1 / 7
DMは突然に、地獄も突然に。
しおりを挟む
スマホの画面が光った瞬間、私は、
思わず持っていたアイスコーヒーを落としそうになった。
画面には見慣れない名前。
いや、名前というか、公式アカウント。
【HARMONIA_official】
……え?
え? え???
私は固まった。
正確に言うと、意識も呼吸も心臓も、全部どこかへ飛んでいった。
「いやいやいや、こんなの詐欺……詐欺でしょ……?」
震える指でメッセージを開く。
“Instagramで星川りの様の歌声を拝見しました。
新企画にてお話したい内容がございます。オンラインで一度ご相談できませんか?”
…………死ぬ。
これは、間違いなく、心臓を殺しにきている。
私は深呼吸をして、落ちつこうとした。
でも、落ちつけるわけがない。
だって——
ハーモニア。
あの国民的大人気バンド。
私の推し、那加森廣樹のバンドだ。
推しのバンドからのスカウト。
いやいやいやいや無理。
胃が痛いどころか、胃が消えた。
「……え、え、ちょっと待って。これハッキングとかじゃ……?」
いろんな疑心暗鬼が頭を飛び交うが、
文章の雰囲気もアイコンもリンク先も、どう見ても本物。
いや、本物だったらそれはそれで怖い。
心臓の音が耳のすぐ横で鳴っているような感覚になる。
手のひらは汗だらけ、膝はガタガタ、震えすぎてキッズ服の裾が揺れた。
そう、私は見た目“小学生”の31歳。
名前は狩生龍真(かりゅう りゅうま)。
漫画家で、小説家で、そして——
人妻店のデリヘル嬢“みれい”でもある。
顔出し写メ日記で活動しているから、バレたら人生終わる。
髪は前髪だけ白髪、襟足だけ金髪。
全部、推しである那加森廣樹の真似。
芸名は星川りの。
歌投稿は全部その名前。
私は——
廣樹が大好きだ。
けど、それを絶対バレたくない。
推しに「推してます」なんて言ったら死ぬ。
魂が粉みじんになる。
そんな私の元に来たスカウトDM。
……胃が全部溶ける音がした。
悩んでいたら、また通知が鳴った。
【本物です。安心してください】
いや、安心できるか。
怖さが倍増しただけ。
「む、無理……いやでも……でも……」
私は生まれて初めて、
“推しから仕事が来たときどうすればいいかのマニュアル”が
世の中に存在しないことを痛感した。
考えても考えても答えは出ない。
ただ一つだけ確実なのは——
これは人生の岐路だということ。
震える指で、メッセージを返す。
『はい……ぜひお話だけでも……』
送信した瞬間、心臓がグッと縮んだ。
数分後に返事が来る。
“では明日の20時から、オンラインでお願いします。
メンバーも参加します”
メンバー……
つまり——
廣樹。
颯真。
涼河。
……吐きそう。
私はその日、眠れなかった。
翌日20時。
カメラの前に座る。
キッズ服の胸元をぎゅっと握りしめる。
本名じゃなく星川りのとして参加する。
緊張で画面が二重に見える。
通話が繋がると——
画面が一気にまぶしくなった。
本物のハーモニアが映った。
「こんばんはー。聞こえる?」
落ち着いた優しい声。
芹澤涼河。
「お、りのちゃんだな。よろしく」
兄貴みたいにサッパリした声。
瀬川颯真。
そして——
「……りのちゃん、だよね? 可愛いね」
画面の真ん中。
黒髪のミディアム。
二重。
アヒル口。
小柄で天使みたいな笑顔。
那加森廣樹(なかもり ひろき)。
推し。
私の人生の光。
生きる理由。
その廣樹が、私を見て笑っている。
「え、え……ど、どうも……」
震える声しか出なかった。
廣樹は首を傾げて、少し目を細める。
「歌、聴いたよ。
りのちゃんの声、好きだな。
……それに、その髪、俺の真似?」
やめろ。
言うな。
気づくな。
私は慌てふためいた。
「ち、ちが……これは……!」
颯真が吹き出す。
「いや嘘だろ。これ見て推しじゃないは無理あるだろ」
涼河もほほえむ。
「大丈夫だよ、そんなに慌てなくても」
廣樹はアヒル口でにやっと笑った。
「俺のこと嫌いなの?」
「き、きらっ……好きじゃ……」
「ふーん……じゃあ、これから好きになってよ」
……いや。
