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悪役令嬢のとある日常

愉快で愉快な羽根つき大会(3)

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 次の試合相手を見て、メニーが胸をなでおろす。

(まだマシだ……)

「よーし! メニー! 俺達は楽しくやろうね!」

 向かいを見れば、ネット越しにキッドがにこにこしている。

「いやあ、嬉しいよ。可愛いメニーと試合出来るなんてさ」
「う、ううう……」

(この人のこういうところが苦手なんだよな……)

 ちらっと横目でテリーと審判のサリアを見ると、暇そうにしているテリーと目が合った。サリアも微笑み、笛を持つ。

「準備はいいですか? キッド様、メニーお嬢様」
「俺はいつでも」
「わ、私も、大丈夫……」
「メニー、気張らずに。俺は可愛い女の子には優しいからね。テリーの時とは比べ物にならないほど優しくしてあげるよ」
「……お姉ちゃんの言ってたことが分かりました。寒気が……」
「あはは。何々? 姉妹揃って俺が嫌いなの? あははははは!」

 それはそれでまた面白い。

 笑うキッドをよそに、サリアが口を動かした。

「それでは、正々堂々」

 始め!

 メニーとキッドの試合が始まった。

 先攻のキッドが、軽く羽根を飛ばした。

「そーれ」
「はいっ」

 メニーが返す。

「よっと」

 キッドも返す。

(て、手加減されてる……!)

 メニーはひしひしと感じていた。
 心なしか、キッドの表情が緩やかだからだ。
 メニーがキッドに羽根を飛ばす。

「ねえ、メニー」

 キッドがメニーに羽根を返す。

「はい?」

 メニーがキッドに羽根を返す。

「テリーをプリンセスにしてもいい?」

 キッドがメニーに羽根を返す。

「どういう意味ですか?」

 メニーがキッドに羽根を返す。

「メニーの大切なお姉ちゃん、俺のものにしていいか、ってこと」

 キッドがメニーに羽根を返す。

「それは」

 メニーがサーブを決めた。

「お姉ちゃんが決めることです」
「おっと」

 キッドの足元に羽根が落ちた。

「なるほどね」

 キッドが微笑んで、羽根を拾い、メニーに投げた。

「じゃあ、結婚しても文句ないね?」

 メニーが羽根を受け取り、構える。

「結婚しないかもしれませんよ」

 メニーが、

「お姉ちゃんは将来私と田舎に住むんです。だから」

 キッドを睨んだ。

「そんな早い話、されても困ります」

 メニーが羽根を飛ばした。

「くくっ。応援してよ。メニーが言えば、テリーは俺と結婚してくれるかもしれないからさ」

 キッドがメニーに羽根を返す。

「どうして、私が」

 メニーがキッドに羽根を返す。

「だって、あいつ君のことが大好きだから」

 キッドがメニーに羽根を返す。

「姉妹ですから」

 メニーがキッドに羽根を返す。

「へえ。姉妹か」

 キッドが構えた。

「本当にただの姉妹?」

 キッドがスマッシュを決める。
 メニーの動きが止まる。メニーの足元に、羽根が落ちる。向かいを見れば、にやけるキッドがいる。

「……何ですか。姉妹じゃ悪いですか?」
「悪いなんて言ってないよ?」

 メニーが羽根を投げる。キッドが受け取った。

「ただ、それだけなのかなって、疑問なだけだよ」

 キッドは微笑む。怪しく微笑む。
 メニーは睨む。キッドを鋭く睨む。
 キッドの口が動いた。

「メニー」
「はい」
「俺が勝ったら応援してくれる?」
「嫌です」
「君が大好きなお姉ちゃんを、世界一幸せにしてあげるよ」
「必要ありません」
「なんで?」
「テリーお姉ちゃんを幸せに出来るのは、キッドさんだけじゃないと思います」
「………へーーーーえ?」

