おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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ドロシー

怠慢な猫

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10章まで参照※ネタバレの可能性大
—————————————————————







「トト」


 優しい手。
 温かい腕の中。
 ドロシーの温もりが大好きだった。

「トト、ボク達、ずっと一緒にいようね!」

 もちろんだよ。ドロシー。
 ボクが死ぬまで、君と共にいよう。

「必ず迎えに来るからね!」

 待ってるよ。ドロシー。


 ボクのドロシー。



 ボクは、いつまでだって待ってる。
 君が迎えに来てくれるその時まで。
 迎えに来たら、ボクは君を離さない。
 ずっと君の家族として、親友として、相棒として、側にいるよ。

 大好き。ドロシー。

 ボクのドロシー。






「……っ、ぁぐっ……」

 重ねた手に力が入る。それを握りしめる。

「あっ……あっ……!」

 発情期のせいだろうか。性欲が止まらない。

「んっ……んくっ……んっ……!」
「テリー」

 顎を掴み、耳に囁く。

「声出していいよって、ボク、何度も言ってると思うけど?」
「……やだ……」
「ああ、そう。……嫌なんだ?」
「あっ」

 腰が動けば、テリーが嬌声をあげる。枕を握りしめ、凄まじい快楽に耐える。だが、それを崩すのが、近頃のドロシーの趣味だった。

「素直に声出せばいいのに。馬鹿だね」
「……っ……っ……っ……!」
「テリー、顔が見えなきゃ何も面白くないってば。こっち見て?」

 テリーが首を振った。その顎を掴まえ、唇を塞ぐ。テリーの胸が高鳴った。こんなに乱暴にされているのに。テリーが悶えた。こんなに酷くされてるのに。呼吸を乱し、絶頂しかけたその時――突然相手が動きを止めた。テリーが目を見開く。

「ん? 何? やめてほしかったんじゃないの?」
「……っ……」
「ほら、何言うんだっけ? テリー? 前に教えたよね?」
「……う……」
「うん?」
「……うご……いて……」
「動かすって、どこを?」
「……下……」
「下? ああ、動かして、それで?」
「い……」
「うん」
「……いか……せて……」
「……。……ま、大目に見るかー」

 再び腰を揺らし始めると、テリーの体がビクッ! と揺れ、相手の揺れによって再び快楽に襲われる。抱きしめられる。テリーが目を見開いた。相手と目が合う。テリーはどうしていいのかわからなくなった。ドロシーが顔を近づけた。唇が塞がれる。

「……っ♡!! っっ♡!」
(あー……いいねー……ぞくぞくするよ)
「ひぃっ! あっ! んんっ!」
(おっと。……やっと声出したか)

 行為中に理性なんていらない。

「テリー」
「あっ!」

 可愛い声で啼けばいい。

「ド……ロシー……!」
(最初から素直になればいいのに)

 指を動かせば可愛い鳴き声が響く。腰を揺らせばテリーの体が痙攣する。顔を覗けば……目が合う。

「……ドロシー……っ……」
「……はいはい」

 魅了の海に溺れる前に、ドロシーは瞼を閉じ、テリーの唇を再び塞いだ。


(*'ω'*)


 人というのは窮地に陥ると脳の回転が早くなるものだ。テリーの場合、その脳の回転をとても高速にして、バグが起きて、そのショックで――思い出さないかと、ドロシーは思っていた。

(いやいや、思い出すはずないでしょ。だって記憶の持ち主はテリーじゃないんだから)

 でも、魂は同じだ。

(魂が記憶を持って生まれることは稀なことさ。そもそも魂は同じだろうと、あの子はあの子で、テリーはテリーさ)

 頭ではわかっている。理性は理解している。しかし、本能が囁くのだ。

 もしかしたら、ひょっとしたら、可能性はゼロじゃない。だから、テリーを少し、乱暴に、

(馬鹿か)

 今日もドロシーはテリーの部屋の窓辺で、のんびりと昼寝をする。

(そんなことしたって何もならない)

 ――ドロシー。

(魂が相棒のものだからなんだ。本人であって、本人じゃない)

 ――手、繋いであげてもよくってよ!

(ボクはね、魂が理由でテリーの恋人になったわけじゃない。ボクは)

 彼女を哀れに思ったんだ。

 だって、テリーはボク以外を選ばなかった。沢山の選択肢があったのに、テリーはそれを愚かにも捨てた。だから、ボクがテリーを見捨てたら、とうとうあの極悪令嬢、一人ぼっちになっちゃうだろう?