いやいやいやいや、こいつ絶対裏で重いタイプだ。
推しが重いとか聞いてない。
やめて。心が死ぬ。
私はその瞬間、悟った。
ここからが地獄。
たぶん甘い地獄。
逃げられない地獄だ。
颯真が話をまとめる。
「今日呼んだのはな、りの。
新曲の世界観を描く漫画を作りたくて、りのにお願いしたい」
涼河が続ける。
「あと、デモの仮歌をお願いできたら嬉しいな」
そして廣樹。
「りのちゃんの声、俺、もっと近くで聴きたい」
無理。
心臓が爆発する。
「つ、次のお休みの日……教えてくれない?」
「い、いえその……あの……!」
「会おうよ」
会う。
推しに会う。
それは天国のはずで、でも地獄。
「行ってくれないと……俺ちょっと凹むよ?」
あ。
重い。
この人、表のふわふわ笑顔とは別の顔持ってる。
私は理解した。
逃げ場はない。
通話が終わった後。
私は放心状態で、うっかり“開いたまま”にしていたブラウザを閉じた。
そこで恐怖が始まる。
通知が来た。
DM。
送り主は——
【那加森 廣樹】
心臓が止まりかける。
メッセージを開くと、
そこには貼られていた。
人妻店のデリヘル嬢“みれい”の写メ日記。
私の、別の顔。
“これ、りのちゃんだよね?”
“呼んだら来てくれる?”
背筋が凍る。
血が逆流した。
終わった。
人生、終わった。
廣樹が私の裏の仕事を見つけた。
しかも写メ日記は顔出し。
髪型、完全一致。
言い逃れはできない。
震えた指で返信する。
『ちちちちが……これは……!』
すぐ返事が来る。
“ねぇ
会いたいんだけど”
“来てよ、みれいさん”
画面を見ていて、気づいた。
廣樹の文面だけで、
裏の顔が分かる。
優しさの奥にある執着。
笑顔の奥の支配。
可愛いふりして、逃さない気満々のやつ。
“りのちゃんにも
みれいさんにも
俺、会いたいよ”
もう無理。
生きていけない。
でも逃げられない。
私は、ついに理解した。
その後は地獄。
推しに会ったら、人生は甘くて苦しい地獄になります。
私の人生の歯車が、
この日、大きく狂い始めたのだった。
思わず持っていたアイスコーヒーを落としそうになった。
画面には見慣れない名前。
いや、名前というか、公式アカウント。
【HARMONIA_official】
……え?
え? え???
私は固まった。
正確に言うと、意識も呼吸も心臓も、全部どこかへ飛んでいった。
「いやいやいや、こんなの詐欺……詐欺でしょ……?」
震える指でメッセージを開く。
“Instagramで星川りの様の歌声を拝見しました。
新企画にてお話したい内容がございます。オンラインで一度ご相談できませんか?”
…………死ぬ。
これは、間違いなく、心臓を殺しにきている。
私は深呼吸をして、落ちつこうとした。
でも、落ちつけるわけがない。
だって——
ハーモニア。
あの国民的大人気バンド。
私の推し、那加森廣樹のバンドだ。
推しのバンドからのスカウト。
いやいやいやいや無理。
胃が痛いどころか、胃が消えた。
「……え、え、ちょっと待って。これハッキングとかじゃ……?」
いろんな疑心暗鬼が頭を飛び交うが、
文章の雰囲気もアイコンもリンク先も、どう見ても本物。
いや、本物だったらそれはそれで怖い。
心臓の音が耳のすぐ横で鳴っているような感覚になる。
手のひらは汗だらけ、膝はガタガタ、震えすぎてキッズ服の裾が揺れた。
そう、私は見た目“小学生”の31歳。
名前は狩生龍真(かりゅう りゅうま)。
漫画家で、小説家で、そして——
人妻店のデリヘル嬢“みれい”でもある。
顔出し写メ日記で活動しているから、バレたら人生終わる。
髪は前髪だけ白髪、襟足だけ金髪。
全部、推しである那加森廣樹の真似。
芸名は星川りの。
歌投稿は全部その名前。
私は——
廣樹が大好きだ。
けど、それを絶対バレたくない。
推しに「推してます」なんて言ったら死ぬ。
魂が粉みじんになる。
そんな私の元に来たスカウトDM。
……胃が全部溶ける音がした。
悩んでいたら、また通知が鳴った。
【本物です。安心してください】
いや、安心できるか。
怖さが倍増しただけ。
「む、無理……いやでも……でも……」
