おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい

石狩なべ

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五章:おかしの国のハイ・ジャック(前編)

第11話 10月6日(1)


 土曜日の朝。

「ニコラや」

 とんとん、と扉を叩く音が聞こえて、目が覚める。

(……ん……?)

「ニコラや、ちょっと起きてくれんか」

(んんん……)

 扉の向こうからじいじの声が聞こえて、もぞもぞと体を動かす。ふう、と息を吐き、むくりと起き上がり、扉に向かって返事をする。

「……なに? じいじ……」
「入って良いかな?」
「じいじならいいわ。どうぞ」

 寝起きの間抜けな声を出すと、じいじがそっとあたしの部屋の扉を開けた。

「気持ちよく寝ていたところ悪いな」
「んん……。……どうかしたの……?」

 目を擦りながらじいじを見ると、じいじが髭を撫でながら口を動かした。

「実は、少し手伝ってほしいことがあってのう」
「手伝ってほしいこと?」

(今、何時かしら……?)

 ちらっと目覚まし時計を見ると、昼の10時。

(だいぶ寝たわね……)

 ふああ、と欠伸をして、頭を掻いた。

「あたしが出来ること?」
「お使いに行ってほしいんじゃ」
「お使い? どこまで?」
「この二人の健康診断書を回収して来てくれないか?」

 じいじがあたしにメモを渡す。受け取って、焦点を合わせて、ああ、と頷いた。

「『健康診断』……。……なるほど」
「急に城から呼び出されてな。困っとった。行ってくれると有難い」
「いいわ。貴方のお願いなら聞いてあげる。行ってくる」
「助かるよ。ありがとう。ニコラ」

 じいじがあたしの頭を優しく撫でてくる。じっとじいじを見上げた。

「他にお使いは?」
「今のところそれだけじゃ」
「分かった。じゃあさっさと終わらせて、あたしは部屋でぐーたら過ごすことにする」
「ふふっ。お礼に今夜は好きなものでも作ってやろう。食べたいものはあるかい?」
「……ウインナー食べたい」
「ウインナーだな? 分かったよ」
「焦げ目がついたやつね」
「ああ、分かったよ」

 じいじが微笑みながら頷いて、あたしの頭から手を離す。

「では、任せるぞ」
「はい」
「朝食は下に準備してある。昼はあるものを好きに食べていい」
「分かった」
「ではな」

 じいじがそう言って、あたしの部屋から出ていった。あたしはもう一度メモを見下ろす。

(健康診断書ねぇ?)

 この二人か。

(一人はいいけど、もう一人は『難あり』だわ)

 ふう、と息を吐く。

(善は急げ。着替えよう)

 あたしはだるい体を動かし、ベッドから抜け出した。


 罪滅ぼし活動サブミッション、二人から健康診断書を回収する。



(*'ω'*)



 こんこん、と扉をノックすると、しばらくして扉が開いた。扉を開けた本人があたしを見て、赤い瞳を丸くさせて、驚きの表情を浮かべた。

「あれ、テリー?」

 いつもの赤いマントを羽織ってない、シャツと赤いスカート姿のリトルルビィがきょとんとしている。掃除をしていたのか、義手がはたきを握り締め、白い三角巾を頭にかぶっていた。

「何々? どうしたの? テリーが一人で私の家に来るなんて珍しい」

 キッドが用意したリトルルビィの家。まるで小人が住みそうな丸くて小さな一軒家。家具は何もかもミニマムサイズ。それでも、小さなリトルルビィが住むだけなら十分な部屋。

(倒れたニクスを連れてきてからも、何も変わってない)

 きょとんとあたしを見つめてくるリトルルビィを見下ろす。

「……とりあえず、名前をテリーって呼ぶことに関して、休みの間だけは許してあげる」
「……やっちゃった」

 リトルルビィがぺろっと舌を出して、笑った。

「で、どうしたの?」
「ええ。じい……ビリーに頼まれたんだけど、健康診断の紙ってある?」
「あ、うん!」

 リトルルビィが扉を開けて、一歩下がった。

「良かったらお茶淹れるよ。入って」
「いいの?」
「うん! ちょっとお喋りしようよ!」

 元気に微笑むリトルルビィを見て、あたしも口角を上げる。

「……そうね。昨日の埋め合わせもしたいし、美味しいの淹れてくれる?」
「もちろんです!」
「良い返事。邪魔するわ」

 そう言って小さな部屋の中に入る。リトルルビィが扉を閉め、三角巾とはたきを置いて、キッチン台に歩いた。

「座ってて!」
「お菓子でも持ってくれば良かったわね」
「あるよ! 食べる?」
「いらない。あんたが食べなさい」
「こういう時のために買っておいたの! ドリーム・キャンディの社長特性クッキー! 一緒に食べよう?」
「社長のクッキー? それなら話は別よ。貴族令嬢は自分で働くお店のことも研究しなくてはいけないの。リトルルビィ、お皿は出してあげるからそのクッキーを二人で山分けするわよ。準備なさい」
「ふふっ! うん!」

