ウチに所属した歌い手グループのリーダーが元カノだった件について

石狩なべ

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8章

第78話

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 ——舞台裏で、エメさんが崩れ倒れた。思わず、あたしは息を呑んだ。

「っ」
「酸素持ってきて!」
「エメさん聞こえますかー?」

 躊躇なく、高橋先輩がカメラを持って駆けていった。あたしも追いかけた。エメさんが眉をひそめ、足を押さえている。

「佐藤さん呼んできて」
「エメさん、どれくらい痛いですかー?」
「……」
「かなりまずいですー」
「こちらステージ裏、エメさん動けないです」
(エメさん!)

 カメラを構えながら、あたしは頭の中で考える。

(点滴は打った。痛み止めも飲んだ。ひょっとして、踊ってて悪化した?)
「エメさーん? 意識ありますかー?」

 現場スタッフに緊張が走る。あと30秒でエメさんのパートが入る。ゆかりさんが走ってきた。エメさんの顔を覗き込み——叫んだ。

「エメち!」

 意識がない。ゆかりさんがもう一度叫んだ。

「かおりちゃん!」

 エメさんの目が開いた。

「出番!」

 エメさんがスタッフに起こされながら立ち上がった。スタスタ歩いていき、ステージに向かった。

「エメさん立ち位置つきました!」
「上げまーす」

 ステージの穴からエメさんが笑顔で歌いながら出てきた。華麗に踊り、なんでもないように歌い続ける。——さっきまで、痛みで意識がなかったのに。

 あたしと高橋先輩が目を合わせた。カメラを下ろす。

「かおりさんって……?」
「アイドル時代のエメさんの名前」
「本名ではない?」
「ではない。けど、現役でやってた時の名前」
「……」
「すげぇな」

 高橋先輩がモニターを見た。

「執念だ」
「……これ、最後まで持ちますかね……?」
「握手会は様子見てだな。やらないわけにはいかねぇし」
「……」
「今の、ちゃんと素材あるか?」
「……はい、残ってます」
「ん。まだ続くからな」
「わかってます」

 気を緩められない。

「見せ場はここからです」

 あたしはカメラを構え——待機する彼女に向けた。




『えー、ここまで我々の曲を聴いていただき、本当にありがとうございます。本日、横浜アリーナ。ライブツアー最終日となっておりまして、本来ならば、ライブらしく、踊って、歌うところなのですが、この回ではですね、別のことをやらせていただきたいと思います』
『私たちも新しい試みです』
『うん』
『……』
『それでは早速、見せていただきましょう。Re:connect、新人候補研修生、サクラ梅による、「こねくと・えみゅれーたー」』

 ——ライブ会場が真っ暗になった。ペンライトが、蛍光ピンクに染まっていく。そして——派手に登場するのは、無名歌い手サクラ梅。ぽっちゃり体型の女性。TikTok LIVEでひっそりと歌っていた宝石。

 ステージが桜色に染まっていく。ライトが桜色に染まっていく。音楽が鳴り響く。サクラさんが余裕の笑みを浮かべ、震える手でマイクを握り、テンポの変化が多く音も高低が激しく歌うのが難しいとされる、ミツカさんのソロ曲、「こねくと・えみゅれーたー」。

 これさえ歌えたら、誰も文句は言えない。誰もが認める新人となる。彼女はRe:connectのメンバーとして、夢を掴むことができる。

 歌唱力、実力、それらは彼女の努力から育てられた。あとはもう歌うだけ。披露するだけ。見せるだけ。その魅力を存分に見せつけるだけ。

 声が可愛いだけでは駄目。歌えるだけでは駄目。ここはプロの場所だ。サクラさんが歌う。魅せる。虜にする。ファンが泣く。追っかけが涙を流す。感動する。感染する。心を揺さぶられる。

 その姿を、全てカメラに収めた。

『——』

 歌が終わり、音楽が止まる。

 ——直後、聞いたことがない音量の拍手と、歓声と、泣き声と、コールと、ペンライトが振られた。凄まじい音と量だった。モニターに、汗を落とすサクラさんの顔が映る。拍手が鳴り止まない。

