生徒会長のなでしこ先輩がこんなに真っ黒なわけがない

石狩なべ

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第5話 お姫様と王子様

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 ――――泣き声が聞こえて、僕は走った。



「ぐすん! ぐすん!」

 鼻をすする音を聞いて、僕は走る。
 走る先にはお姫様。
 僕は汗も気にしないで、お姫様に駆け寄った。

「なっちゃん!」

 僕はなっちゃんの顔を覗き込む。

「どうしたの? なっちゃん。なんで泣いてるの?」
「ふええええ…!」
「なっちゃん、僕が来たからもう大丈夫だよ。どうしたの?」
「あのね、あのね…」

 なっちゃんが目を潤ませて、僕に顔を上げた。

「かちゅーしゃ…、取られちゃった…!」
「カチューシャ?」

 僕は笑ってみせる。

「それはもしかして、この可愛いカチューシャかな?」
「あ」

 なっちゃんが目を見開いた。僕は笑った。

「たける達でしょ。僕、たける達から取り返したんだ!」
「わあ…!」
「なっちゃん、もう泣かないで。ほら、僕がつけてあげる!」

 僕はなっちゃんの頭にカチューシャをつける。ティアラをつけるように、そっと、優しくつければ、なっちゃんはお姫様のように輝く。

「綺麗だよ。なっちゃん」
「ふふっ!」
「なっちゃん、向こう行って遊ぼう!」
「うん!」

 僕はなっちゃんの手を握り締める。なっちゃんの手はとても温かい。

 お姫様。

 僕の可愛いお姫様。
 僕の一番のお姫様。
 僕の憧れのお姫様。

「この教室でぇー、一緒に、遊ぶお友達のー」

 保育園の先生が、俯いてもじもじするお姫様を皆に紹介した。

「みんなぁー、仲良くしてあげてねぇー!」

 とっても綺麗なお姫様。
 とっても可愛いお姫様。
 絵本から飛び出てきたお姫様。
 一目見た時に、どんな玩具よりも胸が高鳴った。

 僕は真っ先にお姫様に近づいた。

「お名前なんていうのー?」
「な」

 その名前がどうしても言いづらくて、

「なっちゃん」

 僕はそう呼ぶことにした。

「なっちゃん、遊ぼう」
「なっちゃん、おままごとしよう」
「なっちゃんがお姫様ね」
「僕は王子様」

 僕はなっちゃんの王子様になりたかった。だって、王子様はいつだってお姫様の笑顔を見られるから。
 悪の手からお姫様を救い出すのはいつだって王子様だ。
 お姫様が最後に笑いかけるのはいつだって王子様だ。
 王子様になれば、なっちゃんの笑顔が見られる。
 だから、なっちゃんの王子様になりたかった。

「なっちゃん」
「なぁに?」

 いつでもべったりくっついた。

「なっちゃん」
「うん。なぁに?」

 なっちゃんは一つ年上だったけど、小さな保育園は教室を一つにしていたから。

「なっちゃん」
「なーに?」

 なっちゃんはいつも笑ってくれた。
 それが嬉しかった。
 なっちゃんは美人さんで、お姫様だから、男の子は構ってほしくて、いつもなっちゃんにちょっかい出してた。

「やーい!」
「ふえええん!」
「やめろって! たける! そういうことしてたら、サンタさん来なくなるんだかんな! 今年のプレゼントなくたって、知らないかんな! 怒ったかんな! 許さないかんな! 橋本かんn」

 何かがあるたびに、僕はなっちゃんを喜ばせた。

「ほら、なっちゃん、取り返してきたよ」
「ありがとお」
「なっちゃん、これあげる」
「わあ! 可愛いお人形さん!」
「なっちゃん、お菓子食べる?」
「食べる!」
「なっちゃん」
「うふふ」
「なっちゃん」
「なーに?」
「なっちゃん、大好き」
「私も大好き」