 リトルルビィが笑いながら頷き、やかんを温める。そして手際よくティーポットとカップを用意して、あたしに振り向く。

「ハーブティー飲める?」
「嫌いじゃない」

 あたしは小さな食器棚を開いた。

「このお皿でいい?」
「ばっちり!」

 リトルルビィが親指を立てて、キッチン台の傍にある棚の中に腕を突っ込ませ、クッキーの袋を取り出す。あたしは手を差し出した。

「ちょうだい。お皿に乗せておく」
「お願いします!」
「はいはい」

 呆れた笑みを浮かべれば、リトルルビィも笑って、あたしはクッキーの準備を。リトルルビィはハーブの用意をする。温めたお湯とハーブで紅茶を淹れ、テーブルにカップを並べて、ティーポットに入った紅茶を入れ、あたしに差し出す。

「はい、どうぞ!」
「いただきます」

 口にティーカップを傾けて飲んでみる。……直後、ぴくりと指が動き、静かにティーカップを置く。見ていたリトルルビィが心配そうに眉をへこませた。

「テリー? 口に合わなかった?」
「……ちょっと冷ます」

(リトルルビィ、不味いわけじゃないのよ。違うのよ。あたしは猫舌なのよ)

 舌はぴりぴりするが顔には出さずにティーカップの湯気を見ていると、リトルルビィがふふっと笑い、今度はベッドの近くの棚に向かう。一番下の扉を開けて、ごそごそと書類を探しながら、リトルルビィが呟いた。

「どこだっけー?」
「ねえ、健康診断なんて、いつしたわけ?」

 訊けば、リトルルビィが顔を上げて、

「9月の下旬くらい?」

 首を傾げて、また探し出す。あたしは湯気を眺める。

「あんたを健康診断出来る病院なんてあるの?」
「病院じゃないの」

 リトルルビィが二段目の棚を弄りだした。

「研究室で博士にやってもらった」
「博士?」
「そう。物知り博士」
「……物知り博士?」
「あ!」

 リトルルビィが棚に腕を突っ込ませ、掴んだ紙を掲げた。

「あったー!」

 ぱんぱかぱーん!
 あたしに歩いてきて、笑顔で差し出す。

「はい、これ」
「ん。確かに」

 氏名の欄に『Ruby People』と書かれた文字が目に入る。

「……これあんたが書いたの?」
「ん? うん!」
「……字、上手くなったわね」

 前に見た時は、よれよれな字だったのに。

「もう、テリー。いつの話してるの?」

 リトルルビィが恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

「私、ちゃんと字も練習したのよ。先生も丁寧に教えてくれたし」
「へえ。先生がいるの?」
「うん。先生ね、優しいの!」

 リトルルビィがあたしの正面に座った。

「読み書き出来るようになってから、本も沢山読めるようになったのよ。時々、メニーと図書館で読みたい本を選んだりするの」
「そう。読書は楽しい?」
「うん! 楽しい!」
「楽しいのは良いことね。クロシェ先生も、本は楽しんで読むものだって言ってたわ」

 頷き、少し冷めたハーブティーを飲む。

「何の本が好き?」
「一番はね、リトル・レッド!」
「リトル・レッド?」

 ああ。あの狼に食べられる話ね。

「確かにあんたに似てるわね」
「ふふっ。でも、違うよ。私は狼が現れたら、狼のこと食べちゃうもん」
「ん?」
「ん?」

 あたしが訊き返すと、リトルルビィがきょとんとした。いやいや、きょとんとしたいのはあたしの方よ。あたしはさらに訊き返す。

「狼を食べるの?」
「テリー、狼の血って美味しいのよ」
「あんた、狼の血を飲んでるの!?」
「人の血よりはマシだって、キッドが言ってた!」
「あんたキッドに何を吹き込まれたの!」

 テーブルをばーん!

(あいつ! よくもあたしの可愛いルビィに変なことを教えやがってからに! 絶対に許さない!)

 拳をぎゅっと握り、背筋を伸ばす。

「ルビィ、いいこと。狼の血は飲んじゃ駄目よ。お腹が空いて、どうしても飲みたくなったら飲みなさい。狼はね、怖がるものなの。飲み物じゃないの。分かった?」
「……美味しいのに」

(……なんでしゅんとしてるのよ)

 リトルルビィがハーブティーを飲み、一息ついてから、再びあたしに口を開いた。

「テリーは、どんな本が好き?」
「……そうね。最近読んだのが……」

 あたしは思い出しながら、タイトルを言う。

「これを読んだら人間の心を操ることが出来る本」

 リトルルビィの眉間に皺が寄った。あたしはさらに思い出す。

「ムカつく奴を手懐けることが出来る本」
「心に催眠術をかける本」
「読心術を鍛えよ」
「人の心理を読みとれ」
「愛とは無常なり」
「愛に生きない女の生き方」
「一人で生活する私の日常」
「女一人散歩暮らし」
「ジクシィ」
「空気を読み取る生き方」
「一生痩せていられるエクササイズ」
「不安にならない人生」
「不幸にならない生き方」
「怒りの静め方」
「人を恨まない100のヒント」
「人生設計図を作れば幸せになれる」
「絶対幸福論」
「幸せへの……」

