ウチに所属した歌い手グループのリーダーが元カノだった件について

石狩なべ

文字の大きさ
9 / 121
2章

第8話

しおりを挟む

 静かで高級感のある店に連れてこられたと思ったら、そのまま個室に案内された。西川先輩がメニューを選び、あたしは——仕事があるふりをするため、ずっとスマートフォンを意味なく弄っていた。

「お待たせしました」

 お洒落なグラスに入ったビールが置かれる。

「ごゆっくりどうぞ」

 ——いや、ごゆっくりできねぇえええええ!!!

(メニュー表に価格が書いてない居酒屋ってなーに!? そんなところ来たことないけどーーーー!!!!)
「何食べる?」
「う、うーん……打ち合わせなので……軽いものにしましょうか……」
「適当に注文しとくね」
「ありがとうございますー……あのー……それで……打ち合わせなんですけどー……」
「また連絡無視したの?」

 タッチパネルから、ご注文、ありがとうございましたと陽気な声が鳴った。

「いや、連絡無視っていうと、えーと、そうですね、お返事が届いてなかったようで……」
「彼氏本当にいるの?」
「い……、……。いますとも。もちろん」
「ふーん」
「だから、もう、いいんじゃないですか? ね。こういうのも、本当はよくないですよ。タレントと、下っ端の動画編集者が、ね、一緒に、個室の、なんか高級そうなお店で、二人きりで食事とか? メンバーに来てもらえば良かったのに!」
「二人で話したかったから」
「いやー、あたしは……もう……いいかなって……」
「何がいいの?」
「んー……」
「まあいいや」

 グラスが当てられる。

「飲みながら話そう」
(……酔うとガードが緩むんだよなぁ……)

 大丈夫。あたしは飲み方をわかってる。少しずつ飲んでいこう。たとえ西川先輩の目が獲物を狙う虎の目だとしても、そこは、もう、見ないふりをしよう。うん。

「月子さ」
「はい」
「私のこと嫌い?」

 ……。

「嫌い、では、ないです」
「じゃあ一緒に住もう?」
「いや、なので、そういうのはもう……」

 いやいや、ここははっきり伝えないといけないんだ。女を見せるぜ。藤原月子!

「西川先輩」
「うん」
「別れましょう」
「嫌だ」
「もーーーー!」

 いや、負けない! 女をここで、輝かせるぜ! 藤原月子!

「もう終わってるんです」
「終わってないよ。別れるって言ってないし、言われてないし」
「今言いました!」
「別れないって言ってるから」
「もーーーー!」

 押して駄目なら引いてみるべし!

「あたしよりも可愛い人いっぱいいますし、ほら、ファンの子も、リア恋? っていうんですか? いるみたいじゃないですか! SNSで、ほら、なんか、先輩の彼女のアカウントが現れて、大騒ぎじゃないですか!」
「偽物ね」
「これあたしかもしれませんよ!?」
「今ログインしてみなよ」
「……いや、あの……」
「彼氏本当にいるの?」
「……」
「連絡してよ、今」

 注文したメニューが運ばれた。お待たせしました~。

「できるよね? 本当にいるなら」

 ごゆっくりお楽しみください~。店員が去っていった。

「……いや……確かに……彼氏は……嘘ですけど……」
「ほら」
「だからって、先輩と恋人に戻るのは違……」
「戻ってない。別れてないから」
「うーん、ですから……」
「別れないし」
「……恋人の写真を壁一面に貼ってる人、先輩はどう思います?」
「愛に溢れてる」
「……」
「月子もいいよ。私の写真貼って」
「いや、遠慮しときます」
「わかった。じゃあさ、期間限定で同棲してみよ? ね? 半年でいいから」
「同棲じゃなくて、同居じゃないですか?」
「同棲でしょ。恋人同士なんだから」
「自然消滅……」
「してないから」
「うーん……」
「私のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「嫌いじゃないですけど」
「歌ってるのが嫌だ?」
「それは先輩の自由なので」
「月子」
「そういうことじゃなくて、あの、あれは、若気の至りと言いますか……」
「私は、絶対に終わらせる気はない」

 ——西川先輩が、まっすぐあたしを見つめる。

「今でも月子だけを愛してる」
「……いや、愛してるって言われても……」
「私の彼女は月子だけだし、これからもずっと月子しか愛さない」
「人の気持ちは、変わるものですよ」
「嫌いじゃないんでしょ?」
「嫌いじゃないですけど」
「人の気持ちが変わるものなら、それに賭けてみようよ」
「いや、だから、そういうことじゃ……」
「どういうことなの?」
「あの……」
「はっきり言ってくれる?」
「……わかりました。えっと……」

 あたしは手を叩いた。

「順番に、話しましょうか。ええ、そうしましょう!」
「いいよ。順番にね」
「お肉焼きますね!」

 焼いたお肉は美味しいのに、空気は重い。なんだこれ。

「まず、連絡がつかなかった理由ですが」
「うん」
「スマートフォンが雨の日に水没して、LINEおよび全てのデータが消えちゃったんですよ。パスワードの控えとか、全くなかったし、覚えてなかったりで」
「うん、でもその後私から連絡したよね?」
「えっと、そうですね。はい、先輩から連絡がきたのは、母や妹から、それと、友達からとか、はい、もう、それは、周りの方々から、とてもよく聞いてました」
「うん」
「そうですね。はい、そうです。聞いてました、連絡が来てたのは、……ただ」

