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ソフィア

図書館司書の可愛い下着選び(2)

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「え」
「くすす」

 ソフィアが服を脱いだ。

「え」
「くすす」

 ソフィアがパンツのホックを外した。

「え」
「くすす」

 ソフィアがパンツを下ろした、瞬間、テリーが両目を隠して、悲鳴をあげた。

「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

 くっすすすすすすすすすす!

 ソフィアの笑い声とテリーの悲鳴が部屋に響き、テリーは必死の思いでベッドの奥に後ずさる。

「ひいいい! お前! 何を! 肌色がいっぱい! いいいいいいいいいいいい!!」
「テリー、何恥ずかしがってるの? 同じ女なんだから、見慣れてるでしょ?」
「はっ! そうか!」

 テリーがはっと我に返り、手を顔から離す。

「女の着替えに悲鳴あげるなんて、馬鹿な事をしたわ。どうぞ続けて。あたしは本でも読むから」
「別に見ててもいいよ?」
「女の体見て何が面白いのよ。願い下げ。遠慮する」

 適当な雑誌を選んで、手に取る。

(ジュエリー系の雑誌が多いわね…)

 開けば、高そうなアクセサリーに赤いペンで丸がついている。

(…怪盗時代の癖っぽいわね…)

 ちらっと横を見れば、ソフィアの肌が見えた。

(うっ)

 既に衣服が脱ぎ、ブラジャーとパンツだけの姿。しっとりとした肌が、背中が、腕が、首筋が、胸が、太ももが、ふくろはぎ、足首が、全て色っぽく、艶やかに目に映る。

(……やっぱりいい体付き……)

 ソフィアの手が、ブラジャーのホックを外す。

(あ)

 ブラジャーを脱ごうと腕を引っ込ませる。

(あ)

 その背中に目を奪われる。

(あ)

 ふと、ソフィアがこちらを見た。テリーと目が合う。テリーがはっとし、ぴたりと固まった。ソフィアがにっこりと、微笑んだ。

「見てていいよ」
「結構!」

 慌てたように返事を返し、再び雑誌を見下ろす。

(びっくりした)

 つい、見てしまった。

(だってあれだけ肌が綺麗だから)

 金の長い髪が揺れていたから。

(…………女の体なんか見ても、何も面白くないわよ)

 自分に言い聞かせるように、テリーが頭の中で呟く。

(あたしはね、大人の女の体に憧れてるのよ。だって本来あたしはその姿なんだから)
(小さい女の子の体ばっかり見て、飽き飽きしてるのよ)
(だから珍しくて見ただけよ)
(だから懐かしくて見ただけよ)
(別に、あたしは)

 見惚れていたわけでは、ない。

「ほら、見て、テリー」
「………………」

 ちらっと、ソフィアに目を向ける。
 テリーが選んだ下着を身に着けたソフィアが嬉しそうにくるくる回ってる。
 テリーに体を向け、胸に手を置き、首を傾げて、微笑む。

「どう? 似合う?」
「……………そうね。似合ってる」

(やっぱり似合ってる)

 体のラインは美しいのだ。ソフィアなら何を着ても似合う。可愛い下着も可愛く着こなせてしまう。

(選んで外れではなかった)

「うふふ、大切にするよ。ありがとう。テリー」
「…何? あんた、まさかすっごくいいものって、それのことじゃないでしょうね」
「え? 私の体を見れるなんて、テリーだけだよ? 特別出血大サービス」
「帰る」

 雑誌を閉じ、本棚に戻す。

「期待して損した。お前の体なんてね、あたしからしたら赤ん坊同然よ。この赤ちゃん、さっさとおねんねしなさいな」
「おねんねするのは君の方じゃないの?」
「はあ?」

 テリーが呆れた目を向けると、ソフィアはにこにこと微笑みながら、新しい下着姿のまま、ベッドに腰をかける。その金の瞳の視線は、テリーから離れない。

「だって、テリー? 嫌な事を忘れるには、やっぱり寝ることが一番だと思わない?」
「じゃあ家に帰って寝るわ。さっさと帰る」
「その通り。時間も時間だ。寝る事は出来ない。というわけで、私は寝るのと同じリラックス効果があればいいと考えたわけだ」
「リラックス効果? 何よ。アロマでも焚こうっての?」
「テリー、少し体操してみよう。リラックスできるよ。両手をこう上にあげてみて」
「上に…?」

 言われた通り、テリーが両手を上にあげる。―――その瞬間、ソフィアの目がきらりんと光った。

(何!?)

