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悪役令嬢のとある日常
愉快で愉快な羽根つき大会(1)
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(*'ω'*)年齢参照:テリー(13)/キッド(17)/メニー(10)/ルビィ(11)/ソフィア(23)
――――――――――――――――――――
1月1日。年初め。
街中には『Happy new year!』と看板が立てられている。
花火が鳴り響く。街中が年の初めを祝い、寒空の中、広場や、商店街で、年の初めの最初の祭が開かれている。大勢の人々が街を歩く。
その中に、三人の少女が、それぞれの場所を掴んで、はぐれないように歩いていた。
「それにしても、今年もまた多いね……」
先頭のメニーが声を上げると、メニーの鞄の紐を握るリトルルビィが頷いた。
「出店を見るだけで一苦労だよ」
リトルルビィがため息をつくと、リトルルビィのマントの裾を握るテリーが辺りを見回した。
「一回噴水通りに行った方がいいかも。方向転換よ!」
リトルルビィの肩をぽんと叩いて、伝達を任せる。
「メニー、方向転換だって! 噴水通り!」
リトルルビィが伝えると、メニーが頷いた。
「噴水通り? 了解!」
先頭のメニーが道を進み、行列の出来るにぎやかな道を無理やり歩き、噴水のある広場まで進んでいく。商店街を抜けると、ぎゅうぎゅうになっている人の行列から抜けた。
「ぷはっ!!」
三人が、声を揃えて、息を吐いた。
「ううう……苦しかった……」
メニーが胸をなでおろす。見れば、噴水前にたどり着いている。
三人が向き合い、商店街への道を眺める。
「あんだけ人がいたら流石に歩けないわね……」
「去年も多かったけど、今年もすごい……」
テリーとメニーがうんざりしたように、その光景を眺めた。
「福袋を買う予定だったけど、あれじゃあ無理ね」
「ううっ……! 理不尽だ……」
「メニー、そんなこと言ったってあれは駄目よ。あれは人が多すぎる」
「時間の問題かな」
リトルルビィが眉をひそめて言い、テリーが頷く。
「それもあるわね」
(福袋を買って、リトルルビィの家で開けて、三人で面白おかしく過ごすはずが……)
「むむっ……。これはなかなか、難しいミッションだわ……」
テリーがチッと舌打ちすると――。
「何々? 福袋? お前、他にやることあるんじゃないの?」
例えば、婚約者に年賀状送るとかさ。
「むぎゃあああああああああああああああああ!!!」
耳元で聞こえた声に悲鳴をあげて、メニーの背中にテリーが飛びついて隠れた。その方向に振り向くと、帽子を深く被り、マフラーで口元を覆い、丸眼鏡で顔を隠したキッドが、じいいいいっとテリーを睨んでいた。テリーがメニーの肩から顔を覗かせて、目を見開く。
「キッド!?」
「あ、キッド」
リトルルビィがきょとんとして、頭を下げる。
「あけましておめでとう! キッド!」
「うん。あけましておめでとう。リトルルビィ。今年もよろしくね」
睨んでいたのが嘘のようにキッドが笑顔を浮かべると、メニーもぺこりと頭を下げた。
「キ、キッド様……あの、あけまして……おめでとうございます……」
「今はプライベートだよ。メニー」
「あ、うう……」
「ふふっ。あけましておめでとう。今年も美しい君のままで、もっと美しくなってね。メニー」
メニーにも笑顔を浮かべ、その背中にいる人物に視線を移す。
「さーて? 問題はお前だ。テリー……」
また再びじっと睨むと、テリーの表情が曇っていく。
「な、何よ……。……あけおめ」
「あけおめじゃないよ……。お前……!」
ぐっと、キッドが歯をくいしばり、テリーを睨んだ。
「お前、よくも今年も年賀状をじいやにだけ送ってくれたな……。俺は傷ついたよ。それはそれは、実に誠にはるかに非常に異常に大いに、もう、俺の心のガラスのハートはぼろぼろのバラバラだよ!」
「相変わらず大袈裟なんだから。たかだか年賀状を送らなかっただけじゃない」
呟くと、キッドの目の色が変わり、テリーに怒鳴った。
「お前な! 婚約者だぞ!? 俺はお前の、婚約者だ! 最高に最強に深奥《しんおう》で深甚《しんじん》で深遠《しんえん》に関わりの深いはずの! 婚約者! 去年まではお前も子供だったということで許してたけどね、今年という今年は怒ったよ! 俺はもう怒ったよ!?」
「あんた毎年怒ってるじゃない」
「うるさいうるさい! 怒ると分かっているなら年賀状くらい出せ!」