 連絡をしなかった理由。

「曖昧にしたかった、というのは正直、あります」
「曖昧って?」
「だって、先輩、あたし達は」

 遠くで、接客している店員の声と、他の客の声が聞こえる。

「女同士ですよ」



 学生時代、こんなあたしにも友達がいた。
 クラスは楽しかった。仲良くなれた子達が良い子だったから。
 ある時、クラスメイトがボーイズラブにハマったと聞いた。ボーイズラブの漫画を貸し借りしてた。あたしも読んでた。エロいものばかりで、最初は恥ずかしかったし、本当は読んではいけない年齢だったけど、でも、好奇心から読んでた。

 友達の一人があたしに言った。

「月子さ、BL本借りてたじゃん」
「え? うん」
「私さ、正直、あまり好きじゃなくて」
「ああ、そうなの?」
「うん。BLとかさ、本当に何がいいのか全然わかんない」
「そうかな? あたしは恋愛漫画みたいで面白いと思うけど」
「同性愛とか、人の道から外れてるじゃん。気持ち悪い」

 その子は、正直に言ってくれた。同性愛は気持ち悪いと。
 その通りだ。人間は、生き物は、異性を好きになるもので、同性を好きになるものではない。細胞や脳にエラーが起きて、同性を好きになるなんてことを、誰かが言っていた気がする。

(それじゃあ)

 西川先輩と付き合ってるあたしは、脳や細胞にエラーが起きた人間ということなのだろうか。

(それを言ったら)

 あの西川先輩も、脳と細胞にエラーが起きてる人間ということなのだろうか?

「なんか、ごめん。月子には言っておこうと思って」
「……ううん。BLの話あまりしないようにするね」
「うん。そうしてくれるとありがたい」
「またなんかあったら言ってね。あたし鈍感だから、言ってくれたら気をつけれるから」
「うん。ありがとう」

 この子は悪い子じゃなかった。むしろ良い子だった。普通の感性の持ち主だった。
 一般人だった。

 じゃああたしはどうだ。
 同性の西川先輩と付き合ってる。
 女同士で、キスして、抱きしめあって、エッチもしてる。
 エラーが起きてる。
 人の道から外れてる。

 じゃあ、別れる?

 うーん、とね。
 あのね。
 あたし、本当に優柔不断なんだけど、
 正直な意見を言うと、西川先輩が大好きなんです。
 人を好きになるって、こういうことを言うんだなってくらい、好きになってしまって。
 よくないよなぁと思いつつ、色々あって、付き合ってしまって。
 よくないよなぁと思いつつ、手を繋いで、キスして、エッチしてしまって。

 正直な気持ちを言えば、ただ恋人が女性だったというだけ。
 好きになった人が、女の西川先輩だっただけ。

 ただ、あたしは優柔不断だから、人の目を気にしてしまうの。
 外面の意見を言えば、いや、おかしいよね。同性愛なんて。どう考えても狂ってるし、おかしい。気が触れてる。脳と細胞にエラー起こしてる変態じゃん。
 本当におかしい。あたしは、男が好き。本当、男大好き。浮気する人なんて最高。男らしくて素敵じゃん。

 ねえ、そんなにおかしいことかな。
 人間が人間に恋をして、愛してるだけじゃん。
 男が男を好きになって、女が女を好きになって、
 男が女を、女が男を好きになって、
 好きになった人がたまたま同じ性別だったら、
 ねえ、それって、そんなにおかしなことかな?
 変態かな?
 変人かな?
 不審者かな?
 脳と細胞にエラーが起きてることなのかな?
 あたしおかしいのかな?
 あたし、気が触れてるのかな?
 でも、西川先輩は優しいよ。
 すごく優しくて、あたしのこと、大好きって、可愛いって、愛してるって言ってくれるよ。
 浮気なんて絶対しないよ。
 すごくすごく、家族よりも大切にしてくれるんだよ。


 あたし達、きっと、おかしいんだ。


 そんな時に、西川先輩が卒業してくれた。
 卒業したら、西川先輩は上京して、連絡がしづらくなった。

 あたしは安心した。すごく安心した。
 だって、何食わぬ顔で、何も知らない顔で、みんなと一緒にいられたから。
 同性愛の漫画を見たのは面白いからです。あれはただのファンタジーの漫画です。
 あたしは異性が好きです。同性なんてとんでもない。
 そんな顔をして、大人になって、社会に馴染んで、溶け込んで。

 LGBTQ? なんですか? それ? はいはい。当人達は大変ですね。
 でもあたしは関係ないですよ。だってあたしは一般人なので。

 怖いんですよ。
 変態だと思われるじゃないですか。
 個性じゃないですよ。
 エラーですよ。
 怖いんですよ。あたし。

 だから返事をしなかったんですよ。
 だから曖昧に終わらせたんですよ。

 だって、西川先輩に会ったら、



 絶対、またあなたを好きになってしまうだろうから。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みのメッセージに打ち間違い返信したらとんでもないことに

家紋武範
恋愛
 となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。  ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...