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ソフィア
図書館司書の可愛い下着選び(1)
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(*'ω'*)カップリング上、キッドとテリーは婚約解消しております。
ソフィア(24)×テリー(14)
―――――――――――――――――――――――
太陽の熱い日差しが国全体を照らし、国民は皆、汗を拭う。この季節の風呂は気持ちいい事この上ない。上がった熱で噴き出た汗をシャワーで洗い流せば、一日で溜まった毒を浄化しているような感覚。ソフィアもこの季節のシャワーは嫌いではない。むしろ彼女も風呂は好きな方である。シャワーで一日の体の穢れを洗い流せば、心も磨かれた幻が見られそうだ。
(問題はその後だ)
ソフィアが浴室から出れば、脱いだ下着が目に入る。
(…我ながら、おばさん臭い…)
洗濯籠に詰め込んだブラジャーを見て、ソフィアがため息をついた。
「はーあ」
(いざって場面でこんなのを付けていたら、恋しいあの子はどんな顔をするだろう)
自分の巨大な胸を見て、それを隠す下着を見て、あの鋭い目で、こう思うのではないか。
「…おばさん」
「ぐっ!!」
ソフィアが痛んだ胸を押さえた。
(このままでは、いけない…)
(わかっている…。…わかってはいるんだが…)
サイズが無い。
「ソフィアさん、なんでそんなに胸大きいんですかぁ~?」
「ソフィアさん、その胸羨ましいぃ~!」
「ソフィアさん、あの…触ってもいいですか…?」
「ソフィア、その胸、一瞬でいいから俺に触らせて。俺はとてつもなく癒しが欲しいんだ」
そう言って触っていく図書館に遊びに来る少女達と同僚と上司(殿下)。
(テリーに怒られてしまうな。簡単に胸を揉ませるなと言われたのに)
くすすと笑みがこぼれる。
(テリーが怒るのか…)
あの可愛らしい顔で、自分のために、ぷんすか怒る彼女を見られるなら、ぜひじっくりと眺めていたい。
(だけど、その前に…)
「…盗みを引退してから環境も落ち着いてきた。これを機に、新しい下着探しでもしよう」
ソフィアが着替えながらくすすと笑い、がっくりとうなだれた。
(*'ω'*)
翌日。
図書館の受付業務を行いながら、暇を見つけては雑誌をめくる。
上司がくればサッとファイルで隠して、本を借りる人がくればサッと書類で隠して、もしも見られても黄金の目を光らせれば、何もなかったことに出来る。
人がいないのを良い事に、やる必要のある仕事を早々に片付け、仕事するふりをして、ソフィアは雑誌をめくる。
(…ああ、サイズがない…)
ページをめくる。
(おや、可愛い下着)
見つけて、サイズを見て、びきっと指に力が入る。
(…………サイズが………ない)
ページをめくる。
(…おや、これはテリーに似合いそう)
じっと見つめる。その形、その色、そのデザインをまじまじと見つめる。そして、去年のことを思い返す。
(誘拐した時は、キャミソールとカボチャパンツ姿しか見られなかった)
(あのキャミソールを脱いだら、彼女はどんなブラジャーを身に着けていたっけ?)
(…ああ、覚えてない…)
あの頃は出会って間もなかった。お国の王子様の大切な人質として、彼女を捕らえた。そして、―――不覚にも、恋心を盗まれてしまった。
(カボチャパンツ可愛かったな…)
(あのパンツを脱がしたら可愛いお尻が出てくるんでしょう?)
(テリーのお尻…)
(……テリーのお尻……)
恥ずかしそうに顔を赤らめて、パンツを脱ごうとするテリーを頭に思い浮かべる。震える手でパンツを指にひっかけて、下ろす前に、自分に振り返り、こう言うのだ。
「…見ないで。えっち」
(ああああああああああああああああああああああ!!)
ソフィアが額を押さえる。頭の中がぐるぐると愛と恋と心と感情とハートが駆け巡る。全てテリーに埋め尽くされる。これがかの有名な禁断症状というやつだろうか。
(テリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリー)
(会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい)
(ぎゅっと抱きしめてきゅって握ってうって唸らせてむうってむくれた君の拗ねた顔が見たい今すぐ見たい今すぐ抱きたいテリーに会いたいテリー来いメニーでもいいテリーが来ないかいつ来るか訊けるのはメニーしかいないメニーおいでテリーおいで早くおいで恋しい愛しいテリー早く早く早く早く…)
その時、そっとカウンターに本を置かれた。顔を上げると、男性が緊張した目でこちらを見ている。
「コートニーさん、この本を…」
「はい、受け付けます」
サッと雑誌を隠した後に、にこりと微笑んでソフィアが仕事に戻る。ペンで日付を書く。
「一週間後に返却してください」
「コートニーさん、来週はお暇ですか。僕と、デート…」
「くすす」
ソフィアが笑う。目がきらりと光る。催眠をかける。
―――デートではなくて、わんこのお散歩に行かれては?