「何よ! 年賀状くらいでうるさいわね!」
「ふざけるな! なんでじいやに出して俺には出さないんだよ!」
「出したくないのよ! あんただけにはね!」
叫び合って、黙り、じっと、キッドとテリーが睨み合った。
「テェエエエリィイイイー……!」
「なあああにいいいよおおお……!」
「くすす。これは面白いところに遭遇した」
リトルルビィとメニーが視線を移すと、ソフィアが四人を見て、くすすと笑っていた。
「ソフィア!」
「こんにちは、リトルルビィ。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう! ソフィア!」
「メニーも、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。ソフィアさん」
メニーがぺこりと頭を下げると、ソフィアが微笑んだ。
「今年はもっと仲良くなろうね」
いつでも私がテリーを貰ってもいいように。
「メニーと私は協力し合うべきだ。怪盗時代の時のようにね」
「記憶にありません」
それと、
「お姉ちゃんを物扱いしないでください!」
「くすす。物扱いなんてしてないよ。将来の伴侶扱いさ」
「やめてください! 切実にやめてください!」
「そうよ! ソフィアったら何言ってるの!」」
憤慨するメニーの横で、リトルルビィがソフィアを睨んでいた。メニーが救われた目を向ける。
「リトルルビィ……!」
「テリーはね! 私と結婚するんだから!」
「そうじゃない!」
メニーが拳を握った。ソフィアがくすすと笑い、可愛い子供達を見下ろす。
「全く。リトルルビィ、新年早々面白い冗談を。いい? テリーが選ぶのは、この私だ!」
「私よ!」
「変な争いしないでください! 二人とも!」
ばちばちの二人に、メニーが一生懸命声を張り上げる。
「二人がお姉ちゃんのことが好きなのは知ってますけど、お姉ちゃんの気持ちを優先させてください! でしょ!? お姉ちゃん!」
「私と結婚したら甘い新婚生活が待ってるよ。どう思う? テリー」
「私の方がテリーを大切に出来るもん! テリーもそう思うでしょ!?」
三人が振り向けば、
「このこのこのこのこの!」
「やーい! ばーかばーか!」
「木偶の坊!」
「暴れん坊!」
「とんちんかん!」
「怒りん坊!」
「はっ!」
「ほら捕まえた!」
「ぐぬぬ! 離せ! くそがき!」
「これでどうだあああああ!!」
「むぎゅううううううううううう!!」
「この、ぶーーーーすーーーーー!!」
「ぐううううううううう!!!!」
いつメニーの背中から離れたのか、いつの間にかキッドともみ合いになっているテリーがいて、三人がきょとんと瞬きをした。
キッドが高らかに笑い、テリーの頬がぐちゃぐちゃに遊ばれている。
「ほら、悔しかったら抵抗してみなよ! テリィイイ!?」
「ヒッホ! ヒッホへっはいふるははいははっ!!」
キッド! キッド絶対許さないからっ!!
「え!? なんて言ったの!? よく聞こえないよーー!?」
「ふひいいいいいいい!!」
分かっているくせに、キッドは意地悪く微笑み、天使のように微笑み、テリーの頬をこねくり回す。
その二人を、三人が呆れたように見守る。メニーがソフィアに目配りした。
「ソフィアさん……」
「くすす。任せて」
ソフィアが笑い、近づいて、大人として、子供二人の間に無理矢理入る。
「お二人とも、ストップ」
「むぐっ!」
「むぐぅ!」
ソフィアに止められたキッドとテリーが同時に声を上げる。くすすと笑うソフィアに、キッドが気づき、再び嘘のように微笑む。
「あ、ソフィアだ。あけましておめでとう」
「キッド殿下、あけましておめでとうございます。挨拶は大事ですが、こんな所で大暴れされては、どんなにうまく変装しているとはいえ、気づかれてしまいますよ。くすす」
「テリーが悪いんだよ。こいつ俺に年賀状送らなかったから」
「え?」
ソフィアがきょとんとする。
「キッド殿下、届かなかったんですか?」
「え?」
キッドの目が点になり、すぐに据わった。
「まさか…」
「くすす。テリー、あけましておめでとう。それと、年賀状もありがとう」
ソフィアがテリーに顔を向けて微笑むと、テリーが頷く。
「あけましておめでとう。ソフィア。あんなの挨拶代わりよ。図書館でまあまあ世話になってるし」
「嬉しかったよ。達筆そうに見えて実は結構汚い字を書くのも、非常に可愛い。胸がときめいたよ」
「てめえ、新年早々、このあたしをけなしてくるなんて良い度胸じゃない……」
