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キッド
囚われ姫と冷酷王子(1)
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クレアとポメテリーを知らない方は6章と9章参照。ネタバレ注意。ぶっちゃけ百合ではないので抵抗のある方も自己責任でお願いします。とても犯罪臭がします。後悔はしてません。9章後の妄想話。
キッド(男体化)×ポメテリー
―――――――――――――――――――
珍しく、テリーが手土産を持ってキッドの家へと向かっていた。ぶら下げる袋の中には白い箱があり、その箱の中には……偶然街で見かけた、限定品のいちごロールケーキが入っている。
(本当にタイミングが良かったわ)
歩いてたらたまたま店から予告もなしにロールケーキフェアなんて開催してきたものだから。
(……クレア……喜ぶといいけど……)
――いちごのロールケーキだ! ダーリン、ありがとう! 大好き!
「……」
ぽっ、と頬を赤く染め、テリーが無愛想だが内心ルンルン気分で道を進み、森に囲まれた家へとたどり着いた。カギを使い、ドアを開ける。
「じいじー。クレアいるー?」
テリーがリビングへ進む。
「ロールケーキ買って……」
――そこでは、クレアがすさまじい速さのタイピングを披露していた。ベレー帽をかぶり、メガネをし、見えない指の速さでキーボードを打っている。テリーは眉をひそめる。ビリーはクレアのタイピングにて黒のインクに染まった紙を取り、今までの紙と重ね、テリーに振り返った。
「ああ。テリー、こんにちは」
「……。なにしてるの。そいつ」
「終わった!!」
クレアが最後の一枚を、ぺりっと取った。
「じいや! これは大作だ! ああ! なんてことだ! あたくしはやってしまったぞ! 芥川賞、いや、今敏賞受賞に違いない!!」
「はいはい」
「一体何してるの?」
「おや、これはロザリーではないか。貴様、むふっ、丁度いいところに来た」
「どうしたの?」
「あたくし、記憶喪失のポメラニアンテリー、略してポメテリーの存在によって思いついた物語を完成させてみたの」
「嫌なこと思い出させないで……。……物語?」
「ダーリンが一番最初の読者よ。はい。読んで。今じいやが茶を出す」
「あ、それならロールケーキを買ってきたから」
「……甘い匂いがする」
「ええ。偶然歩いてたら買えてね」
「……待て。まさか、これは……いちごのロールケーキ!?」
クレアの瞳が輝き、即座にテリーに抱きついた。
「あんっ! ダーリン! もう! 大好き!」
「ええ。そう言うかと思った」
好きな人が喜んでくれて、表には出さないが内心満足しているテリーがクレアの腰を撫でた。
「一緒に食べましょう」
「じいや! ロールケーキ切って!」
「クレアや、皿を出してくれ」
「はーい」
クレアとビリーがロールケーキを持ってキッチン台に立つ。テリーはテーブルに置かれた厚さのある紙を見た。
(……クレアが書いた……物語……ね)
なにを書いたのかしら。
(クレアのことだから……おとぎ話みたいな、夢見る少女が描くようなロマンチックすぎる物語だったりして。……ふふっ)
テリーが紙をぺらりとめくった。
(*'ω'*)
花の匂いに誘われてブーツが道を歩く。人々が彼を見た瞬間、胸の中で決められた速度で動く心臓の動きが激しくなった。
青色の髪に、中性的に整われた顔。遠くから見たら女のようにも見える。高身長で、腰に巻き付くベルトには剣と銃が備えられている。騎士見習いだろうか。なんて美しいのだろう。皆が彼に見とれる中、彼はひとつの花を見つめる。
(この花だけ、おれみたい)
彼が――キッドがそっと花の匂いを嗅ぐ。
(この花だけ、他の花と少しだけ離れてる)
みんなは肩を並べてくっつきあって楽しそうなのに、この花だけは距離を開けて、なんだかさびしそう。
(おれみたい)
さびしそうな花を撫でようと手を伸ばしかけると――手が当たった。
「「あっ」」
両方、すぐに手を引っ込めさせ、互いの顔に目を向けた。そして――その瞬間、キッドはその相手に目を囚われた。
「……これ、買うの?」