瞬きをした男性が、はっとした。
「ああ、ハッピーの散歩に行かなくては!」
「ありがとうございました」
本を渡して、男性が受け取り、家族の犬を求めて走っていく。
ソフィアがふう、と息をつく。
(…テリーじゃなかった…)
今日は来ないのか? いいや、もしかしたら来るかもしれない。
(テリーはまだか…)
(テリー…)
(私のテリー…)
自分は待つことしかできない。
ここにテリーが来るのを待つことしかできない。
(まるで城に閉じ込められたお姫様のようだ)
(助けてくれる王子様を待つお姫様のようだ)
瞼を閉じれば、テリーの不愛想面を思い出す。
(テリー…会いたい…)
コトン、と音が鳴る。瞼を上げればカウンターに本が置かれている。ソフィアがその本を見る。
『一人で生きていくために今出来ること』というタイトルを見て、おやおやずいぶんな本を借りるなと思って、そんな本を借りて読む人がどれくらいいるかと考え、―――ソフィアの目がはっと見開かれる。
(…おやおや)
にんまりと口角が上がる。
(ずいぶんと大人な本を)
ソフィアがつい、うっかり、意識せず、どうしてもにやけてしまう。
「一人で生きていくなんて、ずいぶんと寂しい事を考えるんだね」
ソフィアの言葉に、その相手は黙る。
「今出来ることを探しているなら、教えてあげよう」
目を上げれば、求めていた彼女がいる。
「私と恋し合う事だ。テリー」
「ほざけ」
苦い顔でテリーがソフィアを見下ろしている。ソフィアがくすすと肩を揺らして笑った。
「テリー、会いに来てくれて嬉しいよ。ずっと君に会いたかった」
「違う。あんたに会いに来たわけじゃない。あたしは本を借りに来たのよ」
「ねえ、テリー、時間ある? 今ね?」
「本! 本を借りに来たってのに! こいつ、業務を無視しやがった!」
「これを見てほしい」
ソフィアがテリーに雑誌を見せる。テリーがきょとんと瞬きして、雑誌を見下ろす。
「うん? 何これ?」
「下着を探してた」
「ああ、下着ね」
「これなんかどうだい?」
「ああ、可愛い」
「でしょう?」
「ええ」
……………。
「だからなんだ! 本! あたしは本を借りに来たのよ!」
「こっちも見てみなよ。可愛いよ」
「こいつ、業務を無視しやがった! あたしが、本を、借りに来たってのに! こいつ業務を無視してやがった! 誰か! こいつ! 業務を無視してやがるわよ!!」
ソフィアがページをぱらぱらとめくる。そして、そのページで手を止める。
「ほら、これ可愛くない?」
「…あ、可愛い」
「テリーにお似合いだと思って」
「…可愛い」
「こういうの好きでしょう?」
「ん、…まあ…嫌いじゃないわね」
「お揃いでね、買えるかなと思ったんだけど…」
「…なんつーこと考えてるのよ…」
「考えるさ。君とお揃いの下着を身に着けられるなんて、そんな素敵で夢みたいなことが実現できるならばやってみせるさ。でもね…」
ソフィアがふっと笑い、サイズを指で叩く。
「私のサイズが無い」
テリーがぎろりと、ソフィアを睨んだ。
「…何よ、嫌味…?」
「嫌味なもんか。この胸のせいで、テリーとお揃いの下着を身につけたくても身に着けられないなんて、なんて悲劇。悪夢だよ悪夢。こんな暑い中、10月の気配もないのに、どうやら私の元に切り裂きジャックが襲来したらしい」
ソフィアがため息を出した。
「ねえ、テリー。今度下着屋さん行かない? 下着屋デートしようよ」
「下着屋デートって何よ! この破廉恥女! 絶対行くもんか!」
「お揃いのやつを身に着けようよ。その下着をお互いだと思って着るんだよ?」
テリーがブラジャーとなって、パンツとなって、私の大切な部分にくっつくなんて、
「くすすすすすすすすすすすすすす」
「ソフィア! ソフィア! あんた、目がやばいわよ! 目が上下左右にぐるぐる回ってるわよ! しっかりおしよ!!」
「というわけで、私は下着に困っているわけだ。テリー、私たちのいざって時のために、勝負下着を買いに行こう」
「あのねえ…」
テリーが呆れた目でソフィアを見下ろした。
「あたし、まだ14歳なのよ。下着も間に合ってる。まだそういうの、必要ないわよ」
「君、私とセックスする時もカボチャパンツを穿いてするつもり? まあ、それでもいいよ。あのぶかぶか布から君のお尻を愛でることにするから」
「貴様あああああああああああ! こんな公共の場でよくもそんな不埒で破廉恥でエキセントリックでエキサイティングなワードの数々を! やめろ! あたしが帰ってから一人で独り言のようにぶつぶつ根暗な顔して発言しなさい! あたしを巻き込むな! やめろ!」
「テリー、明日は暇? 私の仕事が終わってから下着屋デート…」
「しない」
「そうか。それは残念だ」
それはそうと、
「テリー、明日は暇? 私の仕事が終わってから下着屋デートしない?」
「こ、こいつ…! 見事にスルーしやがった…! 何度目のスルーだ…! 無限スルーか…!? 50回目のファーストスルーか…!?」
「…お姉ちゃんがまたソフィアさんに遊ばれてる…」
呆れ顔のメニーが本を持って歩いてきた。ソフィアが微笑む。
(ああ、メニーか)
にこりと微笑む。
(…大切なお姉ちゃんについてきたのか)
チッ。
「やあ、メニー。何借りるの?」
「…今、舌打ちしませんでした?」
「何のことかな? くすすす!」
「…こちらをお願いします」
メニーが本を差し出し、ソフィアに見せる。ソフィアがその本を見て、頷いた。
「世界名作劇場か。くすす。君は相変わらずセンスがいい」
受付手続きをして、ソフィアがメニーに顔を向ける。
「いつも通り、来週返却ね」
「はい」
「…ねえ、ソフィア、あたし、いつになったら受付してもらえるの…」
「デートする?」
「もういい…」
テリーがメニーの手を引っ張り、歩き出す。
「帰るわよ。メニー」
「お姉ちゃん、本は?」
「もういい…」
「また来てね。テリー。待ってるよ」
テリーが一瞬立ち止まり、ぎろりとソフィアを睨んでから、また歩き出す。その背中を見て、また笑いが止まらなくなる。
(ああ、たまらないよ。テリー)
その目が私を睨む時、その視界には私しか入らないなんて、
(こんな嬉しいこと、他にあるだろうか?)