 ここでリトルルビィがストップをかけた。

「テリー、ごめんなさい」
「ん?」
「私には、きっとまだレベルが足りないんだと思う……」
「そうよね。まあ、そうよね。でも、気にする必要ないわ。リトルルビィ、あんたも大人になったら読みたくなるから」
「……テリー、疲れてるのね。きっとそうなのね。……可哀想に。……テリー、クッキーどうぞ。いっぱい食べて。ね?」
「大丈夫よ。食べてるから。あんたが食べて」

 あたしはハーブティーを飲む。

「私ね、物語の方が好きなの。よくメニーと読んでるのよ」
「物語ね」

 リトルルビィがクッキーをつまむ。

「……ルビィ」
「うん?」
「こんな物語知ってる?」

 あたしはその物語を、声に出した。

「昔々ある所に、醜いお姫様がおりました」
「醜いお姫様は、運命の王子様に憧れる少女でした」
「しかし、彼女は真実の愛を知りません」
「ある日、彼女は街を散歩していると、いい匂いにつられました」
「パンのお店へ入っていきました」
「そこで知り合ったパン職人と一目で恋に落ちてしまいました」
「しかし周囲の反対の元、彼女は一歩を踏み出すことが出来ません」
「そして彼女は醜いので、様々な劣等感から一歩を踏み出すことが出来ません」
「それでも彼女はその人を運命の相手と思うのです」
「彼は彼女を求めている」
「彼女を彼を求めている」
「やがて、一歩を踏み出す」
「その一歩で運命が変わります」
「二人は結ばれる」
「顔じゃない」
「姿だけじゃない」
「その存在と、その魂と、その人間性に惹かれて、二人は身分も関係なく、結ばれる」

 そんな綺麗事が並べられただけの、物語。

「めでたしめでたし」

 あたしはハーブティーを飲み込む。

「子供じみた話でしょ?」

 でもね、

「これが一番、あたしの好きな話」

 牢屋で読んで、読んで、何度も読んで。

「唯一、何度も読んでしまう物語」

 二度目の世界で記憶が戻った時、どうしても、その本が、たとえ古本屋にあったとしても、手を伸ばしてしまった。ルビィからの視線を感じる。あたしはおどけて肩をすくめた。

「……笑っていいわよ」
「……どうして?」

 ルビィが明るい声で訊いてくる。その声に視線を上げると、微笑ましそうに、頬を緩ますルビィの顔が見える。

「すごく素敵な物語」

 ルビィがハーブティーを飲んだ。

「最後はちゃんと結ばれるのね。そのお姫様、幸せになれるのね」
「ええ」
「テリーの好きな物語?」
「ええ」
「素敵!」
「そう思う?」
「うん!」
「そう」

 あたしの頬が少し緩む。

「……図書館にあるかもね」
「なんて名前のタイトル?」
「なんだったかしら。本は持ってるけど、表紙が色褪せちゃってタイトルが消えてるのよ。今度屋敷に来た時に読ませてあげるわ」
「やった!」

 リトルルビィが笑って、ふと、口角を下げた。

「あ、テリー、……もしかして、『あっち』もいくの?」
「……あいつの分も頼まれてるからね」

 頷いて、クッキーを食べる。

(社長って案外腕がいいのね。……悪くない……)

 美味だわ。

「今日、あいつ図書館にいるかしら?」
「いると思う!」
「土曜日よ?」
「今日出勤だって聞いたもん」
「そうなの?」
「うん。平日お休みなんだって」
「そう。じゃあ、この後は図書館ね」
「テリー! 私も行く!」
「リトルルビィも?」
「うん!」

 リトルルビィが棚を見て、

「昨日借りた本、夜のうちに読んじゃって」

 あたしを見て、

「どうせ返しに行くからちょうどいいし」

 微笑んだ。

「ね? 一緒に行こうよ」
「それはいいけど、書類貰ったらさっさと帰るわよ」

 深いため息を吐く。

「あいつのいる場所に、長居したくないもの」
「だからこそ、私が行くんじゃない!」

 リトルルビィが胸を張った。

「テリーが一人よりも、私と居た方が安全でしょ?」
「……言えてる」
「ふふっ! ねえ、これ飲んだら行こう?」
「ええ。いいわ」

 でも、ひとまず、

「せっかくのお茶会だもの。優雅に楽しく過ごしましょう」
「賛成!」

 あたしの言葉にリトルルビィが手を上げて、お互いの顔を見合い、くすっと笑って、ハーブティーの入ったティーカップを、同じタイミングで、口元に傾けた。

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