私は生まれて初めて、
“推しから仕事が来たときどうすればいいかのマニュアル”が
世の中に存在しないことを痛感した。
考えても考えても答えは出ない。
ただ一つだけ確実なのは——
これは人生の岐路だということ。
震える指で、メッセージを返す。
『はい……ぜひお話だけでも……』
送信した瞬間、心臓がグッと縮んだ。
数分後に返事が来る。
“では明日の20時から、オンラインでお願いします。
メンバーも参加します”
メンバー……
つまり——
廣樹。
颯真。
涼河。
……吐きそう。
私はその日、眠れなかった。
翌日20時。
カメラの前に座る。
キッズ服の胸元をぎゅっと握りしめる。
本名じゃなく星川りのとして参加する。
緊張で画面が二重に見える。
通話が繋がると——
画面が一気にまぶしくなった。
本物のハーモニアが映った。
「こんばんはー。聞こえる?」
落ち着いた優しい声。
芹澤涼河。
「お、りのちゃんだな。よろしく」
兄貴みたいにサッパリした声。
瀬川颯真。
そして——
「……りのちゃん、だよね? 可愛いね」
画面の真ん中。
黒髪のミディアム。
二重。
アヒル口。
小柄で天使みたいな笑顔。
那加森廣樹(なかもり ひろき)。
推し。
私の人生の光。
生きる理由。
その廣樹が、私を見て笑っている。
「え、え……ど、どうも……」
震える声しか出なかった。
廣樹は首を傾げて、少し目を細める。
「歌、聴いたよ。
りのちゃんの声、好きだな。
……それに、その髪、俺の真似?」
やめろ。
言うな。
気づくな。
私は慌てふためいた。
「ち、ちが……これは……!」
颯真が吹き出す。
「いや嘘だろ。これ見て推しじゃないは無理あるだろ」
涼河もほほえむ。
「大丈夫だよ、そんなに慌てなくても」
廣樹はアヒル口でにやっと笑った。
「俺のこと嫌いなの?」
「き、きらっ……好きじゃ……」
「ふーん……じゃあ、これから好きになってよ」
……いや。
いやいやいやいや、こいつ絶対裏で重いタイプだ。
推しが重いとか聞いてない。
やめて。心が死ぬ。
私はその瞬間、悟った。
ここからが地獄。
たぶん甘い地獄。
逃げられない地獄だ。
颯真が話をまとめる。
「今日呼んだのはな、りの。
新曲の世界観を描く漫画を作りたくて、りのにお願いしたい」
涼河が続ける。
「あと、デモの仮歌をお願いできたら嬉しいな」
そして廣樹。
「りのちゃんの声、俺、もっと近くで聴きたい」
無理。
心臓が爆発する。
「つ、次のお休みの日……教えてくれない?」
「い、いえその……あの……!」
「会おうよ」
会う。
推しに会う。
それは天国のはずで、でも地獄。
「行ってくれないと……俺ちょっと凹むよ?」
あ。
重い。
この人、表のふわふわ笑顔とは別の顔持ってる。
私は理解した。
逃げ場はない。
通話が終わった後。
私は放心状態で、うっかり“開いたまま”にしていたブラウザを閉じた。
そこで恐怖が始まる。
通知が来た。
DM。
送り主は——
【那加森 廣樹】
心臓が止まりかける。
メッセージを開くと、
そこには貼られていた。
人妻店のデリヘル嬢“みれい”の写メ日記。
私の、別の顔。
“これ、りのちゃんだよね?”
“呼んだら来てくれる?”
背筋が凍る。
血が逆流した。
終わった。
人生、終わった。
廣樹が私の裏の仕事を見つけた。
しかも写メ日記は顔出し。
髪型、完全一致。
言い逃れはできない。
震えた指で返信する。
『ちちちちが……これは……!』
すぐ返事が来る。
“ねぇ
会いたいんだけど”
“来てよ、みれいさん”
画面を見ていて、気づいた。
廣樹の文面だけで、
裏の顔が分かる。
優しさの奥にある執着。
笑顔の奥の支配。
可愛いふりして、逃さない気満々のやつ。
“りのちゃんにも
みれいさんにも
俺、会いたいよ”
もう無理。
生きていけない。
でも逃げられない。
私は、ついに理解した。
その後は地獄。
推しに会ったら、人生は甘くて苦しい地獄になります。
私の人生の歯車が、
この日、大きく狂い始めたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる