生徒会長のなでしこ先輩がこんなに真っ黒なわけがない

石狩なべ

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第13話 終業式(1)

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 あれほど苦労した文化祭も期末テスト終わり、とうとう一学期も終わる。

「本日で、一学期が終わります。皆さん、どんな日々を過ごしましたか?」

 なでしこ先輩の美しい声に皆がとろける姿を眺めながら、あっという間に終業式が終わる。

「まるちゃん、夏休み遊ぼうね! 遊べる日、LIMEで教えて。一緒に宿題やろうよ!」

 かなちゃんの素敵な笑顔を見て、私も笑う。

(一学期が終わるのか)

 いつもよりも早い放課後にお庭をてくてく歩きながら、思い出す。

(色んなことがあったなあ)
(入学式になでしこ先輩の本性を知って)
(かなちゃんが友達になって)
(しおり先輩の本性を知って)
(なんかわーわーやって)

 なんだかんだ、楽しい一学期だったな。

(そして)

 一学期が終わる前に気付いたこと。

(なでしこ先輩がなっちゃんだったという事実)

 瞼を閉じれば、文化祭で疲れ切って寝てしまった翌日の朝を思い出す。

(…すごかったな)

 目覚めれば、
 部屋には山ほどのプレゼントボックスが置かれ、欲しかった服や漫画や小説がびっしりと並んでいて、猫柄の下着、猫柄の靴下、猫柄の爪切り、猫柄の文房具、猫柄の鞄、猫柄のポーチ、なんかね、猫柄グッズがたくさん置いてあったんだよなぁ。

 私が唖然とする中、なでしこ先輩はソファーで優雅にコーヒーを飲んで、私を見て、ふわりと乙女の笑みを浮かべるのだ。

「まる、おいで」

 行ったら、手を引っ張られて、ソファーに押し倒されて、頰を赤らめて微笑むなでしこ先輩に上から見下ろされた。
 そして、そのまま会話を始め出す。

「全部まるのものだ。ね、嬉しい?」
「あ、は、はい、あの、いや、あの、こんなにたくさん、ありがとうございます…」
「ほら、あそこに爪切りもあるんだ。お前の爪を私が切ってやる。形も私が綺麗に整えてやるからな」
「あ、あ、あの、いや、でも、その」
「文房具も可愛いだろ? ほら、使って。お前のために私が用意した。これもあれもそれも、ボールペンもシャープペンも鉛筆も消しゴムも全部お前のものだ。ね、嬉しい?」
「あ、そ、そうなんですね、やった、やったー。あ、ああ、すごぉーい。かわいいなー」
「私とどっちが可愛い?」
「え?」
「まる、その文房具と私は、どちらが可愛い?」
「え、えーーーー……………そりゃ、なでしこ先輩の方が……」
「当然だ」

 額をキスされる。

「ひゃっ」
「浮気しないで偉いぞ。まる」

 なでしこ先輩のキスの嵐が降ってくる。

「ひゃ、あ、あのっ」
「ん、まる、ん、ちゅ、ん、まる、ん、ん、ん」
「あぅ、あの、ん、なでしこ、ん、せんぱ、ん、あの、ん、ぅえっ、あの、ん」
「まる、見て…」

 瞼を上げて見つめると、なでしこ先輩がさらに頰を赤らめて、お顔を赤く染めて、じっと、私を見つめる。ずっと、見つめる。かなり、見つめる。すげえ、見てくる。

「まる…」

 ちゅ。

「んっ」

 口にキス。

「あ、まっ」
「ん」

 キス。キス。キス。キス。

「あ、なっちゃん、まって…」
「っ」

 なっちゃんが私を強く抱きしめ、上から体を重ねてくる。ぐえっ。重たいよ。潰れちゃうよ。

「まる、まる、まる、まる」
「な、なっちゃん、つぶれちゃ…」
「まるまるまるまるまるまるまるまるまる」
「お、おも…重たいよ………」
「まるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまるまる」
「ひ、ひぃいいいん……」