 手を握り合う。

「なっちゃん」

 なっちゃんが僕を見つめる。それが嬉しかった。

「僕ね、なっちゃんの王子様になるんだ!」
「王子様になってくれるの?」
「うん!」
「うふふ! じゃあ、王子様、私をお城まで連れて行ってくださる?」
「もちろんです! お姫様!」

 手を握って、おままごと。

「なっちゃん」
「なーに?」
「僕のこと好き?」
「うん。好き」
「えへへ! 両思いだね!」

 玩具を広げて、おままごと。

「ほらほらなっちゃん! お片付けしてる間にお風呂入りなさい!」
「うふふ! はーい!」
「明日はお仕事に行って、稼いでこなくちゃ!  なっちゃん!  僕の分のお弁当作ってね!」
「はぁーい!」

 二人でいつでも、おままごと。

「ねえ」

 なっちゃんが見つめてきた。

「好き」

 なっちゃんが頬を赤らめていた。

「好き」

 僕の手を握った。

「好きなの」

 きゅっと、握った。

「好き」

 なっちゃんが笑う。

「あいしてる」
「僕も、大好き!」

 僕は声を張り上げる。

「なっちゃんのこと、あいすてりゅ!」

 肝心なところで噛んだ。

「あいしてる!」

 言い直す。

「なっちゃん、だいすき!」
「じゃあ、結婚して」
「うん! いいよ!」
「じゃあ、ちゅーして」
「ん!」

 僕はなっちゃんに顔を押し付けた。なっちゃんが可愛い瞼を閉じた。ファーストキスは、なっちゃんに捧げる。唇がくっついて、すぐに離れる。なっちゃんが僕を見つめた。

「もう一回して」
「ん!」

 僕はもう一回押し付ける。セカンドキス。

「もう一回して」
「ん!」

 僕はもう一回押し付ける。サードキス。

「もう一回して」
「ん!」

 僕は何度も唇を押し付ける。お姫様が求めるなら、何度でも。

「なっちゃん」
「なーに?」

 なっちゃんにくっついてると幸せだった。
 なっちゃんと一緒にいると幸せだった。
 なっちゃんと離れたくなかった。
 なっちゃんのことが大好きだった。

 そしたら、お兄ちゃんに言われた。

「お前、しらねーのぉ? 女同士で結婚は出来ないんだぞぉ。気持ち悪ぃーなー」

 僕はしゅんとして、なっちゃんの手を握り締めた。

「なっちゃん」
「なーに?」
「結婚、出来ないって」
「え?」
「女の子同士で、結婚、出来ないんだって。お兄ちゃんが言ってた」

 僕はなっちゃんの頭を撫でた。

「だから、僕、結婚出来ないや。ごめんね」
「だめ」

 なっちゃんが首を振った。

「やだ」
「でも、出来ないんだって」

 なっちゃんが首を振った。

「やだ!」
「ごめんね。なっちゃん」

 なっちゃんが涙を流した。

「やぁぁぁあああだぁぁぁああああああ!!!!」

 なっちゃんが全力で泣きだした。

「きぃいいいいやぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
「なっちゃん、ごーめーん。ごーめーん。おーねーがーいー。なーかーなーいーでー」
「きやあああああああああああああああああああ!!!!!」
「よぉしよぉし、泣ーかーなーいーでー」
「やぁぁぁぁああああだぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!」
「ごーめーんーねぇー」
「やだぁぁぁぁあああああああああ!! うわああああああああああああ!!!!」

 僕はなでなでする。なっちゃんが泣いている。全力で泣いている。

(困ったなあ)

 僕は冷静になっちゃんの泣き顔を見ていた。

(どうしようかなあ)

