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リトルルビィ

木漏れ日夢日記

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 風が吹いている。それと太陽の匂いと、草の匂い。

(ん…)

 頭の下には柔らかいもの。

(これ気持ちいい…)

 リトルルビィがふう、と息を吐いた。

「ふふっ」

 笑い声が聞こえる。

(ん…?)

 女の子の笑い声。聞き覚えのある笑い声。

(誰…?)

 リトルルビィの瞼が上げられる。木漏れ日の中、微笑ましそうにテリーが自分を見下ろしていた。

(えっ)

 リトルルビィが目を見開く。

(え?)

「ああ、起きた?」

 テリーがくすりと笑った。

「おはよう」
「…おはよう…」

 挨拶を返すと、テリーが柔らかく微笑む。

「気持ちよさそうに寝てたわね」
「……へ……?」

(何? この状況…?)

 テリーが笑ってる。

(いつも以上に笑ってる…!?)

 テリーが笑ってる。

(…可愛い)

 ぼうっとリトルルビィが見惚れ、またすぐにはっとする。

(い、いけない。私、こんなところで一体何して…)

 ふに。
 手に、何か柔らかいものが触れた。

(あれ…?)

 ふにふに触ってみる。

(あれ?)

 テリーの足がある。

(こ、これはまさか!)

「膝枕!!!!????」
「あんたがしてって言ったんでしょ?」
「ええええええ!? テリー! それでしてくれたのぉぉおおお!?」
「何言ってるのよ、今更」

 テリーが呆れたように笑い、リトルルビィの頭を撫でた。

(て…テリーが、テリーらしくない発言を…!)

 すごく幸せそうなテリーの笑顔。

(…でへへ)

 でれんとリトルルビィの頬が緩む。

(…あれ?)

 そこで、思い出す。

「はっ! そっか! 私達、恋人同士だった!」
「そうよ。思い出した?」
「思い出した!」

 リトルルビィがテリーを見上げる。

「寝ぼけてたみたい。ごめんね? テリー」
「ん。許してあげる」

 テリーの手がリトルルビィの頭を優しく、なでなでと撫でてくる。

(うひゃあ…気持ちいい…)
(テリーのなでなで好き…)

 ぽーーーっと、リトルルビィがテリーを見つめる。

(恋人同士ってことは…)

 リトルルビィがはっとして目を見開く。

「キスもいいの!!??」
「ん?」
「お触りも!!!???」
「あんたさっきから何言ってるの?」
「テリー!!」

 リトルルビィが目を輝かせる。

「ねえねえ! キスしていいの!?」
「キス?」

 テリーがふっと笑い、リトルルビィの顔を覗き込んだ。

「どこにしてくれるの?」
「え…」

 リトルルビィが固まる。

「ん?」

 首を傾げて、おどけるテリーがいる。リトルルビィは黙る。母のように、姉のように、自分の頭を撫でてくれるテリーを見つめる。

(どこって…)

 テリーの唇を見る。

「……………」

 じいっと見る。

「…………………………」
「リトルルビィ?」

 テリーが頭を撫で続ける。

「キスしてくれるんでしょう?」
「…うん」

 リトルルビィがテリーに手を伸ばした。

「こっちきて」
「ふふっ」

 テリーが笑い、身を屈ませる。

「これでいい?」
「うん!」

 リトルルビィが近くなったテリーの頬にキスをする。

「ちゅ!」
「ふふっ」

 右頬に、左頬に、

「ちゅ!」
「んっ。ふふっ、ルビィ、あたしもしていい?」
「えっ!!」

 テリーがしてくれるの!!!??

「うん! ぜひ! あの! イエス! お願いします!!」

 きらきら瞳を輝かせ、身を構えるリトルルビィの姿にテリーがくすくす笑い、リトルルビィの額にキスをした。

「ちゅ」
「ひゃっ」

 途端に、リトルルビィの胸がきゅっと締め付けられる。

「て、テリー! もう一回!」
「もう一回?」

 テリーがもう一度キスをする。

「ちゅ」
「えへへへぇ」

 でれんとリトルルビィが笑い出す。

「へへへへぇ!」
「ルビィ、顔がいやらしいわよ」
「いーんだもーん!」

 テリーとキス出来るなら、

「なーんでもいーんだもーん!」

 リトルルビィがうつ伏せになり、テリーの腰に抱きつき、その暖かさを堪能する。

「テリィ…」
「ふふっ、なぁに?」

 テリーの手が優しく、リトルルビィの頭を撫でる。優しい手に思わずうっとりしてしまうほどだ。

(ずっとこうしてたい…)