(好きな殿方がいるのに、こういうの、良くないよなぁ)



 私は歩きながらうんうんと頷く。

 なでしこ先輩には好きな人がいる。本人がそう言ってた。その人が世界でたった一人の王子様だから、その人にしか心を開かないって。

(だったら今のこの状況、とてもまずいぞ。なでしこ先輩のスキンシップは底が知れない。このまま好きな人と上手くいっても、他の人にもちゅっちゅっしてたら、それこそ一大事)

 なでしこの馬鹿野郎! 浮気者!
 待って! ダーリン! 違うの!

(ああ! なんてこと! なっちゃんの恋が上手くいかないなんて、あっちゃいけない!)

 ここは幼馴染として当時親友だった者として、手を打たないと!

(あ、その前に)

 スマートフォンを弄る。

 家族グループLIMEになでしこ先輩とツーショットで撮った写真を貼り付けてみる。

(相部屋の人、です。誰だか、わかり、ますか?)

 ぽち。
 既読がつき、ママから返事が送られる。

 <あら、なっちゃんじゃなーい!
 <大きくなったわねー!

「分かるんかい!!!!!!」

 私、全く気づかなかったのに、

「分かるんかい!!!!!!」

 スマホを強く握り締めると、どこからか視線を感じる。

(ん?)

 上を見上げる。すると、窓からしおり先輩が私を見下ろしていた。

(あ、しおり先輩だ)

 目が合い、しおり先輩が嬉しそうに微笑んで手を振ってくる。

(風紀委員の仕事で居残りかな? お疲れ様ですー)

 私も手を振り返し、にこりと笑ってから、再び歩き出す。

「ああ、まるが私の視線に気づいてくれたわ。きっと私達、結ばれる運命なのね。待ってて。まる。二学期には、必ずまるを私のものにしてあげるから」
「しおり様、まるさんの横顔写真をゲットしてきました」
「ご苦労。厳重にアルバムに保管しておきなさい」
「御意」

(ああ、夏の匂いがする)

 風の匂いを嗅ぐ。

(ああ、なっちゃんのこと、どうしようかなぁ。どうやったらスキンシップやめてくれるかなぁ)

 なっちゃんのことを考える。

(お散歩してたら、いい案が思いつくかなぁ?)

 そんなことを考えている矢先、ふと、ぱたりと、私の足が止まる。

(ん?)

「ああああ…! なんてことだ! 私としたことがぁあああああ……」

 スーツを着たおじいちゃんが庭でうろうろと草の中を見回している。

「大事なメ・ガネを落としてしまうなんて、ああ、何も見えない。みえないよおおおおお!! これじゃあ、大好きな納豆が食べられないぃいいい!!」

 私は飛び出し、おじいちゃんの目の前に着地する。

「しゃきん!」
「ふぁっ!? 何奴!?」

 顔を上げたおじいちゃんに、私は微笑む。

「お困りですか! ご老人!」
「おお! 見えないモヤに若い声! これは青春高きJKの声!」
「何かお手伝いできることがあれば、手伝います!」
「なんて優しいJKなんだ! 実は私の大切なメ・ガネを落としてしまってな」
「合点承知の助! お手伝いします!」
「なんて頼もしいJKなんだ! よろしく頼むよ!」