ソフィアは微笑む。嬉しそうに、にんまりと微笑み、テリーの持ってきた本を手に持った。
(…こんな本、君が読む必要なんて無いよ)
(君は一人で生きていくなんて、そんな事はしない)
(そんな事は出来ない)
だって、
「私と生きていくんだから」
二人がいなくなっても、ソフィアの視線は、二人が歩いていた道を見つめていた。
(*'ω'*)
(…あいつ、何考えてるのよ…)
テリーがげっそりとうなだれる。隣でメニーがそんなテリーの顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃん、ソフィアさんと何話してたの?」
「ああ…、なんか下着探してたんだって…」
「下着?」
メニーの耳がぴくりと動き、反応する。テリーがメニーを見る。メニーがテリーを見る。お互いのすとんとした胸を見合う。
「「………」」
二人が顔を上げた。
「メニー」
「何? お姉ちゃん」
「女ってのはね、大人になったら、胸が大きくなるのよ。覚えておきなさい」
「はい。お姉ちゃん」
「そのためには牛乳を毎日飲むのよ。骨も丈夫になって胸も成長する。良いこと尽くしよ。わかった?」
「はい。お姉ちゃん」
「宜しい」
テリーとメニーが頷き合う。だが、メニーの視線がもう一度下りて、再びテリーの顔を見て、ぼそりと呟く。
「…でも、お姉ちゃんはそのままでも大丈夫だよ」
「何よ。どういう意味よ」
「女は胸だけじゃないって、この間ラジオで女の人が喋ってた」
「そいつをあたしの前に連れてきなさい。その胸鷲掴みにしてぶん回してやるわ。きっと巨乳なのよ。ある程度胸があるからそんなこと言えるのよ。別に? あたしはまだ成長途中で? 胸が膨らみ始めている段階だから? 別に今後の成長に期待すればいいけど? 他のレディ達はそうはいかないじゃない? あたしはね、どこかの司書と違って皆のために発言するのよ。巨乳くたばれ」
「理不尽な妬み発言にしか聞こえないよ…。お姉ちゃん…」
メニーが苦い顔を浮かべ、テリーを見る。テリーは気にせず自分の胸を見下ろす。
(…あたしだって、巨乳になるのよ。ぼいんになるのよ…)
むすぅ、として顔を上げる。道を歩き続けようとしたその瞬間、目に留まった建物に、足が止まる。
(あ)
「ん?」
先を進んでたメニーが振り返る。
「お姉ちゃん?」
テリーがメニーを見た。
「……あの」
「ん?」
「メニー、用事を思い出したわ」
「用事?」
「先帰っててくれる?」
「ん? うん。わかった。あまり遅くならないようにね」
「ええ。日が暮れる前に帰るわ」
「じゃあ、また後でね」
メニーがテリーに微笑み、手を振ってから先に帰り道に歩き出す。その背中を見送り、その背中が消えるまで見送り、消えてから、テリーがふっと力を抜き、その建物を眺める。
(…ランジェリーショップ…)
ソフィアが下着の雑誌を眺めていたことを思い出す。
(…そういえば、前も下着のサイズ無いとか言ってたっけ…)
(………)
テリーが腕を組み、じいっと店の外観を眺める。
(…あいつずっと貧乏だったから、可愛い下着の見つけ方を知らないのよ)
(24歳のくせに相当ロマンチストだから、可愛い下着好きそう…)
(…いいわ)
あたしが探してあげる。
(一式でもあれば満足するでしょう)
(もうお揃いだとか、デートとか無しよ。全く…)
テリーがため息を出した後、店の中に入っていった。
(*'ω'*)
仕事が終わり、今日もソフィアは帰り道を歩く。
(今晩のご飯はどうしようかな)
そんな事を考えて、熱のある外を歩く。
(冷えたものにしようか)
(ああ、そうだ。わかめがあったな。わかめサラダ)
(サラダを作るならパスタサラダもいいな。もちろん冷えてるやつ)
(何作ろうかな…)
ハンカチで噴き出る汗を拭いながら、自分の住んでるマンションに入り、階段を上っていく。階段を上れば自分の部屋がある。足を動かし、今日も慣れた階段を上れば、
(…あれ?)
今頃屋敷にいるはずであろうテリーが、むすっとした顔で、扉の前に立っていた。ソフィアがきょとんとして、三回瞬きをし、テリーに近づく。
「テリー。こんな時間にどうしたの?」
「賄賂」
テリーが答える。ソフィアが再びきょとんとする。
「賄賂?」
「ん」
持ってた可愛らしい紙袋をソフィアに押し付ける。
「ん? 何これ?」
「帰る」
ソフィアが受け取ると、大股でテリーが歩き出す。その背中をソフィアが追う。
「待って。送ってくよ」
「馬車を拾うわ。ついてこないで」
「時間も時間だし、送っていく」
「いい」
「テリー」
「いいってば、ついてこないで」
テリーが駆け足で階段を下りていく。ソフィアがぱちぱちと瞬きをして、ちらっと袋を見下ろす。
(…賄賂?)
紙袋を開ける。中にはビニール袋で包まれた何か。
(…頑丈だな)
ビニール袋をがさがさと漁ってみる。そして、中に入っていたものが見えた。
「…ほう」
ソフィアの口角が上がる。
「これは…」
ぼそりと、
「可愛い」
ふわりと、柔らかな笑顔になって、今までに買ったことがない種類の女の子らしい下着一式を見つめる。
(三種類入ってるな…。どれも可愛い。わざわざ買ってきてくれたのか)
じっと下着を見つめる。
(…テリーが買ってくれたのか)
その袋をぎゅっと、抱きしめる。
(なんて暖かいプレゼント)
汗も噴き出るほど暑いはずなのに、違う温かさを感じる。
(…好きだよ。テリー…)
そして、ソフィアの足が動く。
(屋敷の近くまで送っていくか)
ソフィアが下り慣れた階段に足をつけた瞬間、―――悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああああああああああああ!!」
「うん?」
ソフィアの目が一瞬で鋭くなる。
(テリーの悲鳴?)
階段を一気に駆け下りる。マンションの玄関を飛び出し、外に出ると、少し離れた道で、周りに人が歩いていないのを良いことに、男がコートを左右に開き、その筋肉質な裸体をテリーに見せていた。
「見てぇぇぇえええええ!!」
「ぎゃああああああああああ!!」
「僕の見てぇぇぇえええええ!!」
「ぎゃああああああああああ!!」
「み………」
男が息を吸った。
「てえええええええええええええええ!」
「いやあああああああああああああああ! へんたああああああああああああああい!!」
テリーが顔を青ざめ、体を震わせ、悲鳴をあげる。その都度、男が興奮したようにうっとりした表情をし、テリーにその筋肉質な裸体を見せつける。
「僕のマッチョは、素晴らしいのだあああああああああ!!」
「いやあああああああああああああああ!!」
ぞーーーっとテリーの血の気が下がり、くらりと眩暈。
(あ、これ、あたし、人生終わったわ)
(二回目の人生、なんて短かったのかしら)
(ママ、アメリ、元気でやるのよ)
(メニー、お前は許さない)
(キッド、あいつも悪い奴じゃなかったわね)
(ドロシー、さようなら)
(ニクス、手紙の返事書けなくてごめんなさい)
(リトルルビィ、最後に可愛いあんたに会いたかったわ…)
テリーの視界がふらあ、とした瞬間、ソフィアが銃を構えた。そして、容赦なく、ためらいなく、男に向かって撃ち込む。
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!!