「けなすなんてとんでもない。君の字で、もっと君が恋しくなっただけさ」
にこっと微笑むソフィアを見て、キッドの怒りゲージが頂点に上った。ぶちっと、この場にいる四人が、何か聞こえた気がした。
「こぅらあああああああああああああああああ!! テリーーーーーーーーー!!」
襲い掛かろうとしたキッドを、ソフィアが抱き止めて、押さえ込む。
「こらこら」
「テリィイイイイイイイ! 許さない! 許さない!! 許してなるものかあああああああ!!」
二人から後ずさり、テリーが声を張り上げた。
「キッド! 年賀状くらいで大人げないわよ!」
「ふざけるな! なんでソフィアに出して俺には出さないんだよ!」
「だから出したくないし書きたくないのよ! キッドだけにはね!!」
「ぐうううううううううううううっっっ!! テリイイイイイイイイイ!」
「おやおや。怖い怖い。キッド殿下、そんなに暴れないでください」
「テリーが! テリーが悪いんだ! テリーが悪いんだ!」
「悪くないもん! あたし悪くないもん! 悪くないもん!!」
「ふむ……。キッド殿下はテリーからの年賀状が欲しい。そしてテリーは書きたくない」
なるほど。
「提案ですが」
ソフィアの一言に、全員がソフィアを見る。くすす、とソフィアが妖艶に笑った。
「羽根つきで、決めてはいかがですか?」
「羽根つきって」
リトルルビィが声をあげる。
「あの羽根つき?」
「そうだよ。リトルルビィ。お正月に遊ぶ、羽根つきさ」
ソフィアが頷く。
「勝負して、キッド殿下が勝ったらテリーが年賀状を書く。テリーが勝ったらキッド殿下には我慢してもらう」
「望むところだ!!」
キッドがテリーを睨んだ。
「お前に必ず勝って年賀状書かせてやる! 絶対書かせるからな! 今年こそは書かせるからな!」
「嫌って言ってるでしょ! 女の子に無理やり嫌なことさせようとするなんて最低! いいわよ! あたしが勝って今度こそ『大暴れしてごめんなさい、テリー様。許してください、この通り』って言わせてやる!」
「はっ! やれるものならやってみな!」
「後悔しても遅いんだからね!」
ばちばちばちばち!!
睨み合う二人を見て、リトルルビィが声を上げる。
「えー、いいな! 羽根つき面白そう!」
「くすす。そうだね。じゃあ、こうしよう」
ソフィアの目が、怪しく光った。
「キッド殿下とテリーの勝負は二人の勝負として、皆で勝負して、優勝したら……」
くすす。
「テリーとデート」
「ん?」
テリーがきょとんとした。
「なっ……」
キッドが顔を引き攣らせた。
「へっ!?」
リトルルビィの目が輝いた。
「だから!」
メニーが抗議した。
「お姉ちゃんを物みたいにするの、やめてください!」
「おや、そういうことじゃないんだよ。メニー」
あくまで、景品があった方がやる気が出るというだけ。
「私か、キッド殿下か、リトルルビィが勝てば、この後、暗くなるまでテリーとデートさせてもらおうじゃないか」
「デートって何よ。行かないわよ」
じっとテリーが忌々しげに睨めば、ソフィアは微笑みながらテリーに振り向く。
「テリー」
「ん?」
「お雑煮って食べたことある?」
「……何それ」
「テリーに食べさせたくて、多めに作ってあるんだ」
そして。
「味見、してほしくて……」
味見?
切なげに呟くソフィアを見て、テリーがはっとする。彼女が呪いの飴を舐めたことにより、舌が麻痺していて、その舌をもう一度鍛えていることを、思い出す。
「ああ、なるほど。そういうことなら、行ってあげてもいいわよ」
(あんたが見えない努力しているのは、知ってる)
「くすす。でも明日になったら、また味が落ちてるかもしれないから」
「ああ、そっか。だったら別に……」
「ちょっと待って」
キッドが不満そうに声を上げた。
「年賀状は?」
じいいいっとテリーを見る。テリーは顔をしかめて、キッドを睨んだ。
「あんたが勝ったら書いてやってもいいわよ? あんたが、もしも、勝てたらね!」
「というわけだ」
キッドがソフィアに挑戦的な目を向けて、微笑む。
「悪いけど、この後テリーは、俺の年賀状を書かなければいけない」
何故なら、
「俺が優勝してしまうからね! 簡単に! あっさりと! 呆気なく!」
「キッドってば何言ってるの?」
リトルルビィがうんざりした表情を浮かべた。
「テリーはこの後、私達と福袋買いに行って、私の家で開封して楽しむのよ?」
「ああ、そうだった」
テリーがキッドにいたずらな笑みを見せた。