 直後、眩暈が起きる。

「ふぁっ…」

 ソフィアが一瞬でテリーのドレスのチャックを下げた。

(何!?)

 すぽーーーーん! と頭から脱がされる。

「ぬわああああああああああ!!」

 令嬢らしからぬ悲鳴を上げて、眩暈から解放されたテリーが慌ててベッドのシーツに包まった。

「お前!」

 腕だけ伸ばす。

「返せ! ドレス返せ!!」
「ああ、素晴らしい。このドレス、テリーの匂いがする…」
「くんくんするな! 馬鹿! あほ! 変態! ドレス返せ!」
「まだ返すわけにはいかないな」

 ソフィアがドレスを丁寧に畳んで、ベッドの端に置く。そして、くるりとテリーに向かって膝で歩いてくる。

「さあ、テリー」
「ひっ! やめろ! 近づくな!」
「くすすす! 照れて可愛いんだから」
「照れてない! おぞましい変態女め! この露出狂! あたしに何する気よ!」

 ぶるぶる震えるテリーにソフィアが近づき、にこにこと微笑み、にたにたと微笑み、とうとう目の前にその巨大な胸がやってくる。

(いいいいいいいいい! 無駄に膨らんだおっぱいがすぐ近くに!)

「お待たせ、テリー」

 テリーは学ばない。はっと見上げたソフィアの目がきらりと輝いて、何度目かわからない眩暈を起こす。

(ひえっ)

 手の力が緩んだ瞬間、シーツの中にソフィアが入ってくる。

「くすす」

 頭から被り、シーツの中で、二人の距離が近くなる。もっと近づくために、ソフィアの手がテリーの腰を掴み、引き寄せた。薄暗い中、テリーがソフィアの胸の中に閉じ込められる。

「むぎゅっ!」

 ソフィアの豊満な胸に、テリーの顔が押しつぶされた。

(潰れる! 顔が潰れる!!)

「横になろうか」
「ぶはっ!」

 ソフィアと一緒にベッドに体が倒れる。

「ひゃっ」

 ぽすんと、ベッドが揺れる。
 横になってもシーツは被ったまま。
 薄暗い世界のまま、お互いの体が向き合う。
 薄暗い世界の中で、お互いの目が合う。
 薄暗い世界に、二人で隠れる。
 テリーの髪の毛が垂れる。
 ソフィアの手がその髪の毛をすくい、テリーの耳にかけた。
 テリーの顔がはっきりと見える。
 ソフィアの顔がはっきりと見える。
 テリーが硬直する。
 ソフィアはそれを見て、微笑む。

「テリー」

 ソフィアの手がキャミソール越しに、テリーの背中を撫でる。

「ぅあっ…」
「くすす」

 ソフィアが声をひそめて笑う。テリーが黙る。ソフィアの手は、テリーの背中を撫で続ける。

「体硬いよ。深呼吸して。テリー」

 ソフィアがテリーの腰を掴み、自分の方へぐっと引き寄せ、また恋しい小さな背中を撫でる。見下ろせば、テリーの顔が赤い。目を開けたまま、体を硬直させたまま、ゆでだこのように火照った顔で、かすかに、静かに、ゆっくりと呼吸している。

「そう。それでいい」

 下着だけを身にまとい、下着だけを身にまとった少女を抱きしめる。
 裸に近い姿で、隠すところだけ隠して、お互いの肌と肌がくっつく。
 テリーが生唾を飲みこんだ。
 テリーのぬくもりを感じる。
 テリーの温度を感じる。
 テリーが腕の中にいる。
 テリーが静かに呼吸している。
 テリーの肌が、自分の肌にくっついている。

(温かい)

 涼しくなった部屋の中で、テリーの温度はちょうどいい。

(温かい)

 抱き枕のように、ぬいぐるみのように、その腕に抱けば、心から安心してくる。

(胸がほっとする)

 頭がぼうっとしてしまいそうなほど、落ち着く。
 それでも、まだテリーの体は硬く、少しだけ震えている。

(………)

「ねえ、テリー」

 呼べば、びくっと、テリーの肩が揺れた。緊張した視線がゆっくりと、ソフィアの顔に向けられる。

(ああ、恋しい瞳…)

 ソフィアが優しく、テリーの手を握った。

「テリー、私の胸に触ってごらん?」

 言った瞬間、テリーがソフィアを睨んだ。

「……知ってるわよ。あんたそうやって、また触らせた分触るとか言うんでしょ…。あたしは分かってるのよ…」
「え? 直接触りたいって? もう、テリーってば。恥ずかしいけど、君ならいいよ。ブラジャー外してあげる」
「誰もそんな事言ってない!」
「そうカッカッしない。ほら、触って」

 握られた手に胸を押し付けられ、テリーの目がぎょっと開かれる。

(うっ!)