「ぎゃああああああああああ!!」
男が悲鳴をあげて、すたこらと逃げていく。ソフィアが鋭い目が光る。男を見定める。絶対に逃してはいけない。一つのターゲットを狙う。
「くすす。逃がさない」
狙った獲物は盗むまで、諦められない質でね。
ソフィアが地面を蹴る。一つ、二つと、蹴り飛ばし、駆ける。逃げる男を追いかける。ソフィアの手があっという間に男の肩を掴む。男がソフィアに振り返る。ソフィアの目が黄金に光る。
―――交番で、貴方の素敵な体を見せつけなくていいのかい?
ソフィアの手が男の背中をトン、と軽く叩いた。瞬間、男の目が希望に輝きだした。
「僕、交番へ行かないと!」
その筋肉質な足取りで、男は輝かしい笑顔で、交番へ向かって走っていく。どんどんその姿が小さくなっていく。やがて、建物に入った音が聞こえた。そして、悲鳴が聞こえた。
「見てええええええええええええ!!」
「逮捕ぉぉあああああああ!!!」
おぞましいと叫ぶような警察の悲鳴に、ソフィアがくすすと涼しく笑い、振り返る。
「テリー、大丈夫だった?」
地面に伸びたテリーが、青ざめて首を振る。
「…大丈夫じゃない…」
「部屋で休んでいくといい」
「馬車を呼んで…。…あたしは帰る…」
「そんな状態で一人に出来ないよ。ほら、晩ご飯も食べていって」
ソフィアがテリーの元へ歩き、その手を取り、背中に抱える。そしてまた涼しい顔で歩き出す。テリーがソフィアの耳元でげっそりと呟いた。
「おぞましいものを見たわ…。…肌色…。…肌色がいっぱいだったわ…」
「お巡りさんに捕まったよ。だから送っていくって言ったのに」
「ああ、美しいものしか見せてはいけないあたしの綺麗で輝かしくて可愛いおめめが…。…死んじゃう…。…あたし、朽ちて汚れて死んじゃう…。…もう駄目だわ…。…ああ…、短い人生だった…」
「美味しいサラダを作ってあげるよ。で、食べたら馬車まで送る。それでいいでしょ?」
「ああ…、…なんてこと…。ああ…、おぞましい…。ああ…」
テリーを背中に抱えたまま、階段を上り、その先の扉に向かう。鍵を鞄から出し、ドアノブに挿してひねると、簡単に扉が開いた。部屋の中へ入り、扉を閉め、また鍵を閉める。はね付きランプのお陰で涼しさを保ったリビングのソファーにテリーを置いた。
「…っしょ」
「あばばばばばばばば…」
「ああ、これは重症だ」
震えるテリーを見て、ソフィアが顔を曇らせる。隣に座り、テリーの頭を撫でる。
「よしよし、テリー。もうあんな変質者はいないから安心して」
「あばばばば! あばばばばばばばばば!」
「大丈夫。私がいるからね」
「ぶくぶくぶくぶく…」
「ああ、泡を吹いている。なんてことだ」
(元気そうだな)
ソフィアが大丈夫だと確信し、にこりと微笑んで、テリーの頭を撫で続ける。
(…とは言え、どうしたものか。このままトラウマを引きずらせたまま、帰らせたくないな…)
(何か、頭に記憶を移し替える、いい方法があれば…)
ソフィアが考える。
頭をぽくぽくさせる。
ぽくぽくぽくぽくぽく。ちーん。
「あ」
ぴこーんとひらめく。
「テリー」
テリーの青い顔をソフィアが覗く。鋭い眼と視線が合う。
「…何よ」
「良い事を思いついた」
「何よ」
「楽しい事をしよう」
「…何それ」
「楽しい事をして、さっきの事を忘れたらいい」
「何よ。トランプでもしようっての…?」
テリーが、ぐす、と鼻をすすりだす。ソフィアは優しく微笑む。
「楽しい事だよ。テリー」
「何するのよ…」
「こっちにおいで。いいものを見せてあげる」
ソフィアがテリーの手をそっと握り、立ち上がる。
「ん…? 何?」
テリーもつられて立ち上がると、ソフィアが一度テリーの頭を撫でた。
「その前に、靴を脱がないと」
「…靴を脱ぐの?」
「そうだよ。そこのスリッパに履き替えて」
「…ん」
こくりと頷き、ソフィアとスリッパに履き替える。ちらっと、微笑むソフィアを見上げる。
「…これでいい?」
「うん。じゃあ行こうか」
ソフィアがテリーの手を引く。二人の足が動き出す。
「どこに行くの?」
「寝室」
「寝室?」
ソフィアの手には、テリーから貰った紙袋。
「寝室に、すごくいいものがあるんだ」
「…いいもの?」
「すっごくいいものだから、テリーが気に入るんじゃないかな」
(…すっごくいいもの…?)
テリーが興味を注がれる。次第に目が輝きだす。
「何よ」
「入ってからのお楽しみ」
「別に、楽しみなんかじゃないわよ」
「さあ、どうかな?」
くすすと笑い、寝室の扉を開ける。中には、大きなベッドとクローゼットと本棚。それだけのシンプルな部屋。
「…何? すっごくいいものって、どこにあるの?」
「ベッドに座ってごらん」
「ベッドに?」
「うん」
ソフィアが頷く。テリーがベッドを見る。ソフィアをもう一度見上げる。ソフィアは微笑んでいる。
(…何企んでるわけ…?)