 キッドがにやける。

「どういう意味か、よく分からないなあ……?」

 メニーは黙った。

「あはは。そう睨まないでよ。メニー」

 キッドは笑う。

「これだけは言っておくね?」

 キッドは笑う。

「俺は、メニーが好きだよ? 可愛いし優しいし思いやりがある。君は俺の最高の友達だ」

 でも、

「テリーのこととなれば、話は別だ」

 キッドは、にやけた。

「可愛い君でも、容赦も同情もしないよ。あの子を今、『俺の目の前にいる人』よりも愛してる自信があるからね」
「……キッドさん」

 メニーが言った。

「くたばってください」
「あはは! メニー、テリーに似てきたね」

 いいね、いいね。

「面白い。勝負はこうでなくっちゃ」

 キッドが微笑む。メニーはむっとする。

「後悔しても遅いですよ……」
「くくっ。それは、俺のセリフだよ。メニー」

 キッドがメニーに羽根を飛ばした。


 ――一方、


「あーー。暇だわ。サリア……」

 テリーが羽根つきを振り回し、うなだれる。
 サリアの視線は、楽しそうに羽根つきをするキッドとメニーを眺めていた。

「構って差し上げたいところですが、私も審判をしなければなりませんので」
「何よ。メニーもキッドも、二人して楽しそうにしちゃってさ」
「あら、ヤキモチですか? テリー?」
「違う」
「ふふっ。テリーの敗者復活はいつですか?」
「今向こうでリトルルビィとソフィアが戦ってるの。その負けた相手とだって」
「なるほど。今は待機時間というわけですか」

 あ、キッド様に一点。

 サリアが得点を付けた。テリーもそれをぼーっと眺める。

「そうよ。あたしは待機時間」
「でしたら、テリー、今のうちにストレッチでもしておくべきですね。少しでも筋肉痛が軽くなるように」
「あ、そっか。じゃあ準備体操でもしようかな」

(筋肉痛が軽くなるならそれに越したことはないわよね)

 テリーが立ち上がり、ぐっと伸びをして、拍子にぴょんぴょんと足を跳ねさせると――。

 どかーーーーん!

「ひえっ!?」

 突然の爆発音に、テリーとサリアが目を見開く。
 試合中の二人も、その音に体が止まる。

「え…!?」
「メニー! こっちにおいで!」
「はい!」

 メニーが慌てて手を差し出すキッドに駆け寄る。
 サリアが音の方向に振り向き、はっと何かに気づいたように、テリーに走った。

「テリー!」
「え?」

 サリアがぽかんとするテリーの肩を掴んで、くるりと回転した。

「わっ!」

 悲鳴をあげると、回転したテリーの後ろに、何かが飛んできた。

「え!?」

 慌ててテリーが振り向くと、

「わっ!」

 キッドの驚きの悲鳴。
 目を回したリトルルビィがキッドにお姫様抱っこで抱えられていた。

「おい! リトルルビィ!?」
「ふえー……」

 くるくる目を回すリトルルビィに、キッドの背に隠れていたメニーが駆けよる。

「だ、大丈夫? リトルルビィ! どうしたの!?」
「うううう……」

 リトルルビィの上には、ひよこがぴよぴよ鳴きながら回っている。テリーがその光景を眺め、後ろに振り向き、煙が起きているその場所を見つめた。

(今……、あそこから吹っ飛んできた……!?)

 サリアがいなかったら、テリーにリトルルビィが直撃していたというわけだ。
 ぞーーーっとテリーがサリアにしがみついた。

「サリア助かったわ!」
「ご無事で何よりです」
「こらー! 何やってんだ! ソフィア! リトルルビィも!!」

 キッドが怒りの声を張り上げる。煙の中から、呆れるビリーと、くすすと笑うソフィアが姿を見せる。

「くすす。少々やりすぎてしまいましたね……」

 なぜこうなったか、経緯を説明しましょう。

 こめかみを押さえたソフィアが笑った。


(*'ω'*)


「用意はいいかのう? 二人とも」

 事情を知るビリーが審判となれば、手加減などという言葉は消え去る。ソフィアとリトルルビィは、睨み合っていた。

「これはいい勝負が出来そうだね。リトルルビィ」

 ソフィアは微笑む。リトルルビィも羽根つきを手に握り、にやりとした。

「さっきは、相手がメニーだった。さらにサリアのお姉ちゃんがいたから力を出せなかったけど……」

 相手がソフィアで、審判がビリーのおじいちゃんなら、話は別。

「この試合だけでも勝つ! 勝って、テリーに褒めてもらうんだから!」
「くすす。そうだね。リトルルビィ。私も誤魔化す必要がなくて安心しているよ」

 羽根つきを構える二人は、真剣だ。

「不正は無しよ!」
「正々堂々勝負しよう。リトルルビィ!」
「それでは……」

 始め!

