怪奇作家のエロ事件簿、或いは エロ作家の怪奇事件簿

一一一一一

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序章~エロ作家の副業~

解決編

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「一一先生……本当に大丈夫なんですか!? トイレから物凄い音、してましたけどっ!!」
 席へ戻る私を、この世の終わりみたいな顔で立ち呆けた夏海が待っていた。
「ええ本当に大丈夫です。いやあ、スッキリしました」
 ぼたぼたと顔面から汗の玉をこぼして席に着く私だった。
 私が発狂死でもしたと思っていたのだろうか、かなり強張った表情のまま夏海も腰を下ろした。
 あるいは、私がとんでもない便秘持ちで、七転八倒しながら用を足しているとでも勘違いしたか――。
 おかしな誤解があるといけないので、それを解くためにも、私は何割かの真実を混ぜた弁明をすることにした。

「犬飼さん、にわかには信じて頂けないかもしれませんが、ひとまず何も言わず聞いてください。まず初めに、今日この場をもって、あなたを悩ませていた怪異は消え去ります。これは揺るぎない事実です」
「へっ!?」
「次に――編集の佐々田さんから聞いていると思いますが、私はそこそこ強い霊感の持ち主です。あなたが店に入って来た瞬間から、私にはあなたの連れて来た存在がはっきり見えていました。そして彼女がどういった類の霊であるかも分かりました」
 最後のは少しばかり誇張である。
 幽霊の正体は、トイレでズコバコしながら聞き出したというのが正しい。

「噂にあったように、彼女はビルで自殺した女性の霊です。名前は夕子ゆうこさん」
「名前まで分かるんですか!? 凄い……」
「本人の言葉ですので。なんでも夕子さんは内向的な性格で、他人に対する依存度が非常に高かったようです。当時、彼女には付き合っている男性がいた。当然、彼にかなり依存して身も心も捧げるつもりで尽くしていた。しかし恋人は夕子さんからむしり取った金で別の女と遊んでおり、絞るだけ絞った挙句に別れを切り出したそうです。その恋人にフラれたことで生きる希望を失くしてしまい、彼の勤め先企業の新たな――正確には新たに建設途中だった――分社ビルから飛び降り、命を絶たれたとのことです」
「……酷い」
 夏海は心の底から夕子に共感したのか、眉間にしわを寄せて呟いた。

「しかし成仏出来なかったのでしょうね。二十年以上の間、夕子さんはあのビルで彷徨っていた。夕子さんは本質的に心の綺麗な女性です。悪質な怨霊にはならず、ただ寂しい行き場のない地縛霊のような存在としてあのビルにいた」
「そんな……」
 夏海はこみ上げてくるものがあるのか、喉を詰まらせた。

「心霊スポットとして面白がって突撃する連中は、当然そんな夕子さんの悲しさを理解することはなかったでしょうね。無遠慮に踏み込んでは、彼女の姿を見るや大騒ぎして逃げ出していく。そして『出る』スポットとして評判になると、ますますそんな輩も増えていく」
「彼女――夕子さんは、話し相手が欲しかったんでしょうか」
「ええ、まあ……んだと思います」
 嘘は言っていない私だった。

「そんなわけで夕子さんは、かまってちゃんをこじらせていくことになった」
「先生、言い方……」
「ところが先日の一件で、彼女は縛り付けられていたビルから解き放たれるきっかけを得た」
「あたしたちが行った晩ですか」
「そうです。夕子さんは、別に驚かせるつもりもなくあなたと彼氏の前に姿を見せようとした。過去のあらゆる冒険者たち同様、あなたたちも一目散に逃げだした。ただ……」
「過去の人たちと、なにか違ったんですか?」
 夕子の代弁者たる私による謎解きに、夏海は身を乗り出して喰いついてきた。
 あまり顔を寄せられるとイカ臭さがバレそうで、私は気が気でなかった。