テリーが眉をひそめる。
(…別に期待してるわけじゃないけど…)
あのおぞましい記憶を少しでも何かで紛らわせたい。
(…ま、ソフィアがすっごくいいものって言うくらいだし、別に、見てあげないこともないわ)
テリーがソフィアの手を離し、ベッドに腰掛ける。
「ん」
顎で促す。
「早く。すっごくいいもの」
「ちょっと待ってね」
ソフィアがにっこりと微笑んで、がちゃりと、部屋の扉に鍵をかけた。
ソフィア(24)×テリー(14)
―――――――――――――――――――――――
太陽の熱い日差しが国全体を照らし、国民は皆、汗を拭う。この季節の風呂は気持ちいい事この上ない。上がった熱で噴き出た汗をシャワーで洗い流せば、一日で溜まった毒を浄化しているような感覚。ソフィアもこの季節のシャワーは嫌いではない。むしろ彼女も風呂は好きな方である。シャワーで一日の体の穢れを洗い流せば、心も磨かれた幻が見られそうだ。
(問題はその後だ)
ソフィアが浴室から出れば、脱いだ下着が目に入る。
(…我ながら、おばさん臭い…)
洗濯籠に詰め込んだブラジャーを見て、ソフィアがため息をついた。
「はーあ」
(いざって場面でこんなのを付けていたら、恋しいあの子はどんな顔をするだろう)
自分の巨大な胸を見て、それを隠す下着を見て、あの鋭い目で、こう思うのではないか。
「…おばさん」
「ぐっ!!」
ソフィアが痛んだ胸を押さえた。
(このままでは、いけない…)
(わかっている…。…わかってはいるんだが…)
サイズが無い。
「ソフィアさん、なんでそんなに胸大きいんですかぁ~?」
「ソフィアさん、その胸羨ましいぃ~!」
「ソフィアさん、あの…触ってもいいですか…?」
「ソフィア、その胸、一瞬でいいから俺に触らせて。俺はとてつもなく癒しが欲しいんだ」
そう言って触っていく図書館に遊びに来る少女達と同僚と上司(殿下)。
(テリーに怒られてしまうな。簡単に胸を揉ませるなと言われたのに)
くすすと笑みがこぼれる。
(テリーが怒るのか…)
あの可愛らしい顔で、自分のために、ぷんすか怒る彼女を見られるなら、ぜひじっくりと眺めていたい。
(だけど、その前に…)
「…盗みを引退してから環境も落ち着いてきた。これを機に、新しい下着探しでもしよう」
ソフィアが着替えながらくすすと笑い、がっくりとうなだれた。
(*'ω'*)
翌日。
図書館の受付業務を行いながら、暇を見つけては雑誌をめくる。
上司がくればサッとファイルで隠して、本を借りる人がくればサッと書類で隠して、もしも見られても黄金の目を光らせれば、何もなかったことに出来る。
人がいないのを良い事に、やる必要のある仕事を早々に片付け、仕事するふりをして、ソフィアは雑誌をめくる。
(…ああ、サイズがない…)
ページをめくる。
(おや、可愛い下着)
見つけて、サイズを見て、びきっと指に力が入る。
(…………サイズが………ない)
ページをめくる。
(…おや、これはテリーに似合いそう)
じっと見つめる。その形、その色、そのデザインをまじまじと見つめる。そして、去年のことを思い返す。
(誘拐した時は、キャミソールとカボチャパンツ姿しか見られなかった)
(あのキャミソールを脱いだら、彼女はどんなブラジャーを身に着けていたっけ?)
(…ああ、覚えてない…)
あの頃は出会って間もなかった。お国の王子様の大切な人質として、彼女を捕らえた。そして、―――不覚にも、恋心を盗まれてしまった。
(カボチャパンツ可愛かったな…)
(あのパンツを脱がしたら可愛いお尻が出てくるんでしょう?)
(テリーのお尻…)
(……テリーのお尻……)
恥ずかしそうに顔を赤らめて、パンツを脱ごうとするテリーを頭に思い浮かべる。震える手でパンツを指にひっかけて、下ろす前に、自分に振り返り、こう言うのだ。
「…見ないで。えっち」
(ああああああああああああああああああああああ!!)
ソフィアが額を押さえる。頭の中がぐるぐると愛と恋と心と感情とハートが駆け巡る。全てテリーに埋め尽くされる。これがかの有名な禁断症状というやつだろうか。
(テリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリー)
(会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい)
(ぎゅっと抱きしめてきゅって握ってうって唸らせてむうってむくれた君の拗ねた顔が見たい今すぐ見たい今すぐ抱きたいテリーに会いたいテリー来いメニーでもいいテリーが来ないかいつ来るか訊けるのはメニーしかいないメニーおいでテリーおいで早くおいで恋しい愛しいテリー早く早く早く早く…)
その時、そっとカウンターに本を置かれた。顔を上げると、男性が緊張した目でこちらを見ている。
「コートニーさん、この本を…」
「はい、受け付けます」
サッと雑誌を隠した後に、にこりと微笑んでソフィアが仕事に戻る。ペンで日付を書く。
「一週間後に返却してください」
「コートニーさん、来週はお暇ですか。僕と、デート…」
「くすす」
ソフィアが笑う。目がきらりと光る。催眠をかける。
―――デートではなくて、わんこのお散歩に行かれては?