 ビリーが笛を吹いた途端に、二人の目の色が変わる。先攻のリトルルビィが、最初からサーブを決める。

「だああああ!」
「くすす」

 ソフィアが受け止め、羽根を飛ばす。

「なんですって!?」

 リトルルビィがソフィアに羽根を飛ばす。

「これでどうだ!」
「くすす」

 ソフィアが受け止め、また羽根を返す。

「なっ……」
「くすす。リトルルビィ」

 リトルルビィが飛ばす超高速羽根を、ソフィアが返していく。

「忘れていないかい? 私が催眠を使えることに」
「な、何のこと!? 私、ソフィアの目なんて見てない!」
「視界に入れば私の目を見たことになる」

 そうさ。リトルルビィ。

「私はこうやって催眠をかけているんだよ。リトルルビィは、私に返せる羽根を飛ばしてくるとね」
「なにーーーーー!?」
「くらえ、リトルルビィ」

 ソフィアが構える。

「これぞ、白熊落とし」

 びゅんっ、とソフィアが羽根つきを振る。羽根が当たる。その羽根が高く飛び、合うとギリギリのエリアに落ちる。ソフィアに得点が入る。

「なっ……なにぃ……!?」
「くすす。これぞ、元怪盗の力というわけだ」
「ま、負けないんだから!」

 ぐっとリトルルビィが歯を食いしばり、羽根を拾って、ソフィアに飛ばした。ソフィアが受け取り、構える。

「リトルルビィ、君は将来テリーとどうなりたい?」
「ん?」
「君はまだ子供だから、夢を見ているのかもしれない。テリーと幸せな生活を。でもね、今のうちに教えておくよ。現実はそう甘くない。女同士という偏見を持たれて、テリーは傷つくかもしれない」

 でも、私はそれをカバーできる自信がある。

「リトルルビィ、諦めるなら今のうちさ。テリーを友達として見るんだ。恋する相手と見ずにね」
「ふふっ。ソフィアったら貫禄つきすぎてない? 所詮はおばさんの言葉ね」

 おばさん、という言葉に、ソフィアがぴくりと目を痙攣させた。

「おばさんじゃない。私はまだ23歳」
「私11歳よ! 私から見たら、ソフィアはおばさんなの!」

 そのおばさんが、十歳離れたテリーと結婚したいとかほざいてるの?

「うふふ! 諦めるのはそっちでしょ! おばさーーーん!」
「くすす……。私を怒らせたいようだね……。リトルルビィ……」

 ソフィアがぎろりと、リトルルビィを睨んだ。

「大人を分からせてやる。吸血鬼娘」
「吸血鬼をなめないで! 恋泥棒野郎!!」

 ソフィアが羽根を飛ばした。

「はぁっ!」
「てい!」
「はい!」
「てや!」
「うらっ!」
「おらっ!」
「とりゃっ!」
「そらっ!」

 ソフィアに得点が入り、リトルルビィに得点が入る。

「私の方がテリーと付き合いが長いもんね! あんたなんて三、四ヶ月ちょっとじゃない!」
「運命に時間は関係ないさ! これからもっと一緒の時間を過ごせばいいだけだ!」
「気持ち悪いのよ! 大の大人のくせに!」
「君に言われたくないな! 人の血を吸うくせに!」
「テリー限定だもん!」
「キッド殿下の血も飲んだらしいね!」
「あんただってその胸触らせたんでしょ!」
「テリーの背中にキスをしたこともある!」
「私はおでこにキスしてもらったもんね!」
「クリスマスで帳消しにしてあげたでしょ? ル・ビ・ィ?」
「ぎゃあああああ! 思い出させるなー!!」

 ばこんばこんと、羽根つきが凹んでいく。

「この笛吹き!」
「この赤ずきん!」
「この巨乳!」
「このペチャパイ!」
「この巨体!」
「このチビ!」
「リトルだもん!」
「トリプルスモールサイズ」
「貴様なんてこと暴言をおおおおおおお!!」
「はーっはっはっはっはっ!」
「ソフィアアアアアアアア!」
「リトルルビィイイイイイ!」

 テリーは、私のもの!!