 私はおじいちゃんの周りを見回す。あ、落ちてる。呆気なく、おじいちゃんの少し離れた場所に落ちているのを発見した。
 私は眼鏡を拾い、おじいちゃんに差し出す。

「お探しのものは、こちらですね!」
「わお! 私のメ・ガネ!」

 おじいちゃんが眼鏡をつけた。姿勢をすっとまっすぐに戻す。よく見ると、私よりも背が高い。

 おじいちゃんがきりっと、さわやかに微笑む。

「いやあ、助かった。どうもありがとう。青春の少女よ」
「お力になれたのでしたら良かったです!」
「……ん?」

 眼鏡をかけたおじいちゃんが私を見下ろす。私はおじいちゃんを見上げる。
 おじいちゃんが瞬きした。私も瞬きした。おじいちゃんが目を見開いた。

「おや?」
「はい?」
「もしや、君は」
「え?」
「まるちゃんかい?」

 私はぱちりと瞬きした。

「え?」
「まるちゃんじゃないか」
「え?」
「おお、まるちゃんだ! はっはっはっはっ! 私を覚えているかい?」
「え?」

 私はじっとお爺ちゃんを見る。お爺ちゃんがにこにこして私を見下ろす。

(あれ?)

 その笑顔を見て、昔の記憶が引き出され、はっとする。

「ま、まさか、貴方は…!」

 私は口を押さえた。

「納豆のおじーちゃん!!?」
「そうだよ! まるちゃん! 納豆のおじーちゃんだよ!!」
「わーーー! 納豆のおじーちゃんだー!」
「久しぶりだね!」
「納豆のおじーちゃん! 久しぶり!!」

 保育園にいる頃、茂みの中に隠れて納豆を食べながらなっちゃんを見ていた変なおじーちゃんだ!

「えーーー? おじーちゃん! どうしてここにいるのーー?」
「はっはっはっはっ! 理事長だからなぁ。ここにいるのが仕事なんだよ」
「理事長?」

 私はきょとんとして、眉をひそめて、首を傾げて、首を振った。

「おじーちゃん、何言ってるの? 理事長先生は、ここの学校の生徒会長のお爺様だよ?」
「その通り。なでしこは私の孫娘だよ」
「え?」

 私は目を丸くする。

「えーーーーー! 納豆のおじーちゃん! なでしこ先輩のお爺ちゃんだったの!?」
「そうだよ! まるちゃん! 今頃気付いたのかい! はっはっはっはっ!」
「そっかー! 謎が解けた! だから保育園の頃、納豆食べながら茂みからなっちゃんのこと見てたんだ!」
「そうだよ。まるちゃん。よく二人で納豆を食べたね」
「おじーちゃんのまぜる納豆が美味しかったから!」
「はっはっはっはっ! まるちゃんは変わらないなぁ! はっはっはっはっ!」

 なでなでなでなでと頭を撫でてくる。

「私のメ・ガネを見つけてくれてありがとう。これから帰りかい?」
「うん!」
「そうか。気を付けて帰るんだよ」
「はい!」

 にこりと笑うと、おじーちゃんも釣られたように笑った。

「いやあ、まるちゃん、成長したねえ。これくらいだったまるちゃんが、今では身長がこんなにも伸びたのか」
「そうなの! 私大きくなったよ!」
「あの頃とは比べ物にならないなあ。はっはっはっはっ!」

 覚えているかい?

「なでしこがトイレに行って、少し帰りが遅かったら、まるちゃんはすぐに探しに行ってたね。とてもたくましかったよ」
「そうそうそう。なんか不安になっちゃって! そのたびにおじーちゃんが大丈夫だよって言って、茂みに隠れながら納豆をくれたんだよね! あの時食べた大根おろし醤油の納豆の味、忘れられないんだ!」
「二人で食べたなぁ」
「懐かしいねえ」

 鳩がぽっぽと空を通過した。

「まるちゃん、この学園はどうだい?」
「テストは大変だけど、でも充実してるよ!」
「虐められてないかい?」
「先輩達は厳しいけど、結構可愛がってもらってるんだ! だから大丈夫!」
「なでしこはどうだ?」

 私は眉を下げた。

「…実は」
「うん?」
「これ、相談してもいいのかな。おじーちゃん」
「おや、困り事かい?」

 おじーちゃんが屈み、私の顔を覗いてきた。

「なでしこがどうかしたのかい?」
「あの、なでしこ先輩、昔からそうなんですけど、あの、……スキンシップが、多くて」
「スキンシップ?」

 おじーちゃんが目を丸くする。

「なでしこが、かい?」
「うん。ずっとお部屋の中でくっついてるの。たまには離れるんだけど、ほら、料理とか、勉強とかする時だけ。でも、あの、リラックスしようかなーって時に私がソファーでくつろいでたりすると、横に座ってきて、頭撫でてきたり、上から被さってきたり、それだけならまだいいんだけど、いっぱいキスしてきたり、体なでられたり、またキスされたり…」
「まるちゃん、それ、なでしこ、なのかい?」
「なでしこ先輩だよ。同じお部屋に住んでるんだから」
「なでしこが、かい…?」
「なでしこ先輩ね、好きな人いるんだって。だから、このまま幼馴染だからって可愛がってもらうのはどうかと思って。私が許しちゃったら、他の人にもやっちゃうでしょう?」
「え、まるちゃん」

 おじーちゃんがきょとんとした。

「なでしこから、聞いてないのかい?」
「え? 何を?」
「なでしこの、好きな人についてだよ」

 ……………。

「ううん。何も聞いてない」
「駄目だなぁ。あの子は」

 おじーちゃんがくすっと笑った。

「じゃあ、まるちゃん、寮に帰ったら、ちゃんとなでしこと話をしなさい」
「スキンシップやめた方がいいですよって?」
「そうだな。その話もそうだし、ちゃんとした、なでしこの気持ちだとか、そういった話を」
「うーん。なんか踏み入って良い話じゃない気がするんだよなぁ。そういうの。私、所詮、その、なでしこ先輩の幼馴染ってだけだから、応援したい気持ちはあるんだけど、プライベートですごくナイーブな話だし…」
「うん。でもほら、まるちゃんは、けっこうふわふわしてる部分があるから」

 ちゃんと話しなさい。
 そして聞きなさい。
 自覚しなさい。

「わかった。ありがとう。おじーちゃん!」
「そうか。なでしこはまるちゃんに、すごくスキンシップをするのか」

 おじーちゃんがふっと笑い、空を見上げた。

「最近、おじーちゃんには何もしてくれなくてな」
「え? そうなの?」
「側にいても、銅像のような扱いを受けてしまう」
「おじーちゃん、きっとなでしこ先輩、照れてるんだよ。そういう時期なんだよ。青春期成長期反抗期なんだよ」
「ああ、年頃の孫娘を持つと、辛いものだな。よし、気を取り直してまるちゃん、おじーちゃんと手を繋いで、ジンギスカンでも踊ろう!」
「うん! いいよ! どこで気を取り直してるのかわかんないけど、なんか楽しそう!」

 ラジカセから音楽が流れ、私とおじーちゃんが手を取り合ってジンギスカンを踊り出す。青空の下で踊るって気持ちいいね! おじーちゃん!!

「………………庭で何してるんだ。お前達は」

 冷たい視線を感じて振り返ると、なでしこ先輩がじっと私とおじーちゃんを見ていた。

「あっ!  なでしこ先輩!」
「やあ。なでしこ。今、二人でジンギスカンを踊ってたんだよ」
「なでしこ先輩もどうですか! 楽しいですよ!」
「理事長先生、まるに変なことをさせないでください」

 なでしこ先輩がラジカセのスイッチを切って、音楽が止まる。なでしこ先輩がため息交じりに言った。

「帰るぞ。まる」
「はーい」

 地面に置いてた鞄を拾って、なでしこ先輩の隣に立つ。

「じゃあね。おじーちゃん」
「うん。二人とも気をつけて帰るんだぞ」
「うん!」
「変なナンパ男達に囲まれたら、納豆の蓋を開けるんだ。そしたら私が駆け付けてあげるからな」
「なでしこ先輩、納豆買いに行きましょう!」
「いらない」