瞬きをした男性が、はっとした。
「ああ、ハッピーの散歩に行かなくては!」
「ありがとうございました」
本を渡して、男性が受け取り、家族の犬を求めて走っていく。
ソフィアがふう、と息をつく。
(…テリーじゃなかった…)
今日は来ないのか? いいや、もしかしたら来るかもしれない。
(テリーはまだか…)
(テリー…)
(私のテリー…)
自分は待つことしかできない。
ここにテリーが来るのを待つことしかできない。
(まるで城に閉じ込められたお姫様のようだ)
(助けてくれる王子様を待つお姫様のようだ)
瞼を閉じれば、テリーの不愛想面を思い出す。
(テリー…会いたい…)
コトン、と音が鳴る。瞼を上げればカウンターに本が置かれている。ソフィアがその本を見る。
『一人で生きていくために今出来ること』というタイトルを見て、おやおやずいぶんな本を借りるなと思って、そんな本を借りて読む人がどれくらいいるかと考え、―――ソフィアの目がはっと見開かれる。
(…おやおや)
にんまりと口角が上がる。
(ずいぶんと大人な本を)
ソフィアがつい、うっかり、意識せず、どうしてもにやけてしまう。
「一人で生きていくなんて、ずいぶんと寂しい事を考えるんだね」
ソフィアの言葉に、その相手は黙る。
「今出来ることを探しているなら、教えてあげよう」
目を上げれば、求めていた彼女がいる。
「私と恋し合う事だ。テリー」
「ほざけ」
苦い顔でテリーがソフィアを見下ろしている。ソフィアがくすすと肩を揺らして笑った。
「テリー、会いに来てくれて嬉しいよ。ずっと君に会いたかった」
「違う。あんたに会いに来たわけじゃない。あたしは本を借りに来たのよ」
「ねえ、テリー、時間ある? 今ね?」
「本! 本を借りに来たってのに! こいつ、業務を無視しやがった!」
「これを見てほしい」
ソフィアがテリーに雑誌を見せる。テリーがきょとんと瞬きして、雑誌を見下ろす。
「うん? 何これ?」
「下着を探してた」
「ああ、下着ね」
「これなんかどうだい?」
「ああ、可愛い」
「でしょう?」
「ええ」
……………。
「だからなんだ! 本! あたしは本を借りに来たのよ!」
「こっちも見てみなよ。可愛いよ」
「こいつ、業務を無視しやがった! あたしが、本を、借りに来たってのに! こいつ業務を無視してやがった! 誰か! こいつ! 業務を無視してやがるわよ!!」
ソフィアがページをぱらぱらとめくる。そして、そのページで手を止める。
「ほら、これ可愛くない?」
「…あ、可愛い」
「テリーにお似合いだと思って」
「…可愛い」
「こういうの好きでしょう?」
「ん、…まあ…嫌いじゃないわね」
「お揃いでね、買えるかなと思ったんだけど…」
「…なんつーこと考えてるのよ…」
「考えるさ。君とお揃いの下着を身に着けられるなんて、そんな素敵で夢みたいなことが実現できるならばやってみせるさ。でもね…」
ソフィアがふっと笑い、サイズを指で叩く。
「私のサイズが無い」
テリーがぎろりと、ソフィアを睨んだ。
「…何よ、嫌味…?」
「嫌味なもんか。この胸のせいで、テリーとお揃いの下着を身につけたくても身に着けられないなんて、なんて悲劇。悪夢だよ悪夢。こんな暑い中、10月の気配もないのに、どうやら私の元に切り裂きジャックが襲来したらしい」
ソフィアがため息を出した。
「ねえ、テリー。今度下着屋さん行かない? 下着屋デートしようよ」
「下着屋デートって何よ! この破廉恥女! 絶対行くもんか!」
「お揃いのやつを身に着けようよ。その下着をお互いだと思って着るんだよ?」
テリーがブラジャーとなって、パンツとなって、私の大切な部分にくっつくなんて、
「くすすすすすすすすすすすすすす」
「ソフィア! ソフィア! あんた、目がやばいわよ! 目が上下左右にぐるぐる回ってるわよ! しっかりおしよ!!」
「というわけで、私は下着に困っているわけだ。テリー、私たちのいざって時のために、勝負下着を買いに行こう」
「あのねえ…」
テリーが呆れた目でソフィアを見下ろした。
「あたし、まだ14歳なのよ。下着も間に合ってる。まだそういうの、必要ないわよ」
「君、私とセックスする時もカボチャパンツを穿いてするつもり? まあ、それでもいいよ。あのぶかぶか布から君のお尻を愛でることにするから」
「貴様あああああああああああ! こんな公共の場でよくもそんな不埒で破廉恥でエキセントリックでエキサイティングなワードの数々を! やめろ! あたしが帰ってから一人で独り言のようにぶつぶつ根暗な顔して発言しなさい! あたしを巻き込むな! やめろ!」
「テリー、明日は暇? 私の仕事が終わってから下着屋デート…」
「しない」
「そうか。それは残念だ」
それはそうと、
「テリー、明日は暇? 私の仕事が終わってから下着屋デートしない?」
「こ、こいつ…! 見事にスルーしやがった…! 何度目のスルーだ…! 無限スルーか…!? 50回目のファーストスルーか…!?」
「…お姉ちゃんがまたソフィアさんに遊ばれてる…」
呆れ顔のメニーが本を持って歩いてきた。ソフィアが微笑む。
(ああ、メニーか)
にこりと微笑む。
(…大切なお姉ちゃんについてきたのか)
チッ。
「やあ、メニー。何借りるの?」
「…今、舌打ちしませんでした?」
「何のことかな? くすすす!」
「…こちらをお願いします」
メニーが本を差し出し、ソフィアに見せる。ソフィアがその本を見て、頷いた。
「世界名作劇場か。くすす。君は相変わらずセンスがいい」
受付手続きをして、ソフィアがメニーに顔を向ける。
「いつも通り、来週返却ね」
「はい」
「…ねえ、ソフィア、あたし、いつになったら受付してもらえるの…」
「デートする?」
「もういい…」
テリーがメニーの手を引っ張り、歩き出す。
「帰るわよ。メニー」
「お姉ちゃん、本は?」
「もういい…」
「また来てね。テリー。待ってるよ」
テリーが一瞬立ち止まり、ぎろりとソフィアを睨んでから、また歩き出す。その背中を見て、また笑いが止まらなくなる。
(ああ、たまらないよ。テリー)
その目が私を睨む時、その視界には私しか入らないなんて、
(こんな嬉しいこと、他にあるだろうか?)