自分よりもはるかに幼い少女であった。なかなか無いくすみ色の赤毛に、髪型はかわいらしく二つに結ばれている。そして、キラキラ光る宝石のような瞳は、気になるその花と、その前にいるキッドを見上げていた。キッドはそんな彼女を見て、首を振った。
「……じゃあ、あたし、買っても良い?」
キッドが頷くと、少女はとても嬉しそうな笑顔になった。
「やった!」
その笑顔から――キッドは目が離せなくなった。なんて美しい笑い方をする少女なんだろうと思った。
「店員さん、これ、下さい!」
嬉しそうに言う少女に、店員に笑顔で花を包み始めた。その間、少女はまだ店内を見回す。そして、彼女の目にフラワーリースが留まった。
「わあ、すてき……」
「……欲しいの?」
「え?」
「何色がいい?」
自分からこんなことを言い出すことに自分で驚きながらも、キッドはどうしてもこの少女になにか与えたくなったのだ。フラワーリースが欲しいのなら、山ほど買ってあげたい気がした。そして、どうしてか……この少女が笑顔になるのが見たかった。だが、彼女は笑顔ではなく困った顔をして、ぶんぶんと首を振って、それを断った。
「だ、大丈夫。あたし、見てるだけでいいの!」
「ほら、ピンク色のフラワーリースなんて、君に似合いそう」
「お兄ちゃん、だめよ。身も知らない人にお金を使ったら自分が損をするって、ママが言ってたわ」
「でも」
「お気遣いありがとう。でもね、あたしに使おうとしてくれたそのお金は、いざって時のために取っておいて。今、いつだれがどうなるかわからない時代だもの」
少女が店員から包まれた花を受け取った。
「それじゃあね。お兄ちゃん」
少女がかかとを上げ――キッドの頬にキスをした瞬間――彼は、心臓のど真ん中に愛のキューピッドからの矢で射抜かれてしまった。
「ありがとう。さようなら」
心臓が高鳴って言葉が出なくなる。初めて感じたその感覚にキッドは困惑した。胸が苦しい。目が少女から離れない。離れないのにも関わらず頭の中では少女の笑顔がリピートしている。頬にキスをされた、あのやわらかな唇が忘れられない。……と思って固まっていると……少女が店から出ていってしまった。そこでキッドははっとした。
「あっ」
キッドは慌ててフラワーリースを持ち、充分すぎるお金をカウンターに置いた。
「釣りはいいから!」
「あ、お客さま!」
キッドは急いで店から出ると、少女は馬車に乗りこみ、馬車が道を走り出した時だった。
「っ」
キッドは追いかけようと走ったが、馬には追いつけない。馬車は残酷にも道を進み、その姿を眩ませてしまった。
握りしめるフラワーリースを見下ろす。このテリーの花を見つめれば、彼女のことを思い出した。
(まるでテリーの花のように……清らかな子だった)
気になる。
まるで心があの子に囚われてしまったかのように。
キッドはフラワーリースを持ったまま道を歩き出した。裏路地を歩くと、彼を見張っていた騎士たちが彼を囲んだ。
「お呼びですか。キッド殿下」
「調べてほしい人がいる」
キッド。彼はこの国の第一王子。
「くすんだ赤髪の女の子だ。年齢は……多分、10歳か、11歳か、そこらへんだと思うけど」
王子としてこの世に生まれてきたことを恨んできたが、この瞬間だけは、自分が王子であることに心から感謝した。
「捜して、調べて」
高級そうな馬車に乗っていた。お金持ちの家柄なのかもしれない。……ひょっとすると、
(貴族)
キッドの予想は当たっていた。
彼女の名前はテリー・ベックス。
男爵家の娘であり、三姉妹の次女であった。
(へえ。真ん中なんだ)
自分の部屋で彼女の写真と情報が記載された書類を見つめる。
(男爵家。地位は結構低い)
写真の彼女は笑っている。
(テリー)
テリーの花みたいだと思ってたけど、本当にテリーって名前だったなんて。
(テリー)
毎日彼女の写真を見た。
(テリー)
毎晩彼女の写真を見つめた。
(テリー……)
ふと、……写真にキスがしたくなった。
「……」
キッドは彼女に向かって唇を押し付けてみた。ちゃんと彼女の唇がある箇所に、自らの唇を押し付けてみる。まるで擬似行為。けれど、どうしても、彼女にキスがしたかった。
(本当にキスをしたら、テリーはどんなふうに反応するんだろう?)
恥ずかしそうにするのかな? それとも笑顔になるのかな? それとも怒る?