「この後はリトルルビィの家に行かないと。ほらね、キッド、あたし忙しい身だから、あんたなんかに構ってる暇ないのよ」
「そうよ! そうよ! 年賀状くらいで大人げない!」
リトルルビィがテリーの横で言うと、キッドが余裕に微笑む。
「ほざくがいい。皆の者! 何を言っても勝つのは俺だよ」
「くすす。キッド殿下、勝負はどうなるかわからないから勝負なのです。勝つのは私ですよ。今度こそ盗んでみせましょう。テリーの時間を」
「そういう風に言ってる人が負けるのよ。私が絶対に勝って、テリーを守るんだから!」
盛り上がる三人を、テリーが引き攣る顔で眺める。
「くそ……。皆好き勝手に言いやがって……! あたしの自由時間が……!」
「お姉ちゃん、でも、よく考えたら、ちょうどいいかも」
「え?」
隣に歩いてきたメニーに、テリーが視線を流した。
「何がちょうどいいのよ」
「商店街は今の時間帯混雑してるし、少しでも時間を潰してずらせば、簡単に福袋もお守りも買いに行けるようになるかも。売り切れてなければ、だけど」
「まあ、……確かにね」
「私も何とか頑張ってみるよ」
「え、メニーも羽根つきやるの?」
テリーが驚きの声をあげると、メニーが微笑んだ。
「お姉ちゃん、私運動音痴だけど、羽根つきは結構出来るんだよ!」
「なるほど」
ということは、こっちは二手というわけだ。
「あたしが勝ったらその場で解散。自由時間」
「私が勝ってもその場で解散。自由時間!」
「ふっふっふっふっ……。メニー。あんたいい子ね。そうよ。あたし達は二人で一つよ……!」
(こういう時は利用価値があるわね。沢山利用してあげるわよ……! メニー!)
「頑張ろうね! お姉ちゃん!」
テリーの考えなど知らないメニーはぐっと拳を握り、微笑む。
そして、三人に手を上げた。
「というわけで、私も参加します! 私が勝ったらその場で解散。私とお姉ちゃんとリトルルビィで、お出かけの続きです!」
「面白い」
キッドがいやらしく微笑んだ。
「つまり、これは負けられない戦いというわけだ。くくっ」
「そのようですね」
ソフィアが薄く、微笑んだ。
「胸がときめくよ。まるで仮面舞踏会の時のようだ。絶対に負けられない」
「勝つとか負けるとか、よく分からないけど」
リトルルビィがむうっと頬を膨らませる。
「テリーは私と二人でお正月を過ごすのよ!」
「二人きりは禁止」
「え!?」
「なんでびっくりしてるの?」
メニーが顔をしかめた。
一方、ぐぐっと親指の爪を噛み始めるテリーを、口角を下げて不満そうなキッドが見下ろした。
「お守りなんていくらでも用意してあげるし、暗くなったら送ってあげる。テリー、とりあえず、年賀状書きにおいで」
「何度言えばいいのよ。キッド、嫌だって言ってるでしょ……!」
テリーが眉をひそめて言えば、ソフィアがにこりと微笑む。
「テリー、お雑煮の味見は?」
「あー、それね。ソフィアの案件は非常にそそられる……」
ソフィアの美味しい料理を誰よりも先に味見できるのは、嬉しいものである。テリーが口の中で溢れてきた唾を飲み込むと、リトルルビィがむうっと頬を膨らませて、テリーを見上げた。
「テリー! 福袋! 売り切れちゃう!」
「はいはい。リトルルビィ。福袋ね。もちろん忘れてないわよ」
うーーーーん。
(まじで切りがない……)
(確かに、ここは勝負して勝った人を優先に動いた方がいいかも)
その方が優先順位を決めて動けるというものだ。
(いざって時は、次の日でもメニーとは出かけられる)
(福袋も買いに行ける。お守りも買いに行ける)
まあ、でも、皆、
「何か勘違いしてない?」
テリーが訊くと、皆がきょとんとする。その間抜けな表情を見て、ふっと、テリーがにんまりとにやける。
「優勝をするのは、このテリー・ベックスに決まっているわ! でしょ? メニー?」
「え……ああ。えーっと……そう……じゃない……とも……言い切れないから……」
メニーが視線を逸らすが、テリーは高らかに笑い出した。
「おっほっほっほっほっ! あたしの羽根つきを見て驚くがいい! この平民ども! 全員ぶっ倒してくれるわ!」
「ふふっ、なーに? テリー、お前自分が勝てると思ってるの?」
やれやれとキッドが呆れたように笑った。
「優勝は俺のものだ!」
「ふんっ! あたしが優勝したらその場で解散よ! 暗くなるまで好きなことを好きなだけしてやる!」
「残念だけどテリー、それは駄目だな。なぜなら優勝は私のものだからね」
「テリー! 今のうちに謝っておくね! 申し訳ないけど優勝は私が貰うよ!」
「……どうなることやら……」