 せっかくテリーと恋人になれたんだから、ずっとこうしてたい。

(テリー)

 リトルルビィは胸をときめかせる。

(テリー…好き…)

 ぽうっとしながら、テリーの匂いと、草の匂いと、太陽の匂いを嗅ぐ。

(……あ、なんか)

 お腹すいてきた。

(……ん)

 ぐう。

「あ」
「あ」

 テリーとリトルルビィの声が重なる。リトルルビィが一気に顔を赤面させ、耳まで赤くなり、その姿にテリーが笑う。

「ふふっ」
「ちが! テリー! 違うの! これ違うの!」
「お腹すいた?」

 顔を逸らしたリトルルビィが頷く。

「……はい」
「いいわよ」

 テリーが第一ボタンを外した。

「え」
「お腹すいたんでしょう?」

 テリーが第二ボタンを外した。

「血、飲んでいいわよ」

 テリーが微笑む。
 リトルルビィはきょとんとする。テリーを見上げ、首を振った。

「血は、飲まないよ」
「あたしの血よ?」
「飲みたくない」

 今度はテリーがきょとんとした。

「でも、お腹すいたんでしょう?」
「ドリンク飲めば大丈夫!」

 血と同じ成分の、キッドから支給されるドリンク。

「あれさえ飲めば、テリーの血はいらないよ」
「でも」
「飲みたくない」

 リトルルビィが微笑んだ。

「テリーのこと、噛みたくない」

 そっと起き上がり、正面から、テリーを抱きしめた。

「テリーに少しでも痛い思いして欲しくない」

 リトルルビィがテリーに顔をすり寄せる。

「だって、大切なんだもん」
「テリー、好き」
「テリーのこと、すごく大事なの」
「そんなテリーを傷つけたくない」
「せっかく恋人になれたんだもん」

 だったら余計に、傷つけるわけにはいかない。

 暖かな風が吹く。テリーとリトルルビィの髪の毛を揺らす。リトルルビィは愛おしく、テリーを抱きしめ続ける。お互いに黙る。呼吸の音が響く。野原の草が揺れる。太陽が暖かい。しばらくの静寂の末、テリーがぼそりと、リトルルビィに訊いた。

「…あたしが、嫌い、とかじゃなくて?」
「何言ってるの。…大好き。テリーが大好き」
「なのに、…血を飲まないの?」
「痛いもん」
「痛くないわよ」
「やだもん」

 リトルルビィが顔をむくれさせ、テリーを大切に抱きしめる。

「テリーを噛んで傷つけるくらいなら、傷つける奴らからテリーを守りたい」

 吸血の力は、そのために使いたい。

「テリー」

 リトルルビィが体を離し、テリーを見つめる。テリーの瞳も、リトルルビィだけを見つめていた。お互いの目を見つめる。テリーの瞳を見つめ続ければ、リトルルビィの心臓は、とくんとくんと、鳴り続ける。

(この想いは、幻じゃない)

 リトルルビィが微笑む。

「好き。やっぱり好き。テリー、大好き」
「……あたしもよ。ルビィ」

 テリーが切なそうに、眉をへこませて微笑む。

「でも、飲みたい時は言って? あたしはルビィのためなら、自分の血液くらい差し出すわ。あたしには、それしか出来ないから」
「うん。ありがとう! でもいいの! 私はテリーが傍にいてくれたら、それで嬉しいの!」
「傍にいたら?」
「うん!」

 リトルルビィがテリーの両手を優しく握り、胸の前に持ち上げる。

「こうやって、触れる位置にテリーがいてくれたら、私は」

 リトルルビィがはにかんだ。

「…それで、満足よ」
「…そう」

 どこか、ほっとしたようにテリーが微笑み、リトルルビィの手を握り返した。

「相変わらず優しいのね」

 テリーがリトルルビィを見つめる。

「そういうところが好き」
「えっ」

 リトルルビィの顔がまた赤面する。

「す、好き?」
「ええ。好き。あたし、ルビィのこと大好き」
「私も! テリーのこと! 大好き!」
「ルビィ、愛してるわ」
「あっ!!!??」

 愛してる!!!??