 ステージに座って聞いてたメンバーが顔を合わせ、白龍さんが第一声を出した。

『あのー……』

 拍手が止んだ。みんなが、白龍さんの言葉を待つ。

『正直、正直よ? この企画。マジなんですよ。本気の本当の、企画でして、実際我々、会ってないんですよ』
『そうなんです』
『初対面です』
『……』
『で、まぁ、割と本当に、運営の方々とも色々話してまして……落としたい場合は、本当に、落として良いって言われてました。俺たち』
『言われてたね』
『うん!』
『……』
『はい。それで、俺もね? 落とす気満々だったんですよ。一人、まぁ、どうしても脱退せざる得ない状況だった、としても、我々、五年間、五人でやってきたんですよ。それで、ファンのみんなも、そうだよね? 五年間、応援してきてくれたわけだから、中途半端な新人が、入ってこられても困るわけですよ』
『そうですね』
『その通り』
『……』
『で、今のパフォーマンスを、見た結果で、まぁ、ファンの方々にも、聞きつつ、決めたいなぁとは思ってました。思って……ましたけど……』

 白龍さんがミツカさんに聞いた。

『ミツカどう思った?』
『合格だね』

 拍手と歓声が上がったが、まだ確定ではない。白龍さんがゆかりさんに振った。

『ゆかりんどう思った?』
『これ以上の子はいないでしょ。普通に合格かなぁ』
『でも見た目、ちょっとぽちゃっとしてるよね?』
『ぽちゃ好きな人、拍手ー!』

 ゆかりさんが叫ぶと、拍手と歓声が上がった。しかしまだ確定ではない。白龍さんがゆっくり言った。

『エメちは』

 エメさんが顔を上げた。

『どう思った?』
『文句のつけどころがないんだけど、なんか言った方がいい?』
『一言ほしいかな』
『私は合格。でも、最終決定は月ちゃんの答え次第になっちゃうからねー?』

 周りを見る。

『みんなは、どう思ったー?』

 大量の拍手と歓声。エメさんが笑顔で白龍さんを見る。

『じゃあ、聞きましょうかね。この答えで、決まります。月ちゃん、どう思った?』
『では、ちょっと焦らしつつ答えましょうかね、ずばり……』

 ——会場が静かになった。サクラさんは——不安そうな目で、白龍さんを見つめている。

『……俺の見る目は間違ってなかった』

 息を吸い込み、一言。

『合格! ようこそ! Re:connectへ!』

 サクラさんが膝から崩れ落ちたと同時に、大量の拍手と、大歓声と、花吹雪が舞い、白龍さんが走り、感激して泣き崩れるサクラさんを抱きしめた。ミツカさんとゆかりさんとエメさんも立ち上がり、拍手を煽った。ゆっくりと歩いて合流し、新しいメンバーを迎えたRe:connectがここに集まった。

 ステージが拍手に包まれる。

『というわけで、えー、皆さんも認めてくれたようなので、また、新たな形で活躍していく運びとなりましたので……新人のサクラ梅ちゃんも、一緒に応援してくださると、嬉しいです』
『なんか一言もらったらー?』
『あ、そうだね、ナイスゆかりん』
『あ、じゃあ梅ちゃんはね、ミッちゃん推しだって聞いてるから、ミッちゃん』
『じゃー、一言、私が聞いちゃいまーす!』

 サクラさんの隣に立ち、ミツカさんが聞いた。

『今どんな気持ちー?』
『……あの、あ……ミッちゃんが……可愛すぎて……!』
『あらやだ、プロポーズされちゃった』
『プロポーズではない!』

 白龍さんがツッコミながらサクラさんを抱きしめた。

『手出すなよ!? 大事な新人だからな!?』
『いや、手出すのは月子の方でしょ!?』
『俺そんなことしないもーん!』
『ゆかりんどう思う!?』
『いや、どっちもどっちー!』
『いや、ちょ、エメち、なんとか言ってやって!』
『月ちゃん、……浮気はね、やめておきなさい。ピリィちゃんはね、見てるよ?』
『いや、なんか、妙にリアルな説得力!』