(だからボクがテリーの恋人になってあげただけであって)

 思い出してほしいとか、

(そんなことは一切)

 もし思い出したら?

(あり得ない)

 思い出して、突然言い始めたら?



「トト、ごめんね。迎えに来たよ」
「これからは、ずっと一緒だからね」





 書類の山に、テリーが顔を埋めた。

「もう無理……まじで無理……キャパってるわ……最高にキャパリパーリー……」
「テリーお嬢様、お茶のご用意が……あら、大変」

 サリアがテリーの肩を揺らした。

「テリー、奥様に叱られますよ」
「助けてサリア……。あたし、サイン地獄で……見て、これ。あたしの可愛い指に……タコが!!」
「少し休憩なさっては?」
「……そうする……」
「紅茶とクッキーを置いておきますね」

 サリアが下がった。

「何かあったら呼んでください」
「ありがとう。サリア……」

 扉が閉められ、テリーがため息を吐く。

(家を継ぐことで……まさか箱詰めになるとは思わなかったわね……)

 テリーは周りを見る。あー、まだこんなにも書類が残ってる。

(やってられん!)
「少し散歩に出たら?」
「うわっ!」

 テリーがぎょっと顔を上げると、ソファーにドロシーが寝そべっていた。

「今日は散歩日和だよ。ああ、そうだ。ほら。ガーデニングに行くと良い。とても癒やされると思うよ」
「この神出鬼没のクソ魔法使いが! いきなり声かけないでくれる!? 驚いて紅茶をひっくり返して、書類が台無しになったらどう責任取るのよ!」
「そんなところで紅茶を飲んでる君が悪い」
「んだと、てめ、こら!!」
「休憩したら?」

 ドロシーが起き上がり、隣を叩いた。

「こっちで」
「……」
「ん」

 肩をすくませると、テリーが息を吐き、紅茶を持ってドロシーの隣に座った。ドロシーが杖をくるくる回せば、クッキーの入った皿が目の前のテーブルに置かれた。ドロシーがつまんでみる。おー。こいつは美味い。

 テリーが紅茶を飲む。チラッと横を見て、目を逸らす。
 ドロシーがクッキーを食べる。チラッと横を見て、目を逸らす。

「「……」」

 頭の中で、思った。

(手握りたい……)
(君はボクの膝が空いてるの見えないの? 早く来い)

 テリーは紅茶を飲み、ドロシーはクッキーを食べる。

(でも、こいつにそんなことしたら……なんか……馬鹿にされそう)
(あームズムズする。君は煽るのが上手だねぇ。……早く来いってば)
(……メニーだったら、素直に行けたんでしょうね。ケッ。……どうせあたしはひねくれ者よ。……)
(もういいや。ボクから行くか……)
「ドロシー」
「んー?」

 ドロシーがなんでもない顔でクッキーに噛みついた。

「なんだい?」
「なんか」

 テリーが真面目な顔で首を傾げた。

「寒くない?」
「………………別に?」
「いや、あたし、寒いと思うの」
「別に寒くなんて……」

 そこでドロシーがはっとした。使える!

「寒いかも!」
「そうよね!」
「隙間風が入ってきてるのかも!」
「そうよね! だと思ったのよ! なんか手足が寒いから!」
「温かくしないと!」
「そうよね! 温かく……」

 ドロシーが杖を振った。

「しないと……」

 ――シーツが降り、二人に被さった。

「わぎゃっ!」
「うわっ!」

 二人でシーツに潰され、閉じ込められ、体を起こす。

「ドロシー!」
「ごめんごめん! でもほら! 休憩にもってこいだよ! 眩しい日差しもこれで遮断される!」
「紅茶が飲めないじゃない! これは膝にかけるわよ!」
「ロマンがないな! チミは! 暗闇を楽しもうとか思わないのかい!? はぁー! これだから貴族のお嬢様は!」
「大体、温かくしようとして、なんでシーツ……!」
「いや、だって」

 ――そっと、テリーを抱き寄せる。

「誰かに見られちゃうかもしれないからさ?」
「……。……。……。……」
「別にいいよ? ボクはメニー以外、どうせこの姿は見られないわけだし。君が恥ずかしくなければ、膝にかけたら?」