 あ。そうだ。
 僕はひらめいて、なっちゃんの手を握り締めた。

「なっちゃん、じゃあ、僕、王子様辞めて、ねこになるよ」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「なっちゃん、ねこちゃん好きでしょう? 僕、王子様じゃなくて、なっちゃんのねこちゃんになる。それなら、結婚しなくても、ずっと一緒に居られるよ」
「きやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「なっちゃんがごしゅじんさまね。僕は、ねこちゃんだから、ずううううっと、なっちゃんのそばにいるんだよ」

 なっちゃんが泣き止んだ。

「ずっと傍に居るの?」
「うん! ずっといるよ!」
「ほんとう?」
「うん! ねこちゃんなら、ずっとそばに居られるよ!」
「じゃあ、猫でいい」
「うん!」
「じゃあ、王子様じゃなくて、猫ちゃんね」
「ごろにゃん」
「うふふ!」
「にゃんにゃん」
「うふふふふふふ!」
「なっちゃんにゃーん」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!」

 なっちゃんが僕の頭を撫でた。

「私の猫ちゃん」

 なっちゃんが笑顔になった。

「じゃあ、猫ちゃんの名前つけないと!」

 なっちゃんが僕に名前をつけた。

「これで、ずっと一緒だよ」

 なっちゃんが笑ってくれたら幸せだった。
 なっちゃんが大好きだった。
 なっちゃんとずっと一緒にいたかった。
 でも、捨てたのはなっちゃん。
 僕は置いて行かれた。



 なっちゃんの、引っ越しが決まった。



「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 僕はなっちゃんに泣いてすがりついた。

「捨てないでぇぇえぇえええええええええ!!!!」
「よしよし」

 なっちゃんが僕の頭をぽんぽんと撫でる。

「元気でね」
「やあああああああああああだああああああああああああああああああ!!」

 僕はなっちゃんに抱き着いて離れない。

「なっちゃああああああああああん!!!」
「ごーめーん。ごーめーん。おーねーがーいー。なーかーなーいーでー」
「やだあああああああああああああああああああ!!!!」
「だいじょうぶだよ。大きくなったら、迎えにいくから」
「きぃいいいいやああああああああああああああああああああああ!!!!」

 なっちゃんが僕を抱きしめる。

「よしよし」
「ふえええん! えええん! えええええん! やだぁあああ!! すてないでぇーーー! なっちゃんのばかぁぁぁあああああああ!!」
「捨てないよ」
「やだぁあああ!! んんんんんんん! 僕も! なっちゃんといっしょにいくぅううう!」
「一緒に来たら、ママとパパに会えなくなっちゃうよ?」
「やぁああだあぁああああ!!!」
「うーん」