 なでしこ先輩が歩き出す。

「早く帰るぞ」
「あ、待ってくださいよ。なでしこ先輩」
「まるちゃん」

 立ち止まって振り返る。なでしこ先輩も振り返る。おじーちゃんは嬉しそうに笑い、私に言った。

「なでしこを頼んだぞ」

 私は首を振った。

「おじーちゃん、私には無理だよ」

 そう言うと、後ろからなでしこ先輩に叩かれた。

「いだっ」

 首根っこを掴まれて、引きずられる。

「どうして怒ってるんですか先輩ぃいいいい……」
「うるさい」
「はっはっはっはっ! 喧嘩しないようになー!」

 おじーちゃんがにこにこしながら私達に手を振った。なでしこ先輩に手を引っ張られる。どんどんおじーちゃんが遠くなり、角を曲がると、やがて、その笑顔は見えなくなった。

















「ふふっ。まるちゃん。君がこの学園に来てから、なでしこは本当によく笑うようになったんだ」

「そうか。スキンシップか」

「ほー? なでしこがなあ」

「はははっ」

「気難しい孫娘だが、頼んだよ」












(*'ω'*)





 なでしこ先輩に叩かれた頭を優しく撫でる。

「酷いです。虐待です。後輩虐めです。たんこぶ出来てませんか…?」
「お前がふざけた返事を言うからだ。反省しろ」
「なんで怒ってるんですか…。意味わかんないですってば…」

 なでしこ先輩が歩く。
 私はその横を歩く。

「先輩、生徒会のお仕事良かったんですか?」
「終業式だぞ。こんな日に仕事なんてしたくない。朝のうちに全部終わらせた」
「流石ですね先輩…。すげえ…」

 寮への帰り道を歩く。
 車が通る。人が通る。なでしこ先輩が歩く。私も歩く。

「いだっ」

 電信柱にぶつかった。

「あ、いたい」

 木にぶつかった。

「いひゃい」

 看板にぶつかった。

「私、帰る頃には顔がぼこぼこになってるかもしれません」
「前を見て歩け」

 なでしこ先輩に手を握られる。

「子供か」
「子供です。まだ16歳になったばかりの子供です。あ、でも日本女子は16歳で結婚出来るんですよね」
「法律であと二年そこらで18歳以上に変わるけどな」
「え、そうなんですか? いやあ、日本も進んでるんですねえ…」

 私となでしこ先輩が手を繋いで歩く。

「まる」
「はい?」
「理事長と何の話をしてたんだ」
「あ、昔話です。一緒に納豆食べた話とかしてました」
「…ああ、食べてたな」
「私、おじーちゃんの混ぜた大根おろし醤油味の納豆が忘れられないんです。あ、なんか納豆食べたくなってきた。なでしこ先輩、今度買いましょうよ」
「ああ、買っておく」
「やった」

 歩幅を揃えててくてく歩く。

「なでしこ先輩」
「ん」
「あの」

 沈黙。

「えっと」

 沈黙。

「歩きながらでいいので、お話しませんか?」
「…何言ってる。話してるじゃないか」
「そうじゃなくて」

 沈黙。

「なでしこ先輩、好きな人がいるって言ってたじゃないですか」
「…………」
「だから、その、こういうの?」

 繋いでいる手を上げて見せる。

「そろそろやめた方がいいんじゃないかなーと思って」
「……………意味が分からない。なぜやめる必要がある?」
「だって、見られたらなでしこ先輩、変に思われません?」
「あ?」

 なでしこ先輩が片方の眉をぴくりと揺らした。立ち止まって、私に顔を向ける。

「お前、何言ってる?」
「え?」
「誰に見られるって?」
「だから、先輩の好きな人ですよ」
「……………」

 なでしこ先輩が黙る。黙って、しばらく何か考える。

「……………」
「そういえば、文化祭のこと、何か聞きました? コンテスト、去年はその人がいなかったから棄権したんですよね?」

 参加したってことは、いたってことですよね?