(テリー)
キッドが再びキスをした。笑顔のテリーがいる。
(テリー)
目が離せない。
(テリー)
あのやわらかな唇をもう一度感じたい。
(テリー……)
まだ幼い少女。
(……テリー……)
なぜ彼が王子としてではなく、一般人として城下町に住んでいるのか。それは、弟が原因であった。キッドは完璧すぎるが故、多くの者から妬まれた。みんな、キッドではなく、不器用な弟、リオンに愛を注いだ。キッドは認められるため、城下町に下りた。平民として過ごし、平民としての生活を知っておけば、王となった時、みんなの気持ちがわかる王になれると思った。そしてなにより――自分は愛されないのに、リオンだけが愛される姿を見たくなかった。
つまり、彼は認められたかった。王になるためならどんなことでもやった。両親はキッドの努力をわかっていた。しかし、周りはみんなリオンを好む。
キッドは愛されたかった。
その対象が、テリーに向けられた。
「……テリー……」
月が登り、暗闇が世界を覆う。各々の家ではカーテンを閉め、疲れた体を引きずらせ寝床に入り、安らかな睡眠を得るだろう。しかしなかなか寝付けないキッドは手が動かした。下着の中に手を入れ、触れてみると、すでに熱を帯び、硬くなりかけていた。
「……はぁ……」
男は性欲の塊だという言葉、今ならよく理解できる。キッドの頭の中では、まだ幼いテリーが、みだらな姿で、なんともけしからぬ瞳で自分を見ているのだ。
――キッドさま……。
「……っ、テリー……」
ドレスを脱がせたら、まだ成長してない胸があるのだろう。そして、屋敷に忍ばせた騎士により報告がある。彼女はどうやら、かぼちゃぱんつを履いてるらしい。
「かわいいよ、テリー……」
そのかぼちゃぱんつを、テリーが履いたままの状態で匂いを嗅いでみたい。丸いお尻に鼻を押し当て、花の匂いを嗅ぐように。そしたら彼女はどんな反応をするだろう?
――やだ、キッドさま……! ……恥ずかしい……!
「テリー、……テリー、テリー、ん……っ」
濡れてぬるぬるする熱を手でしごき、笑顔のテリーの写真を見て、キッドが快楽の溝にはまっていく。写真なのにまるで――テリーに見られているかのよう。
「見てて、テリー、あっ、すごい、ほら、テリーのせいで、もう、こんな……に……」
体全体に力が入り、呼吸が乱れ、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
「あっ、いき……そ……。……テリー……」
――キッドさま。
「いく、いく、いっ……あっ……くっ……!」
――手に吐き出されたそれは、キッドの欲望そのもの。
「……テリー……」
将来、これが君の中に入ると思ったら、
「興奮しない? テリー……」
テリーの写真に、ふたたび唇を押し付ける――。
(*'ω'*)
四季が流れていく。キッドは成長する。テリーも美しく成長していく。キッドは相変わらず年々成長していくテリーの写真だけを見つめる。他の少女たちには見向きもしない。
(テリー、髪が伸びたね)
(あ、転んじゃったんだね)
(その髪留め初めて見るな。かわいいよ)
喋ってみたらどんな子なんだろう? イメージばかりで、実は考えてるような子じゃないかもしれない。屋敷に忍ばせてる騎士にきいてみた。
「ええ。姉上さまと妹さまと、それはそれは仲の良い方でございまして、なんと申しますか……言葉を崩せば、結構ドジっ子かと……」
ドジっ子。
キッドが遠目から街を歩くテリーを見つめる。なにもないところでテリーがこけた。あっ、と声が出るが、テリーはそのまま壁にしがみつき、事なきを得た。胸に手を当て、ふうと安堵の息を吐いて、また笑顔で歩き出す。
(……ドジっ子か)
そうだ。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
金で雇った役者がテリーを囲んだ。テリーがパニックになり、男たちを見上げた。
「な、なんですか!」
「へへっ、お嬢ちゃん」
「ちょっくらおじさんたちと遊ばないかい?」
「け、結構です!」
テリーが慌てて走り出すと、なにもないところでこけた。
「きゃあっ!」
テリーが転んだところでキッドが現れ、その前に剣を構えて立つ。
「うせろ!」
「ひぃ!」
「お助け!」
役者の男たちは、逃げた先で多額の報酬を受け取り、その金で劇団へと入って俳優として大活躍することとなった。
キッドが跪き、テリーに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「ああ、怖かった……。どうもありがとう」
自分に向けられた言葉に、キッドはその場で踊りだしたくなるほど歓喜した。しかし、それを彼女に見せるわけにはいかない。手を取り、テリーが立ち上がろうとした――その瞬間、テリーがキッドに寄りかかった。
「きゃっ!」
「っ!」