 なっちゃんが困った顔をした。
 そんな顔させたかったわけじゃないけど、でも、それでなっちゃんが引っ越すのをやめてくれるなら、困らせてやろうと思って、大泣きした。

「びええええええええええええええええええええええん!!!」
「だいじょうぶだよ」

 なっちゃんが僕の頭をずっと撫で続ける。

「絶対迎えに行くから」

 僕は首を振る。

「絶対だから」

 僕は首を振る。

「なっちゃぁぁあああん…!」
「こっち向いて」
「ん、」
「ちゅ」

 なっちゃんが僕にキスをした。

「ちゅ、ちゅ」

 キスをした。

「ちゅううううううう」

 しつこいくらいのキスをした。

「ね? 絶対、大人になったら迎えに行くから」

 そうだなあ。

「16歳になったらちゃんと、猫として拾ってあげる」

 それまで待ってて。

「ね? 約束!」
「んんんんんんんんんん」

 僕は潤んだ瞳をなっちゃんに向ける。

「あだば…また、なででぐでる…?」
「うん!」

 なっちゃんが笑う。

「いっぱい、いっぱいなでてあげる!」

 僕の頭をぽんぽんと撫でる。

「だから、ちょっと待ってて」

 16歳になるまで待ってて。

「じゃあね。良い子でいるのよ」

 なっちゃんが僕の手を握って、顔を近づけた。

「お別れのちゅーしよ」
「ん!」

 僕となっちゃんが最後のキスをした。
 なっちゃんがお爺ちゃんの車に乗り込んだ。窓から手を振ってくる。

「さよーならー」
「なっちゃあああああああああああああ!!!!」

 僕は鼻水を出して追いかける。

「なっちゃあああああああああああああああ!!!」

 足が躓いた。

「ひゃっ」

 泥の水溜まりに転ぶ。顔と服が泥だらけになる。僕の後ろにいたママが盛大に手を叩いて爆笑した。携帯で写真撮影を始めやがった。

「きぃいいいやああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 なっちゃんが泣き叫ぶ僕に向かって手を振る。

「まるぅー。さよーならぁー」
「なでじごぢゃぁぁぁああああああああああ!!!!」
「まるぅー。大人になったら、絶対また会えるからー!」
「なでじごぢゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「16歳になってー、また会えたらー」

 次会えた時は、


「もう、絶対離さないから」










(*'ω'*)











「なっちゃー…」

 私はごろんと転がる。お布団から抜け出した。ころころ転がって、壁に激突。

「おっふ!」

 そこで目を開ける。

(あれ? なっちゃん!?)

 辺りを見回す。

「………」

 暗い和室。静かに針が動く時計。こんもりと膨らみのあるお布団。私が抜けた穴の空いたお布団。

(あれ? 今何時だろ?)

 私はごろごろごろんと転がって、またお布団に戻ってくる。穴が塞がれる。時計を見る。朝まではだいぶ時間がある。

「ふわあ」

 欠伸をする。

(眠い)

 私はお布団にもぐる。

(もうちょっと寝よう)

 ―――――――――――――――もぞ。

(……トイレ)

 起き上がって、再び布団から抜け出そうとすると、手を掴まれた。

「ひゃ!」

 振り向くと、布団の中から伸びる白い手が、私の手首を掴んでいる。私の顔が青ざめる。

(ひいいいいいいいいいいい! おばけだぁぁぁああああああ!!!)

 もぞ、と白い手が引っ張ってくる。

(ぎゃあああああああ!! 幽霊の世界に連れて行かれるぅぅうううう!!)

 私は慌てて手を引っ張ると、その手が私の手首から手に移動し、強く握ってきた。

(ひい!)



「どこに行く」



 少し掠れた声。ぼんやりした声。はっとして、ちゃんと見下ろす。白い手。美しい形の細い手。女性らしい手。お布団の中から伸びて、私を掴んでいる。

(あ)

 これ、おばけじゃない。

「なでしこ先輩」

 私は空いてる手でなでしこ先輩の手を掴む。

「トイレに行ってきます」

 なでしこ先輩の手をそっと退かす。

「起こしてすみません」
「…………」
「すぐに戻ります」

 私は暗闇の中で立ち上がり、そそくさと和室から出てトイレに向かう。電気をつければ、照明の明るさに顔をしかめる。

(眩しい…)

 用を足して水を流して、きちんと手を洗ってタオルで拭いて、また暗い和室に戻ってくる。

(ああ、お布団、お布団)

 私はお布団にもぐる。

(お布団大好き!)

 お布団の心地よさを堪能していると、もぞりと、影が動く。

(ぷぇ?)

 後ろから抱きしめられる。

(ひゃ)

 細い手が、私を捕まえる。

(あ)

 引き寄せられる。

(あ)

 なでしこ先輩が、ぎゅっとくっついてくる。

「…………」

 私の背中に、なでしこ先輩の胸が当たる。足が絡まる。もう逃げられない。

(わー。なでしこ先輩の抱き枕状態だー)

 私は大人しくじっとする。なでしこ先輩の手が私のお腹に置かれ、なでなでと撫でてくる。

(うはっ)

 優しい手。

(なでしこ先輩のなでなで、好き。なでしこだけに、なでなで)

 言葉に出したら怒られそう。

(黙ってよ)

 なでしこ先輩が私を抱きしめて、そのまま動かない。
 私もなでしこ先輩に抱きしめられて、そのまま動かない。
 なでしこ先輩の吐息を感じる。
 なでしこ先輩の呼吸を感じる。
 なでしこ先輩の手のぬくもりを感じる。

(あ、そういえば)

 私はそこで、ようやく思い出す。

(体操着、どこにやったんだろう?)

