首を横にふったの。
先月からガイ様は騎士団のお仕事がとても忙しくて、私が寝入ってしまう深夜に戻ってきて、朝早くから出かける生活をつづけていたの。今日は本当に久しぶりに早く戻られたのだ。少しでも休めるようにゆっくり寝かしてあげなくてはと思いなおし、初雪をひとりでぼんやりながめる。
「一緒に見たらもっときれいよね……」
本音をぽつりとつぶやいてしまった途端に、ひやりとした空気に肌がふるりとふるえて腕をさする。
きらきら降りつもる雪に背を向けて抜け出したばかりのベッドに足を運んだの。
「――っ!」
そこで思わず息をのんでしまったの。
ベッドに戻るとやらわかな月の光がガイ様のはだけた上半身をうっすらと浮かび上がらせて、その鍛え抜かれたたくましい身体に目を奪われてしまう。
「ガイ様、かっこいい……」
心の声が思ったより大きな声でもれてしまい、はっとして口に手を当てて止めた。
変わらずおだやかな寝息をたてるガイ様に、起こしてしまわなくてよかったと安心したの。
まんまるのお月さまの光を受けてやわらかなこげ茶色の髪がきらめいている。いつもなら前髪のすきまからのぞく形のきれいなおでこと無防備な寝顔を見るだけで頬をゆるめてしまうけれど――今日はどうしても視線が惹き寄せられるように引き締まった端正な身体にすべりおりていく。
いつもはどきどきして目をそらしてしまう私をすっぽり包みこむ厚い胸板、抱きついても軽々うけとめてくれるたくましい腕、それにしなやかに割れた筋肉がならんでいる腹筋に見惚れていると、胸の奥からきゅうんとしびれるような甘さが広がっていく。
起こしてはいけないと頭ではわかっているのに、魔法にかかったみたいに割れた腹筋のひとつを指でなぞっていく。
「んっ」
ぴくりとガイ様が身じろぎしたけれど、目をさまさないガイ様の筋肉の溝に指をすべらせることをやめることができない。いつの間にか指は手のひらに変わっていてガイ様のごつごつした筋肉をなでていた。
「――っ、くっ……」
腹筋から厚く盛りあがる胸板へゆっくり肌をすべらせるとがっちりした筋肉は思った以上に硬くて、でもすべすべしていて体温のぬくもりが心地よくてずっと触っていたくなってしまう。盛りあがる筋肉も硬くてごつごつしたものもあれば、小さなかちかち山みたいなものもあって、片手では足りなくて両手でなでてしまう。
「っ――、う、……」
こんなところにも筋肉があるのねと自分とは全然ちがうがっちりした身体をぐいぐい押してみたり、すりすりなでてみたり、溝を探るようにたどってみたりする。ガイ様の熱い身体から立ちのぼるあまい匂いにうっとりして、つらなる硬い筋肉を夢中になってくり返しさすりつづけた。
「っ……、ん、ふっ」
押し返してくる筋肉の弾力や、たまにぴくっと動く筋肉、それにガイ様のこぼされる吐息に胸がときめいてしまう。
この胸に抱きよせられ、この腕にとらわれ、この首に腕をまわしていた先ほどまでの夫婦のあまいひとときを思い出して、一気に身体が熱くなり全身が真っ赤に染めあがった。
思わず手の動きが止まり、ふっと視線を落とすと厚い胸板の古い傷が目にうつり指でつうっとなぞる。この国に大量の魔物や戦はないけれど、それでもガイ様のお仕事は身体をはって命をかけていると思うと、湧きあがる不安な気持ちで心がゆれてしまう。指でふれるだけでは足りなくて、これからもガイ様がご無事であることを祈って口づけをそっと落とす。
ん、とガイ様のあまさを含んだ吐息が耳にとどくと。
「ガイ様、好きです――」
こみ上げてくる想いが抑えられなくて、本音がこぼれてしまう。
「ガイ様――本当にお疲れなのね……」
騎士という職業柄なのかガイ様はとても気配に敏感で、無防備な寝顔を見るのはもちろん鍛えられた身体にこれだけふれても起きないのだから、ガイ様のお忙しさを見た気がするの。
ふう、とため息をこぼす。私にできることがあればいいのに、と考えたところでいつもガイ様に願われても照れてしまって言えない言葉が頭にうかんできたの。ガイ様には聞こえないけれど、寝ている今なら――ふう、とひとつ息をはいた。
「好きです、ガイ――」
愛おしい旦那さまの名前をよびすてで口にする。
「アリー、今、なんて言った?」
「っ!」
掠れた声がきこえると同時に、あまい緑色の瞳にとらわれる。
驚いてどきりと心臓がはねているとガイ様のあたたかな大きな手につかまってしまう。
「アリー」
あまく細められる瞳に見上げられると心臓がどきどき早鐘をうちはじめる。
