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ドロシー

君型ヘッドフォン

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(*'ω'*)ホワイトデーはあなたにお返し企画より。
『トト』を知らない方はネタバレ注意。
 または第七章参照。

 日常パロ。ドロシー×テリー
 ――――――――――――――――――――――――――――



















 目の前にはパソコン。
 耳にはヘッドフォン。
 なかからきこえてくる音は、とても心地が良く、リピートしてきいている。
 最高の環境。
 今日も楽しくゲームをしていると、ギルド仲間がこんなことを言ってきた。

『あ、ホワイトデーになったよ!』
『ホワイトデーか。お返し決めてないんだよな。やれやれ。実に憂鬱だぜ』
『おれさま、ママにお返ししないと! トトはどうするの?』

 ドロシーがまゆをひそめた。

『別になにもあげないよ』
『え、でも、トトさ、彼女からバレンタインにおいしいチョコレートもらったって言ってたじゃん!』
『別にあげなくてもいいよ』
『トト、レディの気持ちを粗末にしてはいけない。ぼくのように、女は大事にするべきだ』
『そうだよぉー! かわいそうだよぉー!』
『いやいや、みんな、勘違いしているようだけど』

 キーボードを打ち込む。

『ボク、女』
『あ、そうだったぁ!』
『いやいや、うっかりね』
『ララバイ、愛のララバイ』

(バレンタインか)

 そういえば、テリーが最近そわそわしていた気がする。

(無理だよ。ボク、メニーのいとことは言え、ふつうの一般人だから)

 贅沢なものねだられたって、買えるわけでもないし。

(まあ、でも)

 出かけるくらいならお小遣いあるかな。

(株も上昇だし。ふああ……)

 あ、五千万までいってる。

(売ろう)

 ドロシーの懐がすごくあったかくなった。


(*'ω'*)


 その日の放課後、テリーが学校から出てくるころ、フードをかぶり、ヘッドフォンをつけている不審な人物が門の前に立っていた。テリーがその人物の顔を見て、気づき、とことこ近づいていく。テリーのすがたを見た不審者は、ヘッドフォンを外した。

「ドロシー」
「ん」
「なにしてるの?」
「ヒマ?」
「ヒマ、って……まあ、時間はあるけど。どうしたの、急に」
「今日ホワイトデーだろ」
「……ん?」
「付き合って」

 手をつかんで引っ張る。

「ちょっ」

 指同士を絡めあわせ、手を握り合う。

(……恋人つなぎ……)

 テリーがちらっとあくびをするドロシーを見た。

「どこ、いくの?」
「んー。どこがいい?」
「決めてないの?」
「映画でも行く? 君、べったべたなロマンスもの好きだろ」
「……」
「今ならなんだっけ、あれやってるだろ。えーと、クモ姫とありんこ?」
「……ん」
「見たがってたやつ」
「……いっしょに見てくれるの?」
「うん」
「……行く」
「ん」

 人が通る道を二人で手をつないで歩き、通行人が多いからこそ身を寄せ合って狭い道を歩く。

(ホワイトデー、お返しもらえると思ってなかった)

 メニーのロッカーがぎっちぎちで、怒り心頭だったけど、

(……なんか、もうどうでもいい)

 ドロシーがわざわざ迎えに来てくれた。

(なんか、もう、……どうでもいい)

 ドロシーがチケットの販売受付のモニターを見ながらあたしにきいた。

「席、まんなかでいい?」
「ん」
「じゃあ、ここでいいか」

 二人分。

「まって。お財布出すわ」
「今日はボクから出すからいいよ」
「あんた庶民のくせになに言ってるの」
「株で五千万稼いだ」
「……あんた、一週間前にも同じこと言ってなかった?」
「税金の支払いが大変だよ」
「……」
「ポップコーンは?」
「……食べたい」
「ジュースは?」
「いる」
「ん。いいよ」

 ドロシーがあたしの手を引く。

「トイレは?」
「……一応行ってくる」
「ん。待ってる」
「あんたは?」
「テリーがもどってきたら行く。でないと、ポップコーン、だれがもつの?」
「……そうね。わかった」

 交代でトイレに行って、映画館に入る。
 となり同士ですわって大画面のスクリーンを眺める。

(……なんか、こういうデート、久しぶり……)

 こいつ、引きこもりだから外出たがらないし。

(……ポップコーン食べよう)

 口に放り投げて、もぐもぐ食べる。

「……」

 ドロシーがそれをちらっと見た。

「テリー」
「ん」
「ボクも食べたい」
「はい」
「ありがとう」

 ドロシーがテリーの唇に口付けた。

「っ」

 口のなかに舌が入り、ポップコーンの残像を拾った。

「ふう」

 ドロシーがはなれ、口のなかで味わった。

「んー。あんま味しないね」
「……」
「……テリー?」

 ドロシーがにやりとしてテリーを見た。

「食べないの?」
「……人に見られたらどうするのよ……」
「はいはい」

 ドロシーが手を伸ばし、ポップコーンの容器から一握りして、口のなかにほうりなげた。

「映画館ってなんでポップコーンとかホットドッグとかアイスなんだろう。ボク、金平糖がいいな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「食べないの?」
「……食べる。……映画はじまったら」
「ああ、そう」

(……ばか)

 はじまる前にこんなことされたら、集中力切れるじゃない。

(……そういうところが、好き)

 胸のときめくを隠すように、テリーがポップコーンを口に放り投げた。


(*'ω'*)