 自分の姿を見れば、きちんとパジャマ姿で、中はキャミソールとパンツ。もう当分Tバックは穿かなくていい。

(…着替えさせてくれたのかな?)

 いやあ、有難い。

(なでしこ先輩、こういうところお優しいんだよなー)
(ずっと優しかったらいいのに)
(あー。怖かったなー)

 目隠しされて、体操着とブルマ着せられて、下着はTバックだけで、何も見えない状態で体の色んなところ触られて、

(そういえば)

 変な感覚になった。

(感じたことのない感覚)

 胸が尋常じゃないくらいドキドキして、お尻がきゅんってなって、体中しびれて、腰が震える、変な現象。

(なんだろう。あれ)

 びっくりして泣いちゃった。

(なでしこ先輩もきっとびっくりだったよなー。私がパニックになって大泣きしちゃったもんだから)

 なでしこ先輩の手が、ぽんぽんと私のお腹を撫でる。私はもぞりと動く。なでしこ先輩が私の体をぎゅっと締め付けて、私はつぶされる。

「うぶっ」
「寝なさい」
「トイレに行って、目が冴えちゃいました」

 もぞもぞと身じろいで後ろに寝返る。暗闇の中、なでしこ先輩が私をまっすぐ見つめている。黄色い目を光らせる猫みたいに、じっと、見つめてくる。

(あ、なでしこ先輩の目、綺麗…)

 日本人特有の黒い目。

(綺麗…)

 ぼうっと見つめる。
 なでしこ先輩が私を見つめる。
 なでしこ先輩の手が伸びた。
 私の頬に触れた。

「ん」

 優しく、なぞられる。

「ん、ふふっ」

 くすぐったくて、笑ってしまう。

「なんですか、先輩」
「……………」

 なでしこ先輩の指が私の頬をなぞる。つ、と下に向かってなぞられる。

「ふふ、んふふっ」

 顎の下に指が向かう。

「くすぐったいですっ」

 顎の下をこちょこちょ、撫でられる。

「ふふっ、なでしこ先輩、だめです」

 猫の首をくすぐるように、なでしこ先輩が私にしてくる。先輩、私、人間ですよ。猫みたいにごろごろ言いませんよ。

(うふふ!)

 くすぐったくて、くすくす笑っていると、なでしこ先輩が少しだけ目元を緩ませる。それでも変わらず口角を下げたまま、黙って私を見つめる。

「ふふ。先輩、くすぐったいです…! うふふ!」

 なでしこ先輩の手が、顎の下から、また頬に移った。

「なでしこ先輩?」

 そっと、なでしこ先輩の掌が、私の頬にくっつく。指が、優しく私の頬の肌を撫でる。

「ふふっ」

 私は笑う。

「なでしこ先輩」
「まる」

 なでしこ先輩が体を動かした。

「じっとして」

 なでしこ先輩の唇が、私の額にくっついた。

 ―――むに。

(ふぁっ)

 これは、お休みのキスというやつですかな?

(先輩の唇、やぁーらかぁーい!)