メニーがため息混じりに呟く。
それぞれが、それぞれの目的のために、勝利を狙う。
こうして、羽根つき大会は始まったのであった。
――――――――――――――――――――
1月1日。年初め。
街中には『Happy new year!』と看板が立てられている。
花火が鳴り響く。街中が年の初めを祝い、寒空の中、広場や、商店街で、年の初めの最初の祭が開かれている。大勢の人々が街を歩く。
その中に、三人の少女が、それぞれの場所を掴んで、はぐれないように歩いていた。
「それにしても、今年もまた多いね……」
先頭のメニーが声を上げると、メニーの鞄の紐を握るリトルルビィが頷いた。
「出店を見るだけで一苦労だよ」
リトルルビィがため息をつくと、リトルルビィのマントの裾を握るテリーが辺りを見回した。
「一回噴水通りに行った方がいいかも。方向転換よ!」
リトルルビィの肩をぽんと叩いて、伝達を任せる。
「メニー、方向転換だって! 噴水通り!」
リトルルビィが伝えると、メニーが頷いた。
「噴水通り? 了解!」
先頭のメニーが道を進み、行列の出来るにぎやかな道を無理やり歩き、噴水のある広場まで進んでいく。商店街を抜けると、ぎゅうぎゅうになっている人の行列から抜けた。
「ぷはっ!!」
三人が、声を揃えて、息を吐いた。
「ううう……苦しかった……」
メニーが胸をなでおろす。見れば、噴水前にたどり着いている。
三人が向き合い、商店街への道を眺める。
「あんだけ人がいたら流石に歩けないわね……」
「去年も多かったけど、今年もすごい……」
テリーとメニーがうんざりしたように、その光景を眺めた。
「福袋を買う予定だったけど、あれじゃあ無理ね」
「ううっ……! 理不尽だ……」
「メニー、そんなこと言ったってあれは駄目よ。あれは人が多すぎる」
「時間の問題かな」
リトルルビィが眉をひそめて言い、テリーが頷く。
「それもあるわね」
(福袋を買って、リトルルビィの家で開けて、三人で面白おかしく過ごすはずが……)
「むむっ……。これはなかなか、難しいミッションだわ……」
テリーがチッと舌打ちすると――。
「何々? 福袋? お前、他にやることあるんじゃないの?」
例えば、婚約者に年賀状送るとかさ。
「むぎゃあああああああああああああああああ!!!」
耳元で聞こえた声に悲鳴をあげて、メニーの背中にテリーが飛びついて隠れた。その方向に振り向くと、帽子を深く被り、マフラーで口元を覆い、丸眼鏡で顔を隠したキッドが、じいいいいっとテリーを睨んでいた。テリーがメニーの肩から顔を覗かせて、目を見開く。
「キッド!?」
「あ、キッド」
リトルルビィがきょとんとして、頭を下げる。
「あけましておめでとう! キッド!」
「うん。あけましておめでとう。リトルルビィ。今年もよろしくね」
睨んでいたのが嘘のようにキッドが笑顔を浮かべると、メニーもぺこりと頭を下げた。
「キ、キッド様……あの、あけまして……おめでとうございます……」
「今はプライベートだよ。メニー」
「あ、うう……」
「ふふっ。あけましておめでとう。今年も美しい君のままで、もっと美しくなってね。メニー」
メニーにも笑顔を浮かべ、その背中にいる人物に視線を移す。
「さーて? 問題はお前だ。テリー……」
また再びじっと睨むと、テリーの表情が曇っていく。
「な、何よ……。……あけおめ」
「あけおめじゃないよ……。お前……!」
ぐっと、キッドが歯をくいしばり、テリーを睨んだ。
「お前、よくも今年も年賀状をじいやにだけ送ってくれたな……。俺は傷ついたよ。それはそれは、実に誠にはるかに非常に異常に大いに、もう、俺の心のガラスのハートはぼろぼろのバラバラだよ!」
「相変わらず大袈裟なんだから。たかだか年賀状を送らなかっただけじゃない」
呟くと、キッドの目の色が変わり、テリーに怒鳴った。
「お前な! 婚約者だぞ!? 俺はお前の、婚約者だ! 最高に最強に深奥《しんおう》で深甚《しんじん》で深遠《しんえん》に関わりの深いはずの! 婚約者! 去年まではお前も子供だったということで許してたけどね、今年という今年は怒ったよ! 俺はもう怒ったよ!?」
「あんた毎年怒ってるじゃない」
「うるさいうるさい! 怒ると分かっているなら年賀状くらい出せ!」
「何よ! 年賀状くらいでうるさいわね!」
「ふざけるな! なんでじいやに出して俺には出さないんだよ!」
「出したくないのよ! あんただけにはね!」
叫び合って、黙り、じっと、キッドとテリーが睨み合った。