 むにゅ。

(………柔らかい………)

 むにゅ。むにゅ。むにゅ。

「おお……」

 テリーが感心の声をあげ、今度は自分からソフィアの胸に触れる。

「下着とマッチしてる。選んで正解だったわね。流石あたし」
「くすす。感謝してるよ。この下着可愛い」
「あんたこういうの好きでしょう」
「うん。大好き。こういうの探してたんだけど、なかなか見つけられなくてね」
「雑誌なんか読んでるからよ。あのね、雑誌を読む暇があったら、専門の店に出かけてみるのが一番だわ」
「そうだね。今度からそうするよ。ありがとう」

 むにゅ。むにゅ。

「よくサイズあったね」
「店員に訊いたらちゃんとあった。地味に多いんですって。そういう人」
「嬉しい。大切に着るよ」
「あたしが買ってあげたのよ。雑に扱ったら容赦なくその綺麗なお顔殴るから」

 むにゅ。むにゅ。

「……………テリー」
「何?」
「そろそろいい?」
「何が?」
「交代」
「…何が?」
「触るの、交代」

 テリーが即座に手を引っ込めた。
 テリーが即座に体を起こした。
 シーツが頭に引っかかった。
 ソフィアが即座にその手を掴んだ。
 ソフィアが即座にテリーの体をベッドに引き戻した。
 シーツの中の薄暗い世界で、テリーが悲鳴をあげた。

「ぎゃっ!」
「くすすすすす!」
「お前! だから、あたしは、言って! お前!」
「前に言ったでしょう? 触られた分、君の胸も触るって」
「この嘘つき! 泥棒! 泥棒!!」
「そうだよ。嘘はついてはいけない。だから君の胸を触らないと。もう泥棒は引退してしまったからね」
「そういう事じゃなああああああい!」

 上から乗っかってくるソフィアの体をぐうううっと前に押す。

「やめろ! あたしの繊細ですぐに壊れてしまう体に触るな! あたしはちょっとした事でも、すぐにひびが割れるか弱きレディなのよ!」
「大丈夫。優しくしてあげるから」
「やめっ……」

 ソフィアの手が、テリーの胸に置かれる。

「ひっ」

 テリーが小さな悲鳴をあげる。ソフィアの手が動き出す。

(……あっ)

 キャミソール越しから、下着越しから、ふくらみに触れる。

「痛い」

 ぽそ、と呟くと、ソフィアの手が止まる。

「ん、そっか」

 成長期だもんね。

「テリー、じっとしてて」

 ソフィアが体を沈ませ、テリーの体を抱きしめる。

「んっ」
「テリー」

 その頬にキスをする。

「ちゅ」
「ひゃっ」

 テリーの肩が再び、びくりと揺れる。ソフィアの手がキャミソールの中に入り、怯えるテリーの背中を直接撫でる。

(……ひえっ……)

 ソフィアの手が上に移動する。

(…う?)

 ブラジャーが引っ張られる。

(え)

 ホックが外された。

「やっ!」

 ぎゅうううう、とソフィアに抱き着く。上からソフィアの笑い声が聞こえた。

「くすすす、嬉しいな。テリーからそんなに熱く抱擁してもらえるなんて」
「おま、お前! 何してるのよ!」
「何って、ブラジャーのホックを外しただけだよ」
「この、変態! 不埒! 破廉恥! えっち!」
「くすす。否定はしない。テリーが相手なら、そういう事もしたくなる」

 ソフィアの手が背中から前に動く。

「あっ」

 ホックが外されたブラジャーの隙間から手を突っ込ませる。

「あ」

 その膨らみを触る。

「あっ」

 細い指が、直接触れてきた。

「あっ!」

 むにゅ、と揉んでくる。

「痛い?」
「…ん…」

 むにゅ、と揉んでくる。

「ここは?」
「…ゃっ…」
「じゃあ」

 むにゅ、と揉んでくる。

「あっ!」
「ん、ここ?」
「ちが、」
「そう。ここ」

 痛くないように、その部分を揉む。
 ぎゅっとして、離して、
 ぎゅっとして、離して、
 ぎゅっとして、離して、
 それだけの単純作業。

 けれど揉んでみれば、

「ん」

 けれど揉んでみれば、

「んっ」

 けれど揉んでみれば、

「んんっ…」

 恋しいテリーが、聞いたことのない上擦った声を出す。

(気持ちよさそう)

 ここがいいの?