 にやにやしてなでしこ先輩を見る。
 なでしこ先輩の手が、また私の頬を撫でる。

「…えらく機嫌が良いな」
「だって、なでしこ先輩、今は優しいんですもん」

 私は撫でてくれる手に、素直に甘える。

「先輩の優しい手なら怖くないので、大歓迎です」

 そういえば、なでしこ先輩は黒いですけど、その手はいつも優しいですよね。

「いつも、優しく撫でてくれますよね」

 えへへ。

「だからですかね。昔、仲良しだったお友達のこと、思い出しました」

 なでしこ先輩の手の指が、ぴくりと動いた。

「…友達?」
「はい」

 私はなでしこ先輩と向かい合って、話し出す。

「私の身の上話になってしまうんですけど」

 私、大好きな子がいたんです。すっごく、すっごく可愛い女の子。

「一目見た時に、私、あまりの可愛さに、その子の事、どこかの国のお姫様なんだと思って、感動しちゃって、すぐにお友達になっちゃったんですよ」

 優しくて、可愛くて、泣き虫で、目を離せなくて、とにかく守ってあげたくなる女の子で、

「でも、残念なことに、名前は覚えてないんです。私、本当に小さかったので。その子の顔も、あまり覚えてません」

 覚えてることといえば、

「毎日その子と一緒にいて」
「毎日その子の傍に居て」
「毎日その子にべったりで」
「毎日その子と遊んでて」

 名前は覚えてないんですけど、

「私、なっちゃんって呼んでたんです。その子のこと」

 な、がついた名前だったから。

「なっちゃんって、呼んで、一緒に遊んでました」

 なでしこ先輩が黙って私を見つめる。

「当時は、私がおままごとで遊ぶのが大好きで、よく、なっちゃんに付き合ってもらってました」

 ああ、そうそう。

「私、その頃、12チャンネルのアニメに影響されて、僕っ子だったんですよ。自分を僕って呼ぶのが、なんか、かっこよくて」
「だから、おままごとでは、私、自分を僕って呼ぶママでした。で、なっちゃんもママなんです」
「おかしいですよね。でも、ママが二人いて、私は稼ぎと片付け担当のママで、なっちゃんは、家事全般をしてくれるママ」
「あと、お姫様と王子様ごっこもよくやりました」
「私、なっちゃんの王子様になりたかったんです」
「だって、なっちゃんがお姫様だったから」
「お姫様が笑顔を向けるのって、いつだって王子様じゃないですか。だから、王子様になったら、なっちゃんがいつまでも笑ってくれるのかなって、安易に考えて」
「それくらい、私、なっちゃんのことが大好きでした。もう、本当に、とにかく大好きだったんです。ずっと一緒に居たくて、離れたくなくて、べったりくっついてて、まるで金魚の糞ですよ。全く離れないんです」
「でも、なっちゃんはとても優しい子だったので、こんな私に付き合ってくれてました」

 私がなっちゃんって呼んだら、なーに? って、にこにこしながら訊き返してくれるんです。

「でも、ある日、なっちゃんのお家で、引越しが決まっちゃったんです。それで、離れ離れになって、それっきりで」

 すごいんですよ。なっちゃん。

「カリフォルニアに行ったんです。たしか」

 後からうちのお母さんから聞いたんですけど、なっちゃんって、相当なお金持ちのお嬢様だったらしくて、私がいた保育園には、お家の事情で期間限定で居ただけだったらしいんです。

「その間、何も知らない子供の私が、なっちゃんと毎日遊んでたって」

 いやー。恐ろしいですねー。

「なっちゃんは空想のお姫様じゃなくて、本物のお嬢様だったんですよ」

 今考えると恐れ多い。

「でも、今考えても」

 私は思い出す。

「優しかったな。なっちゃん」

 私は思い出す。

「たくさん、頭撫でてくれました」

 私は思い出す。

「優しいお姉ちゃんでした」

 私は笑った。

「ふふっ。なんか、懐かしくなっちゃいました。なっちゃん元気ですかねぇ。今、どこで何してるんだろう?」

 なでしこ先輩が、私の頭を優しく撫でた。

「私の一つ上なので、なでしこ先輩と同い年ですよ。ふふっ。きっと、先輩くらい美人になってるんだろうなぁ」

 なでしこ先輩が、私の頭を優しく優しく撫でた。

「………………」

 ふわふわしてくる。

(先輩の手…。落ち着く…)