「テェエエエリィイイイー……!」
「なあああにいいいよおおお……!」
「くすす。これは面白いところに遭遇した」
リトルルビィとメニーが視線を移すと、ソフィアが四人を見て、くすすと笑っていた。
「ソフィア!」
「こんにちは、リトルルビィ。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう! ソフィア!」
「メニーも、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。ソフィアさん」
メニーがぺこりと頭を下げると、ソフィアが微笑んだ。
「今年はもっと仲良くなろうね」
いつでも私がテリーを貰ってもいいように。
「メニーと私は協力し合うべきだ。怪盗時代の時のようにね」
「記憶にありません」
それと、
「お姉ちゃんを物扱いしないでください!」
「くすす。物扱いなんてしてないよ。将来の伴侶扱いさ」
「やめてください! 切実にやめてください!」
「そうよ! ソフィアったら何言ってるの!」」
憤慨するメニーの横で、リトルルビィがソフィアを睨んでいた。メニーが救われた目を向ける。
「リトルルビィ……!」
「テリーはね! 私と結婚するんだから!」
「そうじゃない!」
メニーが拳を握った。ソフィアがくすすと笑い、可愛い子供達を見下ろす。
「全く。リトルルビィ、新年早々面白い冗談を。いい? テリーが選ぶのは、この私だ!」
「私よ!」
「変な争いしないでください! 二人とも!」
ばちばちの二人に、メニーが一生懸命声を張り上げる。
「二人がお姉ちゃんのことが好きなのは知ってますけど、お姉ちゃんの気持ちを優先させてください! でしょ!? お姉ちゃん!」
「私と結婚したら甘い新婚生活が待ってるよ。どう思う? テリー」
「私の方がテリーを大切に出来るもん! テリーもそう思うでしょ!?」
三人が振り向けば、
「このこのこのこのこの!」
「やーい! ばーかばーか!」
「木偶の坊!」
「暴れん坊!」
「とんちんかん!」
「怒りん坊!」
「はっ!」
「ほら捕まえた!」
「ぐぬぬ! 離せ! くそがき!」
「これでどうだあああああ!!」
「むぎゅううううううううううう!!」
「この、ぶーーーーすーーーーー!!」
「ぐううううううううう!!!!」
いつメニーの背中から離れたのか、いつの間にかキッドともみ合いになっているテリーがいて、三人がきょとんと瞬きをした。
キッドが高らかに笑い、テリーの頬がぐちゃぐちゃに遊ばれている。
「ほら、悔しかったら抵抗してみなよ! テリィイイ!?」
「ヒッホ! ヒッホへっはいふるははいははっ!!」
キッド! キッド絶対許さないからっ!!
「え!? なんて言ったの!? よく聞こえないよーー!?」
「ふひいいいいいいい!!」
分かっているくせに、キッドは意地悪く微笑み、天使のように微笑み、テリーの頬をこねくり回す。
その二人を、三人が呆れたように見守る。メニーがソフィアに目配りした。
「ソフィアさん……」
「くすす。任せて」
ソフィアが笑い、近づいて、大人として、子供二人の間に無理矢理入る。
「お二人とも、ストップ」
「むぐっ!」
「むぐぅ!」
ソフィアに止められたキッドとテリーが同時に声を上げる。くすすと笑うソフィアに、キッドが気づき、再び嘘のように微笑む。
「あ、ソフィアだ。あけましておめでとう」
「キッド殿下、あけましておめでとうございます。挨拶は大事ですが、こんな所で大暴れされては、どんなにうまく変装しているとはいえ、気づかれてしまいますよ。くすす」
「テリーが悪いんだよ。こいつ俺に年賀状送らなかったから」
「え?」
ソフィアがきょとんとする。
「キッド殿下、届かなかったんですか?」
「え?」
キッドの目が点になり、すぐに据わった。
「まさか…」
「くすす。テリー、あけましておめでとう。それと、年賀状もありがとう」
ソフィアがテリーに顔を向けて微笑むと、テリーが頷く。
「あけましておめでとう。ソフィア。あんなの挨拶代わりよ。図書館でまあまあ世話になってるし」
「嬉しかったよ。達筆そうに見えて実は結構汚い字を書くのも、非常に可愛い。胸がときめいたよ」
「てめえ、新年早々、このあたしをけなしてくるなんて良い度胸じゃない……」
「けなすなんてとんでもない。君の字で、もっと君が恋しくなっただけさ」
にこっと微笑むソフィアを見て、キッドの怒りゲージが頂点に上った。ぶちっと、この場にいる四人が、何か聞こえた気がした。