(ここは?)

 ぎゅっと握れば、

「んっ…!」

 テリーの体が強張る。

「駄目だよ。テリー」

 耳元で囁けば、テリーの体がもっと力む。

「力抜いて」
「……っ、この…変態…!」

 震える声に、震える体に、震える唇に、涙目の瞳で、恋しい悪態をつかれたら、ソフィアの胸がきゅんと鳴った。

(ああ、煽らないで…)

 テリーが煽ってくる。

(もっと虐めたくなってしまうじゃない)

 むにゅ、と柔らかいその小さな胸を揉む。

「あ」

 テリーの口から声が漏れる。離して、またその部分を揉む。

「あ」

 艶やかでけしからぬ声に、ソフィアの気持ちは昂るばかり。

(ここかな?)

 むにゅ、と触れば、
 またむにゅ、と触れば、
 再びむにゅ、と触れば、

「んっ、んっ、…んっ…」

 眉をへこませたテリーが、その都度、声を押さえようと必死に唇を結んでいる。

(何、その可愛い顔)
(何、その恋しい顔)

 ソフィアの胸の高鳴りは止まらない。
 テリーの胸の鼓動は速くなるばかり。
 ソフィアの目がどんどん良からぬものになってくる。
 テリーの声がどんどん良からぬものになってくる。
 ソフィアの手がどんどん乱れてくる。
 テリーの吐息がどんどん乱れてくる。

(君のその顔がもっと見たい)
(見せて)

 ソフィアの口角が上がる。

(私に見せて)

 見たい。

(テリーの乱れた顔が見たい)
(テリーのいやらしい顔が見たい)
(テリーのはしたない顔が見たい)

 どうしたらいい?

(ここは?)

 ソフィアの指が胸の形をなぞる。

(ここは?)

 その中心にある部分に指が向かう。

(ここは?)

 硬くなったその先端を、指の腹で撫でた。

「あっ…!」

 テリーの目が見開かれ、体がのけ反る。テリーの口から聞いたことのない声が、また聞こえて、ソフィアの理性が、ぷっちん、と、テリーの声のハサミで、一瞬にして切れてしまった。

(あ、駄目だ)
(テリーのせいだ)
(もう駄目だ)


 我 慢 出 来 な い 。


 ソフィアの指がそこを撫でる。

「やっ…!」

 円を回るように、なぞって、なでる。

「んんんんん…! ん、んんん! んんんんん!!」

 テリーがソフィアの体を押す。

「や、ソフィア、そこ、やめ…!」
「なんで?」

 ソフィアがテリーの耳元で、囁く。

「ここ気持ちよくないの?」

 ぐりぐりと回すと、テリーの体が揺れる。

「あっ、だめ、やだ、やだ!」
「くすすす。テリー、そういう時は、気持ちいいって言うんだよ? ここ、気持ちいいんでしょう?」

 ぐにぐに押すと、テリーの肩が揺れる。

「んぅ…! やだっ、やめて、そこ、そこやだ…!」
「テリー、言ってごらん? 気持ちいいって」
「あっ、や、…や…や…」

 ソフィアの指が、胸の先端を撫でる。撫でられる度に、テリーの背中がぞくぞくする。

(ひっ)

 テリーが怯える。

(やだ)

 テリーがその快感に恐怖する。

(何これ)

 感じたことのない感覚に、混乱する。

(やだ)

 気持ち悪い。

(やだ)

 ソフィアの手がしつこい。

(やだ)

 ソフィアが興奮している。

(やだ)

 ソフィアの目がソフィアじゃない気がした。

(やだ)

 テリーの目から涙がこぼれる。

(やだ)

 テリーが叫んだ。

「ソフィアやめて! 怖い!!」



 その瞬間、びくっ、と、ソフィアの手が痙攣し、固まった。テリーが硬直する。ソフィアも硬直する。

(止まった)