キッドが慌ててテリーを抱きとめ、その小柄な体を支える。しかし、直接テリーに触れてみたら――もう、愛おしすぎて――気が狂いそうだった。
(あたたかい)
(テリーに触れてる)
(小柄だな)
(あの頃よりは身長も伸びたけど……まだ小さい)
(細い手首)
(少し力を入れただけで折れてしまいそう)
(テリー……)
「あ、足が……」
「っ」
膝から血が出ていた。男たちから逃げようとして、転んだ時に擦り切れてしまったのだろう。
(……かわいそうに)
キッドがテリーを腕に抱えた。
「きゃあ!?」
「馬車までお送りします」
「そ、そんな、助けていただいた上に、こんなご面倒を……!」
「遠慮せず」
「で、でも、身も知らない方なのに……」
「おれはキッド」
「……へ?」
「キッドっていうんだ。名前」
「……キッド……さま?」
「くくっ、キッドでいいよ」
「いけません。殿方には、さまをつけるよう母から言われてますので……」
(こんな時まで言いつけを守るなんて、良い子だな)
「あの……」
「ん?」
テリーがおずおずとキッドを見上げて、言った。
「助けてくださり、ありがとうございました……」
浮かべた笑顔にキッドの足が止まりかけた。行く先は馬車がいる乗り場。しかし……このままさらってしまえるのではないだろうか。そんな考えが浮かんだ途端、キッドは冷静に自分を落ち着かせた。
(焦るな)
そんなことをしたら、テリーが怖がってしまう。
(大丈夫。もう少しだ)
もう少しで大イベントがあるのだ。それは、子供も大人も平民も貴族もだれでも参加できる仮面舞踏会であった。
(その時に、おれはもう一度この子と再会する)
そして、
(必ずいい結果をもたらそう)
キッドはきちんと馬車までテリーを送り、金を御者に渡して、テリーを屋敷まで乗せていくよう伝えた。御者が馬を走らせ、テリーが窓から手を振った。
「ありがとう! キッドさま!」
キッドは手を軽く振り返し、微笑んだ。
(必ず会いにいくよ。テリー)
そして、その時は来た。
仮面舞踏会にて、楽しくパーティーができると思いきや、城に凄腕の怪盗が侵入したのだ。彼はありとあらゆる宝物を盗もうとし……テリーに目をつけた。
「なんて美しい姫だ。ぜひわたしの妻に」
「いやぁ! だれか助けて!」
テリーの悲鳴に、キッドが一目散に駆け込んだ。見事な剣さばきで怪盗を倒し、周囲の目がキッドに向けられた。こうなってはもう隠すことはできない。本当は一般人に紛れてテリーに声をかけようかと思っていたのだが、キッドはそれを諦め、初めて自分の隠していた正体をあらわにした。
「わたしはキッド。この国の第一王子だ!」
「な、なんだって!? 第一王子だって!?」
「ああ! 美しい!」
男たちは驚き、女たちは目をハートにして胸を押さえる。見たことのないほどの美しいその存在に、人々は歓声を上げた。
キッドは思った。今しかないと。
怪盗から助け出したテリーの前で跪き、彼女の手を取り、キッドは言った。
「愛しいテリー。わたしの恋人になってくれませんか?」
ロマンチックな展開に、普通であればハッピーエンドに向かったのであろう。しかし、キッドは知らなかったのだ。テリーに好きな人がいたことを。
そう。テリーは、キッドの弟であるリオンに、小さな胸に隠した想いを寄せていたのだ。テリーは泣きそうな顔で、キッドの手から離れた。
「申し訳ございません。キッドさま……」
「え……?」
「あたしには……一方的に、思い寄せている方がいるんです……」
「一体それは……だれ……?」
「あなたの弟のリオンさまです」
リオンの名前を聞いた瞬間、キッドは崩れ落ちそうになった。まさかテリーが、リオンを好きでいたなんて。
そんな。
「愛しいテリー、そんな、どうして……!」
「ごめんなさい。キッドさま。でも……あたしには……リオンさましか見えないんです……!」
「テリー!」
テリーが逃げるように走り去ってしまった。
「そんな……そんなことが……あるわけ……」
またリオンに奪われた。
大事なものほど、弟が取っていってしまう。キッドのネジはその瞬間、どこかに飛んでいってしまった。
(テリー)
君の魅力は、誠実で、ひたむきに想い続けるその姿だ。
(欲しい)
やっぱり欲しい。
(テリーが欲しい)
もう、だれも彼を止められない。
彼はテリーの愛を求める。
テリーを手に入れられるなら――何でもできる気がした。
キッド(男体化)×ポメテリー
―――――――――――――――――――
珍しく、テリーが手土産を持ってキッドの家へと向かっていた。ぶら下げる袋の中には白い箱があり、その箱の中には……偶然街で見かけた、限定品のいちごロールケーキが入っている。
(本当にタイミングが良かったわ)
歩いてたらたまたま店から予告もなしにロールケーキフェアなんて開催してきたものだから。
(……クレア……喜ぶといいけど……)
――いちごのロールケーキだ! ダーリン、ありがとう! 大好き!