「こぅらあああああああああああああああああ!! テリーーーーーーーーー!!」
襲い掛かろうとしたキッドを、ソフィアが抱き止めて、押さえ込む。
「こらこら」
「テリィイイイイイイイ! 許さない! 許さない!! 許してなるものかあああああああ!!」
二人から後ずさり、テリーが声を張り上げた。
「キッド! 年賀状くらいで大人げないわよ!」
「ふざけるな! なんでソフィアに出して俺には出さないんだよ!」
「だから出したくないし書きたくないのよ! キッドだけにはね!!」
「ぐうううううううううううううっっっ!! テリイイイイイイイイイ!」
「おやおや。怖い怖い。キッド殿下、そんなに暴れないでください」
「テリーが! テリーが悪いんだ! テリーが悪いんだ!」
「悪くないもん! あたし悪くないもん! 悪くないもん!!」
「ふむ……。キッド殿下はテリーからの年賀状が欲しい。そしてテリーは書きたくない」
なるほど。
「提案ですが」
ソフィアの一言に、全員がソフィアを見る。くすす、とソフィアが妖艶に笑った。
「羽根つきで、決めてはいかがですか?」
「羽根つきって」
リトルルビィが声をあげる。
「あの羽根つき?」
「そうだよ。リトルルビィ。お正月に遊ぶ、羽根つきさ」
ソフィアが頷く。
「勝負して、キッド殿下が勝ったらテリーが年賀状を書く。テリーが勝ったらキッド殿下には我慢してもらう」
「望むところだ!!」
キッドがテリーを睨んだ。
「お前に必ず勝って年賀状書かせてやる! 絶対書かせるからな! 今年こそは書かせるからな!」
「嫌って言ってるでしょ! 女の子に無理やり嫌なことさせようとするなんて最低! いいわよ! あたしが勝って今度こそ『大暴れしてごめんなさい、テリー様。許してください、この通り』って言わせてやる!」
「はっ! やれるものならやってみな!」
「後悔しても遅いんだからね!」
ばちばちばちばち!!
睨み合う二人を見て、リトルルビィが声を上げる。
「えー、いいな! 羽根つき面白そう!」
「くすす。そうだね。じゃあ、こうしよう」
ソフィアの目が、怪しく光った。
「キッド殿下とテリーの勝負は二人の勝負として、皆で勝負して、優勝したら……」
くすす。
「テリーとデート」
「ん?」
テリーがきょとんとした。
「なっ……」
キッドが顔を引き攣らせた。
「へっ!?」
リトルルビィの目が輝いた。
「だから!」
メニーが抗議した。
「お姉ちゃんを物みたいにするの、やめてください!」
「おや、そういうことじゃないんだよ。メニー」
あくまで、景品があった方がやる気が出るというだけ。
「私か、キッド殿下か、リトルルビィが勝てば、この後、暗くなるまでテリーとデートさせてもらおうじゃないか」
「デートって何よ。行かないわよ」
じっとテリーが忌々しげに睨めば、ソフィアは微笑みながらテリーに振り向く。
「テリー」
「ん?」
「お雑煮って食べたことある?」
「……何それ」
「テリーに食べさせたくて、多めに作ってあるんだ」
そして。
「味見、してほしくて……」
味見?
切なげに呟くソフィアを見て、テリーがはっとする。彼女が呪いの飴を舐めたことにより、舌が麻痺していて、その舌をもう一度鍛えていることを、思い出す。
「ああ、なるほど。そういうことなら、行ってあげてもいいわよ」
(あんたが見えない努力しているのは、知ってる)
「くすす。でも明日になったら、また味が落ちてるかもしれないから」
「ああ、そっか。だったら別に……」
「ちょっと待って」
キッドが不満そうに声を上げた。
「年賀状は?」
じいいいっとテリーを見る。テリーは顔をしかめて、キッドを睨んだ。
「あんたが勝ったら書いてやってもいいわよ? あんたが、もしも、勝てたらね!」
「というわけだ」
キッドがソフィアに挑戦的な目を向けて、微笑む。
「悪いけど、この後テリーは、俺の年賀状を書かなければいけない」
何故なら、
「俺が優勝してしまうからね! 簡単に! あっさりと! 呆気なく!」
「キッドってば何言ってるの?」
リトルルビィがうんざりした表情を浮かべた。
「テリーはこの後、私達と福袋買いに行って、私の家で開封して楽しむのよ?」
「ああ、そうだった」
テリーがキッドにいたずらな笑みを見せた。
「この後はリトルルビィの家に行かないと。ほらね、キッド、あたし忙しい身だから、あんたなんかに構ってる暇ないのよ」
「そうよ! そうよ! 年賀状くらいで大人げない!」
リトルルビィがテリーの横で言うと、キッドが余裕に微笑む。
「ほざくがいい。皆の者! 何を言っても勝つのは俺だよ」