ソフィアは微笑む。嬉しそうに、にんまりと微笑み、テリーの持ってきた本を手に持った。
(…こんな本、君が読む必要なんて無いよ)
(君は一人で生きていくなんて、そんな事はしない)
(そんな事は出来ない)
だって、
「私と生きていくんだから」
二人がいなくなっても、ソフィアの視線は、二人が歩いていた道を見つめていた。
(*'ω'*)
(…あいつ、何考えてるのよ…)
テリーがげっそりとうなだれる。隣でメニーがそんなテリーの顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃん、ソフィアさんと何話してたの?」
「ああ…、なんか下着探してたんだって…」
「下着?」
メニーの耳がぴくりと動き、反応する。テリーがメニーを見る。メニーがテリーを見る。お互いのすとんとした胸を見合う。
「「………」」
二人が顔を上げた。
「メニー」
「何? お姉ちゃん」
「女ってのはね、大人になったら、胸が大きくなるのよ。覚えておきなさい」
「はい。お姉ちゃん」
「そのためには牛乳を毎日飲むのよ。骨も丈夫になって胸も成長する。良いこと尽くしよ。わかった?」
「はい。お姉ちゃん」
「宜しい」
テリーとメニーが頷き合う。だが、メニーの視線がもう一度下りて、再びテリーの顔を見て、ぼそりと呟く。
「…でも、お姉ちゃんはそのままでも大丈夫だよ」
「何よ。どういう意味よ」
「女は胸だけじゃないって、この間ラジオで女の人が喋ってた」
「そいつをあたしの前に連れてきなさい。その胸鷲掴みにしてぶん回してやるわ。きっと巨乳なのよ。ある程度胸があるからそんなこと言えるのよ。別に? あたしはまだ成長途中で? 胸が膨らみ始めている段階だから? 別に今後の成長に期待すればいいけど? 他のレディ達はそうはいかないじゃない? あたしはね、どこかの司書と違って皆のために発言するのよ。巨乳くたばれ」
「理不尽な妬み発言にしか聞こえないよ…。お姉ちゃん…」
メニーが苦い顔を浮かべ、テリーを見る。テリーは気にせず自分の胸を見下ろす。
(…あたしだって、巨乳になるのよ。ぼいんになるのよ…)
むすぅ、として顔を上げる。道を歩き続けようとしたその瞬間、目に留まった建物に、足が止まる。
(あ)
「ん?」
先を進んでたメニーが振り返る。
「お姉ちゃん?」
テリーがメニーを見た。
「……あの」
「ん?」
「メニー、用事を思い出したわ」
「用事?」
「先帰っててくれる?」
「ん? うん。わかった。あまり遅くならないようにね」
「ええ。日が暮れる前に帰るわ」
「じゃあ、また後でね」
メニーがテリーに微笑み、手を振ってから先に帰り道に歩き出す。その背中を見送り、その背中が消えるまで見送り、消えてから、テリーがふっと力を抜き、その建物を眺める。
(…ランジェリーショップ…)
ソフィアが下着の雑誌を眺めていたことを思い出す。
(…そういえば、前も下着のサイズ無いとか言ってたっけ…)
(………)
テリーが腕を組み、じいっと店の外観を眺める。
(…あいつずっと貧乏だったから、可愛い下着の見つけ方を知らないのよ)
(24歳のくせに相当ロマンチストだから、可愛い下着好きそう…)
(…いいわ)
あたしが探してあげる。
(一式でもあれば満足するでしょう)
(もうお揃いだとか、デートとか無しよ。全く…)
テリーがため息を出した後、店の中に入っていった。
(*'ω'*)
仕事が終わり、今日もソフィアは帰り道を歩く。
(今晩のご飯はどうしようかな)
そんな事を考えて、熱のある外を歩く。
(冷えたものにしようか)
(ああ、そうだ。わかめがあったな。わかめサラダ)
(サラダを作るならパスタサラダもいいな。もちろん冷えてるやつ)
(何作ろうかな…)
ハンカチで噴き出る汗を拭いながら、自分の住んでるマンションに入り、階段を上っていく。階段を上れば自分の部屋がある。足を動かし、今日も慣れた階段を上れば、
(…あれ?)
今頃屋敷にいるはずであろうテリーが、むすっとした顔で、扉の前に立っていた。ソフィアがきょとんとして、三回瞬きをし、テリーに近づく。
「テリー。こんな時間にどうしたの?」
「賄賂」
テリーが答える。ソフィアが再びきょとんとする。
「賄賂?」
「ん」
持ってた可愛らしい紙袋をソフィアに押し付ける。
「ん? 何これ?」
「帰る」
ソフィアが受け取ると、大股でテリーが歩き出す。その背中をソフィアが追う。
「待って。送ってくよ」
「馬車を拾うわ。ついてこないで」
「時間も時間だし、送っていく」
「いい」
「テリー」
「いいってば、ついてこないで」
テリーが駆け足で階段を下りていく。ソフィアがぱちぱちと瞬きをして、ちらっと袋を見下ろす。
(…賄賂?)
紙袋を開ける。中にはビニール袋で包まれた何か。
(…頑丈だな)
ビニール袋をがさがさと漁ってみる。そして、中に入っていたものが見えた。
「…ほう」
ソフィアの口角が上がる。
「これは…」
ぼそりと、
「可愛い」
ふわりと、柔らかな笑顔になって、今までに買ったことがない種類の女の子らしい下着一式を見つめる。
(三種類入ってるな…。どれも可愛い。わざわざ買ってきてくれたのか)
じっと下着を見つめる。
(…テリーが買ってくれたのか)
その袋をぎゅっと、抱きしめる。
(なんて暖かいプレゼント)
汗も噴き出るほど暑いはずなのに、違う温かさを感じる。
(…好きだよ。テリー…)
そして、ソフィアの足が動く。
(屋敷の近くまで送っていくか)
ソフィアが下り慣れた階段に足をつけた瞬間、―――悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああああああああああああ!!」
「うん?」
ソフィアの目が一瞬で鋭くなる。
(テリーの悲鳴?)
階段を一気に駆け下りる。マンションの玄関を飛び出し、外に出ると、少し離れた道で、周りに人が歩いていないのを良いことに、男がコートを左右に開き、その筋肉質な裸体をテリーに見せていた。
「見てぇぇぇえええええ!!」
「ぎゃああああああああああ!!」
「僕の見てぇぇぇえええええ!!」
「ぎゃああああああああああ!!」
「み………」
男が息を吸った。
「てえええええええええええええええ!」
「いやあああああああああああああああ! へんたああああああああああああああい!!」
テリーが顔を青ざめ、体を震わせ、悲鳴をあげる。その都度、男が興奮したようにうっとりした表情をし、テリーにその筋肉質な裸体を見せつける。
「僕のマッチョは、素晴らしいのだあああああああああ!!」
「いやあああああああああああああああ!!」
ぞーーーっとテリーの血の気が下がり、くらりと眩暈。
(あ、これ、あたし、人生終わったわ)
(二回目の人生、なんて短かったのかしら)
(ママ、アメリ、元気でやるのよ)
(メニー、お前は許さない)
(キッド、あいつも悪い奴じゃなかったわね)
(ドロシー、さようなら)
(ニクス、手紙の返事書けなくてごめんなさい)
(リトルルビィ、最後に可愛いあんたに会いたかったわ…)
テリーの視界がふらあ、とした瞬間、ソフィアが銃を構えた。そして、容赦なく、ためらいなく、男に向かって撃ち込む。
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!!