「彼氏があなたを見捨てて自分勝手に逃走していった。そのことで夕子さんは、自らとあなたを重ねて見てしまったのでしょう」
「ああ……」
 夏海は自嘲的な笑みを口元に浮かべ、椅子に背を投げ出した。
 彼女の嗅覚が離れてくれたのは有り難かったが、その代わりに派手な乳揺れを見せつけられた。おかげで先っぽから白い残滓がチョロッと漏れ、下着はおろかズボンにまで染みてしまった。

「ついでに、あなたが相当どんくさかったことも一助となりました。夕子さんは建物内から出る前のあなたに追いつき、取り憑いて脱出することが出来たんです」
「先生、言い方っ……! 今度はあたしのことディスりますか」
「いやっ、犬飼さん、これは夕子さんの言葉を私が代わって語っているだけなので!」
 夏海が握ったグラスにピシッとひびを入れたので、私は慌てて弁解した。
 どうせその卑猥な乳や尻を盛大にぶるんぶるん揺らして無様な走り方をしていたのだろうとは容易に想像出来るが、夕子と違って性格は激しい娘だ。
 目の前で彼氏に酷い見捨てられ方をしたとて、チキン野郎の本性が知れてラッキーとばかり前向きに捉えて次のステップへ進んで行きそうである。その点は、夕子も認めていた。

「――と、これだけのことを私は彼女と直接交信して引き出しました」
「さっきの、トイレでガタゴトやってたのはそれだったんですか」
「ええ、まあ」
 あくまで一発抜くのが主目的だったが、二十数年に及ぶこじらせかまってちゃんの夕子は繋がりながら喋り始めると止まらなかったのである。
 便器が割れそうになるくらい激しい腰振りを私の上で連打しながら、
「あのねっ夕子ねっ寂しかったのっ! すっごいすっごい寂しくて……」
 といった調子で半ば幼児返りしたように喋り続けるメンヘラビッチぶりだった。

「そして同時に、私はちょっとしたおまじないをしておきました。これによって、もう夕子さんがあなたに取り憑いて、困ったかまってちゃん発動の心霊現象を引き起こすこともありません」
「ラップ音とか鏡の中のビビらせとか、全部かまってちゃん行動だったんですか!?」
「こじらせ過ぎてコミュ障気味なんでしょうねえ。それと、あまり霊感のない人では会話が難しいかもしれません。彼女が話しかけても、途切れ途切れの呻きとか奇声にしか聞こえなかったりします」
「一一先生の霊感、かなり凄いんですね……ってか、先生ってそんなお祓いみたいなことも出来るんですか!? すごっ!!」
「あ、いやっ……お祓いなんて。あくまでも単なる『おまじない』程度でしかないんですよ?」
 夏海がとてつもなく大きな勘違いをしたのを、私はこの時点で釈明することは出来なかった。

 私がした「おまじない」は、ごく単純なものだ。
 個室の中で一戦を終え、白装束全体が透け透けになるほど汗ぐっしょりでアクメ余韻に浸っている夕子へ、私は言った。
「私に憑けばいい。毎日のように可愛がってあげるから。なんなら結婚しよう」
 本気である。
 こんな直球どストライクの幽霊、お祓いや除霊で消されてしまってなるものか。
 私の手元に引き留める。それしかない。
 そう思って、私は夕子を「戦利品」としてお持ち帰りすることにしたのである。


 ――というのが、私の「副業」事始めだった。
 もっとも、犬飼夏海からは謝礼を取ったりしていないし、そもそも当初の目的は取材の一環、怪談蒐集だけであった。
 思いもよらず夕子というパートナーを得るきっかけになり、同時に「副業」の端緒となったのは奇妙な天の采配だろう。

 私に「救われた」と思い込んだ犬飼夏海は、勘違いをよりによって編集者の佐々田にも伝えた。
 夏海と佐々田、社交的でコミュ力が異様に高い(夕子と大違いである)タイプの二人は、頼んでもいないのに私の評判を知人友人に宣伝しまくっていった。
 以後、私のもとには心霊オカルト関係の相談や対策依頼といった仕事が山ほど舞い込んでくることになるのだ。
 有り難いのか迷惑なのか。

 とりあえず、夕子は「生活が助かる」と喜んだ。
 それで良しとするべきだろう。


(おわり)
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