「まる」

 私の頭を撫でながら、なでしこ先輩が私に声をかける。

「新しい友達は、どうなんだ?」
「あ、そうなんですよー」

 私はふわふわしたまま、にやける。

「すごく馬が合う子がいて」
「お前と気が合うなんて、変わってる娘が紛れ込んでたな」
「そうなんですよー。本当に、運が良かったです」

 くすくす笑う。

「お庭でお弁当食べながら、大好きな話題で盛り上がったんですよ」
「そうか」
「なでしこ先輩も、たまには外で食べてみてください。お花が綺麗だったんですよ。景色がきらきらしてて、春の風が吹いてて、気持ちよかったです」

 なでしこ先輩の手が私を優しく撫でてくる。

「学園って広いですね。あんなお庭もあったなんて」

 あ、そうだそうだ。

「なでしこ先輩って理事長先生のお孫さんなんですね。その子から聞きました。だから寮の最上階なんて住めるんですね」

 あ、そうだそうだ。

「私、頭悪いのに、特待生制度で受かっちゃったんですよ。だから、テストでいい点取らないと、退学になっちゃいます。勉強しないと」
「私が見るから、心配するな」
「え、先輩、見てくれるんですか?」
「ああ」
「あ、でも、私の頭の悪さ、甘く見ない方がいいですよ。本当に理解力ないんで…」
「私は生徒会長だ。出来ない事などない」
「先輩、生徒会長は関係ないと思います」

 なでしこ先輩の手が優しく私の肌をなぞった。

「ふふっ。そこ、くすぐったいです」

 身じろぐと、なでしこ先輩の口角が薄く上がる。

「ふふっ。やめてくださいよ」

 頬を軽くつねられる。

「やーあ」

 ふざけて笑うと、なでしこ先輩の手がもっと優しくなった気がした。

「ふふっ、なでしこ先輩…」

 喋り出す前に、なでしこ先輩が身を起こす。

(ふぁ)

 私の額にキスを落とす。

(ひゃっ)

 私の頬にキスを落とす。

(お、おうっ)

 私の瞼にキスを落とす。

(ふぉい!)

 顔中にキスをされる。

 ―――ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。

「な、なでしこ先輩」
「有難く思え」

 なでしこ先輩の鋭くても、優しい声が耳に聞こえる。

「私からのキスなんて、なかなか受け取れないんだぞ」

 上から優しく抱きしめられる。

「まる」

 優しく、締め付けられる。

「ごめん」

 頭をとんとん撫でられる。

「泣かせて悪かった」
「ああ」

 私の手がなでしこ先輩の背中をぽんぽん叩いた。

「でも、連絡を忘れた私がそもそも悪いんで、はい」
「月曜日から水曜日までのランチは、お前の友達と過ごせ」

 でも、

「木曜日から日曜日は、私と過ごせ。いいな?」
「なんですか。そのシフト制…」
「弁当も私が作る。それ以外を胃の中に入れるな」
「大丈夫ですよ。お昼くらいは売店で安いものを…」
「私の言うことが聞けないのか?」
「はーい」

 私は素直に従う。乗っかってくるなでしこ先輩の背中をトントン叩く。

「なでしこ先輩、そろそろ潰れます」
「そうか」

 なでしこ先輩が上から抱きしめてくる。

「なでしこ先輩、私、潰れちゃいます」
「そうか」

 なでしこ先輩が退かない。

「なでしこ先輩」

 ――――ちゅ。

「んっ」

 ちゅ、ちゅ。

「せんぱ」

 むちゅ。

「あの」

 むにゅ、ちゅ。

「ん」

 ちゅ。ちゅ。ちゅ。

「あ、なで…」

 なでしこ先輩が私の首に顔を埋めた。

「ん」

 ちゅ、むに、ちゅ。

「…あ…」

 右の手首が優しく押さえつけられる。

「ん…」

 左の手首が優しく押さえつけられる。

「…ふっ…」

 なでしこ先輩の唇が、私の首を小さく挟んだ。柔らかい唇が、はむはむと挟んで遊ぶように、繰り返してくる。

「ん、ん…ん……」

 はむ、はむ、はむ、はむ。

「ぁ…」

 絡み合う足も、押さえつけてくる手も、唇も、全部、優しくて、

(溶けちゃいそう…)