「……」
ぽっ、と頬を赤く染め、テリーが無愛想だが内心ルンルン気分で道を進み、森に囲まれた家へとたどり着いた。カギを使い、ドアを開ける。
「じいじー。クレアいるー?」
テリーがリビングへ進む。
「ロールケーキ買って……」
――そこでは、クレアがすさまじい速さのタイピングを披露していた。ベレー帽をかぶり、メガネをし、見えない指の速さでキーボードを打っている。テリーは眉をひそめる。ビリーはクレアのタイピングにて黒のインクに染まった紙を取り、今までの紙と重ね、テリーに振り返った。
「ああ。テリー、こんにちは」
「……。なにしてるの。そいつ」
「終わった!!」
クレアが最後の一枚を、ぺりっと取った。
「じいや! これは大作だ! ああ! なんてことだ! あたくしはやってしまったぞ! 芥川賞、いや、今敏賞受賞に違いない!!」
「はいはい」
「一体何してるの?」
「おや、これはロザリーではないか。貴様、むふっ、丁度いいところに来た」
「どうしたの?」
「あたくし、記憶喪失のポメラニアンテリー、略してポメテリーの存在によって思いついた物語を完成させてみたの」
「嫌なこと思い出させないで……。……物語?」
「ダーリンが一番最初の読者よ。はい。読んで。今じいやが茶を出す」
「あ、それならロールケーキを買ってきたから」
「……甘い匂いがする」
「ええ。偶然歩いてたら買えてね」
「……待て。まさか、これは……いちごのロールケーキ!?」
クレアの瞳が輝き、即座にテリーに抱きついた。
「あんっ! ダーリン! もう! 大好き!」
「ええ。そう言うかと思った」
好きな人が喜んでくれて、表には出さないが内心満足しているテリーがクレアの腰を撫でた。
「一緒に食べましょう」
「じいや! ロールケーキ切って!」
「クレアや、皿を出してくれ」
「はーい」
クレアとビリーがロールケーキを持ってキッチン台に立つ。テリーはテーブルに置かれた厚さのある紙を見た。
(……クレアが書いた……物語……ね)
なにを書いたのかしら。
(クレアのことだから……おとぎ話みたいな、夢見る少女が描くようなロマンチックすぎる物語だったりして。……ふふっ)
テリーが紙をぺらりとめくった。
(*'ω'*)
花の匂いに誘われてブーツが道を歩く。人々が彼を見た瞬間、胸の中で決められた速度で動く心臓の動きが激しくなった。
青色の髪に、中性的に整われた顔。遠くから見たら女のようにも見える。高身長で、腰に巻き付くベルトには剣と銃が備えられている。騎士見習いだろうか。なんて美しいのだろう。皆が彼に見とれる中、彼はひとつの花を見つめる。
(この花だけ、おれみたい)
彼が――キッドがそっと花の匂いを嗅ぐ。
(この花だけ、他の花と少しだけ離れてる)
みんなは肩を並べてくっつきあって楽しそうなのに、この花だけは距離を開けて、なんだかさびしそう。
(おれみたい)
さびしそうな花を撫でようと手を伸ばしかけると――手が当たった。
「「あっ」」
両方、すぐに手を引っ込めさせ、互いの顔に目を向けた。そして――その瞬間、キッドはその相手に目を囚われた。
「……これ、買うの?」
自分よりもはるかに幼い少女であった。なかなか無いくすみ色の赤毛に、髪型はかわいらしく二つに結ばれている。そして、キラキラ光る宝石のような瞳は、気になるその花と、その前にいるキッドを見上げていた。キッドはそんな彼女を見て、首を振った。
「……じゃあ、あたし、買っても良い?」
キッドが頷くと、少女はとても嬉しそうな笑顔になった。
「やった!」
その笑顔から――キッドは目が離せなくなった。なんて美しい笑い方をする少女なんだろうと思った。
「店員さん、これ、下さい!」