 愛しい存在が重なる二人は、ある意味での敵。
 これはその戦いである。

 負けられない戦い。
 負けられない相手。

(ソフィアには)
(リトルルビィには)

 負けられない!!

「はあああああああああああ!!」

 リトルルビィが力を溜めた。

「やあああああああああああ!!」

 ソフィアが力を溜めた。

「ソフィアアアアアアア!!」
「リトルルビィイイ……!!」

 羽根を高らかに飛ばし、リトルルビィがその高さまでジャンプして飛んだ。

「これで終わりよ……! ソフィア!!」

 腕を振り下ろす。
 びゅんっ! と飛んできた羽根を、ソフィアがくすすっと笑った。

「だから、甘いよ! ルビィ!!」

 ソフィアの目が金色に光り、その羽根が、急に弱まった。

「なっ!」
「言ったでしょう? 君は既に催眠にかかっていると」

 この勝負。

「私の勝ちだ」

 ソフィアが、羽根を飛ばす。リトルルビィに向かって、羽根を飛ばす。黄金の目が唱える。

 ――この羽根で、君は、吹っ飛んでいく。

 リトルルビィが、その目を見た。

「ひゃっ!!」

 こーん。

 羽根が、リトルルビィに当たる。すると、すごい勢いで、リトルルビィが吹っ飛ばされた。
 どかーーーーーーーん。

「きゃああああああっ!!」

 リトルルビィが悲鳴を上げた。
 その先にはぴょんぴょん飛び跳ねる可愛いテリーがいた。

「あ」

 ソフィアが声を上げる。吹っ飛んでくるリトルルビィを、その横にいるサリアが見ていた。

「テリー!」
「え?」

 サリアがぽかんとするテリーの肩を掴んで、無理矢理くるりと回転した。

「わっ!」

 テリーが悲鳴をあげた後ろで、リトルルビィが吹っ飛んでいく。そしてそのまま、その先にいるキッドまで吹っ飛んでいく。キッドが走り、自ら突っ込んでいき、リトルルビィの体を抱き止めた。

「わっ!」

 キッドが声をあげ、抱き抱えたリトルルビィを見下ろした。



(*'ω'*)



「おーまーえーらー!」

 怒るキッドの目の前には、正座するリトルルビィとソフィア。

「責任者は俺なんだぞ!! あー! もー! こんなに大暴れして! 壁こそ壊さなかったからいいにしても! 煙! こんな季節に! 煙!」

 父さんに怒られる!

「お前達少しは俺の立場を考えろよ!」

 キッドが二人にデコピンをした。

「いてっ!」
「ひぇっ!」

 二人が同時に額を押さえ、痛みに俯く。キッドが、はーあ。とため息をついた。

「ったく。せっかくメニーと羽根つきやってたのに! 勝負にならなかったじゃないか!」

 大暴れした後片付けで時間がだいぶ過ぎてしまった。

「そろそろ良い頃合いじゃぞ。キッドや」

 ビリーが施設の窓覗く。外はほんのり、暗くなってきていた。テリーもそれを見て、呟く。

「冬は暗くなるの早いものね……」

(掃除してたら、時間が経過していったわ……)
(お買い物には戻れなさそう……)

「区切りもいいのでは? 暗くなったら困るからこそ、私も迎えに来ましたから」

 サリアが微笑み、テリーが振り向く。

「んー。そうよね……」
「あら、不満そうなお顔」

 もしかして、テリーお嬢様、

「誰かと帰られる予定でしたか?」
「あー……」

 テリーは、呟く。

「えっと……」



 NEXT:
 Happy message(キッド)
 不安の目に微笑みを(ルビィ)
 図書館司書の一年の始まり(ソフィア)
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