 テリーの体から力が抜ける。

(止まった…)

 へなへなと、脱力する。

(…怖かった…)

 ぼろりと涙がこぼれる。

(…………怖かった)

「…んっ…」

 ぼろぼろと、涙が溢れてくる。

「んん…!」

 ぼろぼろと、涙がこぼれる。

(嫌い)
(…だから、ソフィア、嫌い)

 解放された両手で顔を隠し、ぷいっと横を向く。涙は溢れてくるばかり。
 テリーがぐすりと鼻をすする。
 テリーがぐすんと鼻をすする。

 ソフィアの手が、するするとテリーの胸から離れた。

「テリー」

 ソフィアがテリーの耳に囁く。

「ごめん」

 慎重に、テリーの体をゆっくりと抱きしめ、大切に抱きしめ、壊れそうなその体にひびが割れないように抱きしめ、頭を撫でる。

「っ」
「ごめん、大人げなかったね。…ごめん」

 ソフィアの唇が、テリーの額にキスをする。

(…んっ…)

「ごめんね、もう大丈夫だから。ごめん」

 ソフィアの手がテリーの頭を撫でる。

「もう怖い事しない。大丈夫」

 ソフィアの手がテリーの背中を撫でる。

「君が子供だという事を、一瞬忘れていたよ」

 ソフィアが大切にテリーを抱きしめる。

(一人の恋しい人として、見てしまった)

 彼女はまだ子供だ。
 小さな小さな少女だ。
 うかつに手を出しては簡単に傷ついてしまう、繊細な少女だ。

「テリー」

 ソフィアがあやすような、優しい声でテリーを呼ぶ。

「ちゅ」

 恋しいその頭にキスを落とす。ぴくりと、テリーが揺れる。

「ちゅ」

 恋しいその手にキスを落とす。びくりと、テリーが揺れる。

「ちゅ」

 恋しい手の隙間から見える頬にキスを落とす。びくっ、と、テリーが揺れた。ソフィアが静かに離れ、隠された顔を覗き込む。

「テリー、手を退けてくれない? 君の可愛い顔が見られない」
「………」
「ね? お願い」
「………」
「もう、怖い事しないから、お願い」
「…………」

 テリーがゆっくりと手を退けた。目と鼻は赤く、潤み、涙がこぼれている。

「ああ、可哀想に」

 ソフィアがテリーの瞼にキスを落とす。

「ちゅ」
「ん」

 テリーの瞼が下ろされる。
 次は赤くなった鼻にキスを落とす。

「ちゅ」
「ん」

 テリーが首をすくめる。
 ソフィアが体を少しずらし、逃げたそうにしているテリーの目を覗きこむ。
 潤んだ瞳と目が合う。ソフィアがその目を見て、思わず固唾を呑みこむ。

「………」

 黙って、その瞳を見つめる。きらきら光る、恋しいその瞳を見つめる。

(最強の魔法はもう使えない)

 使えないけど、

(祈るのは自由だ)

 ソフィアの体が沈む。

(お願い、テリー)

 ソフィアの唇が、テリーに沈む。

(怖がらないで)
(嫌いにならないで)

 好きなだけ。
 恋しいだけ。
 愛しいだけ。

(嫌いにならないで)

 ひっこめた顎を優しくすくい、上に上げ、自分の顔の位置を少しずらして、自分を見つめてくるテリーの唇に、そっと、優しく、キスを落とす。
 むに、と、胸よりも柔らかな唇が、自分の唇と重なる。

(温かい)

 心地好い熱を持った唇。

(柔らかい)

 崩れてしまいそうなその唇。

(もっと、感じていたい)
(離れたくない)

 だけど、

(また怖がらせてしまうかな?)