嬉しそうに言う少女に、店員に笑顔で花を包み始めた。その間、少女はまだ店内を見回す。そして、彼女の目にフラワーリースが留まった。
「わあ、すてき……」
「……欲しいの?」
「え?」
「何色がいい?」
自分からこんなことを言い出すことに自分で驚きながらも、キッドはどうしてもこの少女になにか与えたくなったのだ。フラワーリースが欲しいのなら、山ほど買ってあげたい気がした。そして、どうしてか……この少女が笑顔になるのが見たかった。だが、彼女は笑顔ではなく困った顔をして、ぶんぶんと首を振って、それを断った。
「だ、大丈夫。あたし、見てるだけでいいの!」
「ほら、ピンク色のフラワーリースなんて、君に似合いそう」
「お兄ちゃん、だめよ。身も知らない人にお金を使ったら自分が損をするって、ママが言ってたわ」
「でも」
「お気遣いありがとう。でもね、あたしに使おうとしてくれたそのお金は、いざって時のために取っておいて。今、いつだれがどうなるかわからない時代だもの」
少女が店員から包まれた花を受け取った。
「それじゃあね。お兄ちゃん」
少女がかかとを上げ――キッドの頬にキスをした瞬間――彼は、心臓のど真ん中に愛のキューピッドからの矢で射抜かれてしまった。
「ありがとう。さようなら」
心臓が高鳴って言葉が出なくなる。初めて感じたその感覚にキッドは困惑した。胸が苦しい。目が少女から離れない。離れないのにも関わらず頭の中では少女の笑顔がリピートしている。頬にキスをされた、あのやわらかな唇が忘れられない。……と思って固まっていると……少女が店から出ていってしまった。そこでキッドははっとした。
「あっ」
キッドは慌ててフラワーリースを持ち、充分すぎるお金をカウンターに置いた。
「釣りはいいから!」
「あ、お客さま!」
キッドは急いで店から出ると、少女は馬車に乗りこみ、馬車が道を走り出した時だった。
「っ」
キッドは追いかけようと走ったが、馬には追いつけない。馬車は残酷にも道を進み、その姿を眩ませてしまった。
握りしめるフラワーリースを見下ろす。このテリーの花を見つめれば、彼女のことを思い出した。
(まるでテリーの花のように……清らかな子だった)
気になる。
まるで心があの子に囚われてしまったかのように。
キッドはフラワーリースを持ったまま道を歩き出した。裏路地を歩くと、彼を見張っていた騎士たちが彼を囲んだ。
「お呼びですか。キッド殿下」
「調べてほしい人がいる」
キッド。彼はこの国の第一王子。
「くすんだ赤髪の女の子だ。年齢は……多分、10歳か、11歳か、そこらへんだと思うけど」
王子としてこの世に生まれてきたことを恨んできたが、この瞬間だけは、自分が王子であることに心から感謝した。
「捜して、調べて」
高級そうな馬車に乗っていた。お金持ちの家柄なのかもしれない。……ひょっとすると、
(貴族)
キッドの予想は当たっていた。
彼女の名前はテリー・ベックス。
男爵家の娘であり、三姉妹の次女であった。
(へえ。真ん中なんだ)
自分の部屋で彼女の写真と情報が記載された書類を見つめる。
(男爵家。地位は結構低い)
写真の彼女は笑っている。
(テリー)
テリーの花みたいだと思ってたけど、本当にテリーって名前だったなんて。
(テリー)
毎日彼女の写真を見た。
(テリー)
毎晩彼女の写真を見つめた。
(テリー……)
ふと、……写真にキスがしたくなった。
「……」
キッドは彼女に向かって唇を押し付けてみた。ちゃんと彼女の唇がある箇所に、自らの唇を押し付けてみる。まるで擬似行為。けれど、どうしても、彼女にキスがしたかった。
(本当にキスをしたら、テリーはどんなふうに反応するんだろう?)
恥ずかしそうにするのかな? それとも笑顔になるのかな? それとも怒る?