「くすす。キッド殿下、勝負はどうなるかわからないから勝負なのです。勝つのは私ですよ。今度こそ盗んでみせましょう。テリーの時間を」
「そういう風に言ってる人が負けるのよ。私が絶対に勝って、テリーを守るんだから!」
盛り上がる三人を、テリーが引き攣る顔で眺める。
「くそ……。皆好き勝手に言いやがって……! あたしの自由時間が……!」
「お姉ちゃん、でも、よく考えたら、ちょうどいいかも」
「え?」
隣に歩いてきたメニーに、テリーが視線を流した。
「何がちょうどいいのよ」
「商店街は今の時間帯混雑してるし、少しでも時間を潰してずらせば、簡単に福袋もお守りも買いに行けるようになるかも。売り切れてなければ、だけど」
「まあ、……確かにね」
「私も何とか頑張ってみるよ」
「え、メニーも羽根つきやるの?」
テリーが驚きの声をあげると、メニーが微笑んだ。
「お姉ちゃん、私運動音痴だけど、羽根つきは結構出来るんだよ!」
「なるほど」
ということは、こっちは二手というわけだ。
「あたしが勝ったらその場で解散。自由時間」
「私が勝ってもその場で解散。自由時間!」
「ふっふっふっふっ……。メニー。あんたいい子ね。そうよ。あたし達は二人で一つよ……!」
(こういう時は利用価値があるわね。沢山利用してあげるわよ……! メニー!)
「頑張ろうね! お姉ちゃん!」
テリーの考えなど知らないメニーはぐっと拳を握り、微笑む。
そして、三人に手を上げた。
「というわけで、私も参加します! 私が勝ったらその場で解散。私とお姉ちゃんとリトルルビィで、お出かけの続きです!」
「面白い」
キッドがいやらしく微笑んだ。
「つまり、これは負けられない戦いというわけだ。くくっ」
「そのようですね」
ソフィアが薄く、微笑んだ。
「胸がときめくよ。まるで仮面舞踏会の時のようだ。絶対に負けられない」
「勝つとか負けるとか、よく分からないけど」
リトルルビィがむうっと頬を膨らませる。
「テリーは私と二人でお正月を過ごすのよ!」
「二人きりは禁止」
「え!?」
「なんでびっくりしてるの?」
メニーが顔をしかめた。
一方、ぐぐっと親指の爪を噛み始めるテリーを、口角を下げて不満そうなキッドが見下ろした。
「お守りなんていくらでも用意してあげるし、暗くなったら送ってあげる。テリー、とりあえず、年賀状書きにおいで」
「何度言えばいいのよ。キッド、嫌だって言ってるでしょ……!」
テリーが眉をひそめて言えば、ソフィアがにこりと微笑む。
「テリー、お雑煮の味見は?」
「あー、それね。ソフィアの案件は非常にそそられる……」
ソフィアの美味しい料理を誰よりも先に味見できるのは、嬉しいものである。テリーが口の中で溢れてきた唾を飲み込むと、リトルルビィがむうっと頬を膨らませて、テリーを見上げた。
「テリー! 福袋! 売り切れちゃう!」
「はいはい。リトルルビィ。福袋ね。もちろん忘れてないわよ」
うーーーーん。
(まじで切りがない……)
(確かに、ここは勝負して勝った人を優先に動いた方がいいかも)
その方が優先順位を決めて動けるというものだ。
(いざって時は、次の日でもメニーとは出かけられる)
(福袋も買いに行ける。お守りも買いに行ける)
まあ、でも、皆、
「何か勘違いしてない?」
テリーが訊くと、皆がきょとんとする。その間抜けな表情を見て、ふっと、テリーがにんまりとにやける。
「優勝をするのは、このテリー・ベックスに決まっているわ! でしょ? メニー?」
「え……ああ。えーっと……そう……じゃない……とも……言い切れないから……」
メニーが視線を逸らすが、テリーは高らかに笑い出した。
「おっほっほっほっほっ! あたしの羽根つきを見て驚くがいい! この平民ども! 全員ぶっ倒してくれるわ!」
「ふふっ、なーに? テリー、お前自分が勝てると思ってるの?」
やれやれとキッドが呆れたように笑った。
「優勝は俺のものだ!」
「ふんっ! あたしが優勝したらその場で解散よ! 暗くなるまで好きなことを好きなだけしてやる!」
「残念だけどテリー、それは駄目だな。なぜなら優勝は私のものだからね」
「テリー! 今のうちに謝っておくね! 申し訳ないけど優勝は私が貰うよ!」
「……どうなることやら……」
メニーがため息混じりに呟く。
それぞれが、それぞれの目的のために、勝利を狙う。
こうして、羽根つき大会は始まったのであった。
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