 ドームが笑いと涙の両方に包まれる。

『というわけで、サクラ梅ちゃんでしたー!』
『ありがとーーー!』
「サクラさん裏戻りますー」
「エメさん、サクラさん案内するふりして戻ってきてくださーい」

 サクラさんと一緒に戻ってきたエメさんが、観客から見えなくなった瞬間に倒れた。サクラさんが目を丸くし、スタッフがエメさんを支える。

「エメさーん!」
「エメさん意識なくなってますー!」
「酸素、誰かー!」

 佐藤さんがエメさんに駆け寄る。

「エメさーん?」
「サクラさん、楽屋へお願いします」
「わ、わかりました……」
「エメさーん? 聞こえてますかー?」
「ラストトーク伸ばしてください」
『……エメが戻ってくるまで、ちょっとお話ししてましょうか』
『そうだね』
『なんか新人さんが入ってくるとかさー、感慨深いよねぇー』
『私も負けてられないって思った!』
「エメさーん!」

 30秒、格闘が続いたが、だんだんエメさんの視点がはっきりしてきたようだ。佐藤さんがエメさんの手を必死に握りしめている。

「エメさん、まだ出番が残ってます!」
「……行きます……」
「エメさん行きまーす!」
「戻りまーす!」

 エメさんが笑顔でステージに戻っていった。

『お待たせー』
『あ、戻ってきた』
『おかえりー』
『今オチ言うところだったのに!』
『ゆかりんのオチは配信で聞いてもらうことにして』
『ちょっとー!? 私の扱い雑すぎないー?』
『お時間もね、来てしまってるんですよ』

 嫌だ! という叫び声が聞こえると、白龍さんが小声で言った。

『握手会があるんだよ! この後! 握手会があるからさ! 時間通りに進まないと、運営がこれでこれがこうなんだよ!』
『ということは?』
『ラストソングでーす!』
『みんな、今日は会いに来てくれてありがとう!』
『皆さんと接続できたこの瞬間を忘れないために、想いを込めて歌います』
『聞いてください。私たちの、最初の曲』
『『コネクト・ハート』』

 モニターからライブを見ているサクラさんに声をかける。

「お疲れ様です」
「藤原さん、お疲れ様です」
「オーディション通過、おめでとうございます」
「ありがとうございます! これから、頑張ります!」
「初ライブ、どうでしたか?」
「あの……もう……言葉で、表現ができないってこういうことを言うんですね。あの……眩しくて……いっぱい人がいて……意味がわからなかったです」
「あはは。ですよね!」
「まだ、夢を見ているみたいです……」

 輝いてるサクラさんの目は、とても美しい。

「でも、これからもいっぱい歌が歌えて、レッスンもしてもらえるって思ったら、すごい、わくわくしてます!」
「……今日、サクラさん用に、ホテルの部屋を取ってるんです。受かったら、夕食の時にメンバーと交流してほしいと思ったので」
「え!?」
「あ、ちゃんと一人部屋ですよ! そこは、社長にお願いしたので!」
「いえ、じゃなくて、あの、交流ですか!?」
「はい。握手会が終わったら、メンバーにはすぐにホテルに帰ってもらって、休んでもらうんです。サクラさんも」
「……なんか、緊張してきました」
「あははは! あ、握手会も特別枠で出ましょうか! 受かりましたから!」
「いいんですか?」

 大丈夫。高橋先輩にそう言えって言われているから。

「多分サクラさんのファンも混ざってると思うので、出ましょうか! 研修中って札とか首から下げて」
「あ、それは面白そうですね!」
「はい、で、……共有事項で、エメさんの体調があまり良くないので、握手会の時は、白龍さんのお隣に立っててください」
「わ、わかりました!」
「本当にお疲れ様でした。受かってよかったです」

 サクラさんと両手で握手をする。

「これからよろしくお願いします!」
「……はい!」

 サクラさんも、両手であたしの手を握りしめた。

「よろしくお願いします!!」

 ふくよかな手は、柔らかくて気持ちよかった。


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