(テリー)
キッドが再びキスをした。笑顔のテリーがいる。
(テリー)
目が離せない。
(テリー)
あのやわらかな唇をもう一度感じたい。
(テリー……)
まだ幼い少女。
(……テリー……)
なぜ彼が王子としてではなく、一般人として城下町に住んでいるのか。それは、弟が原因であった。キッドは完璧すぎるが故、多くの者から妬まれた。みんな、キッドではなく、不器用な弟、リオンに愛を注いだ。キッドは認められるため、城下町に下りた。平民として過ごし、平民としての生活を知っておけば、王となった時、みんなの気持ちがわかる王になれると思った。そしてなにより――自分は愛されないのに、リオンだけが愛される姿を見たくなかった。
つまり、彼は認められたかった。王になるためならどんなことでもやった。両親はキッドの努力をわかっていた。しかし、周りはみんなリオンを好む。
キッドは愛されたかった。
その対象が、テリーに向けられた。
「……テリー……」
月が登り、暗闇が世界を覆う。各々の家ではカーテンを閉め、疲れた体を引きずらせ寝床に入り、安らかな睡眠を得るだろう。しかしなかなか寝付けないキッドは手が動かした。下着の中に手を入れ、触れてみると、すでに熱を帯び、硬くなりかけていた。
「……はぁ……」
男は性欲の塊だという言葉、今ならよく理解できる。キッドの頭の中では、まだ幼いテリーが、みだらな姿で、なんともけしからぬ瞳で自分を見ているのだ。
――キッドさま……。
「……っ、テリー……」
ドレスを脱がせたら、まだ成長してない胸があるのだろう。そして、屋敷に忍ばせた騎士により報告がある。彼女はどうやら、かぼちゃぱんつを履いてるらしい。
「かわいいよ、テリー……」
そのかぼちゃぱんつを、テリーが履いたままの状態で匂いを嗅いでみたい。丸いお尻に鼻を押し当て、花の匂いを嗅ぐように。そしたら彼女はどんな反応をするだろう?
――やだ、キッドさま……! ……恥ずかしい……!
「テリー、……テリー、テリー、ん……っ」
濡れてぬるぬるする熱を手でしごき、笑顔のテリーの写真を見て、キッドが快楽の溝にはまっていく。写真なのにまるで――テリーに見られているかのよう。
「見てて、テリー、あっ、すごい、ほら、テリーのせいで、もう、こんな……に……」
体全体に力が入り、呼吸が乱れ、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
「あっ、いき……そ……。……テリー……」
――キッドさま。
「いく、いく、いっ……あっ……くっ……!」
――手に吐き出されたそれは、キッドの欲望そのもの。
「……テリー……」
将来、これが君の中に入ると思ったら、
「興奮しない? テリー……」
テリーの写真に、ふたたび唇を押し付ける――。
(*'ω'*)
四季が流れていく。キッドは成長する。テリーも美しく成長していく。キッドは相変わらず年々成長していくテリーの写真だけを見つめる。他の少女たちには見向きもしない。
(テリー、髪が伸びたね)
(あ、転んじゃったんだね)
(その髪留め初めて見るな。かわいいよ)
喋ってみたらどんな子なんだろう? イメージばかりで、実は考えてるような子じゃないかもしれない。屋敷に忍ばせてる騎士にきいてみた。
「ええ。姉上さまと妹さまと、それはそれは仲の良い方でございまして、なんと申しますか……言葉を崩せば、結構ドジっ子かと……」
ドジっ子。
キッドが遠目から街を歩くテリーを見つめる。なにもないところでテリーがこけた。あっ、と声が出るが、テリーはそのまま壁にしがみつき、事なきを得た。胸に手を当て、ふうと安堵の息を吐いて、また笑顔で歩き出す。
(……ドジっ子か)
そうだ。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
金で雇った役者がテリーを囲んだ。テリーがパニックになり、男たちを見上げた。
「な、なんですか!」
「へへっ、お嬢ちゃん」
「ちょっくらおじさんたちと遊ばないかい?」
「け、結構です!」
テリーが慌てて走り出すと、なにもないところでこけた。
「きゃあっ!」
テリーが転んだところでキッドが現れ、その前に剣を構えて立つ。
「うせろ!」
「ひぃ!」
「お助け!」
役者の男たちは、逃げた先で多額の報酬を受け取り、その金で劇団へと入って俳優として大活躍することとなった。
キッドが跪き、テリーに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「ああ、怖かった……。どうもありがとう」