 このまま、とろとろに、お布団に吸い込まれていきそう。

(優しい)

 なでしこ先輩の背中に手を添える。

(優しい)

 ちゅ。

(優しい)

 耳裏にキスされる。

「あ」

 耳を咥えられる。

「ひゃっ」

 頬をキスされる。

「ふわぁ…」

 また首にキスされる。

「…ふぇ…」

 手が上に上がっていく。

(あ)

 手の指同士が、絡み合う。

(なでしこ先輩、指細いなあ)

 ぼうっと、絡んだ指を見つめる。

(綺麗な手)

 その手を握ってみる。

(えへへ…)

「まる」
「はい?」

 顔を向けると、


 なでしこ先輩の唇が、私の唇にくっついた。


「んむ」


 唇が塞がれる。


(硬い)


 キスって硬い。私の知識が活かされる。


(レモンの味はしない)


 なでしこ先輩の味がする。


(あったかい)


 これだもん。ボーイとボーイは盛ってしまうだろう。


(ぽかぽかしてきた)


 瞼を下ろす。なでしこ先輩の唇を感じる。


(…長いな)


 そっと離れる。


(あ、離れた)


 瞼を上げる。
 なでしこ先輩が、じいっと、私を見下ろす。


(わお、美人)


 目が合う。でも、言葉は発しない。
 黙ったまま、なでしこ先輩が絡めた左手を離して、私の頬に手を添えた。


(ふへ)


 また顔が近づく。


(あ)


 また口にキス。


(あったかい)


 なでしこ先輩って、意外とスキンシップが好きですよね。


(あったかい)


 これは仲直りのキス?


(だったらいいな)


 なでしこ先輩と、喧嘩したままなのは、嬉しくない。


(なでしこ先輩、私、もう怖くないですよ)


 きゅ、と手を握る。


(そんなことしなくても、怖くないですよ)


 だって、こんなにあったかい。


(もう、怖くないです)


 なでしこ先輩を見つめる。
 なでしこ先輩が見つめてくる。
 唇が離れる。
 こつんと、額同士がくっついた。

「……寝る」
「はい」

 なでしこ先輩が私の上から横に移動する。横から腕が伸びてくる。

「まる」

 正面から抱きしめられる。手は、握られたまま。私の脇腹に手を置く。

「もっとこっちに来い」
「はい」

 少しだけ、距離が近くなる。

「お前も寝なさい」
「はい」

 もぞもぞ、枕にすがりつく。

「なでしこ先輩、おやすみなさい」
「おやすみ」

 なでしこ先輩が私を見つめる。
 私は早々に瞼を下ろす。
 すやぁ、と深呼吸する。


 あったかいぬくもりに包まれて、眠りにつく。
























 なでしこの手が動く。
 優しく、まるの頭を撫でてみる。

「……まる」

 眠る彼女を見つめる。
 考えて、ため息をつく。
 まるの誕生日はまだしばらく先だ。

「まる」

 この子はまだ15歳だ。

「ねえ」

 手を優しく握りしめる。

「お城まで連れて行ってくれるんだろう?」

 自分の王子様を見つめる。

「まる」

 自分の猫を見つめる。

「もう、離さない」

 手を握りしめる。

「離せない」




 胸の鼓動を隠すように、優しく、まるの瞼にキスを落とした。


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