 手がテリーの腰を撫でた。はっと息を呑み、体を強張らせると、さらに背中を撫でられた。

「……あの」
「寒いんだろ?」
「いや……でも、書類……」
「休憩は駄目?」
「や……その……」
「大丈夫」

 緑の目と目が合う。

「すぐ終わるさ」


(*'ω'*)


「失礼します。テリーお嬢様」

 ギルエドがノックして扉を開ける頃、机には片付けられた書類が積まれていた。テリーはというと、シーツに包まり、緑の猫と共にソファーで横になっている。

「お疲れ様でございます」

 ギルエドがにっこり笑い、部屋を後にした。すると——扉に鍵がされた。これで誰も入ってこれはしない。

(これでよし)

 猫が女の姿となり、ソファーで眠るテリーの背後へ潜り込む。抱きしめてみれば、その体は何も身につけていなかった。

(ま、夕食までには起きるでしょ。流石に)

 ついさっきまであんなに乱れていたお嬢様は、今では安らかに眠っている。

(普段は腹立つくらい生意気なのに、二人きりになると人が変わるんだよな。この女……)

 ——……。

(……悪い気はしない)
「……ん……」
(あ)

 ドロシーが目を瞑った。テリーがぼんやりと目を覚まし——背後にある熱に気づく。振り返ると——寝たふりをするドロシーがいる。

「……」
(イタズラしてきたら驚かしてやろ)

 ドロシーがテリーのアクションを待っていると、テリーがドロシーの腕を持った。

(お?)

 その手を、静かに自らの頬に当てた。

(……)

 テリーは無言のまま、ドロシーの手を堪能する。その姿は実に健気で——いじらしい。

「……」

 メニーのように笑えばいいのに。うふふとか、むふふとか。幸せそうに笑って、どこにでもいる女のように、恋に恋をしているんです、っていう素直で可愛い顔をしていればいいのに。

 そしたらボクだって素直になるんだよ。

「っ」

 頬をつねってきた指に、テリーが息を呑んだ。ビクッと肩が揺れると同時に、ドロシーがテリーを抱きしめる。だが、お互い黙ったまま。呼吸の音だけが耳に残る。

「……」

 どちらも何も言わない。あれだけ激しいことをしていたのに。

「……」

 ふと、ドロシーが唇を目の前のうなじに押しつけた。相手の肩が揺れた。わざと音を出して押しつけた。だんだん相手の体温が上がってきた気がした。耳を軽く噛んだ。ようやく声を上げた。

「うひゃっ」

 猫から強い視線を感じる。テリーは口を押さえ、また黙った。手がテリーの体を撫でる。胸がキュンと鳴った。魔法使いはなんでもお見通し。だから、少し、意地悪なことを言ってやった。

「君ってさ、意外とMだよね」
「……もっとマシなこと言えないの?」
「何? キッドみたいに愛の言葉を並べろって言うのかい? 悪いけどボクは君のためにそこまでする努力をしたくはないよ」
「そうよね。猫は怠慢だもの」
「わかってるじゃないか」
「……着替える」

 着替えるために起きあがろうとしたテリーの腕を、ドロシーが掴み、元の位置に戻す。

「……」
「猫は怠慢なんだよ」

 テリーの肌を、指がなぞる。

「今はまだ休憩モードなんだ。動かないで」
「……何よ。あたしは枕ってこと?」
「うん」

 そういうことにしておくよ。

「動かないで」
「……仕事……」
「今日はサービス。もうないからのんびりしよう」
「……珍しいことするのね」

 テリーがきょとんとした。

「機嫌良いの?」
「休憩モードの間は動きたくないんだよ」
「お前は動かなければ良いじゃない」
「だから、枕がなくなると嫌なんだよ」
「……はいはい。枕ね」

 そうだよ。猫は枕がないと落ち着かないんだ。

「少し寝ていい?」
「どうぞ」
「どうも」

 テリーが瞳を閉ざし、また夢の中へ旅立った。ドロシーが魔法を唱えた。誘導されたテリーが寝返りを打った。これで寝顔が見られる。

(……確かに、機嫌良いかも)

 テリーの寝顔を見つめながら、ドロシーもまた、もう一眠りつくことにした。
 向かい合う姿は、確かに不器用な想い人同士であった。




怠慢な猫 END
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