「なんて言ってました? 聞いてもいいですか? どうでしたか? いい感じになりましたか? 感動してましたか?」

 ほら、あの後私達、抜け出しちゃったじゃないですか。

「好きな人、会えましたか?」
「ああ。理解した。そういうことか」

 なでしこ先輩の目が、虚ろになった。

「何も伝わってない。そういうことか」
「え?」
「まる。早く寮に帰ろう」

 ぐっと手を引っ張られる。

「わっ」
「こういうのは早くした方がいい。急げ」
「わあああ…。やっぱりナイーブな話題でした? 私、なんか怒られる感じですか?」
「ああ、いつも通り」

 なでしこ先輩が私を睨んだ。

「指導だ」
「なんでーーーーーーーー」
「うるさい。黙ってついてこい」
「なんでーーーーーーーー」

 寮の入り口を抜ける。まっすぐエレベーターに乗る。隣のなでしこ先輩からは、まがまがしいオーラ。

(うわあ、これ、やっべえやつだ。おじーちゃんの嘘つき。これあかんやつだ。うわあ、駄目だ。もうだめだー)

 エレベーターが開いた。最上階。二人で出て、扉を開ける。

「ただいまー」

 私はぽぽいと靴を脱ぐ。

(よし、ロフトに逃げよう)

 私はきりっとなでしこ先輩に振り向く。

「先輩、私、荷物置いてきます!」

 手を掴まれる。

「あ」
「まる」

 引っ張られる。

「ひぇ」

 抱き寄せられる。

「むぐっ」

 なでしこ先輩の胸の中に閉じ込められる。

「むふっ」

 なでしこ先輩の肩に鼻をこすりつけて、上にあげて、ふはっと息を吐く。

「なでしこせんぱ」
「馬鹿」

 なでしこ先輩が壁に私を押しやる。

「ひぇ」
「なんで分からない」

 壁となでしこ先輩に閉じ込められる。

「あの」
「いい加減にそろそろ気づけ」
「な、何をですか?」
「約束を思い出せ」
「約束…ですか?」

 私は過去を思い出す。現在に帰ってくる。

「約束通り、猫になりましたよ」
「馬鹿」

 強く抱きしめられる。

「ぐ、ぐるじいです…」
「あれほど言ったのに」
「何をですか?」
「好きだって」
「はい。私も好きですよ。もうそりゃ、これ以上ない親友ですから。はい」
「違う」

 なでしこ先輩が俯いた。

「好きだって言った」
「え? あ、はい。だから…」
「好きって」
「え?」
「愛してるって」
「ん?」
「結婚しようって」
「だ、誰とですか?」
「いいよって言った」
「え?」
「でも女同士は結婚出来ないから、猫になったんじゃないか。お前が」
「う?」
「お前が言ったんだぞ」
「はい?」
「お前が先に好きって言ったんだぞ」
「……………」

 私はぽかんとする。頭がくるくる回る。

「…あの、なでしこ先輩」

 なでしこ先輩の背中を、なでなでする。

「ごめんなさい。分かるように言ってもらっていいですか?」
「お前は馬鹿か!!」
「だって!!」
「その馬鹿で間抜けな耳をかっぽじってよく聞け!!!」
「はい!!!」

 私はリビングにある耳かき棒で耳掃除をして、正座する。
 なでしこ先輩が私の向かいに正座する。

「まる」
「はい」
「お前が私に出会った時に、私に好きだとお前が言った」
「はい」
「私は承諾した」
「はい」
「その後、私もお前を本気で好きになった」
「はい」
「だからちゃんと承諾した」
「はい」
「そしてその後、結婚してと言ったら、お前もいいよと返事をした」
「はあ、なるほど」
「ただ、女同士で結婚するのはやはり抵抗がある。そこでお前は王子様は辞めて猫に転職すると言い出した」
「はい、言いました」
「だからお前は今現在、私の猫だ」
「はい」
「つまり」
「はい」
「ずっとこの先、傍に居ると言うことだ」
「はい」

 ……………。
 私は顔をしかめた。

「なんかおかしくないですか?」
「何がだ」
「だって、その話し方、まるでなでしこ先輩がラブの方で私のことを好きだと言ってるみたいです」
「だからそれが正解なんだ」
「ああ、なるほど」