 映画館から出ると、もう日が沈んでいた。

「送るよ」
「あんたはどうするの」
「フードかぶった不審者に不審者が近づくと思う?」
「……」
「送ってく」
「……ありがとう」

 また手をつなぐ。ドロシーの手は、ネコのぬくもりのようにあったかい。

「……今度は、いつ、会える?」
「ああ、そういや受験終わったばっかだっけ」
「ん」
「春休みは?」
「二十日から」
「大学ではどうするの? 家出るの?」
「そうしようかなって」
「ふーん」
「……ドロシー」

 手をにぎりしめる。

「いっしょに住む?」
「やめたほうがいいんじゃない?」
「……なんで?」
「ボク、部屋に引きこもるよ。パソコンつけっぱなし。株も見張るし、youtubeに動画出さなきゃいけないからゲームしてる間すごく騒ぐし」
「防音部屋を用意するわ」
「家事もしないよ」
「それでもいい」
「……」
「だめ?」

 ドロシーが目をそらした。

「テリー、自ら苦労することを選ぶのは感心しないな」
「……」
「……ボクと住んだら苦労すると思うよ」
「……いっしょに住んだら、いつでも会えるわ」
「うーん」
「住むだけでいいから」
「……」
「だめ?」

 いっしょに住んだらいつでもテリーといられる。
 でもいっしょにいたらいやなところも見てしまうだろう。
 それでも好きでいられるだろうか。

(うーん)

 いや、もともと、この女のこと好きじゃなかったし。

(いまさらって感じもするし)

 うん。

「そうだね」

 きらいになったら出ていけばいいや。

「いいよ。いっしょに住もう」
「っ」
「え? だめ?」
「……こんなあっさり答えると思わなかったから、……おどろいただけ」
「君から誘ったくせに」
「……」
「でも本当に引きこもってるよ」
「……ん。いい。家政婦雇うから」
「まあ、雇うかどうかは部屋を決めてからにしようよ」

 なにごとも慎重にいかないといけないってことを、この女はわかってない。

「テリー、お金があるからって、物事をずかずか進めるのは君の悪いところだ」
「だって、いっしょに住むんでしょ?」
「場合によっては、ボクがちゃんと家事をできる日がくるかもしれないじゃないか」
「できないじゃない」
「見てもいないくせに決め付けるな!! なにごとも、やってみないとわからないじゃないか!」

 ドロシーが怒鳴ると、テリーがあきれた目を向けた。

「なんだよ」
「あんたがメニーのいとこだからって、メニーと同じことはできないでしょ」
「食器洗いくらいできます」
「洗濯は?」
「今、実家でやってます」
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ」
「ふーん」
「いいよ。部屋が決まったらボクの洗濯の手と食器洗いの手を見せてあげるよ。ボク、すごいから。ほんとうだよ。すごいから」
「ふーん」
「信じてないな? ほんとうだよ。ボク、すごいんだよ。ほんとうだよ」

 テリーの家にたどりつく。

「それじゃ」
「ん」

 テリーがうなずき、……ドロシーの手を強くにぎりしめた。

「……ほんとうにいっしょに住む?」
「住むよ。言っただろ」
「……ん」

 テリーがうつむいた。

「じゃあ、……部屋が決まったら、連絡する」
「そうだね。下見は大事だし」
「……」
「……」
「……あと」
「ん」
「映画、ありがとう」
「ん」
「……それじゃ」
「ん」

 手がはなれない。

「……」
「……」

(……なーに?)

 ドロシーがまゆをぴくっと動かした。

(話し足りない?)

 手がはなれない。

(うーん、でもつれて帰るわけにはいかないからな)
(ずっとこうしてても寒いだろうから、なかに入ってほしいんだけど)

 そっか。いっしょに住んだらそういうのも考えなくて済むんだ。
 だって、ずっといっしょにいるんだから。

「テリー」
「ん」

 ドロシーが顔を寄せ、唇を重ね合わせた。

「っ」

 テリーがぴたりと固まる。

(こういうこともできるんだ)

 それ以上だって。

(いっしょに住めば)

 きらいになれば別れたらいい。

(それだけのこと)

 でも、今はまだ好きだから。
 君をほうっておくことはできないから。

「じゃあ、さむいから」
「……ん」
「おやすみ」
「……おやすみ」

 テリーの顔が近づいた。

(ん?)

「ちゅ」

 ――ほおに、キスをされた。

「……じゃ」

 テリーが満足そうに、きらきらした顔で、門のなかに入っていった。その奥の一本道も進み、きちんと家のドアをあけて、ドロシーに手を振ってからドアをしめた。

(……金持ちのお嬢さまが)

 ドロシーがヘッドフォンを赤くなった耳に当て、ポケットに手をつっこませた。

(なんでこういうことするかな)

 スマートフォンの再生ボタンを押す。
 ヘッドフォンから、録音していたテリーと自分の声が流れる。

『ドロシー』
『ん』
『なにしてるの?』
『ヒマ?』
『ヒマ、って……まあ、時間はあるけど。どうしたの、急に』
『今日ホワイトデーだろ』
『……ん?』
『付き合って』

 帰ってから、自分の声だけを抜いて、テリーだけの部分を抜き取る作業をしないと。

(はあ。今日も徹夜だ)

 ドロシーがぐっと伸びをして、あくびをした。






 君型ヘッドフォン END
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