 その感触を惜しんで、離れる。離れたくないけれど、離れる。しかし離れれば、テリーの顔がはっきりと見える。息を切らして、顔を赤く染めて、瞼を上げて、ぼうっと自分だけを見つめているテリーが見える。

「っ」

 ソフィアの目が見開かれる。

(ああ、もう、なんて顔)

 その表情だけで、心臓が飛び出そうになる。

(なんて顔を)

 見たいと思った顔を見れば、

(このままでは心臓が持たない)
(命が持たない)
(心が持たない)

 この恋しい存在に、胸が乱されてしまう。

「…キスも、怖い?」

 訊けば、テリーがきょとんと瞬きをする。

「……」

 テリーが黙って、ふらりと視線を逸らす。

「……別に、怖くないけど」

 恋しい手を見つめれば、震えている。

(…今日は反省点が多いな)

 少し、遊ぼうと思っただけ。
 少しだけ、愛でようとしただけ。
 少し、気を紛らわせようとしただけ。

(…ブレーキをかけれるようになろう。…テリーを傷つけないためだ)

 この不器用で繊細すぎる少女を、傷つけてはいけない。

(そんな顔しないで)
(泣かないで)
(胸が苦しくなる)

 ソフィアが体を沈める。テリーがぎょっと目を見開く。慌てて瞼を閉じる。ぎゅっと瞼を閉じる。ぎゅっと唇を結ぶ。それを見て、ソフィアの顔が苦くなる。

(…反省しよう)

 テリーの額に、ちゅ、とキスを落とす。
 テリーの肩が、またぴくりと揺れる。

「…ん」
「おしまい」

 ソフィアがテリーを抱きしめて、横になる。

「これでおしまい」

 テリーの腰を抱き、胸の中に引き寄せる。テリーの顔が、ソフィアの胸に押し付けられる。ただ、腕の力は非常に優しい。

「んっ…」
「怖くないよ」

 ソフィアの手がテリーの背中を撫でる。

「私は、怖い事なんかしないよ」
「…嘘つきめ…」
「くすす。私は同じ過ちを繰り返さない」

 ソフィアが微笑み、テリーの頭を優しく撫でた。

「テリー、大好き」
「………うるさい」
「君が恋しくて仕方ない」
「うるさい…」
「好き。テリー…」
「…うるさい…」

 テリーの耳が赤い事を、ソフィアは指摘しない。ソフィアの耳だって十分赤い。その頬も、十分赤い。おそらく、テリーよりも。

(…まいったな)

 恋しくて恋しくて恋しくて、この少女を離せそうにない。

(君は貴族で、私はただの司書)

 くすす。

(ねえ、身分が違くとも、君は私を選んでくれる?)

 いいや、選んでくれなくても、

(その時は、君を盗むよ)
(また誘拐するよ)
(誰もいない町に、誘拐して)
(二人きりで)
(一緒に)

 ソフィアの腕ががっちりと、テリーを抱きしめる。

(離せない)

 テリーの目がうつらうつらと動く。

(テリー…)

 ソフィアがぬくもりを離さない。
 テリーが心地好いぬくもりにこれ以上ない安心感を感じる。意識がふわふわしてくる。テリーの瞼が揺れる。

(…瞼が重い…)

 テリーの瞼が下りる。

(…一瞬、目を瞑るだけよ)

 テリーの瞼が下りた。

(…一瞬…目を瞑るだけ…)

 テリーの意識が遠くへ行く。

「……ん」

 ソフィアが気がつく。整った呼吸に気付いて、そっと胸の中で大人しくなったテリーを見下ろせば、案の定、穏やかに眠っている。

(あーあ)

 ソフィアが微笑む。

(可愛い寝顔)

 うっとりと見惚れる。

(ずっと見てたい)

「……………」

 にこりと微笑んだまま、ソフィアが起き上がる。

「よし、テリーの屋敷に連絡しよう」

 言い訳なら、なんだっていい。
 偶然、外で具合悪そうなテリーに会って部屋に連れて行ったらそのまま眠ってしまった。起こすのも悪いので、今日は泊まらせます。

(これでいい)

 ソフィアが見下ろす。すやすや眠るテリーに、また目元が緩んでしまう。

(ああ…。…可愛い…)

 うっとりしてしまう。

(恋しい)

 にやけてしまう。

(尊い)

 ソフィアの体が、再度テリーの上に沈む。

(好きだよ。テリー。恋しいよ。テリー。私だけのテリー)
(どうか、どうか)

「私を選んで。テリー」

 テリーの頬に、キスを落とす。テリーはすやすや眠る。いつも鋭い目元は、緩み、安らかに眠っている。

「すぐに戻ってくるよ」

 テリーの頭を撫でる。

「待ってて、テリー」

 一人、ベッドに残して、ソフィアが立ち上がる。

「戻ったら」
「また抱きしめてあげる」
「それで、また」
「一緒に寝よう」

 ソフィアが下着姿のまま、寝室から出て行った。



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