 …………………。
 私は顔をしかめた。

「あ?」

 なでしこ先輩を見た。

「はい?」

 なでしこ先輩はいつもの涼しい顔。

「はい?」

 私は目を丸くする。

「あの、ちょ、ちょっとまって、ください」

 手を挙げる。

「なでしこ先輩は私の事が好きなんですか!!!?」
「好きだよ」
「嘘だ!!!!!!」
「好きだよ」
「今までの行動全てに愛があったんですか!!!???」
「愛がないと体を触らないだろ」
「ああ!!!! 確かに!!!!」
「愛がないとキスしないだろ」
「あああ!!!! 本当だ!!!!」
「納得したか?」
「納得しました!」
「よろしい」

 ……………………。

「え? つまり、え? あの、どういうことですか?」
「何がだ」
「私は、先輩の何なんですか?」
「猫だ」
「私人間です」
「猫だ」
「いや、あの」
「猫だ」
「だから、あの」
「猫だろ?」
「あ、はい、猫です」
「うん」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「え?」
「あ、いや、だから」
「え?」
「あの、」


「私達は、どういう関係なんですか…?」


 なでしこ先輩が大きくため息を出した。

「分からないか?」
「…はい」
「お前は猫だ」
「はい」
「私は主人」
「はい」
「主人と猫は、死ぬまで一緒だ。だろ?」
「はい」
「じゃあ、死ぬまで一緒にいる仲というわけだ」
「あの、恋人、とかでは、ないんですか?」
「恋人? 馬鹿か。ふぬけが。恋は三年で冷めるというのを知らないのか? 恋愛においての好きだという感情は三年しか持たない」
「え、そうなんですか?」
「科学で実証されている。だけど、ペットを三年飼って愛はなくなるか?」
「いいえ。動物は可愛いです。ペットは家族です」
「そうだ。だから、猫には永遠の愛を与えることが出来る。主人は猫に愛を想う。逆に猫は主人に愛を想う。お互い、長い間、愛を持ち続けることが出来るわけだ」
「はあ」
「つまり」

 なでしこ先輩がそっと、前に出る。

「まるは私を愛し」

 なでしこ先輩がそっと、前に出る。

「私はまるを愛する」

 なでしこ先輩の膝と、私の膝がこつんと、くっついた。

「そういう関係だ」
「なるほど…」
「分かった?」
「分かりました」
「よろしい」

 むちゅ。
 なでしこ先輩に、頬にキスをされる。

「…………」

 これ、納得していいのか…?

(恋人じゃないのに、愛を持ち続ける…? ううん? なんか難しくて、私はよくわかんないけど、わかんないけど、とりあえず)

 私は猫で、
 なでしこ先輩は主人で、
 私はこの先も、なでしこ先輩と仲良くしていれば、いいということか?

「ふむふむ。なるほど」
「腑に落ちた?」
「多分、大丈夫だと」
「一番手っ取り早い方法がある」

 なでしこ先輩が私の瞼にキスをする。

「ん、…手っ取り早い方法ですか?」
「ああ」

 なでしこ先輩が私の額にキスをする。

「ん、あの、ん、…どういう、方法ですか?」
「こういうことだ」

 なでしこ先輩が私の体を倒した。

「うわ」

 敷かれたふわふわの絨毯が背中にくっつく。上には、なでしこ先輩がかぶさる。

「まる」

 なでしこ先輩が私を見つめる。

「見てて」

 なでしこ先輩の顔が近づく。

「えっと」
「他は見るな」

 なでしこ先輩が視界いっぱいに広がる。

「まる」



 唇がくっつく。



「………まる」



 離れて、またくっつく。



「ん」



 繰り返される。
 繰り返されたら、
 キスが、
 唇が、
 くっついて、
 大人の世界。
 子供は入れません。

 愛が、見える。

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