「あ、あっ! あい!」

 リトルルビィが言葉を躓かせ、一度深呼吸して、再び口を開いた。

「私も! テリー! あ、あい、あいらびゅー!!」
「あたしも愛してる。ルビィ」
「…テリー…」
「ふふっ」

 リトルルビィが眉をへこませて思わずテリーの名を呼べば、テリーは嬉しそうに、愛おしそうに、おかしそうに笑い、リトルルビィの頰にキスをした。

「わっ」
「ここも」

 テリーが鼻にキスをする。

「ここも」

 リトルルビィの額にキスをした。

「大好き、ルビィ」
「……じゃ、じゃあ、テリー」

 リトルルビィがテリーを上目で見上げた。

「恋人のキス、しよ?」
「恋人のキス?」
「く」

 リトルルビィが、恥ずかしそうに、呟いた。

「唇に…」

 テリーが一瞬瞬きして、ふふっと笑い、リトルルビィに顔を寄せた。

「あたしの唇に、キスしてくれるの?」
「し、してもいい?」
「あたしもしたい」
「本当?」
「本当」
「わ、私、初めてなの!」

 あのね! 初めてのキスは、レモンの味がするんだって!

「テリーの唇も、そんな味がするのかな?」
「どうかしらね?」

 テリーは悪戯に微笑む。

「試してみたら?」

 テリーが瞼を閉じた。リトルルビィの目が見開かれる。テリーが首を傾げて、リトルルビィに近づいた。テリーの柔らかそうな唇が、少しだけ動く。

「キスして。ルビィ…」
「…テリー…」

 リトルルビィが義手の手で、テリーの手を握る。
 リトルルビィが生身の手で、テリーの手を握る。
 テリーは二つの手を、握り返す。

「ルビィ…好きよ…」
「テリー…」
「ルビィ…」

 二人の距離が縮まり、リトルルビィも瞼を閉じていく。

(テリー…)

 リトルルビィが瞼を下ろした。

(好き…。テリー)

 この世で一番、愛してる。

(テリー)

 暖かな草原の中で、リトルルビィとテリーの影が、一つになった。


















「うふふふぅうううう…!」

 リトルルビィがいやらしく笑った。

「テリーのくちびる…やぁらかぁーい…うふふふ…テリー…もう一回キスしよぉ……んむーーーー…」

 唇を尖らせ、むーーと天井の方向に向ける。しかし、唇はどこにも当たらず、唇に当たるものもない。

「む? ん? テリー? ん?」

 そこで、リトルルビィがぱっと目を覚ました。

「…あれ?」

 リトルルビィがぱちぱちと瞬きした。

「あれ? テリー? あれ? ここ…あれ…?」

 リトルルビィはベッドの上できょろきょろと見回す。

「え? え? 嘘。え? 嘘でしょ? え?」

 時計を見る。午前8時。

「………ふぇっ」

 カレンダーを見れば、10月10日。

「………………………………………………」

 リトルルビィは顔を青ざめさせた。
 血の気が一気に下がった。
 黙った。
 窓から零れる太陽の明かり。ちくたく針が進む時計。変わらない朝。ベッドの上。

「……嘘だと言って……」

 リトルルビィが頭を抱えた。

「嘘だと言ってよぉぉおおおおおおお!!」

 叫んだ。

「うわあああああああああああああああああ!!!」

 リトルルビィは嘆く。
 テリーと恋人になった夢から覚めてしまった悲劇を嘆く。

(テリーーーーーーーー!!!)

 ―――ま、いいか。

「今日もテリーに会えるもん!」

 ぱっと、リトルルビィが顔を上げる。

「朝から晩まで一緒に働けるもん!」

 リトルルビィが立ち上がった。

「テリーとの愛を育むために、今日もお仕事頑張ろ!」

 そう言って立ち直り、リトルルビィがベッドから離れると、電話が鳴る。

「ん?」

 リトルルビィが駆け出す。

「はいはーい!」

 その受話器を持てば、リトルルビィは喜ぶだろう。テリーからの電話だと喜ぶだろう。しかし、テリーの体調不良の連絡を受けて、またショックを受けるだろう。
 そして彼女は、テリーの見舞いに行くことになるだろう。

(何があっても、テリーに会いたいんだもん!)

 今日も小さなルビィは、小さく巨大な淡い想いを抱く。










 番外編:木漏れ日夢日記 END
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