幼いころにはじめてガイ様と出会ってからずっとガイ様とお呼びしていて『様』をつけないで呼べるのは、はちみつのようにとろりとあまく愛される夫婦のひめごと――それもはちみつみたいに金色のあまいあまい海におぼれて、うわ言みたいに名をつむぐときだけなの。
ガイ様の肉厚なくちびるが、ちゅっと指先に落とされる。ぴくんと指がはねるより先にガイ様の大きな手は握る力を込められていて逃げることはできない。
今度は薬指にはめられている金色の結婚指輪に、ちゅ、とあまい音を立てて口づけ、あまい熱をはらんだ緑色の瞳に見上げられてしまうと、どうしようもなく胸にときめきが降りつもっていく。
「もう一回、同じように言ってほしい」
その言葉に、かあ、と頬に熱が集まるのを感じる。
はちみつみたいな蜜がとろりとたまった瞳の上目づかいと、身体に響くような低いかすれた声が鼓膜をふるわせると心が沸き立つみたいで、もうなにも考えられなくなってしまう。
まだ赤く染まったままの顔で緑色の瞳をゆっくり見つめる。ガイ様の親指が愛おしそうに金色の指輪をなぞっていて、大きな手から伝わる体温とあまく誘うようなしぐさにガイ様の名をつぶやくように口にしたの。
「――ガイ」
「っ……!」
ガイ様が息をのんで目を見ひらいたあと、嬉しそうに目を細めて顔をほころばせるようすを見たら愛おしさが全身を駆けめぐっていく。
胸がきゅう、と締めつけられると自分でもこの気持ちをどうすればいいのか分からなくなってしまう。
「アリー、もう一回」
ガイ様の大きな手が頬に伸びてきて、あまく優しい色のうかんだ瞳に見つめられると魔法にかかったみたいに口をひらいたの。
「ガイ……」
「アリーはかわいいな」
やわらかく目を細めたガイ様に頬をなでられる心地よさにうっとり目をつむる。ガイ様に触れられる嬉しさをかくしきれなくて、すりすりと手のひらにすりよってしまう。
「ああ。アリーにさわると癒されるな」
「――あっ! あの、疲れているのに起こしてしまってごめんなさい」
ぱちりと目をひらいて、あわててあやまる。ガイ様がお疲れなのに起こしてしまったことを今さら後悔したの。
「ああ。たしかに疲れているな」
「――ごめんなさい」
じわりと目尻に涙がたまっていくのを見られたくなくてうつむいてしまう。ガイ様の太い指があごをすくうように動いて泣きそうな顔を見られてしまうと、ガイ様の喉の奥が、ごくり、と音を鳴らした。
「あまいものが食べたい」
「えっ?」
ガイ様の言葉に驚いてしまったけれど、ガイ様は身体も大きくていつも気持ちいいくらいたくさん召し上がるもの。こんな夜中に起こされてお腹がすいてしまったのだと気づいたの。
「なにか甘い物をお願いしてきますね」
ベッドから立ち上がろうと思ったら手首をぎゅっとつかまれる。
「アリー、甘い物は今はいい」
きょとんと首を傾げるとガイ様がくつくつと喉ぼとけを上下に動かしながら笑っている。
どういうことかよくわからなくて、まるくなった目をぱちぱちしているとガイ様が大人の色気をまといながら自分の唇を舌でなめあげたの。
「あのな、俺が食べたいのは――」
「えっ、――きゃあ」
くんっと腕を引っ張られるとがっしりした胸板に抱きとめられる。ガイ様の熱い体温にふれて、ガイ様の匂いをうっとりするくらい胸いっぱいに吸い込めば頭の芯がくらくらするばかりで状況がのみこめない。
「えっ、ま、まってーー」
「待たない――もう遅い」
さえぎるように口をはさまれ、息苦しさを感じるくらい熱い瞳で焼かれるとガイ様のただよう色気に、こくり、と喉が動いたの。
「っ、ん、んんっ――!」
ガイ様へのときめきが止まらない私の髪にあつい指が差しいれられ、太い腕で首と腰をきつく抱きしめられる。ほんの少しも身動きがとれなくなると、ぬるりとあまいものがはいってきて。
その熱くてあまい舌の動きにくたりと力がぬけ、口づけの合間に甘えるような吐息がもれるころ大きな熱い身体が覆いかぶさってきて、たくましい腕と匂いの中に捕らわれていた。
「――あまいものが食べたい」
体の奥に響く魅力的な低い声と射抜くような熱のこもった瞳に見下ろされると、どうしようもなく胸があまくときめいて。
「いいか?」
あまい口づけでとろりとうるんだ瞳でこくんとうなずけば、ふっ、とガイ様の目尻がとびきりあまくにじんだ。
すぐにはちみつよりもあまい口づけが落ちてきて、両腕をガイ様の太い首にまわしたの――
ガイフレートがあまいものをお腹いっぱいに食べ終えたのは降りつもった初雪が朝日に照らされて、きらきらと煌めきはじめたころだったとかーー。
おしまい
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