「ぎゃああああああああああ!!」
男が悲鳴をあげて、すたこらと逃げていく。ソフィアが鋭い目が光る。男を見定める。絶対に逃してはいけない。一つのターゲットを狙う。
「くすす。逃がさない」
狙った獲物は盗むまで、諦められない質でね。
ソフィアが地面を蹴る。一つ、二つと、蹴り飛ばし、駆ける。逃げる男を追いかける。ソフィアの手があっという間に男の肩を掴む。男がソフィアに振り返る。ソフィアの目が黄金に光る。
―――交番で、貴方の素敵な体を見せつけなくていいのかい?
ソフィアの手が男の背中をトン、と軽く叩いた。瞬間、男の目が希望に輝きだした。
「僕、交番へ行かないと!」
その筋肉質な足取りで、男は輝かしい笑顔で、交番へ向かって走っていく。どんどんその姿が小さくなっていく。やがて、建物に入った音が聞こえた。そして、悲鳴が聞こえた。
「見てええええええええええええ!!」
「逮捕ぉぉあああああああ!!!」
おぞましいと叫ぶような警察の悲鳴に、ソフィアがくすすと涼しく笑い、振り返る。
「テリー、大丈夫だった?」
地面に伸びたテリーが、青ざめて首を振る。
「…大丈夫じゃない…」
「部屋で休んでいくといい」
「馬車を呼んで…。…あたしは帰る…」
「そんな状態で一人に出来ないよ。ほら、晩ご飯も食べていって」
ソフィアがテリーの元へ歩き、その手を取り、背中に抱える。そしてまた涼しい顔で歩き出す。テリーがソフィアの耳元でげっそりと呟いた。
「おぞましいものを見たわ…。…肌色…。…肌色がいっぱいだったわ…」
「お巡りさんに捕まったよ。だから送っていくって言ったのに」
「ああ、美しいものしか見せてはいけないあたしの綺麗で輝かしくて可愛いおめめが…。…死んじゃう…。…あたし、朽ちて汚れて死んじゃう…。…もう駄目だわ…。…ああ…、短い人生だった…」
「美味しいサラダを作ってあげるよ。で、食べたら馬車まで送る。それでいいでしょ?」
「ああ…、…なんてこと…。ああ…、おぞましい…。ああ…」
テリーを背中に抱えたまま、階段を上り、その先の扉に向かう。鍵を鞄から出し、ドアノブに挿してひねると、簡単に扉が開いた。部屋の中へ入り、扉を閉め、また鍵を閉める。はね付きランプのお陰で涼しさを保ったリビングのソファーにテリーを置いた。
「…っしょ」
「あばばばばばばばば…」
「ああ、これは重症だ」
震えるテリーを見て、ソフィアが顔を曇らせる。隣に座り、テリーの頭を撫でる。
「よしよし、テリー。もうあんな変質者はいないから安心して」
「あばばばば! あばばばばばばばばば!」
「大丈夫。私がいるからね」
「ぶくぶくぶくぶく…」
「ああ、泡を吹いている。なんてことだ」
(元気そうだな)
ソフィアが大丈夫だと確信し、にこりと微笑んで、テリーの頭を撫で続ける。
(…とは言え、どうしたものか。このままトラウマを引きずらせたまま、帰らせたくないな…)
(何か、頭に記憶を移し替える、いい方法があれば…)
ソフィアが考える。
頭をぽくぽくさせる。
ぽくぽくぽくぽくぽく。ちーん。
「あ」
ぴこーんとひらめく。
「テリー」
テリーの青い顔をソフィアが覗く。鋭い眼と視線が合う。
「…何よ」
「良い事を思いついた」
「何よ」
「楽しい事をしよう」
「…何それ」
「楽しい事をして、さっきの事を忘れたらいい」
「何よ。トランプでもしようっての…?」
テリーが、ぐす、と鼻をすすりだす。ソフィアは優しく微笑む。
「楽しい事だよ。テリー」
「何するのよ…」
「こっちにおいで。いいものを見せてあげる」
ソフィアがテリーの手をそっと握り、立ち上がる。
「ん…? 何?」
テリーもつられて立ち上がると、ソフィアが一度テリーの頭を撫でた。
「その前に、靴を脱がないと」
「…靴を脱ぐの?」
「そうだよ。そこのスリッパに履き替えて」
「…ん」
こくりと頷き、ソフィアとスリッパに履き替える。ちらっと、微笑むソフィアを見上げる。
「…これでいい?」
「うん。じゃあ行こうか」
ソフィアがテリーの手を引く。二人の足が動き出す。
「どこに行くの?」
「寝室」
「寝室?」
ソフィアの手には、テリーから貰った紙袋。
「寝室に、すごくいいものがあるんだ」
「…いいもの?」
「すっごくいいものだから、テリーが気に入るんじゃないかな」
(…すっごくいいもの…?)
テリーが興味を注がれる。次第に目が輝きだす。
「何よ」
「入ってからのお楽しみ」
「別に、楽しみなんかじゃないわよ」
「さあ、どうかな?」
くすすと笑い、寝室の扉を開ける。中には、大きなベッドとクローゼットと本棚。それだけのシンプルな部屋。
「…何? すっごくいいものって、どこにあるの?」
「ベッドに座ってごらん」
「ベッドに?」
「うん」
ソフィアが頷く。テリーがベッドを見る。ソフィアをもう一度見上げる。ソフィアは微笑んでいる。
(…何企んでるわけ…?)
テリーが眉をひそめる。
(…別に期待してるわけじゃないけど…)
あのおぞましい記憶を少しでも何かで紛らわせたい。
(…ま、ソフィアがすっごくいいものって言うくらいだし、別に、見てあげないこともないわ)
テリーがソフィアの手を離し、ベッドに腰掛ける。
「ん」
顎で促す。
「早く。すっごくいいもの」
「ちょっと待ってね」
ソフィアがにっこりと微笑んで、がちゃりと、部屋の扉に鍵をかけた。
応援ありがとうございます!
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