自分に向けられた言葉に、キッドはその場で踊りだしたくなるほど歓喜した。しかし、それを彼女に見せるわけにはいかない。手を取り、テリーが立ち上がろうとした――その瞬間、テリーがキッドに寄りかかった。
「きゃっ!」
「っ!」
キッドが慌ててテリーを抱きとめ、その小柄な体を支える。しかし、直接テリーに触れてみたら――もう、愛おしすぎて――気が狂いそうだった。
(あたたかい)
(テリーに触れてる)
(小柄だな)
(あの頃よりは身長も伸びたけど……まだ小さい)
(細い手首)
(少し力を入れただけで折れてしまいそう)
(テリー……)
「あ、足が……」
「っ」
膝から血が出ていた。男たちから逃げようとして、転んだ時に擦り切れてしまったのだろう。
(……かわいそうに)
キッドがテリーを腕に抱えた。
「きゃあ!?」
「馬車までお送りします」
「そ、そんな、助けていただいた上に、こんなご面倒を……!」
「遠慮せず」
「で、でも、身も知らない方なのに……」
「おれはキッド」
「……へ?」
「キッドっていうんだ。名前」
「……キッド……さま?」
「くくっ、キッドでいいよ」
「いけません。殿方には、さまをつけるよう母から言われてますので……」
(こんな時まで言いつけを守るなんて、良い子だな)
「あの……」
「ん?」
テリーがおずおずとキッドを見上げて、言った。
「助けてくださり、ありがとうございました……」
浮かべた笑顔にキッドの足が止まりかけた。行く先は馬車がいる乗り場。しかし……このままさらってしまえるのではないだろうか。そんな考えが浮かんだ途端、キッドは冷静に自分を落ち着かせた。
(焦るな)
そんなことをしたら、テリーが怖がってしまう。
(大丈夫。もう少しだ)
もう少しで大イベントがあるのだ。それは、子供も大人も平民も貴族もだれでも参加できる仮面舞踏会であった。
(その時に、おれはもう一度この子と再会する)
そして、
(必ずいい結果をもたらそう)
キッドはきちんと馬車までテリーを送り、金を御者に渡して、テリーを屋敷まで乗せていくよう伝えた。御者が馬を走らせ、テリーが窓から手を振った。
「ありがとう! キッドさま!」
キッドは手を軽く振り返し、微笑んだ。
(必ず会いにいくよ。テリー)
そして、その時は来た。
仮面舞踏会にて、楽しくパーティーができると思いきや、城に凄腕の怪盗が侵入したのだ。彼はありとあらゆる宝物を盗もうとし……テリーに目をつけた。
「なんて美しい姫だ。ぜひわたしの妻に」
「いやぁ! だれか助けて!」
テリーの悲鳴に、キッドが一目散に駆け込んだ。見事な剣さばきで怪盗を倒し、周囲の目がキッドに向けられた。こうなってはもう隠すことはできない。本当は一般人に紛れてテリーに声をかけようかと思っていたのだが、キッドはそれを諦め、初めて自分の隠していた正体をあらわにした。
「わたしはキッド。この国の第一王子だ!」
「な、なんだって!? 第一王子だって!?」
「ああ! 美しい!」
男たちは驚き、女たちは目をハートにして胸を押さえる。見たことのないほどの美しいその存在に、人々は歓声を上げた。
キッドは思った。今しかないと。
怪盗から助け出したテリーの前で跪き、彼女の手を取り、キッドは言った。
「愛しいテリー。わたしの恋人になってくれませんか?」
ロマンチックな展開に、普通であればハッピーエンドに向かったのであろう。しかし、キッドは知らなかったのだ。テリーに好きな人がいたことを。
そう。テリーは、キッドの弟であるリオンに、小さな胸に隠した想いを寄せていたのだ。テリーは泣きそうな顔で、キッドの手から離れた。
「申し訳ございません。キッドさま……」
「え……?」
「あたしには……一方的に、思い寄せている方がいるんです……」
「一体それは……だれ……?」
「あなたの弟のリオンさまです」
リオンの名前を聞いた瞬間、キッドは崩れ落ちそうになった。まさかテリーが、リオンを好きでいたなんて。
そんな。
「愛しいテリー、そんな、どうして……!」
「ごめんなさい。キッドさま。でも……あたしには……リオンさましか見えないんです……!」
「テリー!」
テリーが逃げるように走り去ってしまった。
「そんな……そんなことが……あるわけ……」
またリオンに奪われた。
大事なものほど、弟が取っていってしまう。キッドのネジはその瞬間、どこかに飛んでいってしまった。
(テリー)
君の魅力は、誠実で、ひたむきに想い続けるその姿だ。
(欲しい)
やっぱり欲しい。
(テリーが欲しい)
もう、だれも彼を止められない。
彼はテリーの愛を求める。
テリーを手に入れられるなら――何でもできる気がした。
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